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2019年05月10日(金)

IoT時代の商品開発の進め方。ニッチなハードウェアを突破口に電子マネープラットフォームへ進出~株式会社ポケットチェンジ

経営ハッカー編集部
IoT時代の商品開発の進め方。ニッチなハードウェアを突破口に電子マネープラットフォームへ進出~株式会社ポケットチェンジ

ハードウェアとネットサービスの連結を可能とする昨今のIoT環境では、今まで思いつきもしなかった商品開発が実現できる。本稿では、ハードとソフトを車の両輪として回し、その相乗効果によってビジネスを拡大している株式会社ポケットチェンジにIoT時代の商品開発を学ぶ。

ポケットチェンジのもともとの商品開発のフォーカスポイントは、旅客が海外から日本に戻った際の余った外貨を捨てたくないという、小さいけれど切実なニーズだ。こんな誰もが見捨てるニーズを拾った外貨両替機開発をきっかけに、電子マネー発行プラットフォームを構築するにいたった道のりはどのようなものだったのか?今回、代表取締役社長の青山新氏と、共同代表で営業部トップの松居健太氏に、着想から構築に至るまでの経緯や突き当たった壁についてお話を伺った。

外貨両替機開発の七転八倒

-まず、外貨両替機とはどんな機械なのでしょうか?

松居:我々が「トラベル」と呼んでいるこの機械の機能はいたってシンプルです。外貨を入れると自動的に選別、換金され、交通系ICカード、楽天Edy、WAON、nanacoなど、お好みの電子マネーにチャージできる。対応通貨は、米ドル・ユーロ・中国元だけでなく、韓国ウォン・台湾ドル・シンガポールドル・香港ドル・タイバーツ・べトナムドン、そして日本円にも及びます。 

旅客が多い羽田空港、成田空港や、海外観光客が多い商業施設など30か所以上で「トラベル」を設置し、サービスを提供しています。

―ものすごくニッチな領域かと思いますが、この機械を作ろうと考えられた動機を教えてください。

旅客や出張者が海外から日本に戻ってきた際に、外貨が余って困ったという経験のある方はとても多いと思います。本当は経済的な価値のあるはずの外貨が、単に「日本では使えないから」という理由だけで流動性をもたなくなる、つまり使われなくなってしまうのがもったいないなと感じていたんです。

もともとチケット会社で働いていたのですが、コンサートのチケットを購入したのに、購入者が仕事や急用で行けなくなり、転売市場がないために利用されないまま終わってしまうという事例がよくありました。そんな原体験もあって、余った外貨に再び経済的価値を持たせ、流通させられるような仕組みができないかと考えたのです。

-製造についての最終決断はどのようにされたのでしょうか?

松居:余った外貨をどうしたものかと考える第一の場所は空港だと思い、「外貨を両替して電子マネーにできるアイデアをどう思うか」について、空港で働いている方に直接意見を聞いてみたいと考えたのです。

しかし、背景もよくわからない一ベンチャー企業が、影も形もない構想だけをもって、現場の社員がまともに相手をしてくれるかというと、はなはだ心もとないと感じました。構想段階でも話が聞いてもらえるのは、信頼のおける人からの話である場合のみです。そこで、ありとあらゆる人間関係から、もっとも確実にキーマンにアポが取れる方法を考えました。

ちょうど僕の先輩にタクシー会社を経営している人がいて、彼ならタクシーを所管する国土交通省にもしかしたら人脈があるかもしれないと思ったのです。果たして、公共、民間のあらゆる交通機関を統括している部署の方を紹介していただき、そこからのさらなる紹介で空港運営会社の総務部長に会うことができたのです。実は、その方は国土交通省から出向されている方でした。結果、利用者に役立つサービスになるということで、大いに賛同いただけました。

動き始めてわりと早い段階で興味を持っていただけたので、「これはいけそうだ」という手ごたえを得て開発を決意し、3年ほど経ってカタチにできそうだというイメージがついた段階でポケットチェンジを創業したのです。

―今までにないハードウェアの開発は相当難しかったのでは?

青山:先程松居が話したように「トラベル」のアイデアはすでにあり、空港との話も始めていて、「君が作ることさえできれば売ってこれるんだけど」という状態で開発が始まりました。私としては作ることなら幾らでも挑戦できるので、まさにエンジニア冥利に尽きるといった感じでした(笑)まずは、市販の2通貨のみ対応のコイン計測器を調達し、それをパソコンにつないで動かすところから始めました。

それで行けそうだという感覚を掴んだ後は、通貨種類を増やすためにコイン計測器を増やして流路を作ってつないだり、コインの一次受けの機構を作ったり、画面を実装したりしながら少しずつ育てていきました。

以前いた会社で、超音波を出すデバイスは作ったことがあったのですが、そのときは単純に音の出る基板さえ作れば良かったんです。しかし、トラベルの場合は、いろいろな種類のコインを入れると機械の中のモノが実際に動きます。この「実際にモノが動く」というところがネックで、コインをメカでガチャガチャと判別して必要な場所に入るようにしたり、キャンセルされたら返却口に戻したりと、現実世界に作用しようとすればするほど、単純なデジタルの問題ではなくなってきます。もともとソフトウェアのエンジニアとしては、そこが一番大変な部分で、今でも苦労しています。

ソフトウェアやデジタル回路では有限の状態(離散的な状態)を扱うため、制御は比較的簡単なのですが、モノが現実世界に作用し始めると、扱わなければいけない状態が無限に膨らんでいくのです。

しかし、手探りでいろいろ調べたり基板を作ったりしているうちに、何とかコインを入れたらある程度ちゃんと動かせる仕組みを作ることができました。

-実際の製造はどのように行ったのでしょうか?

青山:中身は我々が作るつもりでいましたので、まずは板金屋さんを探すことにしました。初めに見つけたのが、岩手県にある板金屋さんだったんですよ。ところが、誰もやったことのない事業なので、こちらとしてはスタートアップのノリでどんどんアップデートしたい、しかしやはり遠いと迅速に対応ができない。そこで、止む無くいったんお取引を中止させていただいて、何社か転々とした後、最終的に今お付き合いのある墨田区の工場に決めました。それが2018年の3月くらいのことです。墨田区だったら近いので、何かあればすぐ車で駆けつけられて、細かいことでも相談しながら調整してもらえるのが最大のメリットですね。

―機械の運用面ではどんな困難があるのでしょうか?

青山:ウェブサービスとの違いはすごく感じますね。ソフトウェアと違って、ハードウェアは壊れたり、すぐ動かなくなったりします。動かなくなると、お金を扱っているものなので、すぐ来いという話になる。一度不具合が発生すると修理や交換しなきゃいけないんですが、場所によっては飛行機で行かないといけなくて、時間がかかることもあるんです。

以前のウェブサービスを作っていたときには、数万人がリアルタイムに使うサービスだったりしたこともありますが、そちらのほうが楽だったかもしれません。今全国に「トラベル」が30数台あるのですが、「ハードウェア イズ ハード」という言葉があるように、何万人が使うシステムの運用より30数台のハードウェアの運用のほうがハードかもしれません。なので、最近は「運用負荷をいかに減らせるか」の戦いをずっとしています(笑)。

電子マネープラットフォームへの進出

―ハードからソフトウェアに広げていく商品開発展開はあまり例がないと思いますが、その狙いは?

青山:世間では今キャッシュレスが叫ばれているため、外国の硬貨も今後必要なくなってくると見えるのでしょう。NewsPicksでも、初めに当社のことが取り上げられた際には「今更小銭なんて古い」だとか「これからはキャッシュレスの時代なのに現金フォーカスなんて典型的な遅れた日本のサービス」だとか、大方がネガティブな意見でした。私としては、あえてその逆を行き、現金から入るのが今面白いと考えています。

なぜなら、「明日からすべてキャッシュレスになるので、日本人は全員現金を使わなくなります」とはならなくても、今後「現金がいらないから電子マネーに変えたい」というニーズがだんだん加速してくると考えているからです。我々は、現金から電子マネー(キャッシュレス)に移行していく過渡期に於いて、逆に現金を扱えることが価値につながっていくと思っていて、将来は不要な現金を電子マネーに変えるところでプレゼンスを取っていきたいのです。そこで、去年の10月から、日本円の現金を扱える「ポケペイ」という電子マネーのプラットフォームをリリースしました。

―なるほど、「ポケペイ」プラットフォームとはどんなサービスなのでしょうか?

青山:誰でも、どんな事業者でも、簡単にオリジナルの電子マネーやポイントが発行できるモバイル決済プラットフォームです。このプラットフォームには現金チャージ機や交換機が標準で用意されていて、発行された電子マネーは相互に交換できたり、既存の電子マネーに交換したりできるようにしていこうと思っています。このサービスを思いついたのは、「トラベル」の想定外の使い方でした。2017年頃のこと、日本円の小銭を「トラベル」で電子マネーに変えている日本人がたくさんいたのです。当時は、日本円の小銭をチャージできる電子マネーチャージ機ってうち以外になかったんですよ。

「トラベル」の出荷台数は、今後増えたとしても今の100倍にはならないだろうと思っています。そこで、「トラベル」で使っている「現金を扱えるシステム」を応用したモバイル決済プラットフォームを開発して、飲食店やスーパーなどの事業者様が自分で簡単に電子マネーを作れるようにすればよいのではないかと考えました。さらに、その電子マネーに互換性を持たせれば、ユーザーも利用しやすくなりますよね。

今後は、店舗や商業施設だけでなく、地域通貨や特定のイベントだけで使える電子マネーを作れるようにしていきたいです。さらに、すべての事業者をつないで、ある場所で作った電子マネーを別の電子マネーとして払い出しができるようにもしていきたいと思っています。

―「トラベル」だけでなく、将来は「ポケペイ」の展開もとても楽しみですね。最後に、今後の展望についてお聞かせください。

今、有名大手企業が電子マネー(キャッシュレス)にどんどん参入してきています。電子マネーを導入したいのであれば、そういうところに乗るのもひとつの方法ではありますが、既存のペイメントシステムを利用しようとしても、決済手数料などの形でお金が出ていってしまうだけでなく、自社の販促ツールとして使ったり、自社の決済の情報を解析したりすることはできません。

自社の電子マネーを発行し、それを販促ツールとしても使える「ポケペイ」という、モバイル決済プラットフォームが当社でできつつあるので、自分たちの手で電子マネーをつくるということをぜひ検討していただきたいなと思います。

当社ではそのためのツールを無償でお貸しし、ユーザーが電子マネーを利用された際には、我々のほうにも少し収益が入る仕組みを今構築している最中です。現金を扱えるハードを用意することで、キャッシュレスへの過渡期に於いて、スムーズにキャッシュレスへの移行を促進し、全国各地に設置されたキオスク端末で、現金と各種電子マネー同士をつなぐことによって、プラットフォームとしてのプレゼンスを高めていきたいと考えています。

【プロフィール】
青山 新

東京芸術大学院映像研究科卒。在学時より産総研等にてエンジニアとしてキャリアを重ね、2011年、創業当初の(株)スポットライトに参画、超音波解析技術を用いたデバイスの開発およびアンドロイド開発、サーバサイド開発に携わる。2015年(株)ポケットチェンジを創業、代表取締役に就任。ソフト/ハード両面でプロダクト開発をリードしている。第5回 ニコニコ学会βシンポジウムにて「研究してみたマッドネス」大賞。最近のヘビロテはトムヤムクン。


松居 健太
東京大学大学院工学系研究科卒。在学中より、スタートアップ立上げや大規模国際NPOなどの経営に携わった後、マッキンゼーに入社。マネージャーとして、小売流通業界などの事業・組織改革、戦略立案、オペレーション改善等に従事。2010年、(株)チケットスターを創業。設立3年目に取扱高50億、黒字化を果たし、楽天グループに事業売却。15年に(株)ポケットチェンジを共同創業。事業開発、アライアンス、営業、資金調達等、ビジネス面の全般をリード。

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