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2019年05月29日(水)

会社を売るという経営者の決断~M&Aバイアウトで人が幸せになる方法

経営ハッカー編集部
会社を売るという経営者の決断~M&Aバイアウトで人が幸せになる方法

「最初は売るつもりはなく、そもそも売れるとも思っていませんでした。今はかけがえのない貴重な時間ができ、家族との時間を大切にするとともに、今後の人生について考えるきっかけにもなっています」と話してくれたのは、株式会社ファンステージの元代表取締役・中村勇介さん。

さまざまなWeb・アプリの企画、デザイン、開発までをワンストップで行い、自社サービスや技術者派遣(SES)にも力を入れるファンステージは、2019年1月に株式会社Orchetsra Holdingsグループの株式会社Sharing Innovationsと株式譲渡契約を締結。子会社となりました。

そのM&Aイグジットの過程で、創業者の中村さんが体験したこととは? 従業員や家族との向き合い方は? その後の生活はどのように変わるのか? FA(ファイナンシャル・アドバイザー)を担当した株式会社プルータス・マネジメントアドバイザリーの小川陽介さんにも同席いただき、実際に会社を売り抜いた当事者としての“生の声”をお聞きしました。

“人”を大切にする考え方に共鳴し、初対面から意気投合

―ファンステージ創業の背景を教えてください。

社長としての最初の経験は、エンジニアの派遣会社です。創業家から株式を買い、事業を軌道に乗せてまた創業家に売却しました。ごく小規模な事業再生に近いと思います。3年間務めた後、そろそろ自分で起業してもいい頃だと思い、2011年12月に株式会社ファンステージを創業しました。

エンジニアの派遣には将来性を感じていましたが、やはり派遣だけでは自社のノウハウも蓄積していきません。なのでなるべく社内での受託開発に拘りました。そして最終的には、Webやアプリなどで自社のメディアやサービスを展開したいと考えたんです。創業してすぐにCTOが加わり、そこからエンジニアの数も増えました。

―会社を売却しようと思ったのはいつ頃ですか?

最終的に決断したのは、この案件が本格的に動き出してからです。それまでは経営者としていろいろな選択肢がある中で、一つの手段として視野に入れておこう、というくらいの感覚。最初から売ろうと決心していたわけではありません。

実は過去に何度か、事業会社から直接「買いたい」とお声がけいただいたことがありました。しかし、提示されたのは非常に条件の悪いものでした。その経験もあり、M&Aに関して奥手になっていた部分がありました。

そんな折、ふとFacebookに流れてきたプルータス・マネジメントアドバイザリーのLPに目がとまったんです。気軽に問い合わせできそうな雰囲気だったので、あくまで情報収集のためと思って連絡したのが、2018年8月。これが最初のきっかけです。

事業が売れるとは思っていませんでしたが、担当の小川さんからは「売れます。進めるだけ進めてみましょう」とお話をいただいて。この段階で手を引く理由はありません。まだ売ることが決まったわけではありませんし、納得できる条件でなければいつでもやめればいい、という感覚でした。

―ただ話だけ聞いてみよう、というスタンスだったのですね。それから次のアクションが来たのはいつですか?

10月です。大まかな査定をもとに、アプローチできそうな会社を15社ほどリストアップして、その中から2社に絞って進めるのはどうかと相談がありました。私から売却先の会社を指定したのではなく、自社の社員を活かしてくれそうなところはないかと相談していた結果、まず最適な2社をピックアップしていただいた形です。

―その間、ほかのアドバイザリーには声をかけずに?

はい。むしろ、プルータス・マネジメントアドバイザリーしか知りませんでした。後から調べたら、仲介会社やアドバイザリーなんて山のようにあって(笑)。ああそういうものなんだ、という感じでしたね。それでもまだ、その時は全然売る気はなくて、事業も淡々と継続していました。最終的には、2社のうち最初の1社目の社長さんと意気投合して売ることになったんですけどね。

―それがsharing Innovations(以下、シェアリングイノベーションズ)さんだったわけですね。最初の面談はどんな雰囲気でしたか?

事前にプルータス・マネジメントアドバイザリーさんを通じてやり取りを交わした後、早い段階で恵比寿の本社にうかがい、先方の社長さんとCFOの方と私でトップ面談を行いました。面談の前は、私から事業についてプレゼンして、いろいろ根掘り葉掘り聞かれるのだろうと思っていたんです。ところが実際に面談が始まると、「ウチはこういう会社だからぜひ来てください」とむしろ先方の会社についてのプレゼンテーションを熱く語っていただき非常に友好的に迎えていただいて。すぐに意気投合したんです。

―何がポイントで意気投合したのでしょう?

私と社長さんの考え方が非常に近く、社員を大切にする会社の文化や、経営に対する根本的な向き合い方が、お互い一緒だったんです。しかもすごく紳士的で誠実にお話してくださり、「この社長さんが経営されてる会社なら合流した後、ぼく以上に社員を活かして頂けるのでないか」というイメージを持っていただいたみたいで。最初から非常に親和性を感じたため、私はその時点で「売ってもいいかな」と思いました。

余談ですが、姓も同じ「中村」でイニシャルまで一緒でしたし、社内で「社長」と呼ばれず「中村さん」と呼ばれていることまで同じ。普段使っているバッグまで似ていたんです。「これも似てるね、あれも似てるね」という話で盛り上がり、何か運命のようなものがあるのかなと(笑)。

中村社長同士、色や形、サイズまでそっくりだったというバッグ。M&Aを成功へと導いた“運命のバッグ”だったのかもしれない

―そこまで一緒というのは驚きますね。もし売るなら、ここは確実に守りたい、という条件はありましたか?

ありました。それは「確実に社員を活かして行けるかどうか」です。社員の雇用を保つのは当たり前。そこにプラスアルファして、社員を活かしてもらえるかどうかが重要です。正直に言うと、私は非常にポテンシャルの高い自社のエンジニア達を活かしきれていませんでした。それで、私自身が悶々としていた部分があり、社長としてリソースを活かせていない責任を感じていたんです。だからこそ、社員のパフォーマンスを最大限に引き出してもらえるかどうかというのは、私にとって須要な部分でした。

―金額面についてはどうお考えだったのでしょう。

金額面については、案件を進めようと決めたあたりから、具体的に考え始めました。自分の中で「これぐらいは必要だろう」という額の概算を小川さんに伝えたところ、「社長それは客観的には高すぎます。」と(笑)。それから何度もプルータス・マネジメントアドバイザリーを通じてやり取りを繰り返すうち、先方の社長さんから近似値を提案していただいて。もう断る理由はありません。金額提示は2段階あり、最終的な金額提示が12月中旬。年内調印の最終日となる12月28日に調印しました。

真摯な態度がPMI(Post Merger Integration)を成功へ。あふれた涙の理由とは

―意思決定から調印までは、比較的スピーディーだったのですね。社員に対して発表したのはいつですか?

上場企業でしたから、全てが決まった後でなければ発表はできません。なので、2人の主要なメンバーにだけ先に伝えて、了承いただきました。CTOは代表権があり株主でもあるので、進める段階で全て伝えていました。ただ、調印してもその日には発表できないので、調印後はまだ誰にも言わずにそのまま忘年会に行き、正月が明けてから社員に発表したという形です。

―その時の反応は?

やはり反対の声もありまして、特に「中村が辞めていなくなるのは嫌だ」という意見が結構ありました。

―従業員の退職やモチベーションの低下はリスクになると思いますが、どのような対応を?

やはり、まずは「私自身が社員を活かせていない」ということを真摯に伝えました。今後は案件の規模が大きくなって仕事の幅が広がり、ポテンシャルを活かせる部分がきっと出てくると。ボーナスや社会的信用、退職金も含めて、処遇は確実に良くなる。キャリアアップになって、間違いなく良い将来像を描ける。そういったことを社員一人ひとりと膝を突き合わせて話しました。

―一般的に、M&A成立後の統合プロセスのPMI(Post Merger Integration)の過程は大変だといわれます。結果、退職された方はいらしたのでしょうか?

心から納得していない人もいるかも知れませんが、徹底的に話し合った結果、ゼロです。退職者を出していないのは、シェアリングイノベーションズさんが真摯に対応してくださっていることが大きいと思います。私は今、半年間の顧問契約を結んで引き継ぎやフォローを行っていますが、売却後2ヶ月経った現在でも、トラブルらしいトラブルはありません。

小川:お互いの対応がいいのだと思います。まず中村さんが従業員の方と一対一で向き合い、全員の将来をしっかりと見据えていることが伝わっていて、買い手も同様に、従業員の方を大切にされているので。

プルータス・マネジメントアドバイザリー 小川陽介さん

―従業員の方が、最初に売り先の会社の方にお会いしたのはいつですか?

正月が明けてすぐ、オーケストラホールディングス(シェアリングイノベーションズ親会社)さんの社長とCFOがいらして、社員に向けた会社説明会を行いました。その時のことは、今でも鮮明に覚えています。エントランスでホールディングスの皆さんをお見送りするときに、涙があふれてきてしまって……。

―それはどういう涙なのでしょう?

今から考えると、安心感。子どもが育ってお嫁に行くような、不思議な感覚でした。悲しいのではなく、むしろ嬉し涙ですね。社員の前で社長は熱心に話をしてくださり、とても気持ちが伝わるんです。全員を守るから、一緒に頑張ろうと説いてくれて。「この社長にお任せして良かった」という気持ちが涙になって出てきたんだと思います。

―経営者として胸に迫るものがあったのですね。

自分だけのことを考えていたら、売らなかったかもしれません。このまま売上を伸ばしていけば、売却額はもっと上がったと思うんですよね。そう考えたら、あと3〜4年は自分が経営した方が良かったという考え方もあるでしょう。しかし、このタイミングで決断したのは、まさに買い手とのシナジーを感じて「この会社なら絶対に社員が幸せになる」と確信したからです。

それは、悔しい気持ちも同時に生みました。私とその社長の力量を比べてしまったんです。5年後10年後、どちらが経営する会社にいた方が、社員は幸せなのだろうと……。でもその結果、売り先の社長だと確信してしまったから、最終的に決断したんです。言葉としては「売却」なのかも知れませんが、本当に社員を“お嫁に出した”という感覚が強いです。

家族4人で初めての旅行。今後は起業家支援に興味

―プライベートで変わったことはありますか?

沖縄へ2週間ほど家族旅行に行きました。妻と6歳・4歳の子どもがいますが、これまで家族4人で旅行に行ったことは一度もないんです。家族はめちゃくちゃ喜んでいました。家族全員で朝から晩まで、10日間以上を過ごすことって、なかなかありませんよね。子育ての大変さも改めて実感しましたけど(笑)。はっきり言ってこの7年間は家族を顧みず経営に集中してしまっていました。今は非常に貴重な経験をさせていただいています。

―それはご家族にとっても貴重な時間だと思います。社長を辞めると伝えたとき、ご家族の反応は?

妻のファーストインプレッションとしてはあまりよく分からなかったみたいで、「どういうことなの、それ?」みたいな(笑)。そのあと丁寧に経緯や詳細を説明をして、お金や仕事の心配はしなくていいと話したら「あなたが納得してるのであれば、それでいいと思うよ」と案外あっさりしていました。

その上で、実は社長の私を見ていて楽しそうではなくむしろとても辛そうだったと言うんです。自分では気づきませんでしたが、私がちょっと愚痴をこぼしたこともあったらしく。「大変そうだったから、それが少し軽くなるなら良かったんじゃない」と、妻からは声をかけてもらいました。

―お子様にはどのようにお伝えしたのでしょうか。

やはり上の子が何となく気づいて「パパ、なんか家にいるぞ」と(笑)。子どもって、なぜだか分かっちゃうんですよね。「社長は辞めたけど、仕事はちゃんとしているんだよ」という話はしたのですが、長男なりに何かを感じている部分があるのだと思います。

―この先の人生プランを教えてください。

これまでは本当に会社のことしか考えられませんでしたが、最近ようやく、自分のことにも目を向けられるようになりました。これからはいままでの社長経験を活かして、起業家の支援をやってみたいと思うようになりました。起業家を取り巻く環境は昔に比べたらよくはなっていますが、まだまだ改善の余地があると思ってます。僕自身苦労してもがいた経験があるのでそこを活かしてこれからの日本を担う起業家のサポートができたらとてもやりがいを感じるのではないかと考えております。

M&Aイグジットは身近な文化として日本に浸透すべき

―M&AにおけるFAの役割について、どのように感じましたか?

プルータスしか知らないので他とは比べられないというのが大前提ですが、結論から言うと、FAを利用しない手はありません。彼らがいなければ確実に、今回のディールは成立しませんでした。少しでもM&Aを検討されている方がいらっしゃったら、一度声をかけて見る価値はあるのではないでしょうか。もちろんその結果、売却しないという選択もありだと思います。

事業会社から直接買収を提案いただいたことがあると前述しましたが、そのときFAが間に入っていたら「いやいや、この会社にはこれだけの価値があるだろう」ということを言ってくれたと思うんですね。自社をプレゼンするのは自分自身だと難しいけれど、それを客観的に説明してくれるのがFAです。

何でもかんでも私の言うことを聞いてくれるアドバイザーではなく、公平な視点で合理的な助言をいただけた、というのが印象深いですね。売り手と買い手を冷静に分析して、最大限交渉してくれたのは、本当に助かります。

―売り手は高く売りたい、買い手は安く買いたいという、完全にトレードオフの関係ですからね。

小川:やはり当事者同士だと情報の非対称性があり、慣れている買い手はいくらでも都合の良い条件を提示できるんですよね。そのような買い手の無茶な提案から守る盾も必要ですし、反対に、積極的にプレゼンして価値を見出してもらう武器も必要。売手側のFAはそれらを駆使して、しっかりと説明していく責任があると思っています。

私たちは仲介ではなく、アドバイザリー(売り手か買い手のどちらか側にしかつかないワンサイド・アドバイザリー)なので、クライアントの利益の最大化を目指します。

―売って良かったことや悪かったことがあれば、教えてください。

まず良かったのは社員の未来に対しての安心が生まれたことです。社員も今はみんな、いきいきと仕事ができています。今日も会って話をしてきましたが、今のところ不平不満は全く出ていません。社長として最後の仕事というか、彼らの将来へとつながる道を残してあげられたのは、良かったなと思っています。

もちろん、もし私がスタンドアローンでやっていたらどうなっていただろう、まだやれたんじゃないか、と考えてしまうことが全く無いといえば嘘になります。でも確実に、今回の選択の方が10年後は社員が幸せになると確信しているので、それも杞憂ですね。

それから自分自身の時間ができたこと。37歳のタイミングで、顧問契約こそしていますが、基本的には出社義務のない半年間自由な時間があるのは、ものすごく貴重で贅沢なことだと思います。じっくりと人生を考えるきっかけになり、家族ともゆっくり時間を過せています。それはありがたいと思っています。

―M&Aを利用した「会社の辞め方」について、今回どのようなことを感じましたか?

M&Aによるイグジットは、もっと身近な文化として日本に浸透していいのではないでしょうか。また、経営者の選択肢に常にあっていいと思っています。自分のことだけでなく、社員の幸せも追求でき、もちろん事業としてもシナジーを生み出せる。今回の経験を通じて、学んだことは非常に大きいと思っています。

【プロフィール】


中村 勇介(なかむら ゆうすけ)
1981年神奈川県小田原市生まれ 桜美林大学経済学科卒業後、東証一部商社、IT関連ベンチャー企業で営業職を経て独立。その後3年間の雇われ社長を経験後2011年にファンステージを創業。約7年間CEOとして同社の経営をしたのち2019年1月にオーケストラホールディングス(東証一部)の子会社のシェアリングイノベーションズに同社をバイアウト。 現在は次のビジネスに向けて充電中。


PMA紹介
プルータス・マネジメントアドバイザリーは公認会計士を中心とする資本政策及び事業戦略に熟知したメンバーにより構成されたM&Aアドバイザリーです。 M&Aにおいて、売り手と買い手とでは、両者が追い求める利益は相反します。私たちの使命は、ワンサイド(片側)に立ち、クライアントの利益を最大化することです。 M&Aは一つとして同じ事象はなく、その瞬間、その瞬間で、取るべき最適解は変わります。自社知り、相手を知ることで、最適な交渉を実現し、クライアントの利益最大化に貢献します。

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