日本最大のM&Aプラットフォーム運営者に聞く、会社の上手な売り抜け方 マル秘テクニック!
「起業するからにはIPOを目指す」という起業家は多いかもしれません。しかし近年、上場だけをゴールとするのではなく、M&Aを巧みに利用して企業成長につなげる手法も一般的になってきました。さらに、後継者不足が課題の事業承継にもM&Aが活用されつつあります。
そこで今注目を集めているのが、「事業や会社を売りたい」と考える人が案件の規模に関わらず情報を登録できる国内最大手M&Aプラットフォーム「TRANBI(トランビ)」です。ユーザー数は約2万5千人。M&A案件の掲載数は1,000件を超え、成約数は月に約20件ペースで推移(2019年3月末現在)。登録した案件には、平均11社の買い手が10日以内に見つかるといいます。
これからの時代のイグジット戦略として、会社の始め方以上に大切な「会社の辞め方」とはどういうものなのか? そして、会社の上手な売り抜け方とは?株式会社トランビの代表取締役社長・高橋聡さんにお話を伺いました。
事業を「売る」ために必要なこととは?
―今日は「売る側」の視点からお話を伺えればと思います。単刀直入に、売れる事業とはどういったものですか?
私は会社経営と同じように、個人事業主にも「事業を売る」という考え方があっていいと思います。親の介護で自分がお店に立てなくなってしまったり、転勤や子どもの卒業など、家族のライフステージに合わせて生活拠点を移したかったり。また、違う事業を始めるために今の事業を売却したいなど、いろいろな理由がありますが、そういった時、今までは廃業する選択肢しかありませんでした。
なぜなら、個人事業主や中小企業が、自らの事業を売却できるマーケットがなかったからです。そこでM&Aプラットフォームとして当社が7年前にスタートさせたサービスが「TRANBI(トランビ)」です。トランビが登場したことで事業の規模を問わず、M&A(買い手探し・売り手探し)が可能になり、現在もサービスの利用者が増えています。
さて「売れる事業」ということですが、まず売るためには整っていた方が望ましい条件が二つほどあります。まず一つ目は、経営者が変わっても売上が落ちないこと。売上が経営者に依存している場合、経営者の交代により売上がなくなる、という事態も考えられます。そのような事業を買いたいと思う人はあまりいませんから。そしてもう一つは、事業において、複数の顧客を持っていて、得意先のどこかが倒れても経営に大きなインパクトがないことが望ましいと考えられます。この二つの条件が整っていると、買い手にとっては魅力的な事業であり、事業が売れる可能性が高いと考えられます。
―「社長が変わっても売上が落ちない」というのは、小規模事業者にとってハードルが高い気がします。
経営者ひとりの力によって成り立っている小規模事業は、今でも多く見られます。ただ、経営者が高齢化するにつれ、自分で思うように仕事ができなくなるケースもありますから、早く「社長が変わっても売上が落ちない経営」に移行しておくことが、経営の視点から見ても必要です。
つまり、現場で自分が手を動かす段階から、経営者として現場の人たちをマネジメントする、というステージに早くから切り替えておくことが非常に重要なんです。同時に、会社に対してのロイヤルティもきちんと築いておきたいところです。経営者が変わったら人が辞めていくのでは、買い手は尻込みしますから。
―現場から経営者へとレイヤーを上げておくことが必要なのですね。そこから売り抜けるためには?
高値で売却すると言う意味では、「会社が伸びているタイミングで売却する」というのが一番いいタイミングですね。当たり前ですが、シュリンクしている会社を高く買う人はいません。外部要因や内部要因さまざまありますが、マーケットが堅調で会社の数字が上がっているタイミングでもいいですし、広告費をかけて売上が伸びているときでもいい。会社の成長をしっかりと数字で示せるうちに売却することがポイントです。これはもう、自社の力によりますね。
一方、M&Aで重視しなければならない価値観がもう一つあります。それは、買い手とのシナジーです。A社とB社が一緒になったときに、それぞれが持っている強みを掛け合わせ、新たに大きな価値をどれだけ生み出せるか。ここが最も重要なんです。
例えば、同じA社であっても、B社に売る場合と、C社に売る場合では、シナジーの生まれ方が異なります。どちらに売却した方が、より大きなシナジーが生まれ、その後の経営により良いインパクトが生まれるか。そして、それを売り手がきちんと理解して、買い手に提案できるかどうか。ここにM&A成功のヒントが隠れていると言えるでしょう。
―なるほど。ただ高値で売れればいい、というわけではないのですね。
我々が見ていると、複数いる買い手の中で最も高い値段をつけたところに売却する人は、比較的少数です。むしろ多くは「この買い手だったら事業をもっと伸ばしてくれる」という将来性で判断されています。顧客とうまくやってくれる、従業員を大切にしてくれる、そういう安心感を持てる売り手先を選ぶ傾向にありますね。
結局は、売り手と買い手の社長同士が意気投合できるかどうかが、非常に大きな決め手になるように見受けられます。そのためには売り手が、それぞれの買い手ごとに合わせた資料を用意してプレゼンできるのが理想です。事業を買った後にうまくいくかどうか、買い手も悩みますから、その心理的なプレッシャーを取り除き、かつ、買った後の経営に夢を持ってもらうことが非常に重要です。
―売り手のほとんどが、そこまで準備をしているものなのですか?
買い手に合わせて綿密な準備をする人は、まだ少ないです。それに加えて、買い手側も、シナジーの生み出し方を理解している経営者はそう多くないという印象です。
例えば、不動産会社が飲食事業を買うと、物件や立地面でさまざまなメリットがあり、シナジーが生まれやすい傾向にあります。しかし経験がなければ、そもそもそれが一体どういうシナジーなのか分からない。そこはやはり慣れというか、経営者が勉強していくしかないと考えています。
シナジーの好例を挙げると、東京のクリニックが長野の温泉旅館に買い申し込みを行ったという事例があります。温泉旅館に泊まって、良い環境で人間ドックを受けてもらう、そういったサロン経営をしたいと。この発想こそ、ただの人間ドックでも、ただの温泉旅館でもなく、新しい付加価値を生み出す源泉となったわけです。
どういう事業の組み合わせで、どういうシナジーが生まれるか。コストダウンのシナジーなのか、売上を伸ばすシナジーなのか、数字に落とすとどれほどのインパクトが生まれ、それを膨らませることができるのか。これは今後の日本の経営者が、もっとイメージを膨らませて、妄想をしていかなければならない部分だと思います。
妄想こそ経営の醍醐味。前向きな発想が経営の面白さをつなぐ
―売り手側も、シナジーを生み出す柔軟な発想力を持つべきなのですね。
経営には妄想が重要だと考えています。事業と事業の掛け算をしてどんな新しい価値を作れるかイメージを膨らませる、そういう妄想です。事業を売った後にまた新しいことを始める経営者は多いですよね。その軍資金獲得のためのM&Aでもあるわけですから、売った後に自分が何をやるべきかを、頭に思い描いておかなければなりません。
本来、経営は楽しいものだと考えています。自分で資金の使い道を決めて、会社の将来像を描いて、思い思いの社風を作って、それでお金が入ってくる。そのように恵まれた例ばかりではありませんが、社長はその夢を追いかけるわけじゃないですか。経営はもっとこうやったら伸びる、こんな新しいことができる、その妄想をしている時間が、本来一番楽しい時間であり、作業ではないでしょうか。
2025年までに127万社の中小企業が深刻な後継者不足に陥ると言われる状況で、むしろ経営者の数は増えなければなりません。経営者がシナジーについてもっと自由に発想できるようになり、それが当たり前になれば、中小企業の経営者に憧れる人はもっと増えるはずです。そうなってきて初めて、経営の面白さへとつながっていくことになると思うんです。
―経営の面白さがつながるとは、どういうことですか?
M&Aをきちんと使うことができれば、必ず次につながります。最初の事業がうまくいかなくても、売却金額でまた次の事業に挑戦する。ゼロから事業を始めなくても、他の人が始めた事業を買って経営してもいいんです。そしてうまくいかなければまた売却すればいい。売却できるのであればそれは失敗ではなく、この先に挑戦するためのステップです。
―昔ながらの産業構造に組み込まれた製造業やフランチャイズなどは、そもそも売りにくい、または売ることができないという話も耳にします。
それは売ったことがない人が「難しい」「売れない」と決めつけてしまっている部分があると思います。フランチャイズも表向きは売れないと言われているだけで、実際はトランビでも売却されている例がかなり見受けられます。買い手がいれば売却できますよ。今は難しいと言っていたら、前に進まない時代です。それを変えなければいけない。ルールで決められたことや、人が言ってることを鵜呑みにして何も工夫しないのであれば、それは経営ではありません。
スタート1年目の事業が1億円に。スマートに売り抜いた事例
―トランビに掲載されている案件は平均11社の買い手が見つかるということですが、面談は何社くらい行いますか?
平均11社の中から、実際に面談をするのは平均4〜5社です。このように買い手が何社かいるというのも重要で、やはり1社しかいなければ、どうしても買い手側のパワーバランスが強くなってしまいます。複数社の候補を持ったうえで、売り手と買い手の力関係をきちんと作っておくことが大切です。
―数多くの事例をご覧になってきたかと思いますが、その中でもスマートな売り方として印象に残っている事例があれば、教えてください。
あるデジタルサイネージの広告事業の例があります。スタートして1年目、実績自体はまだ半年という事業で、売上3千万ほど、利益も1〜2千万といった小さな事業なのですが、1億円で売却されているんです。数字だけみれば、通常は5千万円もいかない案件ですから、まさに事業に対する成長性の期待を、売り手側からしっかりと提案できたモデルケースと言えます。
もちろん、実際それぐらい伸びている会社ですが、それを買い手にきちんと納得させられたと言うのは大きいですね。「こういう将来図が描けて、このように成長するはずだ」という緻密な事業計画があり、5年先の成長性まできちんと数字で示して提案しています。それで何社も買い手がつき、そのうちの1社が、事業の価値をちゃんと見ていてくれたと。
―具体的に何社から申し込みがあったのですか?
2018年9月に掲載され、申し込み数は60件。実名交渉が30件超で、面談したのは10社超です。最終的に12月末に成約し、ITインフラの総合商社が買いました。
―成約の決め手になったのは?
売り手によると、やはり「シナジーを生み、事業を育ててくれそうな会社に託したかった」という部分が大きかったそうです。多数の申し込みの中から「事業自体の価値や成長性を理解している経営者がいるか」という点を重視して選び、面談では買い手の事業内容と実績を詳細に聞いて、自分の事業とのシナジーがあるかを選別のポイントにされていました。
大切なのはスピード感。賢く売るためのテクニックを公開!
―ずばり、売り抜け方の工夫やテクニックはあるのでしょうか?
売り方の話だと、トランビで圧倒的に問い合わせが多いのは、掲載してから最初の1週間です。リストの上部に表示されるので、驚くほど問い合わせが来ます。そこでタイムリーにメッセージを返せるかというのが、すごく重要になります。なるべくその日のうちに返信するのが理想です。きちんとした返信に時間が掛かる場合には、返信が遅くなる旨の連絡だけでも入れることが重要です。
そして何度もやり取りする中で、お互いの条件を詰めて面談のスケジュールを決定し、実際に会うところまでスピード感をもってやれるか。成功するか否かは、準備とスピード感にかかってくる、といっても過言ではありません。
―実際に会って、面と向かって話すことが大切なのですか?
結局、チャットでは企業名が分かっていても人間関係が希薄なので、前に進みません。重要なのは面談ですね。この面談の機会をどう活かせるか。事業によっては100件以上も問い合わせが来ますから、その中から売却にふさわしい相手をスピード感持って選ぶ、という覚悟でスタートすることが重要ですね。それができないのであれば、中途半端に進めるより、トランビで用意している「専門家定額プラン」を利用して、専門家に代行を任せたほうが賢明です。
―他に気をつけておきたいことはありますか?
問い合わせの数がどんどん増えてしまうため、ご自身の中で売却をするまでの期間を設け、その期間内に買い手の選定を進めるというケースも多いです。また、申し込み数が多いからといって、途中で提示した金額を釣り上げるようなことはご法度。多数のオファーがくると、なんだか自分が持ち上げられた感じがしてくるんですよ(笑)。そうすると、例えば最初は1億円を想定していたのに、「100社もオファーがあるなら1億5千万円にしようかな」という気になってしまうこともあります。
でもそんな気を起こしてはダメです。後から金額を上げた瞬間に、買い手はみんな離れていきます。そして慌てて元に戻しても、もう後の祭り。一度離れた買い手は帰ってきませんから、そのままリストの下の方に埋もれてしまう。実際、そういう例も見てきました。
例えば最後に2社が残ってオークションになり、駆け引きで「いくら出しますか?」というのはいいんです。でも、値付けに論理的な説明もなく気分で値段を上げるのは、M&Aというより投機です。こうなると買い手側に不信感しか与えません(笑)。
―最後に、上手に売り抜けるための極意を教えてください!
何を大事にするのかによっても、「上手に売り抜ける」という意味が変わってきますよね。高値というだけでなく、前述のようなシナジーであったり、どの時期までに売りたいかという自分の都合もあったり。数字なのか、想いなのか、時期なのか。何を重視しているかで買い手の選別も変わってきます。
最終的には、面談において条件面を詰めていくわけですが、初回の面談は難しいこともあります。でも何社か交渉していくうちに、「このあたりを確認しよう、見ておこう」という感覚が分かってきます。案件の大小に限らず、最後はやはり“人と人”ですから、売り手に前向きな理由がきちんとあることが大切ですね。そういった前向きな理由に買い手が引き寄せられ、そこに今度は、買い手が違う要素を組み入れて事業を伸ばしてくれるわけですから。
だからこそ譲渡をして終わりではない、という姿勢はとても重要なんです。半年から1年ほどは引き継ぎ期間として買い手をサポートし、売った後も事業の成長にある程度コミットするという良好な人間関係を築く。そうすれば、買い手としては安心して手を挙げられるのではないかと思います。
【プロフィール】
高橋 聡(たかはし そう)
1977年生まれ、長野県出身。アメリカのデュポール大学を卒業後、有名大手コンサルティング会社のアクセンチュアに入社。2005年より父親の経営するアスク工業に入社し、2010年に同社代表取締役社長に就任。翌2011年、社内事業としてトランビのサービスを開始。2016年に株式会社アストラッド(現トランビ)を設立し、同社代表取締役社長を務める。以後現職。