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2019年05月21日(火)

新規事業を成功に導く、社内起業でもベンチャー投資でもない第三の方法、EIR(客員起業家制度)とは?~GOB Incubation Partners株式会社 櫻井亮代表に聞く

経営ハッカー編集部
新規事業を成功に導く、社内起業でもベンチャー投資でもない第三の方法、EIR(客員起業家制度)とは?~GOB Incubation Partners株式会社 櫻井亮代表に聞く

企業が新規事業を成功させるのは容易ではない。なぜなら人、モノ、金の経営リソースを保有していたとしても、伝統的な企業であるほど安定志向が強く、革新的なアイデアや起業家精神をもったイントレプレナーが生まれにくいからだ。

そこで、企業の中には新規事業分野に知見もあり、マインドも持つ外部のアントレプレナーに投資をするCVCを創るという動きも生まれている。しかし、外部のアントレプレナーは、社内ベンチャーと違い、自社の仕事の進めた方や企業文化に馴染ませるのに苦慮することになる。これらの双方の問題を解決するために、今注目されているのが起業家本人を社内に雇い入れる「EIR制度(客員起業家制度)」なのだ。

このEIR制度を国内に根付かせようと、自社においても実践しているインキュベーターが、GOB Incubation Partners株式会社(以下、GOB)だ。今回は、アントレプレナーを育て、新規事業を成功させるために必要なEIR制度の要件について、同社代表取締役 櫻井亮氏にお話を伺った。

企業の新規事業開発のための第三の起業支援制度「EIR」

―そもそもEIR制度とは何でしょうか? 

EIRとは、「Entrepreneur in Residence」の略で、日本語では「客員起業家制度」と呼ばれています。この制度は、2014〜2015年ごろ、アメリカのシリコンバレーで生まれました。企業のなかにアントレプレナー(起業家)たちを招き入れ、そのなかでスタートアップを行う仕組みを指します。日本でも、2016年ごろからEIR制度が着目されてきました。


昨今では、欧米由来の日本語で直接和訳が難しい言葉がたくさん出てきています。ビジネスやファシリテーションという言葉のようなものがそれに当たりますが、このEIRも和訳の難しい言葉です。また時間の経過とともに解釈が拡大してきた言葉でもあり、「客員」という意味合いは現在それほど大きくはなく、どちらかといえば「(企業の中で)生活するように起業する起業家」という意味だと考えられます。

一般的にEIRは、アントレプレナーにとって、企業から仕事や給料、住環境を提供されることで、安心してスタートアップを行うことができるというメリットがあります。実際、シリコンバレーではアントレプレナーたちがベンチャーキャピタル(投資ファンド)と寝食を共にしながら起業する事例も多く、日本でも「衣食住と起業を一体のものとして考えよう」という流れがあります。

我々GOB-IPは設立当初から常に起業家を応援する姿勢を貫いています。日本では起業家を育てることがなかなか難しく、特に支援する側は機能として注目すら浴びないという風潮の中でどうやったら我々なりの取り組みで新しい事業にチャレンジする人たちを起業家にすることができるか?という命題に対し模索をしてきました。これらの試行錯誤の中で最適化してきたのが現在の形であり、結果的にそれを外部の言葉ではEIRと呼んでいるというのが率直な我々の認識です。

―大企業が行っている企業内起業(イントレプレナー)制度とEIRは、どう異なるのでしょうか?

そもそも、起業には3つの条件が必要だと考えています。1つ目は利益を生むことができるようなクリエイティブなビジネスアイデアです。2つ目は起業プロセスを理解し、具体的に推し進める科学的なマネジメント能力。そして、3つ目はなぜそのビジネスを実現する必要があるのか―社会的な意義と言い換えてもいいですが―という、起業家としてのマインドです。

実際に企業内起業は、大企業が新規事業を立ち上げる際によく行われていて、イントレプレナーとして、数千万円、数億円以上を扱うビジネスの経験もあり、科学的なマネジメント能力に長けている人材がその事業にチャレンジをしています。ただ、最も肝心な起業家としてのマインドを醸成することが非常に難しいのが課題です。

その点、EIRというのは、もともと新規事業の知見と、起業家精神を持ったアントレプレナーを企業内に入れることになるので、社内の新規事業の成功確率が高まると言われています。ただし、その起業家が企業内に入りこむときに文化に馴染めるか、相乗効果が生まれるかというポイントがEIRを大企業で活かす際の課題となります。

―外部の起業家を育てるインキュベーションとの違いは何でしょうか?

私たちの長年の経験から、インキュベーションというものが実は狩猟型と農耕型の2つにわかれるのではないかという仮説があり、そのもとで起業家育成を実践しています。

狩猟型は、簡単にいえば、「起業した1,000社のうち優良な3社が成功すればいい」という考え方です。主に管理側、企業育成する側の立場に立った考え方で、最終的にはお金がベースになっています。もともと日本では起業支援環境が十分ではなく、本業のコアバリューを磨くところ以外でリソースを割かれている間に死滅するケースも多く、狩猟型インキュベーションの成功確率は相当低いです。CVCとして投資する場合にはかなりの目利き力が必要となります。

一方、この狩猟型に対比する形で私たちが見出したもう一つの型が農耕型です。これは、「才能はあるがまだ起業の意志を潜在的にしか有してない層を、アントレプレナーとして育てていく」という新しい考え方です。こちらは現時点であまり世の中に浸透している概念ではありません。デジタルを活用した変革が重要性を帯びる中で、一部のキャピタリストやアクセラレーターとなる存在が今までの狩猟型のやり方に限界を感じ始めました。今まさに現在進行形で模索をしている概念ではあります。農耕型での育成は時間がかかるうえ、一律的な育て方や科学的管理主導で育成をしてしまうと、ビジネス環境の変化が激しい場合、成功例が出ないというリスクもあります。

EIRは、起業家に最低限の収入を保証するため、狩猟型インキュベーションの場合に途中で力尽きて断念せざるを得なかった997社の起業のうちからも、存続できるものが出てくる可能性があります。さらに、農耕型インキュベーションでゼロからアントレプレナーのマインドを育成する際の非常に時間がかかるという問題を解決できる糸口を持っています。

したがって、新規事業を立ち上げるための成功の確率が高まると考えられます。つまりビジネスとしての中長期的なROIが高くなる可能性があるのです。さらに、起業家が企業に所属し、一員となることにより、企業特有の仕事の進め方や、企業文化に馴染むことで、既存事業との間での事後のシナジーも高めやすいのです。

GOBによるEIRの特徴は?

―では、御社がEIRに着目したきっかけは、何でしょうか。

GOB-IPはもともと、東日本大震災が起きた2011年にスタートしました。私たちは、「震災後の新しい日本を創っていこう。そして、その担い手はきっと若者のはずだ」という思いから、若者へのインキュベーションをスタートしています。

私たちがインキュベーションのなかでもEIRのようなアプローチに着目したのは、共同代表の山口高弘の原体験によります。もともとプロボクシングの選手だった山口は、ジムの練習生たちが不安定な生活環境のためにボクシングに打ち込めない様子を見てきました。彼は、「ジムの練習生たちがボクシングに集中するには、生活の安定が必要」と思ったそうです。

この山口の体験は、インキュベーションの環境にも当てはまります。当たり前のことですが、人は安心と安全がないと創造性を生み出すような思考に集中できません。ただ、起業環境にあっては、この当たり前のこともなかなかできないのが現実です。そこで、将来のことを心配しながら今に全力を注げないアントレプレナーたちの環境を変えるには、衣食住をある程度保障する制度が必要であると考えるに至りました。

―御社のEIRについて、具体的にお教えください。

EIRという制度は、通常は起業経験のある熟練の起業家に対して企業が環境を提供して互いの相互利益を元に繋がる制度ですが、我々の場合は少し違います。企業経験が豊富でない、ともすれば企業経験がないようなチャレンジャーに対しても「住むように起業する」ことを経験してもらっています。
GOBが提供するEIRは、イメージとしては漫画家たちが集まったトキワ荘のようなものです。私たちは、住居、仕事、食事を用意し、同じ志をもつアントレプレナーたちが生活を共にする環境を提供しています。生活を共にする理由は、学びの質を最大限高めるとともにアントレプレナーとしてのマインドを育てるためです。

例えば、週2回、健康に配慮した手作りお弁当を用意し、アントレプレナーたちが素敵な仲間と食事する機会をセッティングしています。「同じ釜の飯を食う」という言葉もありますが、同じ志を持った仲間たちと一緒に「食う、寝る、遊ぶ、会話する」を楽しむことで、彼らは英気を養い自らのビジネスに集中することができるのです。

現在、当社にはアントレプレナーはもちろんですが、「練習生」、「チャレンジャー」、「メンター」、「イントレプレナー」など様々な立場の同じ目的を持つメンバーが30名ほど所属しています。大学生や社会人経験者など、比較的若い世代のメンバーが、切磋琢磨しながら、お互いを高め合っているのです。

EIRの実際の運用方法は?

―ところで、肝心のお仕事の面で、御社はアントレプレナーたちとどのように関わっているのでしょうか?

アントレプレナーたちは、我々GOB-IPがコンサルティングや変革支援で依頼いただく案件に参画してもらっております。長いものであれば1〜2年ほどの長期間となるお仕事を主には業務委託の形態でお願いしています。業務内容は、大企業から相談を受けた新規事業の仕組みづくり、新規事業そのものを支援するコンサルティング、ユーザーリサーチなど、多種多様です。ただし、全てアントレプレナーが自身の事業を行う上で関連するような仕事を提供できるように心がけています。

それぞれのアントレプレナーたちの適性に合わせて、オペレーションの支援を依頼することもあれば、プロジェクト・リーダーを任せることもあります。彼らのメリットは、個人では請けられない大企業のプロジェクトに、若いうちから参加することができることですね。

ちなみに、アントレプレナーたちの生活を支えるための支援については、十分であるとはぎりぎり感じられ”ない”程度の、少し低めの額に設定しています。これは、彼らのハングリー精神を養うための措置です。彼らが生活するのに充分であると感じてしまう金額にしてしまうと、アントレプレナーたちが安心しきってしまって、挑戦するマインドを失ってしまう可能性があるのです。あえて、少しの危機感と飢餓感を持っていただくことも必要な要素だと感じています。

ただ、これだけですと、アントレプレナーたちは安心して自らのビジネスに注力できません。ですので、GOB-IPは委託する仕事内容によって報酬とは別に、事業資金としてある程度の金額をアントレプレナー自身のビジネスの投資として事業按分できるよう分配しています。

―ちなみに、EIR制度を活用されている他のインキュベーターさんとの差別化について、どうお考えですか?

GOB-IPの他社にはない特徴は、メンタリング制度の充実だと思います。メンターの役割は、ビジネスのプロセス管理やKPI(重要業績評価指標)設定、資金調達・運用の際のアドバイスなど、アントレプレナーたちの事業へのフィードバックを含めた様々なサポートを行うことです。

当社では、機能面・性質面で多様なメンターを揃えています。ちなみに、機能面では4つのタイプに分類し、性質面では「アーティスト型」、「クラフト型」、「サイエンティスト型」の3つの型に分類されます。このように立体的にメンタリングすることで、アントレプレナーたちがどのような状況にあっても、かなり柔軟なスタートアップ支援が可能となるのです。

よくある典型的なメンタリングのミスリードの例として、最初期のアーティスト型やクラフト側のアントレプレナーたちに対する事業フィードバックをサイエンティスト型のメンターが何も意識しないままでメンタリングしてしまうと、事業そのものがうまくいかなくなるケースがあります。

というのも、サイエンティスト型のメンタリングは、ビジネスの科学的分析やKPI設定には長けていますが、最初期のアントレプレナー、特にアーティスト型やクラフト型の人間が構築するビジネスアイデアやマインドに科学的に迫ることで、萎縮させる傾向があります。事業へのフィードバックは、起業の最初期はアーティスト型、中期以降はサイエンティスト型が担当するなど、段階的にメンタリングを行う必要があるのです。これは、サイエンティスト型のメンターが多い大企業の企業内起業では、なかなか難しいことと言えるでしょう。また、その調合や適切なタイミングはやはり単独や社内のみでは限界があると言えます。

―他にも御社独自の取り組みはありますか?

私たちは、資金調達面でも社会実験的な試みを行っています。アントレプレナーたちの事業への応援資金調達方法として、GOB-IP社の種類株式を発行しているのです。

この種類株式は、GOB-IPのインキュベーションそのものへの応援資金を募集するものと、特定のアントレプレナーの事業への応援資金を募集するものの2種類があります。種類株式の発行によって、現在およそ40名のサポーターの皆様から応援資金をご支援いただております。

ちなみに、この種類株式の特徴は、議決権がない株式だということです。つまり、株主たちは、アントレプレナーたちの事業経営に口を挟むことができません。株式に議決権がないことで、アントレプレナーたちが、敵対的買収など株主の意向によって自らの事業を左右されることなく、自身の当初からの志を完遂することができるのです。

GOBのEIR取り組み事例と、今後の企業での導入の可能性

―御社が関わったアントレプレナーの事業の具体例をお教えいただけますか。

現在、当社が支援しているアントレプレナーの事業は、6つほどあります。その代表的な事業は「PAPAMO」(代表:橋本咲子さん)でしょう。「PAPAMO」は、未就学児を対象に、「サッカーや野球、ダンス、アートなどの習い事の要素をあそびに変え、とにかく楽しむことにこだわった教室」を運営しています。

「PAPAMO」代表の橋本さんは、もともと「空いている施設や体育館を借りて、子どもたちに親戚のお家のような遊び場を提供しよう」と考え、この事業を始めました。しかし、彼女は「このままでは、自分が理想とする社会を実現できるほどビジネスを成長させられない」と悩みに悩んで、のちに「遊びの場の提供」に「習い事」のエッセンスを加えて、表面上はビジネス手段をピボット(方針転換)しています。とはいっても、「産後鬱や育児ノイローゼに端を発する社会問題にビジネスでアプローチしたい」という橋本さんの志自体は変わっておらず、多くの株主たちから支持を集めています。

この事業に対して、私たちGOB-IPは、メンタリングや資金面でサポートしています。ただ、事業のコアな部分――アントレプレナーとしてのマインドは、橋本さん自身の志です。彼女のマインドを大事にしながら、事業を拡大・発展させていくことが、EIRの優れた点だと思います。

―「PAPAMO」などアントレプレナーの事業について、ゴールセッティングはどのように考えていますか?

「PAPAMO」は事業が軌道に乗り、一定の指標を超えれば、株式会社化、マネジメント・バイアウト(MBO:オーナー経営者としての独立)を予定しています。ただ、当社としては、株式会社化、MBO自体がゴールではありません。世の中が「PAPAMO」に投資したいと考えて、自身で資金調達できるステージまで、彼女たちアントレプレナーを育てることが私たちのゴールなのです。

―EIR制度の今後について、御社のかかわり方をお教えください。

「EIR制度は、今の日本のビジネスに足りない、必要不可欠なピースだ」と私たちは考えています。

その証拠に、大企業が当社の制度を活用する事例も出てきています。大企業の社員さんは、先ほども述べたとおり数千万円、数億円単位の大きなビジネスには長けていますが、0から数十万円の売上を立て、それを数百万円に増やしていくという、スタートアップ時のビジネス展開には慣れている人ばかりではありません。そこで、アントレプレナーたちと寝食を共にする当社のEIR制度を活用し、スタートアップ時のマインドセットをしているのです。

また、アントレプレナーたちは孤独な存在です。彼らがEIR制度を利用すれば、家族のような起業仲間を得て、自身の成長について内省する機会を通常よりも多く獲得できます。つまり、EIR制度は、「アントレプレナーたちが、同じ境遇にいる仲間たちとの時間を共有することからの支援を得ることで、自身の大胆なアプローチをそのまま達成できる」という可能性を大いに秘めています。

こうしたEIRが日本に根づくかどうかは、私たち自身の今後の活動にかかっていると自負しています。起業を志しているアントレプレナー予備軍の方や新規事業の立ち上げを考えている経営者の方など、もしこの記事でEIRにご興味を持った方がいれば、ぜひとも当社のオフィスをお訪ねください。

―本日は、興味深いお話をありがとうございました。

<プロフィール>

櫻井亮(さくらい・りょう)

GOB Incubation Partners株式会社 代表取締役 
日本ヒューレッド・パッカード、企業支援等を経て、2007年よりNTTデータ経営研究所にてマネージャー兼デザイン・コンサルティングチームリーダー。2013年より北欧系ストラテジックデザインファームDesignitの日本拠点Designit Tokyoの代表取締役社長に就任。2015年1月より独立してシリアルアントレプレナー実践中。新規ビジョン策定・情報戦略の企画コーディネート、ワークショップのファシリテーション、デザイン思考アプローチによるイノベーションワークなどを手掛ける。


GOB Incubation Partners株式会社

所在地:〒 151-0051  東京都渋谷区千駄ヶ谷2-34-12
事業内容:企業向け事業支援(リサーチ、コンサル、ワークショップ、アクセラレーション)、起業支援サービス事業(教育・事業創造)、スタートアップ投資事業

http://gob-ip.net/

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