投資家が嫌う農業、医療、製造業「Hard Tech」分野に特化する、プロトスター株式会社COO山口豪志氏にベンチャー支援戦略を聞く
クックパッドやランサーズの社員として会社の飛躍的な成長を実現し、個人としても30を超える企業に投資、エンジェル投資家としての顔も合わせ持つ山口豪志さん。そんな山口さんはベンチャー企業支援をさらに加速するべく、2015年5月に株式会社54を創業。さらに、2017年7月からは「これまでにない新しい形で起業家を支援する」というプロトスター株式会社に代表取締役COOとして参画しています。
数々のベンチャー企業をその目で見てきた彼が支援したいと思うのは、一体どんな起業家なのか。そしてなぜ今、あえて新しい形態の起業家支援を始めるに至ったのか。日本のスタートアップ業界に対する問題提起。
既存ベンチャー支援スキームの問題
―山口さんが2017年7月に参画されたプロトスター株式会社とは、一体どのような組織なのでしょうか?
ベンチャー起業家をメインに据えた新しいビジネスモデルを作りたいという想いから始まったのが、プロトスターです。これまでなかった、“本質的なベンチャー支援”を行っています。
―それはつまり、昨今行われている一般的なベンチャー支援は、本質的な支援ではないということですか?
そう感じていますね。ベンチャー支援には大きく3つのモデルがあります。1つは行政。例えば公的機関(国や東京都)からの補助金です。僕たち自身も東京都からの補助金の対象企業でして、元々はそこから始まっています。2つ目がVC。いわゆる資本家が、ハイリスクだけどハイリターンのベンチャーに投資するというものです。そして3つ目がオープンイノベーション。大企業がベンチャー企業と共同で事業開発していくというものです。
これら3つがオーソドックスなベンチャー支援のモデルなのですが、行政は1年ごとに支援体制が変更して終わってしまうし、VCは利回りが良い企業や早く現金化できる企業を選んで投資するのでそれ以外を捨てることになります。大企業は大企業で、株主の目を気にして、その時々の社会トレンドに合わせてやることがどんどん変わってしまいます。どれも本当の意味で中長期的にベンチャーを主語にした支援になり得ないんですよ。これは日本に限らず、世界的に見ても同じことが言えます。だから僕らは、ベンチャー企業にとって最もフレンドリーでフェアな組織体になりたいと思ったんです。
―プロトスターでは、どういった点において既存の3つのモデル(公的機関・VC・大企業)の支援と異なるのでしょうか?
そもそもプロトスター創業当初の発想として、「支援者がつきにくい領域を支援したい」というものがありました。例えば投資家の観点で各産業を比較した場合には、IT業界を代表事例としてスマホアプリやWEBサービスのようにマネタイズまでの時間軸が比較的早く回収フェイズに転換できるものは、ビジネスとしては儲かりやすくて投資案件としておいしい。一方で農業や医療、技術開発を伴うメーカー的な事業はマネタイズまで平気で3年以上というのが当たり前の世界では、資金回収までにかなり時間がかかります。
そうした領域を、我々はゴールまでの道のりが困難ということで「Hard Tech」と呼んでいます。Hard Techはどうしても支援者がつきにくいんです。一般的に投資家は、投資をするときにリターンまでの距離感や時間軸を考えます。投資してから7-10年で現金化して資本回収できないと、VCの事業モデルとしてはだめ。となると、ビジネスの観点でベンチャーに長い時間をかけてジックリと寄り添うことってそもそも難しいんですよ。だからこそ、僕たちは支援者がつきにくいHard Tech企業を支援しようと考えました。
マネタイズに時間のかかるHard Techベンチャーの支援方法
―どんな形でHard Tech企業に対して支援を行っているのですか?
プロトスターの1番のコアコンテンツに「スターバースト」という起業家コミュニティがあるのですが、ここに所属する起業家たちに対してありとあらゆる支援を無償で行っています。完全にボランタリーでやっているので、もちろん入会へのフィーもかかりませんし会費等も一切ありません。起業家にとっては純粋にメリットしかないと思います。
―山口さんをはじめとするプロトスターの実績を持つ人たちから、無償で支援をしてもらえるなんてすごいことですね!具体的な支援内容も教えてください。
例えば、僕たちが繋がっているVCや投資家たちを起業家に紹介します。また僕らの豊富なアライアンスやチャネルに、僕らが自分たちで目利きして認めたベンチャー企業やサービスを繋げているんです。コネクションや繋がりって、結構ビジネスのきっかけになりますからね。僕らが情報のハブとなって、どんどん人と人、企業とベンチャーを繋いでいくという役割を担っています。
もちろん、どちらか一方の都合で繋げることはありません。できる限り「今は何に具体的に困っているの?」と起業家それぞれにヒアリングしながらサポートをしています。悩みの事例としてはお金のこともあれば、人のこともあったりします。
―現在100を超える企業がスターバーストプログラムに所属しているとのことですが、そうするとまだ始まったばかりの企業から大きな企業まで、様々な規模の企業があると思います。やはり、規模によっても支援の形は変わってくるのでしょうか?
変わりますね。例えば資金調達が3〜5千万円くらいの規模で社員も数名程度だとまだ日々の業務が煩雑でいろいろやることが多く、自分たちだけで自社主催でイベントの開催ができないというようなことがよくあります。そういうときは、僕らの会社で一緒にイベントをやることでベンチャー企業を目立たせる機会をつくることもあります。
逆に資金調達が何十億レベルになってくると僕ら単体ではケアしきれないので、パートナー企業と連携して支援するということもあります。でも、たとえどんなに会社が大きくなってもコミュニティとしてはずっと仲間で支援しつづけます。
アクセラレーターでもインキュベーターでもない支援の在り方
―起業家にとっては非常に心強いですね。ちなみに、支援先に投資をするということはないのでしょうか?
ないですね。
―それはなぜですか?
投資する役割で関与したら、一般的なVCや資本家と同じことになっちゃうじゃないですか。僕たちは、あくまで起業家に対してフレンドリーで対等な関係でありたいんです。理由としては、資本家って結局ずるいんじゃないかという感情的な想いが根底にあって。
僕自身もクックパッドやランサーズの一社員だった過去があり、当時は株主ではありませんでした。株主と労働者が対峙したとすると、100対0で圧倒的に株主の方が権利が強くて偉いんですよ。ただ、その企業の資金の源泉である利益を稼ぎ出したのは社員ですし、社員の日々の活動があるからこそ会社は成り立っている。それなのに力関係は労働者の方が弱い。非常にアンフェアですよね。個人的に、そこに対して憤りのようなものを当時からずっと感じていたんです。僕自身も今は資本家や株主という立場でもあるので2面性を持っているけれども、投資する側が労働者に対して傲慢に対応したり、偉そうにするのは好ましくないと思っています。
―なるほど。あくまでも起業家と対等な関係であるために、投資はせず無償で支援するというモデルを作ったのですね。他になかなか例がないモデルだと思いますが、そんな自分たちのことをどのように定義されていますか?
アクセラレーターでもなければインキュベーターでもなく、フルコミットのサポーターとでも言えばいいでしょうか。このような起業家支援のモデルは世界にもないので、新しいワーディングが必要かもしれません。今だと“イノベーションパートナー”という表現が最も近いのかもしれません。
僕ら自身の価値は、世の中の進化や変化を促進させることでしょうかね。ある特定の業界だけでもまず発展して盛り上がると、結果として社会全体にも波及して盛り上がるじゃないですか。過去の事例としてはiPhoneが生まれた前後で、人々の生活は圧倒的に変わって豊かになったと思うんですよね。昔の人が電気や車、通信技術を発明して人類が前に進化して歩んできたような変化を促すことができれば、僕ら自身の存在価値があるのではないかなと思っています。
-ただ、無償で支援するとなると、プロトスター自体としてはどのようにマネタイズされているのでしょうか?
昨今のトレンドとして大企業はCVCを作るなどベンチャーへの投資熱が高まっていると言えます。CVCをつくる大企業や有望なベンチャーと繋がりたいという会社はかなりの数に上っており、僕らが目利きをしたり間を取り持つことが付加価値となるので企業側から喜んでいただける領域は様々なパターンがあります。既にそういった過去からの積み上げた活動を評価いただいているので、自社の売上に貢献するキャッシュポイント自体はそこに置いています。
―その他にも起業ログやJUMPSTARTといったWEBサービスやメディア媒体を持ってもいますものね。そもそも、プロトスターの起業家コミュニティ「スターバースト」ではどのように起業家を選定しているのですか?
2ヶ月おきにスターバーストのプログラムを定期開催していて、そこに毎回50〜60社の応
募がきます。その中から厳選して選んで、5%程度の2〜3社を選定します。僕ら自身がある種の時間やリソースを持ち出しで無償で支援することになるので、そこはしっかりと選びますよ。社会的な課題に対してまっすぐに向き合い、その課題解決のために石にかじりついてでもやってやるという起業家自身の気概は必要だと感じています。
また、我々が選んだ起業家の中に「どこかの起業家コンテストで優勝しました」とか既に資金調達を終えていますというようなところはほぼありません。そういう既に実績がある起業家にとっては既に僕らは必要ないという認識なので。まだ起業前でアイディアしかないとか、誰も現状のままだと投資しにくいといったような本当の「ゼロ前のベンチャー企業」を選ぶようにしています。
―山口さんとしては、どんな起業家を支援しようと思いますか?
本質的には「本当に価値があるものを生み出せる人間」ですね。あと、お金に対して強いこだわりがある人が僕は好きです。お金を儲けるって、裏を返すと価値を相手にしっかりと提供できるということですよね。相手に対して価値があると思えるモノやサービスを提供しているという自信を持っている人間じゃないと、ビジネスでは勝てないと思います。
Hard Techなのでマネタイズに時間がかかるとしても、マーケットにとって間違いなくニーズがあると起業家自身が自信を持って言えるならば、その価値は十分にあると考えます。
自分がやっていることが周りの人や世の中にとって価値があると信じている起業家だからこそ、僕らも応援する甲斐があるんです。そもそも、自分がやりたいことにこだわりを持っている粘っこい人じゃないと、結局は事業自体が続けられないですしね。
日本のスタートアップが解決すべき課題
-山口さんはこれまでに多くのスタートアップ企業を見られてきたと思いますが、ずばり、日本のスタートアップに足りないと思うものは?
シンプルに営業力ですね。とにかくセールスが弱過ぎます。3千万、5千万を資金調達している暇があったら3千万、5千万を事業で稼いだほうがいい。コンサルだろうが、受託だろうが代理店だろうが、何でもやってできないことはないんですよ。
―セールスが弱いというのは、どういう意味ですか?
客観的にそういう売れない起業家を見ていて思うのは、あーこの人はきっと自分や商品に自信がないんだろうなと感じます。自分がやっていることに自信を持てないから売れないんだと思うのです。自分がやることに自信が持てないような人がビジネス界の荒波に揉まれて起業したところでうまくいくわけないですよね。自分の力で売上と利益を上げることができないのであれば、どこかの企業でサラリーマンをやっていた方がいい。
特に自社で社員を雇って会社を経営していくのであれば、生半可な気持ちじゃだめです。何かあったら社長が身体を張ってでもとにかく社員の給料分が稼ぐ!くらいの気持ちじゃないと、会社経営をやる資格はないと思います。そういう意味でも、やっぱり営業力というかセールスができることはとても重要だと思います。
あと、薄々感じているのが日本ではセールスに対してのリテラシーやリスペクトが足りないんじゃないということです。良いものを作ったとしても、それが勝手に売れるわけがないじゃないですか。セールスやマーケティングがあるからこそ、それを求めている人に届いて良いものだと感じれば買ってくれる。そうして売上や利益が出るから、プロダクトはより良いものになるし、企業も成長できるんです。そういうセールスやマーケティングを軽視しているところが、日本のスタートアップの弱いところなのではないでしょうか。
―なかなか厳しいご意見ですが、実際そういった面も日本のスタートアップにはあるのかもしれませんね。起業家は決して楽な道ではなく、悩みも多いと思います。そんな悩める起業家へのアドバイスをお願いします。
悩むときはトコトン悩めばいいと思います。僕ができることとしては、前例をいっぱい紹介してあげることでしょうか。クックパッドだって最初の8年くらいはずっと貧乏な会社でした。でもあるときからは、創業者が日本の長寿番付に載るくらいにまで急成長したんです。
僕が個人投資した先の企業の中で既に社員が100人を超えて大きくなっているところもいっぱいありますけど、元々は前職を辞めて0から起業した人ばかりですし、苦しい時期や誰からも相手にされなかったような時代はみんな必ずあります。その苦しさや困難の先に、叶えたい未来やビジョンがある起業家しか残らないフィールドなんです。僕の自叙伝(『逆境のビジネス略歴』)じゃないですけど、逆境なんてあるのが当たり前なんですよ。
―それでも逆境に負けて辞めたいと思う起業家もきっといるでしょう。そういった人に対しては、どんなアドバイスをされますか?
しんどかったら、辞めていいんですよ。僕は辞めるなとは決して言いません。それがたとえ自分の投資先だったとしてもです。ただ1つ、「後から後悔するようなダサいことだけはやるな」と言いますね。
余談ですが僕は内村鑑三が好きなんですけど、彼の著書の『後世への最大遺物』の中に「生き様のみが、人が唯一残せる後世への遺物だ」という内容が書いてあるんです。例えば織田信長や豊臣秀吉を僕らは知っていますけど、それって彼ら自体の生き様を知っているんですよね。僕が事業を辞めようとする起業家に言うのは、「もし逆境にビビって逃げたとしたら、それはビビって逃げたという足跡を残すことになる。お前自身がそれでもいいならそれでいい。ただ、ビビッて逃げたという生き様は残るんだぞ」と。
成功と失敗って、諦めたら失敗と言われるだけであって、諦めずに続けている限りは成功とも失敗とも、どっちとも言えないと思うんです。僕自身は自分の人生負けなしだと言っていますが、それはずっと粘って事業やビジネスを続けているから。ずっとプレイヤーでいたいし、ずっと事業をし続けているからこそ勝ち負けがついてないだけなんです。
もちろん今までにいろんなことがありましたよ、トラブルもいっぱいね。でも、「何もない人生よりは、何かある人生を送りたい」というのが最近の僕のキャッチコピーなんです。その方が良いと思いませんか?楽をしたいなら、起業なんてしない方がいいんです。サラリーマンでいた方が絶対にいい。起業家に限らず一人で事業をするフリーランスにも言えることですが、事業を自己責任でやることが楽なわけがないんですよ。
僕なんかは、ただ事業をすることが好きだからやっているんですけどね。
―ありがとうございました。
【プロフィール】
山口 豪志(やまぐち ごうし)
1984年岡山県岡山市生まれ。茨城大学理学部卒。2006年からクックパッド株式会社の創成期に参加し、トップセールスで貢献する。2012年からはランサーズ株式会社の3人目の社員として実績を残した。2013年にはベンチャー企業への投資活動を開始。2015年5月に株式会社54を創業し、多くのベンチャー企業への支援に力を入れる。2017年7月、プロトスター株式会社にCOO(Chief Organizing Officer)として参画し、今に至る。著書に『逆境のビジネス略歴』(デザインエッグ社出版)、『0 to 100 会社を育てる戦略地図』(ポプラ社)がある。