聴覚障害があったから税理士になったけれど、税金実務はコミュニケーションが極めて重んじられる世界だった

渋谷のすいな綜合会計事務所の税理士、下村和也です。
私は生まれつきの聴覚障害者です。

33歳になった今でも障害は克服できていませんが、それでも会計税務の世界において聴覚障害はさほどハンデではないと思うに至りました。壁とは、自らが心理的に作り上げたという側面も大きいのです。

私が独立する前のサラリーマン時代の働き方について、数字を扱う専門家として、どのようにコミュニケーションを取り、どのように会社に対して貢献してきたのかについて記事をしたためてみました。

誰しも何かしらの、壁にぶつかっていると思います。そして、壁を越えた先には、無情にも新たな壁が立ちはだかるものです。たぶん、その壁との向き合い方こそが人生そのもので、人生の景色なのでしょう。この記事が少しでも壁との向き合い方のヒントになればうれしいです。

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そびえ立つコミュニケーションの壁

兵庫県神戸市で生まれ育ち、大学生になった時点で上京しました。在学中に猛勉強し、大学4年生の時に公認会計士の試験に合格しました。監査法人、アメリカ留学、地域密着型の会計事務所を経て、今はビジネスパートナーと一緒に会計事務所を運営しています。会社の税務顧問から、会計監査、事業再生、資産税に至るまで税務会計に関する様々な業務をしています。

聴覚障害があるため、生まれた時から今まで、コミュニケーションの壁に跳ね返され続けてきました。特に社会人になってから、コミュニケーションの壁は私の眼前に立ちふさがるようになりました。

例えば、私は電話ができません。読唇術には長けているのですが、後ろから話しかけられることや、複数人での会議はとても厳しいものがあります。また、初対面の人とのコミュニケーションでは相手の話し方の特徴に慣れていないため、長年の友人のようにはスムースにやりとりできません。社会に出てからというもの、こういったシチュエーションがとても多くなりました。

大人数での会議や研修は、発言内容がわからず、かといって、スマホやPCをいじるわけにもいかず、手持無沙汰で眠い時間を過ごすことが多くあります。

そんな私ですが、会計税務の専門家として、なんとか10年間生き抜いてきました。いや、生かされてきたというべきですね。大学在学中から勤務していた監査法人時代から独立開業した今まで、試行錯誤の連続です。そして、助けられてばかりでもあります。

コミュニケーションのハンデを資格でカバーする

若かりし頃の私は、こう考えていました。

「自分には聴覚障害がある。電話ができないし、複数人による会議も厳しい。健常者と同じように働いた場合、どうしても聴覚障害のせいでコミュニケーション力が劣ってしまう。ならば資格を取って、知識や経験でアドバンテージを持ち、ハンディキャップを埋めよう」

首尾よく資格を取り、いざ税理実務に飛び込んだものの、そこはコミュニケーションが非常に重視される世界でした。電話はバンバン掛かってくるし、会議も連日開催されます。コミュニケーションのハンデを埋めるために資格を取ったはずが、コミュニケーションのハンデが色濃くなってしまったのです。

私は大学在学中から都内の監査法人に所属し、上場企業の監査チームで仕事をしていました。仕事内容は主に会計監査です。会計監査とは、公認会計士が独立した第三者として、企業が作成した財務諸表の金額が正しいかどうかについて保証をします。また、経営者の構築した内部統制がきちんと機能しているかどうかを評価する、内部統制監査にも従事していました。

M&Aや事業再生等、公認会計士の仕事は一見華やかに見えますが、企業の行った取引の領収書と仕訳を突合することや、銀行に確認状を発送し、会社の帳簿の残高と金融機関の実際の残高が一致しているかを確認するといった地道な作業の連続です。チェックの結果、ズレがあれば、会社の担当者に理由を確認する作業を繰り返します。その他にも、売上や仕入や人件費の金額の推移をみて、異常な増減があれば、その理由を検証するといった手続き、実地棚卸の立ち合い手続きがたくさんあります。

企業の経理部門を相手に仕事をする場合、エクセルを使う機会が多いです。一日中エクセルと向き合っている…と言っても過言ではありません。会計監査の仕事の進め方は、現預金や固定資産、売上、そして仕入といった勘定科目ごとにチーム内で担当者を割り振り、企業側の担当者もまた、勘定科目ごとに担当者がいる形をとることが多いです。

監査を行う中で疑問点が浮かんだ場合、その勘定科目の担当者に質問することになります。もちろん、担当者の側から質問を受けることもあります。このように会計監査は、顧客とコミュニケーションをとらねばならない機会が多いのです。監査人として、顧客とのコミュニケーションで失敗は許されません。

音声に頼らない、数字と文字でのコミュニケーション

私がどのように顧客とコミュニケーションをとっていたかというと、「数字」を利用していました。会計監査は結局のところ、この金額が正しいのかという話なので、その金額の根拠について議論すればよいわけです。そして、その金額の根拠は、エクセルシートの計算式や領収書や請求書、そして契約書といった紙ベースの資料にあるのです。

それにメールを組み合わせれば、音声情報に頼らずとも十分に顧客とのコミュニケーションが成り立ちます。例えば、会社の集計した売上と請求書に記載されている金額の合計に差異があるのであれば、売上の明細と請求書の突合を行い、差異を見つけることができます。それをエクセルで集計し、その差異の内容が明確にわかるようにした上で、会社担当者に質問をするのです。

音声情報によるやり取りを好む専門家もいますが、私は「文字にして記録に残すべき」と考えています。その方が、後々、会計処理の根拠を検証するときにも原因がわかりますし、会社の中でマニュアル化する際にも、利用することができると考えるからです。また、自分の発言に対する責任感も高まると思います。

このように、聴覚障害者でもできる範囲でコミュニケーションを突き詰めていました。それだけでなく、聴覚障害者が組織で貢献するためには、事務処理能力を高める必要があると思っていたので、事務処理能力にも磨きをかけました。Vlookup関数など、上場企業では当たり前に使っているので、様々な関数に対する理解があれば戦力になります。その他、Wordや大規模データを対象にしたAccessも使う機会が多いのですが、これらのソフトも使えるように勉強しました。

公認会計士でも事務処理能力は人それぞれです。聞こえないという言い訳の使えない部分でしっかりしていてこそ、聞こえないからできない部分を周囲に理解してもらえます。

一流になるには、経営者と対等に会話できねばならない

そうはいっても、コミュニケーションの壁により、悔しい思いをすることもたくさんありました。会社側の担当者が忙しいときは、「今日はゆっくり話す余裕がないので、早口で説明させてもらうね」と、同僚に説明して終わるということもよくありました。また、後輩の会計士たちがよりよい仕事の機会を与えられていくのを、羨ましく思っていました。

ある日、上司と面談をしているときに、聴覚障害の話になりました。上司は、「監査とは英語で”Audit”というのだけど、”Audit”には聞くという意味もあって、監査においては、経営者の発言内容だけでなく声色や声の調子のような部分も聞き洩らしてはいけない仕事なんだ」と教えてくれました。

残念ながらこの国は、今でも大企業の粉飾事件が後を絶ちません。スタッフとしての職分であれば、工夫や努力でコミュニケーションの壁は乗り越えられたとしても、「海千山千の経営者と伍していくには、聴覚障害のハンデは大きいかもしれない」と考えるようになりました。

ビジネスの世界では、職級が上がるにつれて、コミュニケーションはバトルに近くなっていきます。先を見据えたときに、「一流になりたければ、経営者とのコミュニケーションができるようにならねば」と強く感じました。

電話や会議が苦手だと言っていては先はないと感じ、また負けず嫌いの私は、もちろんそこで引き下がるつもりはなかったため、監査法人を退職して、物理的に壁を乗り越えるため、アメリカでコンピューターサイエンスを学ぼうと考えました。

なぜコンピューターサイエンスなのか?それは次回に。

つづく

84年生まれ、神戸育ち。聴覚障害を持つ東京在住の公認会計士/税理士。
兵庫県立長田高校、早稲田大学社会科学部卒。
監査法人で会社法監査、金融商品取引法監査、システム監査、米国基準監査等の監査に従事。カリフォルニア州のコミュニティーカレッジ、ニューヨーク州のロチェスター工科大学へ留学。帰国後は、神戸の税理士法人で法人税、所得税、消費税、相続税、印紙税、事業再生の経験を積み、渋谷ですいな綜合会計事務所の共同創業者になる。

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