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2019年01月23日(水)

新しい案件を受注するほど、資金繰りは苦しくなる?━━広告業界のCFOたちが語る"生き残るため"の経営術

経営ハッカー編集部
新しい案件を受注するほど、資金繰りは苦しくなる?━━広告業界のCFOたちが語る"生き残るため"の経営術

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華やかな「広告」の世界では、いくつもの会社を巻き込んで大きなプロジェクトをやってこられた方が多いと思います。

…しかし、そのプロジェクトの「お金の流れ」を考えたことはあったでしょうか? 仕事で大きな結果を残して独立しても、広告業界の独特ともいえる資金繰りに苦しめられている経営者は少なくありません。

今回お話を伺ったのは、Ogilvy & Mather Japan合同会社の椎名さん、株式会社オノフの松久さん、株式会社GO の松崎さんの三名。CFO や COO という領域で、華やかな舞台の上というよりは縁の下で会社を支えています。

特に創業まもないベンチャー企業にとって、資金繰りや経営管理に割けるリソースは限られています。そこで、CEO の苦労も熟知している御三方に、お金に関して意識しておくべきこと、役割の違いなどを訊きました。

(聞き手:freee株式会社 金融事業部 木本俊光)

──本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

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左から、オノフ 松久さん、Ogilvy 椎名さん、GO 松崎さん

Ogilvy 椎名:
Ogilvy & Mather Japan合同会社(以下、Ogilvy) CFO 兼 COO の椎名です。前職は経営コンサルティングの会社ですが、12 年前に当社に入ってからは自分で CFO としての仕事も勉強しながらやってきました。

GO 松崎:
私は新卒でデザイナーとして就職したのですが、そのあと方向転換して税理士を目指しました。それからは事業会社や会計事務所で働き、経営や財務のコンサルタントとしての独立を経て税理士事務所を開業しました。弁護士事務所・社労士事務所とグループで運営していて、税理士事務所の代表を務めています。

GO は2年前に創業し、当初は顧問税理士として、その後依頼を受けて CFO として参画することになりました。

オノフ 松久:
私は新卒で大手の通信会社に入社し、人事から始まって業務管理、経理・財務など幅広く担当させていただきました。2 年ほど前にオノフという会社に参画しました。CFO としての仕事だけではなく新規事業や経営管理のような業務も含めて担当しています。

GO 松崎:
松久さんが入社された当時は、代表がお金を管理されていたのですか?

オノフ 松久:
そうですね。ただ、ベンチャー企業であれば仕方のないことですが、当時は主担当もおらず、きちんと管理はされていませんでした。

景気が良いときはそれでも経営できますが、どうしても悪くなったときが心配になります。私が入ったときは、まず 1 年と 3 年の事業計画を立てて、足りなくなったときには銀行から資金調達ができるように決算書を「細かく」「正確に」つけるといったことから始めました。

──本日はまさに当時のオノフさんのような状況を想定して、経営者が知っておくべきこと・意識すべきことを掘り下げていければと思います。


「入金までは長いが、先払いの出費が多い」状況に悩まされる

──私(聞き手のfreee 木本)は広告営業の経験があるのですが、広告業界に身を置いていても、営業やプランナーなどフロントの社員はお金の流れまではなかなか意識しづらいと感じます。プロジェクト中も大きなお金が動いていることはなんとなくわかるのですが、いつ・どんなお金が動くのですか?

Ogilvy 椎名:
クライアントからの依頼に応じて、協力会社と一緒にメディアやイベント、クリエイティブ制作などの手段を通してプロジェクトを進めていくという基本的な流れを例にします。

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売上は、最近ですと毎月フィーをいただく形よりは作業完了の段階で請求する形が多いです。プロジェクト自体が長い案件もあり、特定のモノを納品して請求するという話ばかりでもありません。売上が入金される前でも、プロジェクトに必要なものがあればその都度、取引先や出稿先への支払いが必要です。

GO 松崎:
当社は現在ではフィーの案件も多いですが、広告業界に入った当初は、まず入金されるまでの長さと支払い金額の大きさに驚きました。ありがたいことに当社は創業一年目から大きな仕事をいただけたのですが、売上が入るのは半年後で、先に数千万規模の支払いが必要になりました…(苦笑)。

Ogilvy 椎名:
規模などに関わらず、短いプロジェクトでも入金までに 3~6 ヶ月はかかると思います。

オノフ 松久:
当社も 3~6 ヶ月は見越していますね。

Ogilvy 椎名:
コストの大小はプロジェクトの種類にもよります。当社ですと一番はメディアへの支払いだと思います。特にオフラインだと支払いが先になり、金額も大きいです。少し前には、億単位のPO(発注)が週に1,2本届くこともありました。

オノフ 松久:
オフラインだと資金繰りが苦しくなるのは間違いないです。

当社は SNS などオンライン方面に注力しているので、オフラインに比べるとキャッシュ・フローは回りやすいです。それが Web 業界の強みであることは間違いないと思います。

Ogilvy 椎名:
オフラインの話はメディアだけではありません。弊社のアクティベーション事業では、グッズの発注やイベントも行うのですが、オフライン施策は総じて額が大きく、支払いタイミングが早いです。

6ヶ月ぐらいのプロジェクトでも、下請け法もあるため、弊社が先にイベント会社さんや会場費を数千万単位で支払いを済ませます。しかし、弊社は作業完了タイミングでクライアントに請求するので、キャッシュの状況には今も毎週注視しています(苦笑)。

オノフ 松久:
当社もイベントを組み合わせることがありますが、会場費・人件費などの出費は、感覚的に私たちよりは請求が 30 日は早い。状況によってはクライアントに直接イベント会社さんと契約してもらうことを仕事の条件にすることもあります。

クライアントや発注先が実績がある大手企業なら金融機関も取引先も待ってくれることがありますが、そうでない場合は代理店のような企業が一時的に信用を肩代わりすることになります。そうなると、キャッシュ・フローが悪くなる上、リスクも背負うことになるので慎重にならざるを得ません。

Ogilvy 椎名:
取引先の信用は非常に気にされますね。複数の会社と同時契約することも少なくないですし、クライアントの発注条件として信用調査が必要なことも珍しくありません。

広告業で資金繰りの注意が必要なコストf:id:ats_satomi-iwamoto:20190122160017p:plain

 

CFO・COOによる、毎月の入金を安定させるテクニック

──お話を伺っている限り、常に大きい金額を先払いする余裕はもちろん、複雑なお金の流れをコントロールすることが求められますね。

Ogilvy 椎名:
当社では、アイデアの提案や、ツールの導入、コンサルティングに近い形で早めに作業完了できるプロジェクトなどを並行して進めて、入金が平均的に生まれるようにしています。

あとは、契約の結び方が大切ですね。「プロジェクトが続いていても、ここまでの作業が完了した段階で一旦請求します」と合意しておくことで、資金繰りを楽にすることができます。

GO 松崎:
契約書は重要ですね。きちんと契約書をクライアントと締結しておけば、その契約書をもって金融機関で短期の手形貸し付けをしてもらうことも可能です。実際にそれで資金繰りを良くした経験もあります。

創業直後は 3〜6 ヶ月先に入金される状況は厳しいので、ファクタリングも有効です。大企業との取引は手形決済なので、手形割引も使いました。

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手数料が差し引かれてしまうので一般的にはもったいないという認識かもしれませんが、GO という会社の成長を考えると、入金を待つよりも回転を早めたほうが良いと判断しました。すごい成長曲線を描いているときにブレーキがかかってしまうくらいなら、割引程度であれば大したコストではありません。

オノフ 松久:
事業が伸びている時の資金繰り対策として、外部からの資金調達という選択肢はなかったのですか?

GO 松崎:
優先度はファクタリングと手形割引のほうが高いです。借り入れは返済が一般的に 5~7 年の計画になるので、それだけ長い期間のコストに対応するような資金調達方法を選んでいます。

当社の場合、プロジェクトを回しながら人材を採用する、新しいオフィスをつくるための資金として、融資も活用しています。

オノフ 松久:
GOさんの経営者のお二人はクリエイティブディレクターとプロデューサー出身と伺いましたが、ファクタリングや銀行からの融資などの手段に抵抗がなかったんですか?

GO 松崎:
本人たちに丁寧に説明した上で、金融機関へも最初は私が同行して説明しましたし、抵抗はなかったと思います。

一般的には “借金” というとネガティブなイメージを持たれがちですが、融資を受けられるのは会社の信用があるからです。

オノフ 松久:
創業期のように資金繰りが安定しない場合は、「継続して入金があるか」「予定が立てられるか」が示せると、心理的な安心だけでなく対外的な信用も得られると思います。

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スポットでの契約が多くなる業界ではありますが、たとえば通信会社の “通信料” のように3 年間で毎月 100 円ずつ入ってくる契約があれば、単に継続的な入金になるだけでなく、この契約があれば確実に 3,600 円を借りることもできます。

借入をするかどうかは別として、予定を立てられれば、経営の計画を考える上でも楽になると思います。

GO 松崎:
当社がレベニューシェアで報酬をいただく「サクセスシェアリング」でのプロジェクトは、成果が出始めると松久さんが仰るように継続的な収入が実現できます。当然ながら成果が出るまで資金繰りは悪くなるのですが、GO のミッションを体現する重要なプロジェクトですし、事業の大きな柱のひとつにしていきたいと考えています。

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GOの提供するサクセスシェアリング(WHO WE ARE:GO ホームページより)

 

オノフ 松久:
ただ、サクセスシェアリングだとそもそも入金まで 6 ヶ月以上かかりますし、請けた時点での資金繰りは厳しくなりますよね。

GO 松崎:
そうですね。ですので、今は現実的に何件までをサクセスシェアリングにチャレンジできるか、通常のプロジェクトにどれだけ工数を割けるかを調整することが私の役割だと思っています。

 

広告業での資金繰り改善テクニックf:id:ats_satomi-iwamoto:20190122160210p:plain
 

CEOとCFOは「同じ未来を、異なる時間軸で見据えている」

──クリエイターが独立起業する際は契約の結び方などもまだ身につけていないと思いますが、まずはどういうことを意識すればいいでしょうか?

オノフ 松久:
個人的には、キャッシュ・フロー経営に尽きるのではないかと思います。

広告代理店で働いていて、資金繰りまで理解されている方は多くないと思います。まずは 1 年か 3 年の目標と、大まかな “コスト”・“売上”・“手元資金” を決めて、その範囲に収まっているか、どれくらい超えるかを意識するところから始めればいいと思います。

GO 松崎:
きちんと重要な指標を見ていることが大事、ということですね。

私も CEO に大まかな数字の状況は把握してもらっていますが、クリエイター出身の方も多いので、細かい数字管理は経験豊富な方に任せられるほうが良いと思います。

オノフ 松久:
1 円単位まで細かく見る必要はないですし、委託してもいいとは思いますが、意思決定をする人間がお金の流れやキャッシュフローを全く把握していない状態は避けてほしいです。

GO 松崎:
なるほど。

私は、広告業界では CEO と CFO の役割をきっちりと分けた方が経営的にはベターだと思っているのですが、オグルヴィさんやオノフさんでは CEO と CFO、COO の役割をどうお考えでしょうか?

Ogilvy 椎名:
当社の規模ですと、CFO や COO でも細かい数字まで見ることは難しいです。グループ会社も銀行口座も複数あるので、資金が減っているところを埋められるキャッシュプールがあるか、借入枠を使う必要があるか、グローバルプロジェクトの為替のインパクトはどれくらいかといった、より影響が大きい部分の意思決定が重要です。

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規模が何百人にもなると、給料が出るときは出金が増えるので、その月末のタイミングでどのプロジェクトからどれほど入金があるかも常に見ています。

GO 松崎:
会社が成長するほど、プロジェクトを進める中での出金だけでなく給与の額も大きくなりますよね。

Ogilvy 椎名:
人材が弊社の価値の源泉なので、もちろん払える状況にはしていますが、社員にとっては一番心配な点の一つですよね。

ただ、私は CEO にもその入出金のレポートまで見てほしいとは思いません。やはり表に立つ人間として、会社の外に出て大きな案件を持ってきてほしい。「仕事を受注したあとのことは私たちに任せてください」という気持ちです。

オノフ 松久:
オグルヴィさんは大企業ですが、特にベンチャー企業の CEO はそうあるべきだと思います。

企業の経営管理は習熟してくると、コストを削って利益を出していくことの繰り返しにもなっていきます。経営者にとって「数百万円のコストを削る」ことと、「数億~数百億の売上/収益を伸ばす」ことはどちらも大事ですが、ベンチャーほど後者のミッションが重要だと思います。

GO 松崎:
当社の代表の二人も、やはり魅力的な目的地を設定してくれます。私にはできないことですが、逆に彼らは目的地へのガイドは苦手です。

ですので、CFO としての私の役割は、会社が目指す地点に向けて道をつくり、ガイドをすることだと思っています。

オノフ 松久:
CEO と CFO はボーダレスではありつつ、見るべき時間軸が違うのだと思います。CEO と CFO が同じ時間軸でものを見るようになった瞬間に停滞してしまうので、お互いに「また面倒な話を持ってきたな」と思う関係性でなければ成長していないことになります。

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私が案件を見る際はどうしても短期的な収益やキャッシュを見てしまいがちになるので、CEO には 5~10 年後の話を持ってきてもらいたい。それが価値のある話であれば、面倒だとしても「実現までの道作りは任せろ」という気持ちです。

Ogilvy 椎名:
面倒な話…確かにありますね。

オノフ 松久:
たくさんありますよね(笑)。

Ogilvy 椎名:
ありますね。想像していないことがよく起きます。この会社に12年いますが、毎日違うことをやっているような気がしています。ただ、それが仕事のやりがいでもあると思います。10年もいると、経験の乏しかった社員が活躍するまでの過程を見られるのも、新しい喜びですね。

GO 松崎:
先輩方と話ができて本日は大変勉強になりました。

税理士としての私個人も「チャレンジする人を増やして、継続できるようにする」ことをミッションにしているので、今後独立される方々に伝えていきたいと思います。

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執筆:Hiroaki Takahashi
富山県高岡市出身。地方国立大学の工学部から音楽業界を経て、複数の IT 系事業会社にてマーケティングとクリエイティブの境界を消しながら "PR Editor (ディレクター)" として働く。「21 世紀における Public Relation とは、オープンソースの情報の塊である」という思想のもと、Web サイト・メディア、LP・SNS 広告、動画、プレゼン資料などの企画・制作業務を通して企業ブランドを編集する。
web ・blog ・所属

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