社員のモチベーションを上げ、企業の成長を生み出す注目の「有償ストック・オプション」、「信託型ストック・オプション」とは?
会社が社員に無償で与えるストック・オプション制度。給料や賞与などのキャッシュを放出せずに、社員のモチベーションを引き出し、業績にコミットさせて社員や会社の成長を促す制度として、資本規模の小さいベンチャーやスタートアップ企業に導入されてきた。
だがこれに変わる制度として“有償”型のストック・オプションの導入が増えている。日本で初めて有償型のストック・オプションを開発し、広めたプルータス・コンサルティンググループの株式会社プルータス・マネジメントアドバイザリーの代表取締役社長の門澤慎氏に、その導入効果、また有償ストック・オプションのメリットをさらに高める信託型ストック・オプションについて伺った。
スタートアップ、ベンチャー企業のM&A支援と有償ストック・オプション
―プルータスさんというと、企業価値評価や有償ストック・オプションを開発したので有名なブティック系のコンサル会社というイメージがありますが、グループ会社であるプルータス・マネジメントアドバイザリーはどういったことを行う会社なのですか?
当社は、M&Aアドバイザリーに特化した会社です。元々は親族外事業承継に係るM&A案件が中心でしたが、最近はスタートアップ・ベンチャー企業のM&A案件にも力を入れています。グループ会社のプルータス・コンサルティングで、有償ストック・オプションの導入をサポートさせていただいていたクライアントの多くが、IPOを目指している規模感の会社でした。ただ、彼ら全てがIPOできるわけではありませんから、イグジットとしてM&Aを選択される方も多いのです。そこをいくと、企業各社の資本政策をサポートすることに対して自負をもっている我々としてもサポートできる領域があるのではないか、そう考えてスタートアップ・ベンチャー企業のM&Aビシネスを立ち上げました。
―なぜベンチャーやスタートアップに力を入れているんですか?
昨今の社会情勢では、大手企業はお金が余っていると言い切ることができると思います。事実、企業が作るCVCが増えており、ベンチャー企業への投資案件は劇的に増えています。お金を出す人が増えるということは必然的に起業したい人も増えるということに繋がります。
そして、起業家の性としてその多くはIPOを目指します。これが最近数年の状況です。でも実際に、IPO数が劇的に増えているかというとそんなことはないのです。年間100件に満たない数で推移したままです。
これは同時にIPOを目指していたけれども、上場できないでいる企業がたくさんいることを意味しますよね。この中にも社会的に意義のあるサービスがたくさんあります。それなのに、上場できないからという理由で埋もれている現状はもったいない。この社会的な損失を解決しなければならないと思い、スタートアップやベンチャーのイグジットをサポートするサービスを立ち上げたのです。そういった中で、企業の成長を促進するために、社員のモチベーションを上げる有償ストック・オプションを活用しています。
給料やボーナス以外のインセンティブとしてのストック・オプション
―門澤社長も会計士として数々の企業に有償ストック・オプションを導入してきましたよね。そもそもストック・オプションって何なのですか?
ストック・オプション(時価発行新株予約権)というのは、経営者や従業員が将来あらかじめ定められた条件のもとで、自社の株を買える権利です。つまり考え方としては、株式ではなく新しく発行する新株を予約することができる予約権という権利です。
例えば現時点で100円の株価だとして、5年後にその会社の株を買う権利を得た。5年後その株が上がって300円になったとします。ストック・オプションを与えられた人は上がった300円の株を100円で買える。結果としてその差の200円分のキャピタルゲインが得られます。ただ、権利なので行使するかどうかは、その権利者の考え方に委ねられます。株価がもっと上がるかもしれないので、5年後のタイミングではなく、ストック・オプションの権利行使期間の範囲において、もっと先に400円になるのを待って行使するかもしれません。
日本のストック・オプション制度は1997年に商法改正によって生まれました。このときのストック・オプションは、無償で会社が従業員等に与えるものでした。なぜ会社が従業員にストック・オプションをプレゼントするのかというと、給料以外のインセンティブとして活用するためでした。
会社側からすれば、会社を成長させるためには従業員が将来にわたって頑張ってくれることが重要になりますが、頑張る対価としての給料は、キャッシュが出ていくのでなかなか上げにくい。そこで活用されてきたのがキャッシュを放出することなく、従業員のモチベーションアップ、ひいては事業の成長につなげることができるスキームであるストック・オプションなのです。
ストック・オプションは将来のある時点での株を買う権利ですから、将来株価が上がっているほうがいいわけです。だからもらった従業員としても、株価を上げようと、業績向上のために一所懸命に事業に取り組む気になります。
無償ストック・オプションの課題
―近年聞こえてくるのは、無償ストック・オプションがあまりインセンティブとして効いてこないのではないか、という話です。なぜなのでしょうか?
それは1つは、業績に貢献した、しないにかかわらず、株価が上がれば多額のキャピタルゲインが一様に得られるという点です。もらう側からすると、突然宝くじをもらったようなもので、 “なんか良かったね”で済んでしまう感覚もある。自分が頑張るのではなく、“誰かが頑張って株価が上がったらラッキー”という意識で終わってしまうこともあります。
それと使い勝手も悪いよね、という声も出てきました。無償ストック・オプションは、労働という役務に対する“報酬”として整理されています。そうすると法的、税務的、会計的にその前提で整理された制度が適用されるので、使い勝手が悪いと言われるのです。
たとえば税務上の問題では、ストック・オプションは株式に換えた時点で、その差額(キャピタルゲイン)は報酬扱いとされるので、給与所得となって課税されてしまう。税金を支払わなければならないのです。株価が上がれば、キャピタルゲインが出ますが、上がったキャピタルゲインは、売却しない限りキャッシュにはならない。1円もキャッシュが増えていないのに税金を払わなければいけなくなるということです。
しかも株式を売却する際の譲渡所得課税は税率20%ですが、給与所得として課税されるので累進税率が適用される。税率20%よりも高い税率となる可能性があるのです。住民税も考慮すると最大55%の課税が適用されてしまいます。これを知らずにやってしまう方がいて、思わぬ多額の税負担が発生してしまう事例も出ました。
こうした課税を食い止めるストック・オプションとして税制適格ストック・オプションが整備されたのですが、これは発行して2年は権利行使できないとか、年間1,200万円までしか行使できないとか、10年間までしか権利行使できないなど、いろいろな制約がつけられ、それを満たさなければならず、これまた使い勝手が悪い。
さらに、機動性が悪いことが課題です。無償ストック・オプションは、会社法の制約で「報酬」として扱われているので、特に役員の方に付与される場合は株主総会の決議事項になります。上場企業で臨時株主総会などは、余程のことがなければ開けません。事実上、年1回の定時株主総会で決議する対応となり、必要なときに機動的に使えないわけです。
また、ストック・オプション導入にあたっては、上場会社の場合は当然その価値を算定する必要がありますが、これは会計上、株式報酬費用として費用計上するため、とくにマザーズなどに上場している企業にとっては損益にダメージを与える場合もあり、導入に慎重にならざるを得ないこともあります。
有償ストック・オプションとは?
―有償ストック・オプションは、無償ストック・オプションとなにが違うのですか?
有償ストック・オプションというのは俗称で、本来は「有償時価発行新株予約権」ともいわれ、その名の通り、会社が発行する新株を予約できる権利を役員や従業員が“買う”わけです。タダではありません。
有償でも無償でも、それに付随した条件を満たさなければ権利は行使できない。そこは同じです。ただその権利を“買う”か“もらえる”かの違いがあるわけです。
つまり自分で株を買うわけですから、投資の視点から株価への意識も高まり、仕事のパフォーマンスを上げていこうという気持ちや行動につながってくる。インセンティブが働きやすくなると言われます。
制度上の位置づけとしては、会社が発行した新株予約権という有価証券に投資してもらうわけですので資本取引として扱われるということになります。だから無償ストック・オプションと違って、新株予約権を行使し、株に換えただけでは別に税金はかかってこない。税金は株を売って現金化したときに初めてかかることになります。しかも有価証券の譲渡取引なので、税率は差額分に対して譲渡所得課税の約20%がかかるだけです。
このように、結果として有償ストック・オプションにすれば、税制適格と同じようなメリットがあることになる。もちろん自分で買うことになるからお金は自分で出すことになります。また発行するときも、公開会社の場合は株主総会の決議を経ることなく、取締役会決議だけで発行できるので、会社側からしても機動性がいいわけです。
有償ストック・オプションに死角はないか?
―キャッシュが出ていくことなく、社員のインセンティブにつながり、業績にコミットするのであれば、有償ストック・オプションは、ベンチャーなどにうってつけです。弱点、デメリットのようなものはないのでしょうか?
有償ストック・オプションの弱点がないわけではありません。そこで導入するには業績条件と株価条件がつきます。
ふつうストック・オプションの場合のオプション価格は、ブラック・ショールズモデルなどを使って計算するのですが、何の制限もないオプションだと、だいたい株価の40%くらいになる。40%というのは結構厳しい設定となります。
株価は業績を反映します。仮に毎年5,000万、6,000万、7,000万円と利益を出している会社だと、2年後か3年後に1億円とか1億5,000万円くらいに利益を上げないと、仮に株価が多少上がっていたとしてもオプション料を株価の40%も払っていたのでは権利行使してもほとんど儲からないことになる。
そこで業績の条件を加えることによって業績への意識付けをするとともに、結果としてオプションの価値が引き下がる仕組みが多く導入されています。その条件達成の難易度によってオプションの価値が変わってくる。いま100円の株価が、将来150円になったら行使できますという設定もできますが、逆に80円になったら強制的に行使しないといけないという条件もつけることができる。そうなると買った人が損をしてしまうこともありますが、そのリスクがある分、オプションの価値は低くなる。
ただ発行会社側としては、基本的に、より会社の業績のKPI(重要業績評価指標)にコミットしてほしいと思って発行するので、発行後は業績も株価も上がっていくことになるはずです。
無償ストック・オプションを多く発行していくと、既存の株主の持ち株比率が下がって希薄化していくことになります。当然既存株主からは「ふざけるな!」という声も上がるでしょう。しかし有償ストック・オプションであれば、業績が上がるよう、KPIにコミットするような条件をつけて設計しているので、無償で発行されるストック・オプションに比べて既存株主も納得しやすくなります。
有償ストック・オプションの活用企業は増えている?
―有償ストック・オプションを導入する企業はどういった企業が多いのですか?
2010年にソフトバンクさんがこの有償ストック・オプションを導入して大きな話題となりましたが、ちなみに本件はグループ会社のプルータス・コンサルティングがお手伝いしています。
当時、ヤフーBBなどの事業が伸びていて、ソフトバンクさんとしてもさらなる飛躍をしようというときでした。その際、孫正義さんの頭の中にあるようなKPIを全部この有償ストック・オプションに落として、それが達成できないとストック・オプションは行使できませんよ、というようなスキームにして、発行しました。結果としてその後のM&Aなども含めて大きく業績を伸ばしたようです。
以後IT業界の企業に広がりましたが、電通さんとか大和ハウスさんなど、ほかの大手企業でもかなり一般的になりました。ソフトバンクさんが使って以降5年間で、上場会社でも250件以上導入されています。また未上場の企業での発行事例もかなり増えています。
―そのストック・オプションを行使して億万長者になったといった報道もされました。一般企業の社員にとってもワクワクするような夢のある話ですね。
ソフトバンクの社員の方がストック・オプションでどのくらい儲けたというのは、我々はよくわからないんです。というのも権利の行使をするタイミングは社員の方々の判断次第なので。
ただその後、ソフトバンクさんの関連会社からも有償ストック・オプションの依頼は次々と来ていきましたから、会社の成長にとって有償ストック・オプションが非常に有効であることはかなり浸透していると思っています。ただし、有償ストック・オプションはあくまで投資制度なので、成功して利益を得ている事例がある反面、目標未達により権利が消滅し、結果的に損をしてしまっている事例も相当数存在します。有償ストック・オプションを導入する際には、メリットだけではなく、そのリスクも十分に理解しておく必要があります。
一方で、うまく業績目標を達成してキャピタルゲインが得られた事例であっても、あまり“儲かった”という話だけ独り歩きするのもよくないと思っています。金銭的刺激が大きすぎて、逆効果になることもあるからです。大きなキャッシュが一度に入ってしまうと、そこで安心してそれまでのモチベーションが下がってしまったり、退社してしまうことも起こりかねません。
優秀な人材を獲得するスキームとして注目される有償ストック・オプション信託
―未上場企業の有償ストック・オプションは、付与されたときの会社の成長ステージによってキャピタルゲインの金額が相当違ってきて、順調に行き時間がたつほど株価も高くなっているのでインセンティブとして魅力が減るのではないでしょうか?
実は、こうした有償ストック・オプションの弱点のようなところを克服しているスキームもあります。信託法に非常に詳しい弁護士とプルータス・コンサルティングのメンバーが開発した「有償ストック・オプション信託」と呼ばれるものです。特に上場を目指すベンチャーの方に刺さるスキームとして、いま非常に注目されています。企業価値をいったん「冷凍保存」するような効果があることから、日経新聞などで「冷凍型ストック・オプション」などとして紹介されています。
会社が成長していくと株価はどんどん上がっていくわけですが、たとえば創業2、3年目の時点で発行されるストック・オプションと、6、7年目の上場直前に発行されるストック・オプションというのは、同じストック・オプションでも、前者のタイミングでの発行と後者の発行タイミングではぜんぜん違う。その後の株価の伸び率に差が出るわけです。だからストック・オプションを発行するなら株価が安い、創業間もないときの方がいい。
一方で、一般的に優秀な社員というのは、会社が大きくなっていったほうが入ってきやすいものです。ベンチャー企業の最初の頃は、社員に支払う十分な給料が出せない。そこでストック・オプションが効いてくる。けれども、後から入った人には、前に渡した人ほど旨味は渡せない。
より具体的な話をすると、創業2、3年目であれば、まだ要りませんが上場前というのはすごく優秀なCFO(財務担当役員)が必要になる。でも、そんなに給料は出せない。そこでストック・オプションを渡せればCFOを雇えるのではないか、という相談を受けたことがあります。上場後に株価に上がれば、そこそこのインセンティブにもなるので。しかし、発行タイミングによって既存の役員・従業員との間で格差が出てしまう。そういった問題を解決するために考え出したのが、有償ストック・オプション信託です。
新株予約権を信託にプールし、現在の従業員やその後に入社する方も含めて、定期的に実施される評価によってポイントを付与し、評価ポイントに応じて信託から新株予約権を割り当てる仕組みです。最初に決めたルール(ポイント付与規定)に則り、機械的に割り当てていくので、信託に新株予約権を付与した時点の価格が固定され、後に入社した有能な人材にも過去の価格で設定された新株予約権を付与することができるというメリットがあります。
このスキームであれば、後から入社した人にも、安い株価のときに付与した新株予約権を付与できるので、大きなインセンティブを与えることができるのです。
上場を目指さなくてもストック・オプション導入は意味がある?
―起業家の方などがストック・オプションを使うことによって、会社にとってどういったメリットがあるかということを、改めて教えてください。
上場を目指している会社さんにとって、ストック・オプションを使うことは非常にメリットになると思いますが、必ずしも上場を目指していなくてもストック・オプションを使うことは意義があると思っています。
たとえば将来自分の会社を売却する予定があり、その売却時に従業員等に対しても報いてあげたいという思いがある人であれば、ストック・オプションはその1つの方法として有効だと思います。
これはやっているところは少ないですが、有償ストック・オプションを発行した後、一定期間後、自社株買いのように会社が買い戻してあげるというのもありでしょう。その期間中に業績が伸びた分を、給料ではなくエクイティで還元するというようなイメージです。
これは実は当社でも導入する予定です。なぜそういったことを考えるかというと、株を売る場をつくる、ストック・オプションのエグジット(出口)をつくるということです。
上場を目指す未上場の会社では、将来に株を売る場があるので、ストック・オプションを導入する意義が分かり易いですが、上場を目指さない会社にとってストック・オプションの付与がどのような意義があるかという問いに答えるためでもあります。
私としては、上場を目指さない企業さんにとっても、ストック・オプションを考えること自体に意義があると考えます。ストック・オプションの導入を考えている企業さんは、業績を上げて、株価を上げることを目指していますが、業績条件を厳しくしすぎて、みんなが「こんなのは達成できないよね」と思ってしまったら意味がありません。かと言って株価が上がりそうもないストック・オプションを導入しても、誰も買う気がしないでしょう。
経営者と社員の思い、ゴールに乖離があるとストック・オプションはうまく作用しません。経営者と社員の方向感、ゴール感を「これでいいよね」ときちんと確認する意味でも、ストック・オプション、あるいは有償信託の導入の検討は非常に意義あるものだと考えます。
<プロフィール>
門澤 慎
1979年10月大阪府生まれ。慶應義塾大学経済学部卒 公認会計士。大学卒業後、マツダ株式会社にて経理業務、国内系監査法人にて法定監査業務、M&Aブティック会社、有限責任監査法人トーマツ、株式会社プルータス・コンサルティングにて、M&Aアドバイザリー業務、株式価値算定業務、財務デューディリジェンス業務、資本政策アドバイス業務に従事した後、2017年1月にワンサイドのM&Aアドバイザリー業務に特化したサービスを展開する、株式会社プルータス・マネジメントアドバイザリー立ち上げに参画。 また親族外事業承継の専門団体である一般社団法人虎ノ門会を運営するとともに、ソフトバンクや京都大学経営管理大学院等、多数の企業や団体で講師を務める。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(第3版 共著、中央経済社)、論稿に、旬刊経理情報No.1323「コスト・アプローチの評価プロセスごとに整理 PPAにおける機械設備評価のポイント(共著)などがある。
株式会社プルータス・マネジメントアドバイザリー
設立年月日:2017年1月
所在地:〒100-6030 東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビルディング30階
事業内容:M&Aアドバイザリー業務
http://plutusmaad.jp/