「事業承継はカッコ悪い」って思ってない? ~ 【その2】ベンチャー型事業継承を成功に導く2つの大切な考え方 ~

前回は入社の経緯から入社後に知る会社の危機まで伺いました。今回は平安伸銅工業株式会社の復活に向けて、どのように歩み始めたのか伺います。

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(かつてのオフィスの雰囲気)

商品にワクワク感がない…でも課題を共有できない苦悩

——前回の最後に話が出た実践塾では、結果的にどんな学びがありましたか?

中小企業が再生できる8つのノウハウ」という本が課題図書に挙げられていたこともあり、期待を持って参加しました。でも受けてみたら、新規事業を作りましょうというのが主眼でした。弊社はもっと手前で事業再生が課題だったので、既存事業をどう整えて、次の可能性を発見するところまでどう引き上げていくか?というのがポイントだったんです。

事業は真綿で首を締めるようにジリ貧の状態だったし、社内は危機感が無く組織もぬるくなっていたし、財務もいわゆるファミリー企業という感じで公私がごちゃごちゃの状態だったし、何か新しいことを踏み出そうと思っても、人もお金もサービスも何も糸口がないという状況で。授業初日は半泣きになりました(笑)。

でも結果として、実践塾の学びはすぐに活きました。弊社のつっぱり棒のサービスをアトリビュート分析(※)を使ってはめ込んだ時に、ユーザーの「興奮する」要素が何もなかったんですよ。競争優位が何も見つからない。たまたま今、つっぱり棒がコモディティ化して利益率が下がり、競合である大手が撤退したから、結果的に弊社のシェアを維持できているだけで、自分たちがシェアを取れている要因が無かったんですよ。売上や利益が今あっても、今後5~10年と事業がもつ状況ではないだろうと気付いて、そこで事業面で何をすれば良いのか考え始めました。

——まずは社内で事業課題についてディスカッションを始めたんですか?

最初は黒字で事業が回っているし、社内で危機感を共有できる状況にはなかったです。今回のお話をいただいてから思い出したのは、経営コンサルタントの冨山和彦さんの本で紹介されていた、「負け戦が確定する前に社内の空気を変えるのは難しい」という話でした。

日産のゴーンさんのように外部から来た人があれだけ立派に事業再生をできたのは、日産がつぶれるかの瀬戸際まで追い詰められていて社内の危機感がものすごくあったから、大規模なリストラを含めた社内改革が成り立ったんだろうと。でも、ジリ貧の状態でもそこそこ安定している会社の場合、外から来た経営者がいくら社内に危機感を煽っても、なかなか協力を得られないんです。実際に私もそうだったなと思いました。

もちろん、社内のみんなも自分たちの事業を良くしたいと思っている。会社がどうでも良いとは思っていない。だけど、変化を求めるということは現状の否定になります。自分たちが頑張ってきたことを否定するのは辛いじゃないですか。だから、なかなか同じレベルでの危機感は共有できなかったです。結局は私一人でワーワー叫んでいるという状態でした。

——その状況を打破できたきっかけは何でしたか?

主人が前職の滋賀県庁を離れ、平安伸銅工業に入社してくれたことですね。きっかけはたまたまで、2013年4月に主人も実践塾へ通うことになったんです。実践塾に通う中で私が感じる事業の課題を主人に共有できて、かつ、ウェブメディアの「cataso」を始めるきっかけとなるビジネスモデルの素案を一緒に企画し、主人が実践塾のアウトプットとしてプレゼンをしました。そこで、これだけサポートしてくれるのであれば、「社内に入って欲しい」と主人に頼んだんです。

中小企業の経営はリスクがあるので、夫婦で一緒に仕事をするべきではないという認識で結婚していたので、はじめは主人に断られたんですけど、何か月もかけて説得しました。主人も私自身の入社を後押しした責任を感じた部分もあったようで、2014年春に入社してくれることになったんです。その結果、社内で新しいプロジェクトが立ち上がり、少しずつ風向きが変わり始めることになります。

注:アトリビュート分析はコロンビア大学ビジネススクールのRita McGrath教授とペンシルバニア大学ウォートンスクールのIan MacMillan教授によるビジネスモデルの分析ツール。製品・サービス設計の変更ポイントを見極め、再構築することを目的にする。その中で製品・サービスの「興奮する」特性、つまり顧客に対して買わずにいれないという感覚を与えることができる特性をもっていれば、競合に対して強い優位性をもつ


採用を通じて理解者を増やす。そして攻めの姿勢へ

——さらに風向きを変えるために、採用なども始められたのですか?

採用はその前からやっていました。採用は第一フェーズ、第二フェーズとあります。主人の入社以降が第二フェーズです。第一フェーズは私が「会社が変わらなあかん」と言い出して、それに対して抵抗を感じて辞める従業員がいて、その補充が目的でした。コテコテのつっぱり棒しかやっていない既存事業を改善するため、少しでも優秀な人を補いたい、もう少しスキルのある人が欲しいと思っていました。でも中小企業はやはり知名度がないので、なかなか良い人材を集めづらい

それで第一フェーズでは、「弊社は中小企業だけどブラックではない、ワークライフバランスを重視していて、社内の雰囲気はアットホーム。オーナー企業独特の理不尽なルールがまかり通るような会社とは違う。若い後継者がいるので、未来はもっと良くなっていく会社」という発信を始めました。

その結果、第一フェーズはブラックな中小企業で働いていて、「オーナーに振り回されるのはもう嫌だ」という感じで、真面目で良い人達が入ってくれたんです。その人達がまずは会社の状態を一歩変えていく協力をしてくれました。そして、主人の入社以降、「ブラックではないけど安定した中小企業のままではダメ。今度は新しいビジネスにチャレンジしていきます」という路線に変えることにしました。

安定していることで居心地が良かったのに、「新しいプロジェクトを立ち上げるから考えろ」と言われたら、「ちょっと話が違う」ということになります。それで、そういう方々が今度は辞めることになり、次は私たちがやっている未来の投資に対して共感してくれる人、例えばこれまでいなかったプロダクトデザイナーが入社してくれました。彼らがコンセプトの立案や外観設計、ブランドストーリーの構築をして、エンジニアにバトンをつなぐ開発工程に変わり、開発チームは既卒者4名/新卒2名の体制になりました。グラフィックデザイナーも弊社にいませんでしたが、3名入社してくれましたし、海外に商品を売っていくプロジェクトも始まり、大手メーカーから脂が乗った30~40代の男性スタッフ2名がチームに加わってくれました。


——社内の雰囲気が変わりつつある中、2015年に大阪府のベンチャー企業成長プロジェクトである「Booming!」に選出されましたね。

もともとコンペには出た方が良いと思っていたんです。何故かと言えば箔が付くから。自分たちの会社のPRを自分たちでやれば宣伝になるので。外部の機関からの認証はすごく重要だと思っていたから、そういう場に出ていこうと意識してやりました。

実際、2015年1月に女性起業家等を支援する「LED関西」にも選ばれていて、採用にも効果がありました。そして、次に何に応募しようかと考えたときにFacebookで「Booming!」の募集があって、「無理だろうな」と思って出したら通ったという感じです。

その時は「ラブリコ」の原型どころか、まだウェブメディアの「cataso」しか無かったんです。しかも全然マネタイズが出来ていなかった。業績につながらないことへの焦りは凄くありました。「cataso」に加え、既存のつっぱり棒、さらに並行して「ラブリコ」や「ドローアライン」など4つの製品開発プロジェクトをばーっと走らせていて。どのプロジェクトを残すか、限られた予算の中で見定めていくという感じでした。

「cataso」が一番早く事業化したものの、新規プロジェクトを収益化させないと、私や主人の社内での立ち位置を失うと思い始めていました。必死になってやる中で「cataso」のマネタイズよりも、モノづくりの立ち上がりが可能性が高いと段々わかって来て、その結果、ラブリコやドローアラインの開発に集中することになりました。

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(プロダクトや組織が変化する中で、オフィスの雰囲気も大きく変化)

 

新商品ヒットの鍵は「ユーザー目線」と「人とのつながり」

——製品開発に集中する中で、ついに2016年「ラブリコ」や2017年「ドローアライン」など新しいヒット商品が誕生します。ポイントは何だったんでしょうか?

開発に関しては、「自分が欲しくなるもの」を作るということです。何故かと言えば、私が今35歳でターゲットとしている客層と世代観が重なるんですね。競争優位を保ちやすいんです。と言うのも、日用品の業界はまだ父と同世代の方々が経営の中心にいる会社が多い。一昔前のライフスタイルや事業の勝ちパターンを引きずっている。これはつっぱり棒もしかりで、使い勝手や価格は良いけど、今の家のライフスタイルに合わないということも多い。

例えばホームセンターもオシャレ感が無く、女性は欲しいものが無いということになります。その違和感を私は感じられる世代なので、その違和感を大事にしながら自分の暮らしにすぐに取り入れられるもの、自分の同世代が感じる違和感を敏感にかぎ取るようにしています。

そして私の場合、やはり人とのつながりが大きいです。私は入社した瞬間からそうなんですが、この会社で役に立てる専門的知識・経験がほぼ無いんですよね。強いて言えばプロモーションは新聞記者だった経験もあり多少上手くいったかなとは思いますが、本当それくらいで。それも商品が良くなければ絶対にメディアも取り上げてくれないので、そういう意味では私は何もできないんですね。

例えば「ラブリコ」が誕生したのは一人の女性のデザイナーが入社したことがきっかけです。私が「こういうコンセプトの商品が欲しい」と言ってたけど、それをカタチにすることができなくて、私がエンジニアと上手くコミュニケーションができていなかったんですけど、入社したデザイナーが上手くスケッチに落とし込んでくれたことで、エンジニアが構造を考えて商品化されたんです。だからこそ、キーとなる人材を招き入れることは大事です

一方で、じゃあ、私ができないなりに何ができるのかを考えたら、わらしべ長者的チャンス引き寄せ術かなと。まだ長者にはなっていないのですが(笑)。どういうことかと言うと、「こういうことをやりたい」「こういうことに困っているんだよ」と色んな方々に相談して、もちろん私自身もその方の役に立つ情報を出せるように真摯に向き合って考えていたら、誰かがその都度「あなたの欲しいのはこれじゃない?」という感じで、ヒントを持って来てくれたりするんですね。それが積み重なって今があるという感じです。

例えば、メディアに取り上げられるようになったきっかけも実践塾が縁でした。スマートバリューという上場企業で、同じく事業承継を経験されビジネスも転換されている渋谷社長との出会いがあり、私が渋谷社長に色々相談していたんです。

ある時、大阪産業創造館の機関紙「Bplatz」が「後継者の人に取材したいんだけど、何か面白い事業承継をしている人いない?」という相談を渋谷社長にされたそうで、渋谷社長が「平安伸銅工業の竹内さんていう面白い女の子おるよ」と紹介してくれました。「Bplatz」の表紙に載ったら、その後に読売テレビから頑張っている後継者として取り上げていただいたり、色んなメディアに取材されるようになり、最終的に全国のテレビで取り上げられるようになりました。

——「あさイチ」や「スッキリ」に取り上げられましたよね。良いもの作っているという自負があっても、世の中に広めるのは難しいという人も多いと思います。

報道は積み重ねの部分もありますが、プレスリリースの配信サービスである「PR TIMES」を使って拡散を図ったりしつつ、いかにニュースになる切り口を作るかに気を遣っています。「良いものでしょ」という宣伝をしてはダメなんです。メディアはニュース性を求めているので、いかに社会問題と結びつくか?っていうのがとても大事です。

例えば、「ラブリコ」というDIYの商品だと「空き家問題」と重ねて発信したり、「ドローアライン」だと老舗のメーカーが「自分たちの強みを生かして新しい分野に打って出た」というのが面白い切り口です。私自身の話だと「後継者不足」「中小企業の廃業が多い」といった中で、もともとあった会社をリノベーションすることによって、企業価値を高めることができる事例として、あるいは「女性の社会進出」で取り上げていただいたり、と上手く重ねて仕掛けています。 

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ラブリコを活用すれば、難しそうなDIYへのイメージが一変

(最終回に続く)