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2019年05月28日(火)

売り手から見た事業承継の重要ポイントは何か?~業歴14年のM&Aアドバイザリー、株式会社オンデック 久保良介代表に聞く

経営ハッカー編集部
売り手から見た事業承継の重要ポイントは何か?~業歴14年のM&Aアドバイザリー、株式会社オンデック 久保良介代表に聞く

企業経営者が将来の事業承継を考えた時、子息や親族、社員の中に適任者がいない場合は、第三者への継承(M&A)を検討する必要がある。このときに譲渡側は、会社がいくらで売却できるのか?や、社員の雇用条件の維持に関心が向くのは当然だが、もっと重要なことはないのだろうか?今回、中小企業庁の「事業引継ぎガイドライン」の策定などの制度作りにも関与しつつ、中堅中小企業に特化したM&Aアドバイザリーサービスを手掛ける株式会社オンデック代表の久保良介氏に話を伺った。

会社譲渡を検討する企業から見たM&Aを取り巻く環境変化

ここ三年くらいの事業承継において、特に身内以外の第三者への継承を巡る環境変化についてお聞かせください

-当社は、商工会議所や銀行、証券会社などで、年間50回以上の事業承継に関するセミナーや勉強会を行っていますが、2、3年前と比べて会社を譲渡したい側の企業の状況がかなり変わってきたと思います。以前はセミナー参加者も、譲受側と思しき参加者が6割、7割を占めていました。ところが最近は譲渡したい側が増え、比率が半々になってきています。

以前はセミナーでの経営者の質問内容も、我々のような小さい企業でも譲渡できるんでしょうか?といった初歩的な質問でした。ところが最近では、経営者の個人保証を今こんな形で差し入れているがその解除はできるかどうか、あるいはしかじかのケースの企業価値の算定の仕方についてどうなるか?といった具体的なものになってきていますね。

この譲渡側がアクティブになっている状況変化の背景には、国の「引継ぎ支援事業」が本格化し、国家予算を投じて「事業承継は大丈夫ですか?」というダイレクトメールを打った効果が大きいです。その数は、経営者が60歳以上の事業承継見込み企業に対し14万通と聞いています。

また、新規参入の民間事業者も増え、税理士法人、金融機関も力を入れて取り組むようになってきています。そういった先からのDMやコールも増え、1社に複数のアプローチが来るようになって認知がかなり広がってきました。当社においても問い合わせ自体、3年前から比べると倍増している状況があります。

さらに、ネットでのマッチングを行う事業者も増えており、事業単位の譲渡など、あらゆるレベルで会社や事業の譲渡が行われるようになり、M&Aや事業譲渡が日常化することによって会社を譲渡することへのハードルを下げることに貢献しています。

譲渡のハードルが下がっているのはどのような状況から感じられますか?

-そもそも経営者がセミナーに来られるということは顔をさらすということですから、それ自体、他の経営者に対して抵抗が少なくなった証と言えます。

以前は取引先に売ったと思われたくない、知人にも自分だけ売り抜けたと思われたくない、という経営者が多かったのですが、それもなくなってきました。むしろ、知人の経営者が譲渡に成功すると、欧米で言われている「congratulations!(おめでとう)」といった感覚が普通になってきました。

ただ、依然として従業員に対してどう対応すればよいかが見えないために躊躇しているというネガティブ要因だけはまだクリアできていないですが。

M&Aの成功、失敗とは?

御社が今までかかわってこられたM&Aから、見えてきたあるべきM&Aの姿とは何でしょうか?

-当社は、成約ベースで過去に累計220組以上のM&Aを支援させていただきましたが、あるべき姿を考える際に、非常に重要なのが成功をどう定義するかです。売り手にとってのM&Aは会社が想定以上の価格で売れてしまえばそれで良しと言う考えもあります。M&Aアドバイザリーの仕事で言えば、クライアントをその当該社長だけとする、売りたいニーズだけに対応するというように限定すれば、成功の定義は、希望価格以上で譲渡契約が締結され、譲渡代金が振り込まれればそれで成功ということになります。

しかし、我々はM&Aの成功の定義を、事後の会社の存続発展だと認識しています。そこから見たときの成功とは、譲渡した会社がその後も発展し続けることです。雇用を守り従業員が幸せになることは最重要ですが、成功と言えるには譲渡前よりも会社が経済的、社会的価値を高めていく必要があります。

なぜなら、中小企業であっても、社員だけでなくその企業が築いてきている仕入れ先や取引先とその従業員、地域社会など、社会関係資本の担い手としての責任も大きいと考えているからです。つまり、上場企業でなくても会社の公器性は十分高いので、その価値は譲受先に引き継がれ、発展していくことがあるべき姿だと思います。

会社譲渡が成功するパターンとはどんなものでしょうか?

-我々の定義で、成功するかどうかはケースごとにかなり違うので簡単には語りつくせません。あえて、最も重要な要素を抽象化して絞り込むと、それは引き継いだ後のマネジメントが効くかどうかです。ほぼ8割がそれに左右されます。

このマネジメントには2段階あります。まずは経営を引き継いだ後任経営者のマネジメント力と、その次に譲受先のマネジメント体制ということですね。

まず後任経営者のマネジメント能力とは、物事を俯瞰でき、全体をまとめるプロフェッショナルなスキルといったことです。例えば、我々のお手伝いする先は製造業も比較的多いのですが、単に現場のスペシャリストで製造工程だけに詳しいということではなく、営業や財務など全体を見て判断ができるということが必要です。なおかつ一歩、二歩先を洞察でき、適切なコミュニケーションによって従業員が今どう考えているかを知り、個々の従業員に合ったモチベーションをしていくことができる、といった能力です。

もう一つは、受け入れ先のマネジメント体制ですね。例えば、譲り受けたあとのビジネスプランがしっかり描けているか?つまり、会社を成長発展させる計画が実効性のあるものかどうか?会社の強み弱み、現状、課題を分析したうえで、この会社はここを伸ばせる。よって、当社のリソースを加えてこういう方向へ行こう、そのためにはこういった組織作りをしよう、と考え実行できる体制があるかどうかです。

そもそも、譲受先が買うかどうかを決める時に、この事業を実行するから、この機能、この人材を保有する会社が必要で、それと照らし合わせて譲渡候補会社のリソースを見たときに買う価値があると判断できる。その判断がしっかりできることが、後々も経営できることに繋がっていくのです。

さらに言えば、引き継いだ事業を経営していくマネジメントが組織の文化として定着しているかどうかです。文化になっていることによって経営者や幹部が、同じ価値観、同じ判断で組織としての整合性が取れた一貫性ある行動ができるため、譲渡先も混乱せずに新体制に移行できるのです。そういった文化がない会社が譲受けしてしまいますと、失敗する確率が高いです。

逆に譲渡側の視点でいうと、譲受側がマネジメントの文化を持っているかどうかが相手を選ぶときの最重要な判断ポイントになりますね。

今度は逆に、失敗するケースについて教えてください

-当社の中で、最大の失敗と言えるものは、買い戻しが発生するケースですね。14年間やっていて1件ありました。そのケースは、譲受け側の説明が当初と違っていて、しっかりした経営者を立てるという説明だったのですが、実際にはそうはならず、業績が低迷したということです。元の経営者からしても従業員を説得して、送り出している手前、責任があるので買い戻したということです。企業価値もそれほど変わっていなくて、誰かが経済的に損したということは発生していませんが、我々としては失敗になります。その会社は社内承継に切り替えるかどうか今、時間をかけて検討されています。

私が業界内で話をよく聞くのは、後継者の選定ミスや引継ぎのミスということですね。ここで失敗するというケースは数多くあります。

例えば、このような例です。元々息子さんを社長にしたかったが、資質的に不十分で断念し、息子さんと合意の上、会社を譲渡した。譲渡した後も、社員となった息子さんと共に元の経営者が相談役として残っていた。ところが、息子さんを置いているとやはり心配になり、相談役がいろいろ口を出したりしていた。つまり譲渡した側の旧経営者の干渉が過度に発生した。正式なレポートラインでないにしても、何十年も従っていた元の社員たちとしては相談役の指示をないがしろにできないという事態になった。その結果、マネジメントが2重になって組織が崩壊したといったようなことです。役割分担を最初から明確にしていなかったのでそうなってしまいました。

最近は、人材不足のため前任の経営者にしばらく残ってもらうことが多くなりました。失敗しないためには、権限と責任を明確に、契約書に具体的にしっかり盛り込んで合意しておくことが重要です。

デューデリジェンスの受け方、社員に話すときの進め方

譲渡を成功させるためのデューデリジェンスの受け方のポイントはなんでしょうか?

-譲渡先が譲受企業の価値を算定するためのデューデリジェンスの内容には、財務、税務の会計まわり、そしてリーガルとビジネスの3つがあります。譲受先が会社を買おうと思ったときに、前の2つばかりをみて、ビジネスを軽視していることが結構多いです。財務に目が行きすぎると、この未払金30万円は何ですか?みたいなことを細かく聞いてくるようになります。そこに時間を使って対応しても残念ながら良い結果は出ません。ビジネスをしっかり見てくれる先を探す必要があります。

当社の成功例で言うと、ある内装工事を行っている会社があって、M&Aによって大幅に業績が向上した例があります。この会社は、店舗設備の施工においてデザインのセンスもよく、優秀な技術をもった会社で、施工の引き合いも多かったのです。しかし、経営者が高齢のため人の採用を控えており、意欲的に伸ばすというより、むしろ注文を断っていた。その一方で、店舗のビジネスソリューションを提供する譲受会社がありました。この会社は、ソリューションのポートフォリオを組んで不足している部分の品ぞろえを強化しようとしていたのです。もともとしっかりした営業体制はありましたので、当初から高い事業シナジーが見込まれました。その会社とお引き合わせし、飛躍的に伸びたケースです。売り上げ利益ともに3、4倍になりました。

つまり、デューデリジェンスで、譲受企業がビジネスを評価するポイントについては、先述のようにマネジメントがどう回っていくかをどれだけ見ようとしているかに加え、M&Aによるシナジーをどれだけ評価しようとしているかということになります。このような点をしっかり見てくれる相手を選んだほうが良いでしょう。

経営者が社員へ話すことについて依然として課題があるということですが、そこはどのようにクリアすればよいでしょうか?

-売却が完了すれば成功というゴールの場合、アドバイザリー会社は、社員向けの説明会を1回開いて終わりということもよくあります。ただ、これだと確実に従業員は疑心暗鬼になり、混乱するのではないでしょうか。

経営者が選ぶべき話し方や話すタイミングは、企業ごとに個別に相当違うので、注意を要します。この点我々は、譲渡側オーナーとシナリオを詳細に詰めるということをやります。細かな手順書をまとめ、オーナーと秘密裡に共有して進めます。

そのとき、社長と幹部の関係によっても進め方は異なります。長い間、役員として仲良くやってきている場合は、誰からどの順番で話すかが重要です。一席設けて飲みながら話をしたほうが良い場合もあります。また人数が多いケースでは、グループごとに話す順番と話し方を決めたりする必要もあります。

従業員への情報の伝わり方によって信頼関係が崩れると、結局能力の高い人材が不満を抱き、辞めたりして企業としては大きな損失になります。人がいるから事業が上手く回るということなのですから。

また我々は、譲受け側の振る舞いへの注意も促しています。譲受けした側はできるだけ早く夢を見せてモチベーションアップしようと試みます。そこでトップが、いきなりビジョンを語りたがる。ところが「これから世界に打って出よう!」などと話しても、かえって逆効果になります。まず社員は、自身の待遇が変わらないかなどに最大の関心があるのであって、まず安全欲求を満たしてからでないと次のステージに移らないほうが良いのです。

実際、当社の支援先の譲受け側の企業を見ても、M&Aの経験先は2割以下にすぎません。つまり、ことM&Aに関しては、素人同士で模索しながら取り組んでいるケースが多いということです。

最後に会社譲渡は一生に一度経験するかしないかという話なので、独自に悩むよりも専門家のM&Aについての考え方の違いを踏まえた上、いろいろ話を聞いてみるのが良いと思います。専門家を通す一つの理由として、譲受先のマネジメント力の評価は、第三者のほうが冷静に見れるという点もあります。

<プロフィール>

久保良介(くぼ・りょうすけ)

平成11年 関西大学商学部卒業後、大手カード会社入社
平成13年 東証一部上場商社に入社、営業企画推進部勤務
平成14年 経営企画室に異動、国内外の様々なプロジェクトリーダー、中期経営計画、予算統制
平成17年 オンデック起業

 
株式会社オンデック (ONDECK Co.,Ltd.)

創業 2005年7月
設立 2007年12月
資本金 1億円
大阪本社:〒541-0056 大阪市中央区久太郎町1-9-28 松浦堺筋本町ビル2F
TEL:06-4963-2034
東京オフィス:〒100-0014 東京都千代田区永田町1-11-28 合人社東京永田町ビル3F
TEL:03-6434-0132
URL:https://www.ondeck.jp
業務内容:M&Aに関する仲介、斡旋、アドバイザリー業務
企業及び事業の再生、再構築に関するアドバイザリー業務
企業、事業のデューデリジェンス業務

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