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2019年06月03日(月)

「熟成肉」の代弁者。東京・銀座の一等地に店を構えるまでに上り詰めた経緯とは?

経営ハッカー編集部
「熟成肉」の代弁者。東京・銀座の一等地に店を構えるまでに上り詰めた経緯とは?

「熟成肉」がブームとなり、多くの人がその魅力を堪能して一般的な認知も上がってきた。しかし、ブームはいつか去っていくものであり、それが1つのジャンルとして確立される割合は決して高くない。ビジネスジャンルとして進化させるには、ブームの中にある、あるいはその先にある本質的なものを追究することが欠かせない。
東京都内で熟成肉レストラン『旬熟成(シュンジュクセイ)』を展開するフードイズムラボ代表取締役の跡部美喜雄氏に、新たなマーケットを創り出したノウハウとさらにその先を見据えたビジョンを聞いた。

マーケットを創るために意識したこと

−跡部社長は、もともと板前として飲食業界に入られたとのことですが、熟成肉とはどのように出会ったのでしょうか?

偶然、熟成肉を食べる機会があり、食べた瞬間に衝撃が走ったんです。「世の中にはこんなに美味しいものがまだあったのか!」と。すぐに「これをやりたい!」と思いましたね。

それから日本で熟成肉の老舗として知られる「中勢以(ナカセイ)」さんに頼み込んで、熟成のノウハウを学ばせていただきました。そして、翌年には「旬熟成(シュンジュクセイ)」を麻布十番にオープンするに至ったのです。

その頃は、まだ熟成肉のブーム前でしたが、麻布十番という場所柄、新しもの好きで舌の肥えた人たちが多く、面白がっていただけたのだと思います。

流行に敏感で、新しくできたお店の情報を収集している人たちの間で、「近くにできた熟成肉って食べたことある?」というように広がっていきました。

また、お店のディスプレイに仕掛けをしておいたことで街の人たちが話題にしてくれたことも大きかったと思います。熟成している牛のモモ肉を、枝肉のまま店の外から見えるように吊るしたんです。本来は見えないセラー(熟成庫)をあえて通りに向けて見せたんですね。

店の前を通る熟成肉を知らない人たちでも「肉が吊るしてあって、なんか面白そうな店があるな」とビジュアル的な部分から興味を示してくれました。そのような人が、「熟成肉が美味しいらしい」という口コミに触れ、「あの店か!行ってみよう」ということになるわけですね。

しかし、ここで肝心なのは、最初の店が新宿や池袋だったら、同じようにはならなかったと思います。やはり、麻布十番という場所にマッチしたアピールができたので、街の人たちが話題にしてくれて、集客ができたのだと思います。

−「熟成肉」というマーケットを創出したということですね。新たな市場を創れれば、いわゆるブルーオーシャンで勝負できると言われますが、決して簡単なことではありません。どのような点がポイントとなるのでしょうか?

マーケットを創り出すという観点ですと、Yahoo! BBの戦略を意識しています。街なかでYahoo!のロゴが入った紙袋を配っていたのを、みなさんも憶えているのではないでしょうか?

当時はまだブロードバンド環境が整っていませんでしたから、まずはADSLモデムを無料で配って各家庭に普及させることから始めたんですね。そのように身銭を切ってまでブロードバンド環境を整えようとしたのは、そのジャンルでオンリーワンの存在になるためです。先行したメリットを生かして、いち早く市場を押さえる意図があったと思われます。

この戦略は飲食業界においても共通する部分が多いと考えています。新しい市場を創出するには、密着型のサービスを展開して、いち早く普及させることを目指すべきだと思います。

いちどサービスが普及してしまえば、その後のサービスを利用するハードルが下がっていきますから、収益を上げていきやすくなります。

ただ、こういう新しいサービスを普及させるには「一歩先」ではなく、「半歩先」くらいを目指すのがちょうどいいんですよね。これがなかなか難しくて、私も何度か失敗してきました。

例えば、弊社ではこの旬熟成以外に、「立吉(タチキチ)」という餃子とワインをメインとした店舗を2009年から運営していますが、これもちょっとテーマ的に早すぎたかな、と思っています。

この立吉の第一号店は渋谷警察署の向かい、最近できた渋谷ストリームの並びにあり、好立地ゆえに継続的に収益を出せていますが、餃子ブームが来たのもけっこう最近のことで、一般的に「餃子とワイン」の組み合わせは当時としては斬新すぎたかもしれません(笑)

そういう意味では、「熟成肉」というキーワードで事業を始められたタイミングとしては、ちょうど世の中の「半歩先」くらいをいけたという自負がありますね。

ピンチを脱したのは「選択と集中」

−熟成肉は後にブームとなっていきますが、『旬熟成』はここまで順調に成長してきたのでしょうか?

いや、決して順調だったわけではありません。現在、GINZASIXにも「旬熟成hakko」というお店を出していますが、売上が低迷してお店が潰れてしまいそうな時期がありました。それを打開したのは「選択と集中」でした。ビジネススキルとしては極めて一般的なものですが、それを徹底して実行しました。

たとえば、お客さまが店への予約をするときに使う「予約サイト」ですが、それまで複数のサイトに掲載していたのを1サイトに絞ったのです。

普通ならば、数多くの予約サイトに掲載して、できる限り多くのお客様に予約してもらいたいと考えます。それを逆転の発想で、1社以外をすべて止めたのです。

複数の予約サイトから集客して、お店の席数を埋めるわけですが、この場合、1サイトあたりの予約数は分散して少なくなります。この予約数は、予約サイトを利用するお客様からも見れますので予約数の少ないサイトのお客様は、おのずと当店を低く評価します。そこで、最も予約数が多い1サイトに絞って、予約数を爆発的に増やせば、そのサイトのお客様は予約数が多く人気がある店として評価します。この相乗効果によって、従来以上の予約数を獲得することに成功したのです。

さらに、競合店を観察して「どんな時間帯に」「どんな金額で」といった条件を集中的にリサーチし、そこから明らかになった情報をもとに当店なりの施策を考え、徹底して実践することによって、これまでにないほどの集客を実現したのです。どん底だった売上がひと月で約3倍にもなり、見事に復活することができました。

「選択と集中」というのは、多くのものを捨てるということですから、なかなかできることではありません。しかも、調子が悪いときにやるには勇気がいります。ですが、それを貫き通してこそ、ピンチを乗り越えることができることを学びました。

実は、GINZASIXには地下にテイクアウトの店を出していましたが、思い切ってクローズしました。これも「選択と集中」ですね。お客様からは、もう少し続けてほしいという声もあったのですが、閉めるという決断をしたからには、少しでも早く対応したかったのです。まわりの環境などに影響されて自分の決断がぶれてもいいことはありません。

熟成肉界のトヨタになる

−競争の激しい飲食業界で、今後はどのようにビジネスを展開していきたいと考えていますか?

我々は「熟成肉」という新しいジャンルに早い段階で乗り出しましたが、流行れば流行ったですぐに競合他社が参入し、レッドオーシャン化してしまいます。

飲食業界に従事する人は苦労の割にリターンが少ない現実があります。店長などそれなりのポジションになって、どんなに頑張っても1,000万円プレーヤーがなかなか生まれないんですよね。それは、価格競争ばかりしていて、本来的な「価値」を売れていないことが原因だと考えています。

ただ、飲食業の構造自体を根本的に変えることはなかなか難しいのも事実です。そこから私は、「本来自分たちが売っている『価値』を標準的な商品にできないか?」と考えたのです。

私は、熟成肉の魅力を標準化してお客さまに提供するための「物販」に注目しています。


そう考えていた矢先、お客様との繋がりがきっかけで、応用微生物学が専門の明治大学農学部の村上周一郎 教授と知り合うことができまして、「熟成」を数値化してみようということになったんです。どのような菌によって肉が美味しくなるのかということについては、これまでは経験のみが頼りでした。これを実験から数値化し、学問的に標準化する研究を村上教授と一緒に行ってきました。

その研究結果をもとにして、誰でもが美味しい熟成肉を作れるようにエイジングシートを共同開発したのです。このシートを使えば、より安心・安全に、短期間で美味しい熟成ができるようになりました。
こういったビジネスを展開することで、「低価格」ではなく、「本来的な価値」を販売することができるわけです。その結果、飲食経営自体がどんどん変わってくると信じています。

−画期的な商品を使って、さらに新しいマーケットを創り出していくということでしょうか?

そうですね。ただし、新しいものを創り出すだけでは意味がなく、新しいものを普及させていかなければなりません。

私は現在、熟成、そしてエイジングシートの研究を通して現在、「発酵」というキーワードにたどり着きました。そこからまた新しいマーケットが作り出されてくるはずです。

「発酵」とは、日本古来の親しみのあるキーワードですよね。発酵食品が身体にいいことは広く認知されているので、健康意識の高いユーザーへの訴求力があります。そこから、より広い層へのアピールも可能になってきます。

いくら新しくても、いくら革新的でも、多くの説明が必要なサービスは普及させるのが難しいでしょう。分かりやすく、1フレーズでも伝えることができれば普及していくと考えています。

−跡部さんは、熟成肉のマーケットは日本だけだとお考えですか? 

いえ、まったくそんなことはありません。肉の本場と言えばやはりアメリカですよね。熟成肉という概念も海外からきたもので、いま私はその技術を自分なりに試行錯誤しながら突き詰めていっている最中です。

これ、実は自動車産業に似ているのです。昔は、自動車ってアメリカのお家芸的なジャンルでしたが、日本のトヨタは、このジャンルで日本の繊細なものづくりのテクニックや、乗り手(ユーザー)のことを徹底的に考えるというホスピタリティを持ってして、世界に受け入れられていきました。

いまやトヨタと言えば本国アメリカでも大人気です。そもそも日本人には、「追求する心」と「進化させる力」があるんですよね。

私は、このトヨタの歴史に自分をなぞらえて、将来的には「熟成肉界のトヨタ」になりたいと考えています。今作っているエイジングシートを、熟成肉の本場であるアメリカに投入し、根付かせたいのです。

そうすることで、飲食業界を取り巻くフードロスやマイルロスなどの社会問題の解決にも寄与できると考えています。

<プロフィール>

跡部 美喜雄(あとべ みきお)

1975年生まれ、千葉県出身。服部栄養専門学校を卒業後、板前の道に。約10年修行の後、外食産業へと転職し商品開発や運営面に携わり、フードコンサルティングで経営ノウハウを蓄積。(担当した業態は重ねカツのキムカツ、明太子のやまや、峠の釜飯おぎのやなど)
2009年12月に餃子バルの立吉餃子を出店し独立。2012年10月に2店舗目に熟成肉専門店「旬熟成」をオープン。現在7店を運営。熟成肉の走りとして大きくメディアに取り上げられたが、一方で食の安全性やより美味しい熟成肉を作るために、明治大学准教授と共同研究を開始。今までには無い、全く新たな発酵熟成法を生出し熟成肉界に一石を投じる。

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