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2019年05月24日(金)

お客様のことを考えていますか?消費者庁が推進する「消費者志向経営 自主宣言」とは?

経営ハッカー編集部
お客様のことを考えていますか?消費者庁が推進する「消費者志向経営 自主宣言」とは?

自主宣言で見出す、自社の見えない価値とは?

SNSや口コミサイトなどネット環境の進展により、企業に対する消費者の目がますます厳しくなっている。片や世界最高と言われていた日本企業の商品やサービス品質は、相次ぐ不正検査やモラルハザードなどでその信頼の根幹が揺らいでいる。いずれも「顧客第一主義」や「社会への貢献」などを掲げる企業だ。

こうしたなか消費者庁では3年前から事業者団体や消費者団体と連携して「消費者志向経営」を推進中だ。消費者志向経営とはどのような経営なのか。またそれを取り入れることで、とりわけ中小企業はどのように変わっていくのか。推進事務局を担当している消費者庁消費者調査課の高橋真也氏に伺った。

消費者の評価を無視しては、企業経営はできなくなった

――消費者庁では「消費者志向経営」を推進しています。ズバリ消費者志向経営とはどういう経営なのでしょうか?

消費者志向経営とは、一言でいうと「消費者を重視した経営」ということです。企業の方がよく言われる「顧客重視」や「お客様第一主義」の経営の延長線上にあるものと捉えていただいて構いません。お客様を行政的に言い換えた言葉が消費者ですね。

ただ私たちがいう消費者は、目の前の顧客だけではなく、その背後にある社会全体の消費者を指しています。たとえば会社の従業員の皆様であっても仕事から離れると消費者ですよね。

――いわゆるステークホルダーに近い捉え方になりますか?

そうですね。目の前の顧客を狭義の消費者とすると私たちが定義するのは広義の消費者となります。
消費者志向経営は、その広義の消費者に対して企業など事業者が次の3つの観点で行っている経営と定義しています。

1つは「消費者全体の視点」です。事業者が消費者全体の視点に立って、消費者の権利を確保しながら利益の向上を図ることを経営の中心として位置づけ、事業活動を行っていること。

2つ目が「健全な市場の担い手」という観点。消費者の安全や取引の公正性を確保するなど、消費者の信頼を得るべく消費者に必要な情報を提供しているということです。

3つ目が「社会的責任の自覚」という観点。目の前の利益の追求だけでなく、持続可能で望ましい社会の構築に向けて、社会的責任を自覚して事業活動を行っているということです。

――最近では国連の示すSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)に取り組む企業が増えていますが、そういった背景も関連してきますか?

はい。時代の趨勢としては、CSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)やCSV(Creating Shared Value=価値の共創)といった企業の社会貢献などに対しての関心の高まりもあります。他方で、とくに近年はインターネットなどITの進展による社会の情報化が格段に進んだことも大きいと考えています。

従来ですと企業などの事業者は一方的に商品や情報を提供して十分でしたが、最近では SNSや口コミサイトなどが広がって、消費者が企業を評価するといった消費者起点の働きかけが増え、消費者からのフィードバックや消費者の評価を気にした事業活動をしなければならなくなっています。

その一方で、商品やサービスの販売方法や支払い方法がどんどん複雑になっています。決済の方法についてもキャッシュレスなどいろいろな方法が出てきました。またグローバル化も進んで、国境を超えた電子商取引も進んでいます。

企業側としては、消費者の多様なニーズに合った商品を的確な手段やタイミングで提供しないといけなくなっています。一方消費者としても自分に合った一番良いものを選択したいわけですが、最近はいろいろ商品やサービスのメニューが出ており、何をどう選んでいけばいいのかわかりにくくなっている実情もあります。

――確かに携帯電話やスマートフォンのプランなどはわかりにくいという声などはよく聞きます。

実際、携帯電話については、料金水準の引き下げのほか、消費者のニーズへの対応やシンプルで分かりやすい料金メニューの提供を事業者に求める声が多いという意識調査結果もあります。私たちの認識としても、企業側において、より一層の消費者との双方向のコミュニケーションが求められてくる、すなわち消費者志向の経営がどんどん重要になってくると考えています。

――どのくらい前から取り組んできたのですか?

「消費者志向経営」という言葉自体は昔から使われてきたようですが、消費者庁における取り組みは2015年に策定した消費者基本計画をきっかけに始めた新しい取り組みになります。

消費者庁の役割としては不正などを働く事業者を取り締まるなど、規制的な側面もありますが、一方的に規制するだけではなくて、消費者と企業と行政が一体となり一緒により良い世の中をつくっていく、未来志向的な取り組みも重要ではないかという考えが大きくなっていったのです。そういった動きの中でたどり着いたのが消費者志向経営です。

2016年10月に、経団連や消費者関連専門家会議(ACAP)などの事業者団体、全国消費者団体連絡会や全国消費生活相談員協会、日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会といった消費者団体、行政として消費者庁が連携し、消費者志向経営推進組織が発足しました。この推進組織が主体となって、消費者志向経営を全国の幅広い事業者の方々に広めていく活動を進めています。

消費者志向経営のロゴ ・消費者庁より提供消費者志向経営のロゴ ・消費者庁より提供

消費者志向経営は企業にイノベーションをもたらし、企業価値を高める

――企業が消費者志向経営に取り組むことで、どんな効果をもたらすのでしょうか?

企業側としては、消費者を重視した経営を行うことにより、社会的評価の向上や新規顧客獲得、あるいは従業員などのコンプライアンス意識の向上といった効果が考えられます。また、消費者トラブルの減少や従業員のモチベーションのアップにもつながります。そういったことによる中長期的な企業価値の向上といった効果が期待できます。

一方消費者側としては、より安全で安心できる高い品質の商品やサービスを得ることができますし、消費者のニーズが反映されることにより、消費の満足度が高まり、生活の質を高めることができます。
こうした相互の作用によって、企業側にはイノベーションが生まれたり、健全な市場が育成に繋がったりしますし、消費も拡大し、最終的に経済の好循環が生まれていくことが期待されます。
つまり、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の「三方良し」が実現できます。

――三方良しという考え方はもともと日本の商売の考え方にありましたが、ということは、それほど目新しい考え方ではないのでしょうか?

そうですね。消費者志向経営は、必ずしも「新しいことをしてください」というものではありません。今までやってきたお客様志向の取り組みを「見える化」するだけでも意味があるものだと思っています。私たちは見える化したよい事例を、より多くの事業者さんに広めて、社会全体をより良くしていくことで、サステイナブルな社会を実現していこうと考えています。

消費者庁では、昨年はじめて有識者による選考委員会を開催して、「消費者志向経営優良事例表彰」を行いましたが、表彰された企業さんはいずれも消費者志向の考え方を持って、そういった取り組みをされている企業さんが表彰されています。

たとえば内閣府特命担当大臣表彰を受けた「花王」さんには「花王ウェイ」という企業理念があり、この理念に基づいて消費者起点で「よきモノづくり」を長年実践されてきています。同じ商品でも消費者の声をもとに毎年細かい改良を加えて、ユニバーサルデザインなどのより使いやすい商品を社会に送り出しています。そういう消費者の声を取り入れるスキームが確立しているところはすばらしいと思います。
 
消費者長官表彰を受けた「損害保険ジャパン日本興亜」さんは、消費生活相談員から意見を聞く「社外モニター制度」を設けており、サービスやパンフレットの改善・品質向上につなげたり、防災や減災のために、こどもたち向けに防災人形劇や体験型防災ワークショップなど実施して、被害の防止軽減に向けた普及活動をしています。

同じく「ニチレイフーズ」さんは、経営トップのリーダーシップの下で、従来の事業活動にとらわれずに明るくチャレンジする「ハミダス活動」という独自の取り組みを推進されているほか、出前事業などの食育の推進やフードバンクなどに取り組まれています。

さらに、「明治安田生命」さんは、「明治安田フィロソフィー」という明確な企業理念の下で、お客様懇談会や消費生活センター訪問など消費者の声を業務改善に生かす取り組みを進められています。

このような表彰された企業の皆さんの取り組みをまとめたパンフレット(事例集)を推進組織のウェブサイトで公表していますので是非一度ご覧になってみてください。

消費者志向経営の取り組みは、自主宣言をすることから。審査も指導もない

――素晴らしい取り組みですね。ただ大手上場企業さんだからできると思ってしまいます。中小企業ではなかなかそこまでの取り組みは難しいのではないでしょうか。

確かに表彰を受けた企業さんは大手さんばかりで、中小企業さんでは、難しいと思うかもしれません。けれども取り組むことでメリットが生まれてくるので、できることから取り組んでいただければと思います。

たとえばお客様相手に商売されている企業さんは、当然お客様がいらっしゃるわけですから、全く消費者志向じゃない企業さんというのはいらっしゃらないと思うのです。基本的にお客様のためになることをされているのであれば、企業の規模に関わらず消費者志向経営につながることをされているのではないかと思います。我々はそのような消費者志向の取り組みを「見える化」することで、企業の皆様のよい取り組みを後押ししたいと考えています。

――具体的にどう取り組んでいけばいいのですか?

まず、それぞれの事業者が消費者志向経営に取り組むことを宣言していただき、それを自社のWebサイトなどで公表します。次に宣言公表した内容に基づき、取り組みを実施します。そして実際に取り組んだ内容とその結果を定期的に公表します。

その取り組みを推進組織に伝えていただければ、推進組織のWebサイトを通じ、社会に宣言や会社の取り組み内容を消費者や他の事業者に広く発信します。また、シンポジウムやセミナーなどでも企業のよい取り組みを紹介したりしています。

――消費者志向経営の宣言をすればいいのですか?

そうです。宣言内容を消費者庁や推進組織が事前に審査するようなことはしていません。事業者の皆さんのそれぞれの事情に応じて自主的な取り組みとしてやっていただいています。

――とは言ってもどのような内容で宣言をすればいいのか、悩ましいですね。

そのような企業さんのために、消費者志向経営の取り組みの6つの柱(①経営トップのコミットメント、②コーポレートガバナンスの確保、③従業員の積極的活動、④品質・消費者・法務関連部門と商品開発などの事業関連部門の連携、⑤消費者への情報提供の充実・双方向の情報交換、⑥消費者・社会の要望を踏まえた改善・開発)を立てていますので、それを参考にしていただければと思います。と言ってもすべてを踏まえる必要はありませんし、用語や内容もカスタマイズして使っていただいければと思います。

また自主宣言のモデル案を推進組織のウェブサイトに掲示していますので、そちらを参考にしていただくとよろしいかと思います。

消費者志向経営を取り組むのに重要なのは①の経営トップのコミットメントです。トップがしっかりコミットしていくと宣言することで、企業全体として消費者志向経営が進みやすくなると思います。

また③の従業員の積極的活動は、従業員のみなさん一人ひとりがお客さまと向き合うという意識をもっていただくことです。企業さんによっては従業員手帳を配って、その手帳の裏に消費者志向経営宣言が書かれており、一人ひとりがいつでも読めるようにしているところもあります。

④の品質・消費者・法務関連部門と事業関連部門の連携ですが、昨今はカスタマーサービス部門などお客さま相談の窓口などの部門を充実させている企業が多いですが、その部門で閉じるのではなく、消費者から聞いた苦情や要望がしっかり商品やサービスの改善に反映されるよう連携できる仕組みをつくっていくことが必要です。消費者の声を活かせないことは非常にもったいないことだと思います。

顧客志向の取り組みを「見える化」するだけでもすごいメリットが生まれる

――宣言されている企業は多いのですか

消費者志向自主宣言については、2019年3月末現在で101の事業者が行っており、数はさらに増えています。大手企業だけでなく、中小企業さんも宣言されています。

シンポジウムも昨年11月に東京で開催しましたが、200名くらいが参加いただいておりますし、企業の担当者向けセミナーも今年3月に東京と大阪で開催しましたが、東京会場では80名くらいの参加があり、関心の高まりを感じました。

シンポジウムの様子 ・ 消費者庁より提供

シンポジウムやセミナーの後にアンケートを取っていますが、こちらも参考になったといったポジティブな回答が多いですね。とくに表彰された企業の取り組みが聞けたことが良かった、他の業界の取り組みが知れてよかったとおっしゃる方が多く、企業の皆さんも消費者志向経営に関心を持って試行錯誤されているようです。

参加される部門もお客様対応や経営部門から、品質保証部門などジャンルは幅広いですが、とくにお客様との接点が多い部署は関心が高く、悩まれている方が多いのだと感じます。

――宣言することで、そういった先進的な企業の方と接点が持てるようになるわけですか?

昨年開催したシンポジウムやセミナーなどは自主宣言した企業以外にも自主宣言を検討している企業さんなども広く参加いただけました。自主宣言をすることで、今回表彰された企業さんのように、優れた取り組みとして表彰される可能性も出てきます。

――地方の小さな企業でも大企業と並んで表彰されることもありうるわけですね。

はい。もともと日本の企業の方々は消費者志向が高いと思っており、各事業者さんで既に取り組まれていることはあるはずです。何も特別なことや新しいことに取り組まなくてもいいのです。ふだんやっていることを「見える化」するだけでもすごくメリットになります。消費者志向の理念などを従業員などに共有するだけでも若い社員の方には自社の強みや価値を知る機会になりますし、お客さまに対しても自信をもって商品やサービスを提供できるようになります。

消費者側としても商品やサービスの魅力がよりわかりやすくなり、信頼感が増します。
その点からも、若い社員の方が中心となって消費者志向の取り組みを考えていくというのも一つの手だと思います。従業員教育という点からも効果が期待できますし、それまで見えていなかった企業の新しい価値や魅力が見いだせるかもしれません。

――企業価値を高めていくには、見出した後の継続的な取り組みが重要になる……

もちろんです。一回の成果公表で終わるのではなく、PDCAを回しながら継続的に改善を繰り返して内容を良くしていく、フォローアップ活動が大切になってきます。そのためにも自主宣言が大きな役割を果たします。活動を継続していくと消費者視点が競合会社視点や自社視点になってしまうことがあります。その時に戻れる原点となるのが自主宣言なのです。

――今後はどのような展開を考えていますか?

まだまだ消費者志向経営の認知度が足りないので、その広報活動を強化していきたいと思っています。とくに今お話したように、中小企業さんのなかにはまだまだ見える化されていない消費者志向のよい取り組みがたくさんあると思っています。認知度が上がってくればさらに様々な消費者志向のよい取り組みを紹介できると思っておりますし、様々な有益なご意見なども各方面からいただくことでよりよい推進活動にしていくことができます。

消費者志向経営の主役は企業の皆さんです。消費者庁としては事業者団体や消費者団体とも連携して企業の皆さんのよい取り組みを支援していきたいと考えています。ぜひ消費者志向経営に関心を持っていただき、まずは自社のお客さま志向の取り組みの見える化からでも構いませんので、「消費者志向自主宣言」を検討していただければと思います。
 

高橋真也
2018年7月より消費者庁消費者調査課課長補佐として、消費者志向経営の推進などの事業者との連携業務などを担当。平成21年に内閣府に入府し、これまで消費者庁や個人情報保護委員会などで消費者行政等に従事。

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