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2019年05月20日(月)

会社の経営力を高める共通言語、「ビジネス数学」で社員を経営参画者にする方法 ~公益財団法人日本数学検定協会 専務理事 高田忍氏

経営ハッカー編集部
会社の経営力を高める共通言語、「ビジネス数学」で社員を経営参画者にする方法 ~公益財団法人日本数学検定協会 専務理事 高田忍氏

もし、あなたが経営者や経営幹部であったとして、社員に対し、ある現場における課題の報告を求めるとしよう。その時にどの程度、イライラせずに満足のいく説明を受けることができるだろうか?

あるいは、社員が会社全体の財務諸表や、経営目標、事業部の目標が成り立っている根拠をどれだけ把握し、全員自分事として動いているだろうか?

もし、そうなっていないとすれば何かが足りない。その足りない能力の一つが数学力だと、日本数学検定協会の高田氏は断言する。そこで同協会では、数学力をビジネスに応用する「ビジネス数学」を提唱している。

折しも、今はAIやIoTが台頭している時代だ。経団連の中西会長が2018年12月4日に発表した「今後の採用と大学教育に関する提案」の中で「文系・理系を問わず情報科学や数学などの基礎科目を全学生の必修科目にすべき」と提言しているように、今後はAIやIoT、ビッグデータをビジネスで活用するには数学的な能力が不可欠である。まったくその通りだが、高田氏が指摘するのは、中小企業も含めて組織に必要とされている数学力であり、もっと基礎的で汎用的なものなのだ。

「ビジネス数学」はなぜ必要か

-「ビジネス数学」とはそもそも何なのでしょうか?

「ビジネス数学」は、日常生活における数学力を高める数学検定から生まれてきたものです。まず、なぜビジネスに数学が必要なのか?その理由から紐解いていきましょう。

私たちは、ビジネスに必要な5つの力を定義していますが、あえて「数学」という言葉を抜きに説明しますと、ビジネスシーンで求められるビジネス力は、大きく5つに分けられると考えています。

物事の状況や特徴をつかむ「把握力」、規則性や変化、相関性などを見抜く「分析力」、いくつかの事象から最適な解を選ぶ「選択力」、過去のデータから未来を見通す「予測力」、情報を正確に伝える「表現力」です。これらの力は、ビジネスシーンの至るところで必要とされます。

重要なことは、社員がビジネスシーンに潜んでいる意味のある数字を見つけ出し、それらの関係性をしっかりと把握し、目的に応じてそれらを組み合わせる思考プロセスと、数字による表現力を身につけることです。これが抜けていると、どうしても定性的なコミュニケーションに陥り、課題が特定できないし、組織として正しい課題解決ができないといったことが起こります。

対して、5つの力で、あらゆる事象を数字やグラフで定量的に表現できるようになることによって、課題の構造、緊急度や重要度、取り組む優先順位などを組織内で正しく把握でき課題解決ができるようになります。

これを会社全体の経営に広げたものが、PL、BSの数字やその推移の理解ということになります。全体的な業績を数字で把握することによって、はじめて会社の課題を理解し、個々の社員は今後どのように経営に参画していけばよいのかが腹落ちした状態になるのです。

現実の業務となっているビジネスコミュニケーションを、数字を元にして行う力を社員に身につけさせ、企業の経営力を高めることに寄与しているのが「ビジネス数学」なのです。

-この5つのスキルの相互関係とその詳細はどうなっているのでしょうか?

ビジネスに必要な5つの力の関係性ですが、これらは一つながりになっています。まず、ビジネス上で何が起きているのかを「把握」することが必要です。次に、把握したものがどうなっているのかを「分析」しなければなりません。分析した結果、これからどうすべきなのかを考えて複数ある選択肢の中から「選択」をする必要があります。

また「分析した結果こうなるのではないか」と「予測」を立てることもあるでしょう。さらに、それらを自分なりに解釈して相手に説明するためには、「表現力」も欠かせません。その5つの力の詳細は以下のようになります。

日本数学検定協会webサイトから加工

このような一連のスキルを高いレベルで社員が修得すれば、会社の経営力が上がっていくイメージがつくのではないかと思います。

「ビジネス数学」を構想した背景は?

―「ビジネス数学」のベースになっている、数学検定について教えてください。

数学検定は、英語技能検定(英検)や日本漢字能力検定(漢検)と並ぶ、「3大検定」と呼ばれる検定の一つです。約30年前に私たち、日本数学検定協会がつくったもので、正式には「実用数学技能検定」と言います。出題範囲も幅広く、幼児向けのかず・かたち検定(シルバースター・ゴールドスター)から大学卒業レベルの1級まで、全部で15の階級を設けております。

受検者数でいうと、英検は年間350万人、漢検は200万人、そして私たちの数学検定は38万人となります。本来、数学も英語や漢字に負けないくらい実用的なはずなのですが、まだ英検や漢検に比べて受検者が1桁少ない状況です。

もともと数学は英語でMathematicsといいますが、実はそこには「考えること」「人としてすべきこと」という意味があります。ですので、数学は全世界で70億人が何らかの形で関わっているということになるはずなんです。今、英語人口は全世界で10億人ですので、数学検定も英検と同じくらい、もしくはそれ以上に広がっていてもおかしくはありません。

―ビジネス数学力の修得度を測る「ビジネス数学検定」はどのような経緯でできたものなのでしょうか。

当協会は、学習フェスティバルなどのイベントへの出展も積極的に行っているんですが、そこで数学検定を少しでも知ってもらおうと「模擬検定」をよく開催しています。通りがかったお子さんに「ちょっとやってみない?」と声をかけると、けっこう興味を持って集まってくれるんですね。そのとき、参加したお子さんの中に「これって将来役に立つの?」と親御さんに尋ねる子がよくいらっしゃるんですが、親御さんたちは「そんなの役に立たないよ」とおっしゃるんです。親に妨害されては、私たちはなすすべもありません。

確かに、算数では「エンピツを○本買いました」「サイコロの○の目が出る確率は」といった問題をよく見かけますよね。小学校低学年からこのように役に立ちそうもない問題をやりつづけた結果、数学は役に立たないという先入観が定着したのではないかと思いました。

そこで、親世代の意識を変える必要があると感じ、数学は人が生きていくうえで役に立つんだということを理解していただくため、問題設定を実際のビジネスシーンで起こるシチュエーションに落とし込めないかと考えました。設問で訊かれているテーマが、より仕事に使える身近なものになれば、問題を解くときに「自分の会社でも確かにこういうことがあるな」と、そこで数学の必要性に気づくという仕掛けです。

そうすれば「ぜひ学んでおかなければ」という気持ちになり、積極的に子供に薦めるようになるだろうと。もともとは、こうしてできたのが、「ビジネス数学検定」なんです。

―「ビジネス数学検定」が実際に広がっていっているのはなぜなのでしょうか?

それはですね、問題作成にあたっては、現実離れしないように産学連携で進めてまいりました。「ビジネスにおける数学的な技能とは何か」から議論をはじめ喧々諤々、大学の教授やさまざまな業種の企業の方々と1年間くらいディスカッションをさせていただきました。その中で出てきたのが、現実のビジネスシーンにおける「ビジネス数学」の検定問題なのです。

当初から産業界を巻き込んだ結果、「そもそもウチの社員は財務諸表の数字が理解できていないのではないか」ということに気づく企業も出てきて「経営的な数字を読み取る術を身につけさせたい」と研修の依頼などもいただくようになりました。

「ビジネス数学」で数学力を鍛える方法

-それでは、具体的に検定を通じてどのようにスキルアップしていくのでしょうか?

ビジネス数学力は、検定の問題を解くことにより、特定ビジネスシーンにおける数学の活用をイメージすることで、身につけることができます。したがって、ある程度問題の数をこなしていき、実際のビジネスで応用していくことでスキルが高まっていくものなのです。

私たちはたとえば、現実に起こりうるビジネスシーンを想定して以下のような問題を出題し、数字を把握したり分析したりする力を測っています。

問題例1
下のグラフはA社の第二営業部に所属する6人の営業成績を示しています。
以下の文章のうち、このグラフから読み取れる内容として正しいものはいくつありますか。

・第二営業部の売上高は200億円を超える
・営業成績1位のD氏の売上は第二営業部の25%以上のシェアを占めている
・E氏の売上は第二営業部全体の10%を下回っている
・営業成績上位3名で第二営業部の60%以上のシェアを占めている

①0個  ②1個  ③2個  ④3個  ⑤4個

問題例2
201x年のC社の損益計算書に、次のような記述がありました。

・売上高600百万円
・売上原価:320百万円
・販売費および一般管理費:200百万円
・営業外収益:15百万円
・営業外費用:20百万円
・特別利益:10百万円
・特別損失:15百万円

201x年のC社の経常利益を求めてください。

①45百万円 ②75百万円 ③80百万円 ④85百万円 ⑤280百万円

検定を受けてみてわかる、社員の数学力の欠如

企業の方は、ビジネスパーソンたるもの、数字を読み解く力や数字で説明する力は、大学を卒業するまでに当然修得してくるだろうと思っています。しかし、現実にはそこまでたどりついていない社会人が非常に多い。例えば「ビジネス数学検定」の3級では、小学校で習う算数がわかっていれば解けるはずなのですが、そのレベルですら危ういんですね。企業の方からは、「幹部候補生には2級レベルを望みたいけれど、それも難しい状況」と伺っています。そこで、私たちは企業内での「ビジネス数学」の研修を強化しています。

―社員の数学力を向上させることで、経営力向上にどのようなプラスがあるのでしょうか?

経営者や経営幹部は誰もが、社員に対し、まじめに働いていさえすれば給料がもらえる受け身のサラリーマンではなく、もっと主体的に経営に参画してもらいたいと思っています。しかしながら社員としては、BS、PLの数字を理解したうえで、会社の経営が今どういう状況にあって、利益を上げるために今何をしなければならないのか?これらが経営目標に紐づいている自分の数字として見えていないと明確に自分事としてとらえることができません。

経営状況は刻々と変化していくものですが、ビジネス数学力が低く、会社や部門全体の数字が見えていないと、節目節目で部門の予算が減らされたり、人事異動があったりすると表面的な事象をとらえ、不平不満を言ったり、疑心暗鬼になったり、モチベーションダウンに繋がったりします。

それに対して、自分の仕事が会社や事業部のBSやPLにどう結びついているのか?自分の仕事の仕方によって、課題解決をすることで会社の業績が向上していき、業績が上がれば自身の仕事環境も良くなっていくという全体の中での関係性が見えれば、主体的に考え行動するモチベーションに繋がっていきます。

すなわち、社員があらゆる会社の活動を数字でとらえる力を身につけることで、経営者視点で会社が見えるようになるということなのです。企業としては、社員の数学力向上と、それを活用させるための情報公開を強化することで経営力がアップしていくものと思います。

-ありがとうございました。

【プロフィール】

髙田忍
公益財団法人 日本数学検定協会 専務理事・事務局長
大学卒業後、建築業界を経て入職。先代の退任後、専務理事に就任し現在に至る。
大仏にちなんだ文章問題を出題して全国から解答を募る「算額1・2・3」や、全世代交流プロジェクト「ゼロヒャク21」を実施し、算数や数学の楽しさを広く世に伝える活動を展開している。
 

公益財団法人 日本数学検定協会
所在地:〒110-0005 東京都台東区上野5-1-1 文昌堂ビル6階
電話番号:03(5812)8340
設立:1999年7月
事業内容
●数学に関する技能検定の実施、技能度の顕彰及びその証明書の発行
●ビジネスにおける数学の検定及び研修等の実施
●数学に関する出版物の刊行及び情報の提供
●数学の普及啓発に関する事業
●その他この法人の目的を達成するために必要な事業

https://www.su-gaku.net/

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