働き方改革がマネジメント改革である理由とは? ~総務省働き方改革チームのマネジメントを考察する
2019年4月から働き方改革関連法が施行され、いよいよ働き方改革は実行段階に移った。新しい取り組みには常に賛否両論あるのだが、もっとも改革が難しいであろうと思われる中央省庁においても働き方改革が進んでいるという事実がある。今回総務省の働き方改革チームのマネジメントを考察することで、働き方改革に求められるマネジメントの普遍的要素を導き出してみたい。
総務省自体は、「総務省設置法」などの関連法令で固く縛られ、主体的に改革がやりづらい環境にあるが、どのようなマネジメントがなされているのか、そのプロジェクトの初期リーダーとなった行政評価局 総務課長 箕浦龍一氏に話を聞いた。
総務省がなぜ働き方改革に取り組んだのか?
まず、働き方改革に取り組まれた成果について教えてください
-総務省の働き方改革は、もともとは行政管理局のオフィス改革としてスタートしました。無線LANの導入や業務のペーパーレス化を進めることで、モビリティの高い働き方を実現するとともに、執務空間を有効活用すべく、多目的な打合せスペースを局内に確保するなどが狙いです。定量化できて、すでに公表している効果としては下記のようなものがあります。
- 約9割の職員が 「満足」・「仕事がしやすくなった」と回答
- 会議スペース面積が約3倍に ※改革で生み出した空間に、打合せスペースを増設(31㎡→93.1㎡)
- 会議室予約から 資料完成までの時間3割短縮 ※会議のペーパーレス化により資料の印刷・修正を大幅に短縮
- テレワーク実施者数が改革前後の半年で約4倍に(19人→74人)
- 改革前後で月平均の残業時間が約15%削減(44時間→38時間)
- コピーの使用量が改革前後で約53%削減(96741面→45016面)
行政管理局のこの取り組みは、メディアなどからも大いに注目されましたし、中央官庁でもこういう取り組みができるという実績を見て、同様の動きが自治体、企業にも波及しています。このほかにもワークスタイルを変えるための様々なチャレンジを行う中で、自治体や企業からもワークスタイル変革の先進的な取り組みと評価いただき、視察や講演の機会も多くいただくようになりました。
この行政管理局での成果も踏まえ、小林史明総務大臣政務官(当時)ら政務三役の声掛けにより、全省内から集まった有志による働き方改革チームが編成されました。この総務省全体の取り組みは、今後も続いていくと思います。
なぜ、働き方改革に取り組まれたのか背景は?
-国家公務員を志望する若者は、未来に向けた国づくりにかかわりたいとか、国民の役に立ちたい、という純粋な志を持っている人が多いのです。例えば、総務省では、国家の基本的仕組みや国民の経済・社会活動を支える基盤である制度インフラ(地方行財政、選挙、消防、国の行政管理、政策評価)やICTインフラ(情報通信、郵政行政)を所管しています。よって、国の全体的な制度づくりや地方の活性化に貢献したいという高潔な志を持つ若者が多く入省してくるのです。
ところが、いざ現場に配属されると、政策作りの本質に関わらない様々な業務処理に忙殺され、成長も実感できずに、心身ともに疲弊していくという実態もありました。
また、行政管理局においては、今から5年前、公務員制度改革の流れの中で、従来行政管理局が「中核業務」と認識していた業務が内閣人事局に移管されることとなりました。当時の幹部は、新たなコア業務、新たなビジネスモデルを構築しようと悩みましたが、やや迷走し、業務の混乱を来たすなど、組織の規律や若手を中心とした職員のモチベーションが危ぶまれる状況に陥りました。
そのような中、行政管理局の総括課長に着任し、非常に危機感を持ったのです。国家の制度に変革はつきものなのですが、意識が内向きになっているとそういった事象に影響を受けてやる気を失うわけです。実際に鬱になったり、辞める職員が出るなど、マネジメントとして何とかしなければならないという問題認識を持ちました。
行政管理局では、5年前に松本文明総務大臣政務官(当時)が、カナダに視察に行かれたとき、現地の働きやすいオフィス環境に刺激を受け、国の電子行政を所管する行政管理局が率先してICT革命に対応したオフィスを実現しないといけないのではないかという指示をされました。これにより、行政管理局の電子行政部門では、2015年に第一弾となるオフィス改革を実現していたのです。
同年7月に私が着任した頃には、ちょうど働き方改革が国を挙げての動きになっていたこともあり、これはオフィス改革の取り組みを柱に、行政管理局自体がワークスタイル変革(働き方改革)を実行するチャンスだと思いました。当時の高市大臣や野田大臣は、もともとテレワークや女性の活躍に関心が高く、両大臣の積極的な理解・支持を得て活動できる環境があったのは大きかったと思います。
マネジメントとしての狙いは?
働き方改革のプロジェクト設計はどのように行われたのでしょうか?
-私としては、単にオフィスを変えるだけでなく、これを機に、若手など職員の意識を変えるマネジメントに取り組むことが重要ととらえていて、それをどう実行するかが最大の眼目でした。よって、単に什器やレイアウトを変えたり、若手の仕事の効率を上げ、超過勤務の縮減を図るだけが目的ではなく、創出した時間で何をするかに意識を向け、仕事の質や人財の質を高めることを最終ゴールとしました。
もともと国民の皆様に政策で役立ちたいというのが、多くの若手が入省してきた当初のモチベーションであったのに、日々のルーティン業務に追われて、不必要に疲弊している状況をまずは打開すること。国家や国民への貢献、自身の成長が実感できるような職場を目指すこと。そのために、本来の政策立案や業務の将来設計など仕事の質の向上の部分にどう時間配分できるようにするかを軸に考えました。
これをやるためには、まずは外に語れる成功体験を蓄積し、自分たちが自信を持つことが重要だと思っていました。混乱した状況を立て直すためには、予算の問題もありましたが、一気にやるのではなく、段階的に成果を挙げるアプローチを取りました。すでに実現した第一弾の情報システム部門のオフィス改革については、その年の秋に行われた内閣人事局のワークライフバランス大賞に応募し、大臣賞を受賞しました。同時に第2弾の改革となる局の総括部門のオフィス改革を進め、平成28年3月に実現。翌29年3月には法令部門のオフィス改革を実現しました。
そして、この取組を通じて、若手職員の意識変革も必要でしたから、上司である私からあれこれ指示をして押し付けでやらせるというより、若手が自らの意志で取り組んでもらう方が良いと考えました。したがって、ゴールやコンセプトは示しつつも、オフィス改革の具体的な取り組み内容やレイアウトなどは、若手検討チームに大幅に授権して、企画・実施の一切を任せました。彼らから提案があれば、できるだけそれを支持するようにしました。
つまり、プロジェクトを行うにあたっての仮説の設定、事前調査、プロジェクトテーマの選定、分野の選定、ゴールの設定、KPIの設定、取り組む優先順位の付け方、組織編制、広報活動(他への波及)・・等々をほぼ現場の若手で考えてもらうようにし、必要に応じて相談に乗るという体制を取りました。
さらに、取り組んだ我々自身がこれらの取り組みに誇りと自信を持てるようにするとともに、自治体や民間企業などの視察受け入れ、講演派遣なども含めたワークスタイル変革普及の取り組み自体を、行政管理局のブランド価値に高めるべく、中央省庁では権威の高い「人事院総裁賞」に応募し、狙いどおりに受賞することができました。受賞の際には、チームリーダーとして、天皇皇后両陛下のお目にかかることもできました。
プロジェクトリーダーとしてマネジメントされる際に意識して実行されたことは何でしょうか?
-前述のプロジェクトの推進の中で、人財マネジメントの要素が自然に取り込まれるように、アドバイスしていったということですね。
例えば、改革チームが成果を上げるためには、メンバー一人ひとりのミッションへのエンゲージメントやモチベーションを考慮する必要がありますね。メンバーは本業を持ちながら改革チームにも参加するわけです。ですから、チームを主導するコアメンバーは、後輩など他のメンバーにどう語り掛け、どう動機付けすればよいかを自ずと考えるようになります。このようなチーム運営を通じて、コアメンバーも他のメンバーも、改革チームの運営だけでなく、日常の仕事に対しても、主体的、自律的に取り組む姿勢が高まったと思います。
同時に、別プロジェクトとして、局の若手職員を中心に、局に配属される新人を指導するための取り組みをやらせることにしました。
今までは、総務省全体の新人研修の後は、配属された各局でOJTということで、後は部局の上司にお任せというやり方でした。上司や先輩のやり方から学べ、と言われても、上司・先輩の指導ややり方は個別に違います。中には指導力が弱い上司や先輩もいる。他のラインの先輩は、どことなくよそよそしい。かつて、私も人材の育成指導の必要性を先輩に訴えたことがありましたが、当時の幹部の答えは、「みんな先輩の背中を見て育ってきたのだ」というものでした。その先輩の背中には、何も書いてなかった・・・・・・。
このような職場の中に、ただ放置しておくだけでは、人は育ちません。私は日頃から、タテ・ヨコ・ナナメの人間関係が重要と言っています。局独自でメンター制度を立ち上げて、若手先輩職員が新人教育のプログラムを自分たちで作り、指導するようにしてもらいました。
役所に限らず、多くの大企業においても、マネジメント層の能力不足が課題となっていますが、この背景にあるのは、日本の教育の根深い問題なのです。今までの大学受験までの教育では、「正解が必ずある問題」を解く力しか養われていません。「正解」が必ずあるから、どんなに難しい問題でも、技術さえ身につければ、がむしゃらに解くことはできる。公務員試験もそうです。しかし、現実社会で必要なのは、「正解」のない問題について、その時々の環境や与えられた条件の中で、最適な解を自ら考える力です。
「正解」のない世界での「考える力」が乏しい人材であっても、途中段階、役所で言えば課長補佐くらいまでは、大臣や局長が一つの「正解」を示してくれるから、何とか間に合うのです。でも、マネージャーとなって、自分で「解」を見つけなくてはならない立場におかれた瞬間、途方にくれる、無能化する、という事態になっていると思います。できない上司や管理職が溢れている。そんな管理職の下に置かれた人材が、放置しておいて「育つ」わけがありません。
こういった状況に陥らないために、教育システム自体を若手職員自ら考えてもらったということなのです。“Teaching is learning.”(教えることは学ぶこと) という言葉がありますが、自ら教えることを考えるうちに、自ら問題に気づいたり自身の学びにつながるとともに、マネジメント意識を身につけさせるということを意識しました。
取り組みによって得たもの~役所も民間も働き方改革のマネジメントは同じ?
今回取り組みによって新たに見えてきたことは何でしょうか?
-若手に任せたことにより、若手が主体的、自律的に、工夫して取り組んでくれました。アイデアもどんどん出てきて、率先垂範のために幹部の働き方宣言をさせようとか、上司の360度評価をしようとか、オフィス見学者への資料作りや、動画・ポスター作り等々・・・。
ワークスタイルを変えていくことは、若手にとっても意義が感じられる取り組みですので、この活動に取り組むため、通常業務についても生産性を上げてくれました。自らの取り組みについて自信と誇りを持って自治体や、公益法人や民間企業の方々にもPRできるようになり、いろいろな会合で若手自体が講演に呼ばれたり、ワークショップを開催したりするようになってきました。
いろいろな場に出て行って、対話することによって、様々な立場の方々の意見を聞き、議論することができる。働き方や業務効率化をめぐる当事者の実態がわかっていく。自分の担当する業務の関連だけで役所で会う人と話をするだけでは、視野は広がりません。自分の足で、自分の目と耳で確認するという手触り感は非常に重要なわけです。また、何かを調べようにも、自分に必要な情報を得るのは大変です。ところが、私たち自身がワークスタイル変革に実際に取り組み、それを外に発信したことで、我々が知りたかった様々な情報を持った人たちが、向こうから、私たちにとって都合よくカスタマイズされた形で、集まってくれるようになりました。
視察案内や講演などの機会に出会った人や組織との関係は、その後も続くネットワークになっています。こういったネットワークを若手が自ら作っていくのは非常に価値があると再認識しました。
そして、様々な方々とのコミュニケーションを通して、省庁として、公務員として取り組むべきミッションが、具体的に職員の中に腹落ちしていくものだということを改めて実感しました。
並行して実施された民間企業での視察や対話をふまえ、省庁と民間を対比したときマネジメントから見て気づかれた点を教えてください
-3点ありますね。まず1つ目は、民間企業の皆様とのコミュニケーションでわかったことは、働き方改革を含め、マネジメントが先進的な企業もあれば、そうでない企業もあって、非常に格差が大きいということです。時には役所以上に官僚的な企業もあります。働き方改革についても、関連法ができたのでその対応としてしぶしぶ取り組んでいるところもあれば、一人一人が最高のパフォーマンスを上げるために、ティール型の組織を志向して、どんどんメンバーがアイデアを出し、主体的に仕事が進んでいくように進んで変えている企業もあります。結局、役所だから、民間企業だから、ということはなくマネジメントのやり方次第だということを感じました。
2つ目は、伝統的な大企業になればなるほど、上司と部下の認識ギャップは大きいという傾向があります。我々がある企業で役員、若手社員を交えて対話していた時、若手社員から「上の考えは現場に伝わってないですよね」という意見がありました。役員としては、「いやいや、社長が各役員に伝えているので、各部門には伝わっているはずだ」で話を終わらせていて、そこで止まってしまっているといった例がありました。これは、役所でもよく見られる光景です。
管理職である我々は、働き方改革のメニューを作ったり、口では変えればいいじゃないかと言っていても、実際に現場がどうとらえているかを聞いて、ギャップ解消に取り組まないと、若手たちからは見透かされて、働き方改革と言ってもどうせ口先だけだろうとか思われている可能性が高いわけです。
最後に、もっとも深刻なのは、思考停止していると思えることが沢山あることです。たとえば、総務省では、2001年の省発足以来、内線電話用に各自にPHSが貸与されています。しかし、固定電話と併用しているために、PHSを持ち歩く職員は少なかったんですね。携帯していれば、離席中も電話がつながるというのに。今では、行政管理局や行政評価局では、固定電話を極力撤廃することで、若手職員の電話の取次ぎの手間を減らしています。
同じように、総務省全体が昨年無線LANに切り替わったのですが、行政管理局や行政評価局以外の多くの部局では、長らく、PCを従来同様、デスクにワイヤで繋いだ状態で利用していたんですね。したがって、省内の会議などへもPCを持参する職員は少なかったのです。無線LANを導入したのですから、それにふさわしいワークスタイルを考えるべきなのに、セキュリティ上、PCはワイヤで繋いで置く、ということに、何の疑問も持たなかったのでしょう。行政管理局や行政評価局では、退庁時にPCを収納できる鍵付のロッカーを整備することで、いち早くLAN環境の無線化に対応したワークスタイルを実現しました。
このように習慣化されていることには、業務自体に何の疑問も抱かないようになるし、申し送りになっていれば、変えてはいけないものだと勝手に思ってしまいます。これが思考停止をもたらしている。目の前の「当たり前」と思っていたことを疑ってみる。こういう発想方法が大事だと思いました。
今回の取り組みの中で、ある若手が「自分たちで変えていいんだ、やってみると意外に変えられるんだということが分かった」と言っていました。もともと眠っていたものが目を覚ました状態です。目を覚ました若手は、とても活性化します。主体的、自律的に動ける人財として蘇ります。思考停止状態から、いかに目覚めさせるかがマネジメントの仕事だと痛感しました。
<プロフィール>
箕浦 龍一
総務省 行政評価局 総務課長
平成 3 年 4 月 総理府採用 沖縄開発庁振興局振興総務課総務係
平成 7 年 4 月 総務庁人事局企画調整課総括係長
平成11 年 3 月 総務庁人事局企画調整課課長補佐
平成13 年 4月 総務省人事・恩給局総務課課長補佐 併任 内閣官房行政改革推進事務局公務員制度等改革推進室
平成18 年1月 内閣官房行政改革推進事務局公務員制度等改革推進室
平成18 年10月 総務省行政管理局企画調整課企画官
平成20年9月 総務大臣秘書官
平成21年9月 総務省行政管理局調査官併任 行政管理局行政情報システム企画課
平成21年10月 同 行政管理局企画調整課企画官
平成22年 7月 同 行政管理局管理官
平成24年 9月 内閣官房内閣参事官(内閣総務官室)
平成27年 7月 行政管理局行政管理局 企画調整課長