「音楽で食っていきたい人ほど、成功者の真似をしている」──好きなことを仕事にできた作・編曲家の“プロ意識”に迫る

「音楽でメシを食っていきたい」─────そう言っていた知り合いを持つ方、あるいは自分がそう考えていた方は、きっと多いと思います。ですが、結局「音楽でメシが食えるようになった」という話はあまり聞かれないのが現実。やはり、音楽を仕事にするのは難しいのでしょうか。

今回お話を伺ったのは、プロの作・編曲家として音楽制作を行ないながら、現在は VR(仮想現実) の領域やバーチャル YouTuber としての活動にも意欲を見せている興梠俊一さん。

高校を卒業後、一度は就職するものの、音楽の夢を追って専門学校に入学。2013 年にブログで「音楽の仕事一本で食っていく」と宣言し(※)、その翌年には音楽の仕事だけで生活できるようになったそうです。

今回、個人事業主としての仕事観や新しい領域に挑戦していく理由を伺う中で垣間見えたのは、プロのクリエイターかつ “経営者” に近いマインドでした。
※ 音楽でメシが食えるか?やってみます。(2013/01/03 公開)

「幅広い依頼に応えられること」を PR した素材集から問い合わせを獲得

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──今の音楽のお仕事は作曲・編曲が中心なのでしょうか?

お客さんの依頼に応じて、ゲーム・ドラマ・舞台・CM・VR コンテンツの BGM 制作を行なっています。案件によっては、編曲作業だけを単体でこなすこともあります。SE 制作は別の技術になるので請けていなくて、映像に合わせた劇伴音楽をつくるのが好きですね。

ただ、これまでは音楽自体を作るという仕事を中心にやってきたのですが、最近は VR の領域にすごく興味が出てきたので、もう少し演出面から携わって “サウンドデザイン” といえる仕事に寄せていきたいと考えています。

──まずは作・編曲の仕事で “食えるようになった” 経緯を伺いたいのですが、依頼はどんな経路で請けているのでしょうか?

ほとんどがインターネット経由です。
オーディオストックや無料 BGM サイトにサンプル曲をたくさん公開しているので、聴いてくださった企業の方からコンスタントにお問い合わせをいただいています。

──プロ・アマ問わず、音楽素材を提供している競合は多いですが、その中でも選ばれる強みはどこにあると考えていらっしゃいますか?

飛び抜けた武器はないですが、「何でもできる、何でもやる」という点は強みだと思います。
たとえばゲームだといろんなジャンルの曲が必要なので、リクエストをいただければ対応できるということを伝えるためにも幅広い曲調のサンプルを公開しています。あとは演出が好きなので、ただのBGMではない劇伴的な提案ができるところでしょうか。

──アーティスト性というよりは、ビジネス的なスタンスを PR されているのですね。

私はそこまでクリエイティブな人間ではないと思うので、作・編曲家の中でもビジネス寄りのやり方だと思います。
結局のところ、趣味ではなく仕事として音楽をつくるときに一番変わるのはお客さんとのコミュニケーションです。どちらの立場が上ということではなく、「相手が何を求めているのか」を考えて納品することが大切だと思います。

──オーダーメイドでつくるとなると報酬の交渉も大切だと思うのですが、相場は各企業に理解されていますか?

発注してくださる企業さんによって最初の提示額に幅があると感じていて、交渉することが多いですね。値引きはしません。
私はあまり単価を高く設定していないですし、交渉していくと「あぁ、相場はそれくらいなのか」と納得して払っていただけることが多いです。

「稼がなきゃ」という意識が強すぎると、クリエイターとしての感覚が鈍る

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──専業の作家となると、やはり音楽をつくる以外のスキルも重要になりますよね。

今は慣れましたが、昔は苦労しましたね。私は高校を卒業してから一度普通に就職していたので、個人として他人にモノを売るという意識が薄かったんです。そのあと入った音楽の専門学校でも、お金に関することは全然教えてもらえませんでしたし。
自分の力で稼ぐとか、支出をコントロールするといった意識は、もっと早くから持っていたかったです。

──ある程度 “稼ぐ” 意識を持ったことで、日々の生活の中で変わったことはありますか?

自分のリソースを創作に集中させる意識ですね。時間を効率的に使えるようなモノや Web サービスを使う機会が増えました。
Web サービスだと、日々のタスクやアイデアのメモに「Wunderlist」、毎月の振り返りと確定申告のために「会計 freee」、ガントチャートを引いて納品の締め切りを確認するために「Brabio!」というように、自分の作業時間を増やせるツールはどんどん使っています。パソコンのキーボードでのショートカットコマンドも重要ですね。


──モノというか、作業環境へのこだわりも強いほうですか?

機材でいえばスピーカーですね。モニター環境は一番差が出るので、個人で音楽をやるならきちんとしたモニターとキャリブレーションソフトは入れておいたほうがいいと思います。あとは鍵盤かな。鍵盤は絶対 88 というこだわりがあります。
全体としては、できるだけ “動かなくて済む” ように構築しました。手を伸ばせば必要なものすべてに届く、コックピットみたいな作業場です。

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──すごい。細かいところまで考えられているんですね。

モノに関しては “増やしすぎないこと” も意識しています。同期ができなくなったり、メンテナンスが必要になったりというデメリットもありますから。
たとえば、モバイルアプリには手を出さないようにしてますね。アプリで音を鳴らせるようなシンセも出ているのですが、結局パソコンだけで完結させるほうが早いので。

──これだけの環境だと、仕事はかなり効率的にこなせそうですね。

ただ、昔に比べると意識が変わってきました。もちろん最初の “稼がないといけないフェーズ” を乗り越えることは大切です。でも、効率的に音楽がつくれるようになっても、お金のことばかり考えているとアウトプットに影響が出てしまいます。それではクリエイターとしてまずいと思うので、収入が安定してからは意図的にお金のことをあまり考えないようにしています。
そもそも、「大金を稼ぎたい」という気持ちが一番強いなら、音楽にこだわる必要はないですから。「好きなことを仕事にしたい」という理由で今の生活を選んだので、日々の仕事を楽しみたいんです。 

「音楽はずっと同じ手法で作られているから」──新しい領域へ挑戦する理由

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──音楽の仕事がうまくいっている今、なぜ "VR(仮想現実)" という未知の分野に挑戦されているのでしょうか?

今のまま音楽を作り続けた先にある “限界” が見えてきたからです。

──好きなことだけで生活できるようになったのに、“限界” が?

収入的な意味ではなくて、楽しさの話です。これまでいろんな媒体で仕事をさせていただきましたが、昔から仕事のフォーマットは変わっていません。ゲームにしても編曲にしても、音楽である以上は徹底的に仕様に合わせてつくる意識が大切になります。
そうやって今までと同じように音楽をつくっていても、変化が少なすぎて、好きだった仕事がどんどん面白くなくなっていくんじゃないかと思ったんです。

──楽しく作・編曲を続けるためにも、仕事のやり方に新しいことを取り入れていきたいと。

クオリティを考えても、コンテンツ自体の制作者が音楽もつくるという形式が一番いいと思います。かといってゲームなどをつくりたいとは思わず、私の場合は VR、サウンドデザインという方向性でした。
VR の「別の空間にいる」という感覚は好きなのですが、それ以外に理由はないです。ピンときたかどうかだけです。

──とはいえ、ご自身の見せ方を変えることにはリスクも伴いますよね。

だからしばらく苦しい時期が続くとは思うのですが、自信はあるといえばあります。専業作家になれたという成功体験があるおかげかもしれません。
これまではどちらかといえば地道に仕事をこなしてきたのですが、今後は意識を切り替えて、もっとゲリラ的に、エンターテイメント的に魅せていくつもりです。その一貫として、バーチャル YouTuber としての活動も始めようと思っています。

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──作・編曲家 × バーチャル YouTuber となると、競合も少なそうですが…他にはいらっしゃるんですか?

有名なのは「ミディ」さんくらいですかね。ミディさんはビジュアルも凝っていて音楽もきちんとされているので、無双しています。ただ、他にはあまりいないので、ポジション自体は空いていると思います。

──チャンスはある市場なのですね。…それでは最後に、音楽を仕事にすべく挑戦している方々にアドバイスをいただければと。

あんまり自分からアドバイスはしないんですが…、聞かれたときには「フリーランスで仕事を請けるより、予算がある大きい会社に入って仕事をしていくほうがいいよ」という話をしますね。

──いろんな企業と交渉してこられただけに、説得力があります(苦笑)。

あとは「人がやってることはやらないほうがいい」という話ですかね。王道のことほどやってはいけないと思います。
音楽業界は特に保守的で、有名なアーティストやクリエイターと同じことをやりたがる人が多い気がします。

──確かに、「まずは成功者をお手本にして基礎を固める」というレベルではなく、似たような音楽が作られやすい印象はあります。

たとえば YouTube でも、みんな同じ曲を、同じような曲調でカバーして投稿する。最初に成功した人をずっとなぞった結果、みんな同じような歌手になる…という印象があります。

──やっぱり、新しいことに挑戦している同業者のほうが「この人は売れそうだな、競合として怖いな」と感じますか?

それはわからないですね(笑)。人を判断するのは難しいですし、最終的には “運” じゃないかという気もします。

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──ありがとうございます(笑)。作・編曲家 × VR クリエイター × バーチャル YouTuber の第一人者としての成功を祈っております!


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執筆:Hiroaki Takahashi
富山県高岡市出身。地方国立大学の工学部から音楽業界を経て、複数の IT 系事業会社にてマーケティングとクリエイティブの境界を消しながら "PR Editor (ディレクター)" として働く。「21 世紀における Public Relation とは、オープンソースの情報の塊である」という思想のもと、Web サイト・メディア、LP・SNS 広告、動画、プレゼン資料などの企画・制作業務を通して企業ブランドを編集する。
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写真:大島 佑斗
フリーランスマーケター/カメラマン/ライター
日本最大級Webマーケティングメディアのディレクターを経てSaaS企業のマーケティング戦略に従事。現在はXRゲームの開発をする企業でCOOをする傍ら、メディアのマーケティング戦略のコンサルを行っています。戦略策定から記事の作成/撮影/翻訳まで幅広くご相談ください。
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