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2020年01月22日(水)

コンテンツドリブンで、心踊るユーザー体験を届けるデジタルメディアとは? ~グライダーアソシエイツ杉本哲哉代表に聞く

経営ハッカー編集部
コンテンツドリブンで、心踊るユーザー体験を届けるデジタルメディアとは? ~グライダーアソシエイツ杉本哲哉代表に聞く

広告主とメディアのマッチングを最適化するデジタルメディアは、いかにインプレッションを増やすかといった観点から設計されている。いきおいユーザーに向けてはインプレッション目当ての脈絡のない粗製乱造のコンテンツや広告が配信されがちになる。これに対し、ユーザーの興味・関心にマッチした、質の高いコンテンツとネイティブ広告が必要だと問題提起するのが、グライダーアソシエイツの杉本氏だ。マクロミルを創業し、一部上場企業に育てた経験を持つ杉本氏は、2012年にユーザーに質の高いコンテンツ体験を提供するキュレーションアプリ「antenna*」を立ち上げた。そして、2019年にはユーザーエクスペリエンスに沿いつつ、広告主、メディアとの最適関係をつくる広告プラットフォーム「craft.」をリリース。今回、antenna* とcraft. を駆使し、ユーザーとのエンゲージメントを育てるコンテンツが牽引する理想のデジタルメディアとは何かを杉本氏に聞いた。

マクロミルでの経験からスマホ時代を見越し、グライダーアソシエイツを設立

ーまず、創業のキッカケを教えてください

インターネット市場調査会社マクロミルを創業したのが2000年。この頃は、東証マザーズが創設され、楽天やサイバーエージェントも上場を決め、リクルートの情報誌などのサービスもどんどんネットに移行していく時期でした。私はリクルートで新規事業開発を担当していて外部の調査会社にさまざまなマーケットリサーチを依頼していましたので、市場調査もネットに置き換わればもっと利便性が上がるのにと感じていました。そこで、リクルートの同僚5人でマクロミルを立ち上げたのです。創業してまもなく2億円の資金調達をし、会社は順調に成長しました。2004年に東証マザーズに上場、2005年には東証一部に指定替えしました。その後、一度代表を退任したのですが、リーマンショックによる危機に直面し復帰。2009年から2015年まで再び代表を務めました。その後マクロミルはグローバル展開を進めて、今は15か国で従業員2,600人を超える会社になっています。
 
インターネットを活用したスピード感のある調査がマクロミルの強みでしたが、2010年前後からスマートフォンが急速に普及してきたため、それに対応する必要も出てきました。そこで、2012年にマクロミルの関連会社として中長期的な事業展開を見据え、スマホをマーケティングファネルとするメディアを立ち上げるために当社を創業しました。
 
マクロミル時代に依頼が多かった調査は、広告やブランディングに関する案件です。ターゲットユーザー向けにどのような広告を出せばよいのか、CMにはどんなタレントを起用すればよいのか、といったものです。そこで、スマホユーザー向けにより精度の高いマーケティングを行なうためにユーザー属性や行動パターンなどのクラスタ―を正確に把握。よりユーザーに刺さる広告が出せる仕組みを構造化しやすいサービスの創出を目指しました。これがキュレーションアプリantenna* の構想だったのです。

ー現在の事業内容をお聞かせください。

antenna* は、東京でのライフスタイルにフォーカスし、主にライフスタイルやカルチャー系雑誌のコンテンツを、当社編集スタッフがキュレーションして配信しています。2019年12月現在で660万ユーザーが利用してくださっています。

(参考)グライダーアソシエイツウェブサイトより

また、2019年から広告プラットフォームサービスcraft. も提供しています。craft. は「エンゲージメントエンジン」として、antenna* の運営を通じてお付き合いのある約300のメディアから得た優れたコンテンツと良質な広告をマッチング、真にユーザーが欲するかたちにしてネットワーク配信することで、現在ではantenna* と並ぶサービスへと成長しています。

(メディア向け「メディアグロースプラットフォーム」で読者エンゲージメントを高める)
(広告主向け「ブランドグロースプラットフォーム」でパフォーマンスを最適化)

ーantenna* はキュレーションメディアとして、創業当初から今のようなスタイルだったのですか?

実はテストマーケティングの段階では、ニュースのキュレーションアプリのように一般的な時事ニュースコンテンツの配信からスタートしようとしたんです。数万件もの膨大なニュースの中から、ユーザーがどういったニュースに関心があるのか、その属性などのクラスター分析をするのが目的でした。
 
膨大なビッグデータのアクセス解析結果をもとにクラスタ―分析を試みたのですが、その結果、ニュースとユーザー属性には関連が薄いことがわかりました。ユーザーの属性や購買活動などのクラスターと実際に閲覧したニュースとの相関はほとんどなかったのです。つまりニュースはクラスタ分析をするには不適当だった。
 
そこでantenna* では、まずユーザーの関心の高いファッションやライフスタイル・カルチャー・エンタテインメントなどのコンテンツを配信して、それぞれが興味のある記事を読んだ後に、閲覧行動に応じた世界観で広告を配信できるメディアにしなければならないということがわかったんですね。
 
そのようなネイティブなコンテンツマーケティングをしていく中で、広告主が希望しているペルソナにあったクラスタに、シンプルなチャンネル編成でコンテンツを配信しています。

グライダーアソシエイツがコンテンツにこだわる理由

ーグライダーアソシエイツのプロダクトからはコンテンツへの想いが強く伝わってきますが、その背景は?

私はもともと大学でマスコミ系のサークルに入っていて、ワープロで文章を書いたりしていたんですね。出版社に入りたくて就職活動をしてゆく中で、結果としてリクルートへ入社することになった。雑誌が好きだったしNHKスペシャルや映画もよく見ましたので、とにかくコンテンツが大好きなんですね。
 
昨今マスメディアは、巨大なストック型コンテンツのデータベースになり始めていると言っても過言ではない。メディア自体の存在意義が大きく変わってきた。そのような中で雑誌や新聞、テレビやラジオはどうなっていくのか?広告に未来はあるのか?と深く考えるようになりました。
 
そもそも検索エンジンでキーワード検索し上位に表示されるコンテンツだけで社会の知の要求を満たせるとは思わない。本来、私たち一人ひとりが見るべきもの、知るべきことは他にもあって、そういう優れたエディトリアルコンテンツを、メディアは伝えるべき人にどうやって伝えれば良いのか、そういう問題意識を持って事業に取り組んでいます。
さらに踏み込むと、日本の現状を見るに、このままでは日本人の民度が衰退していくことにもなりかねない。先日のOECD(経済協力開発機構)の調査では、今や日本は読解力では調査対象の15か国中で最下位です。1位は中国、2位はシンガポールでした。中国は国策で読書を強化していますが、日本の読解力は、複雑な長文を読解する力がないという結果でした。コミュニケーションもSNSが主流になって短文社会になり、メッセンジャーのワンフレーズやスタンプで会話するようになってきた。時代によって使う言葉が変化していくのはやむをえませんが、思考力や想像力が低下していくのは非常にまずい。
 
このままでは、日本の文化、ひいては日本の国力が下がる。そういう危機感を常に持っています。

ーネット社会に沿った思考力や想像力を掻き立てるコンテンツの価値や伝え方を模索せねばならないということでしょうか。

雑誌はパラパラめくっていくだけで、きれいな写真とレイアウトに工夫が凝らされていて、しっかりとしたコンテンツが読めます。そのクリエイティブには、細かなキャプションに至るまでこだわりがあります。
 
たとえば、私はクルマが好きなんですが、世界中のクルマすべてに乗ることはできないのでクルマ雑誌に頼ります。あるジャーナリストが書いた、スペインのバルセロナで話題の新車に乗った体験記を読めばそのクルマに乗っている感覚を想像する。また、背景を見てバルセロナ郊外の田舎はこういう空気感なんだとか、途中で立ち寄ったレストランが紹介されていたら料理が美味しそうだなとか思い浮かべるわけですよね。疑似体験が自分の血となり肉となるという感覚は誰しもあるはずです。
 
そういうことを伝えるのが雑誌やメディアの役割であって、NHKスペシャルのダイオウイカのドキュメンタリーもそうですが、カメラマンが半年も深海に潜り続けて生態を解明していくっていうのは、ああいった番組じゃないとできないわけですよね。こういった企画を実現する力がメディアにあるから、私たちはまだ深海は宇宙と同じくらい解っていないことがあるということを実感したりできるわけです。
 
メディアで働くジャーナリストも、クリエイターも、現状に対する問題意識と使命感をもって仕事をしている人間が多い。そういう想いに応えたいのです。

ー一方でメディアは広告で成り立っています。読者も広告が必要がないわけではありませんが、自分の関心事や感性に合わない広告は敬遠されがちです。

広告とコンテンツの関係は非常に重要です。メディアを支える上で広告主の存在は大切。そこでネット広告では、どういうコンテンツに反応している人が、どういう広告であれば自然に見てくれるかというコンテキスト(文脈)が重要だと考えています。
 
先ほどの事例でいえば、スペインのバルセロナでジャーナリストが試乗する記事を読んだ後に、そのクルマの広告や旅行会社、航空会社などの広告が出てくれば親和性の高いネイティブな広告になります。記事の内容と同じ文脈で唐突感、違和感のない広告が入っている、読者とメディアと広告主が同じ世界観の中にいるということを実現したい。そういう想いでやっているのがantenna* なんですね。
 
ほとんどのネット広告は、いきなりコンテンツに関係がない広告が出てくるわけです。大量にリーチさせるのがデジタル広告では当たり前なので、そのような仕組みになっているのですが、本来、文脈上は同列ではないはずなんですよね。新聞や雑誌だとそのあたりは強弱がつけられますので、ある意味プロダクトアウトにできるんですが、ネットでは伝え方も伝わり方も、文脈が崩れてしまっている。
 
こうしたなかで、私たちはできるだけ優れた質の高いコンテンツを流通させて、広告主がそのコンテンツにコミットできる環境をつくることができればと思っています。このような趣旨に賛同してくださる方々と一緒にメディアを考えていこうというのがグライダーアソシエイツなんです。
 
ある意味では雲をつかむような話だったり、小さな勢力ですので無力感に苛まれることもありますが、誰かがやらなければならないという想いでチャレンジしています。

優れたコンテンツにはプロダクトアウト的な発想も必要

ーユーザーの文脈を意識すると、キュレーションはどういったアプローチになりますか?

人間は未知のものに心をときめかせるわけで、そこにはコンテンツ側の提案が求められます。つまり、プロダクトアウトが担う大切な部分もあるのですね。プロダクトアウトというと時代に逆行しているようにもみえますが、antenna* のキュレーターは、優良なコンテンツプロバイダーのコンテンツをキュレーションして提供することで、それに続く役割を担っているわけです。
 
たとえば私たちが書店へ行くとどういう行動をとるか?まず平積みの雑誌を見ながらパラパラと雑誌をめくるわけです。あるテーマの情報を探しに書店に行った場合は、そのテーマを探して読み回ります。ふらっと書店に入った場合は、何気なく目に付くものを流し読みします。いずれにしてもそういう書店で立ち読みをしてる時間って、心地いいじゃないですか。
 
そして、雑誌を見ていると、複数の雑誌が同じタイミングでハワイの特集をしていたりする。あれ?こっちでも同じような記事があったなと思うこともあります。それは出版業界からの提案でもあり、antenna* では、そういう状況を俯瞰して見た上で、「いまハワイのパンケーキが熱い」とか特集を組むんです(笑)。そこにさまざまなメディアが発信している記事をキュレーションして、ひとつながりの世界観としてまとめてゆくわけです。
 
antenna* を見ていれば、偶然の出会い(セレンディピティ)も含めて、自分の感性に合った情報を選んで読むことができるように編集しています。そして、コンテンツに自然になじむネイティブ広告を見ていただけるようになるわけです。

広告主とメディアとユーザーの関係をデジタル領域で最適化する

ー広告主の課題はどのように解決するのでしょうか?

高級ブランドは特に、ネットに広告を出す際は出稿先を慎重に選びます。これまでは雑誌への出稿が多かったけれど書店で売られている雑誌は週刊誌が激減し、月刊誌ばかりになったことで、年12回発行する雑誌の裏表紙など、広告を掲載する価値は相対的に高くなりました。でも雑誌自体が売れなくなり、広告価値も薄れてきた。ならば、とネットに広告を出そうとしても高級ブランドは一般のメディアには広告を出しづらい。どこでどのような広告主や商材と並んで表示されるかわからない。隣りにファーストフードの無料クーポンの広告が出ているページに、高級ブランドの広告は出せないわけです。近年、非常に広告が出しにくい状況となっているわけです。
 
特に露出量が大切な一般消費者向けの飲料水やビールなどのネット広告においても、広告主が予想もしない場所に露出していることが多々あります。アドネットワークの仕組み自体がそうなっているので、そこまでは管理しづらいんです。
 
でも、それでは企業のブランドイメージが毀損されてしまう。アドネットワークはネットビジネスのインフラの一つではありますが、もっと自社の考えに則したメディアを選んで広告を出せるようにするための仕組みが必要で、それがcraft.の基本思想なんです。
 
また、広告主は良質なメディアが減る中、ユーザーとどうコミュニケーションをとったら良いかわからないという面もあるので、私たちは広告主に最適なプロモーション企画を提案し、コンサルティングも行なっています。

-メディアに対してはいかがでしょうか?

antenna* が提携しているのは約300のメディアです。今、メディアは曲がり角に来ています。一方で、広告主もどこに広告を出したら良いか悩んでいる。これまでテレビに広告を出していた企業がネットにシフトしてきた。インターネットが広告のドメインを請け負うのは必然だと思います。その中で、私たちは広告代理店などとも連携しながらこうしたネットワークづくりを進めています。
 
くり返し青臭いことを言うようですが、何よりもなくなってほしくないのはコンテンツプロバイダーなんです。そこに集っている優秀なライターさん、カメラマンさん、クリエイターさん、編集者さんが消えていくのは看過できないので。
 
私はエンタープライズとしては、マクロミルで上場して規模を追求し、そして収益を極大化し続けるということはさんざんやってきたつもりです。グライダーアソシエイツでは、収益よりもメディアと一緒に何かできることはないか、メディアを頼ってきた広告主がお困りなんだったら、一緒になって考えられることはないかという想いがあります。
 
広告主がいるからメディアも成り立っているので、よい広告主が集まるネットワークをつくればメディアにも喜んでいただけます。

ー今後の展開はどのようにお考えですか?

たとえばBMWさんがメディア広告を打ちたいと考えたときに、私たちが間に入って、雑誌のLEONさんやBRUTUSさんとのタイアップ記事を作成します。ある広告主では、38のメディアで同時にタイアップ記事を作成し、同時展開しました。そういう導線をいろんなところに引きたい。
 
また、私たちはイベントもメディアだと考えていますし、テレビやラジオなどともタイアップしていますので、広い意味ではクロスメディアでトータルにキュレーションしていきたいと考えています。

ー最後に、連続起業されている杉本代表にとって経営とは?

経営というのは、生きるにあたっての表現方法だと思うんですよ。たとえば、プレーヤーよりも監督が向いている人もいるし、イチローのように監督にはあまり関心がなくて現役のプレーヤーであり続けたい人もいる。私は結果的には起業して、ある分野をこうしたいという想いがあって、それを事業というかたちにしてきたんだと思います。そういう意味では、このグライダーアソシエイツは先ほど申し上げたような危機感があって、メディア、広告主、ユーザーの関係を最適化するために問題提起をし続けるのが存在意義なんじゃないかなと思っています。それを実現するために、社員には経営情報や方針なども可能な限り共有して、社内の一体感を大事にしているし、最終的に社員みんなが納得できる、充実した人生を送ってほしいと思っています。

ーネット社会における広告とメディアの最適化に挑戦する取り組みに期待しています。ありがとうございました。

 

◆プロフィール
杉本 哲哉(すぎもと・てつや)

株式会社グライダーアソシエイツ 代表取締役社長
1967年神奈川県生まれ。92年早稲田大学社会科学部卒業後、リクルートへ入社。就職情報誌営業部、財務部、新規事業開発室、デジタルメディア事業部門などを経て、2000年にマクロミルを設立、代表取締役社長に就任。05年代表取締役会長、06年取締役ファウンダーの後、09年代表取締役会長兼社長に復帰。12年にキュレーションアプリ「antenna*(アンテナ)」を手掛けるグライダーアソシエイツを設立、19年にメディア・広告主向けのエンゲージメントエンジン「craft.(クラフト)」を開発、代表取締役社長を務める。antenna* は現在、ユーザ数約660万人、提携メディア数約300、クライアント数約1,500。
 
◆企業概要
株式会社グライダーアソシエイツ https://glider-associates.com/
代表取締役社長:杉本 哲哉、設立日:2012年2月、資本金:100,000,000円、事業内容:いま気になるコンテンツをユニークな切り口の文脈や世界観でお届けするキュレーションアプリantenna*(アンテナ) を運営、メディア・広告主向けのエンゲージメントエンジンcraft.(クラフト)の開発、ブランディング等のエンゲージメントコンサルティングなど。

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