縦割りに横串を。あえてゴールを決めない官民連携のあり方が紡ぎ出す、新たな課題解決法とは?
中央省庁の構造的な問題として頻繁に挙げられる「縦割り行政」。そこに横串を刺すべく、現状への危機感と課題意識を持つ若手官僚と民間企業の有志が立ち上がり結成した“官と民の対話のプラットフォーム”が、「官民連携推進Lab(ラボ)」です。
参加する官僚の所属省庁は、内閣府や内閣官房をはじめ、総務省、環境省、金融庁、文部科学省、厚生労働省、農水省、国土交通省、経済産業省、防衛省など幅広く、民間からの参加者も今注目を集める若手ビジネスリーダーから大学教員まで、ジャンルは多岐にわたります。
官民連携推進Labの大きな特徴の一つが、単に世の中の問題を議論して終わるだけでなく、官民の交流を通して最終的には課題解決のためのアクションにまで結びつけていること。企業における協業やアライアンスの成功事例がまだ多いとは言えない中で、官民連携推進Labはどのように結果を出しているのでしょうか?
官と官が各省庁の壁を越え、また官と民が組織の壁を越えて連携するコミュニティのあり方には、これからの時代の「新しい働き方」のエッセンスが隠されているはず。今回、ラボを主宰する株式会社トイトマ代表取締役会長の山中哲男氏、防衛省の西田千尋氏、環境省の福井和樹氏に、その目的や参加する意義、課題解決のためのポイントなどを伺いました。
今、組織を越えた働き方は変革期。共感してスキルや知恵を結集すべき時代へ
株式会社トイトマ 代表取締役会長 山中哲男さん—近年、「組織を越えた働き方」という言葉をよく耳にします。その背景にはどのような理由があるとお考えですか?
山中:組織を越えた働き方や活動の仕方は、ちょうど今、変革期にあると思っています。これまでの事業や活動は、自分達の組織の枠内で行われるのが主流でしたが、これからは組織を越えて取り組むことも選択肢の一つに上がってきています。世の中が複雑化するにつれて一つの組織で解決できる課題や貢献できる領域は限られ、問題解決の核心に近づけば近づくほど、いろいろな人が持っているスキルや知恵を結集しなければ解決できない時代になってきているんです。言い換えば、“自分が”ではなく“自分たちが”何かを変えていくというふうに、主語が複数形になってきているイメージですね。
—「I」から「WE」に変わってきていると?
山中:はい。人や組織が連携すると、可能性がどんどん広がっていきます。一つの組織内では自分の持っている能力の一部しか使われないことが多いものですが、組織を越えればまた違う役割を見い出せて、能力をより広い領域で活かすことができる。違うコミュニティで人と人が連携した結果、自分のできることに気付いたり、出会いが増えたり、周囲が自分の持つスキルを使ってくれて自分もまたスキルが磨かれたりする。そのようにして可能性が増幅していくというわけです。
西田:人と人が交流するためのハードルは意外と低くて、一歩踏み出して自分の考えを伝えれば、すぐに繋がるものです。「これがやりたい!」という志や意志に対して周囲の共感を得られれば、スムーズに課題解決に進むことが多いですね。お互いの立場に関係なく共感のみでコラボレーションできるのが、今のコミュニティの特徴だと思います。
—そういった流れの中で、官民連携推進Labが発足したきっかけは何だったのですか?
山中:直接のきっかけは、西田さんが「霞が関女子」という霞が関の女性官僚を集めたコミュニティを運営していて、そこで公的不動産の遊休地活用について僕がお話をさせていただいたことです。
国有または自治体保有の遊休地は、国交省が土地を、総務省が建物を管理しているケースもあります。総務省が建物のデータを持っているのに国交省は知らないまま、同様の遊休地活用プロジェクトをまた別に進めようとしている。これは非常に無駄が多いし、もったいないなと。官と官がもっと連携し、そこに民間が加われば、より多角的な問題解決ができるのではないかという話で盛り上がって。それで「よし、やろう」という流れになりました。
西田:山中さんと知り合ったのは5年ほど前。組織初の託児所を作るというプロジェクトに携わっていたとき、山中さんに運営などのアドバイスをしてもらったんです。当時、ある省にはすでに託児所がありました。そこで先方に託児所設置について助言を求めたところ、省庁が違ったせいか、はたまた忙しかったのか(笑)「担当部署を通して聞いてください」と電話で冷たく言われ……。その時、本当にいわゆる省庁の"縦割り”の存在を実感して、横串を刺したいと思いました。結局は山中さんにいろいろアドバイスをいただきながら、紆余曲折を経て託児所ができましたが、この過程がすごく楽しかったんです。この成功事例を後輩や周囲の人と共有したいと思ったのも、私がラボを創りたいと思った大きな理由の一つです。
福井:一つの問題を専門的な視点で解決していくのも重要ですが、今の世の中はそれだけで解決しないことも多いと感じています。省庁の壁を軽やかに越え、そもそもの疑問に立ち返って行動することで、もっと“しなやかな行政”を実現したいと思っています。
積極的な対話から気付きや出会いが生まれ、多様な意見を聞けるところが面白い
—参加者の官民の割合はどれくらいですか?
福井:時期やテーマによっても毎回違いますが、民間と官僚がだいたい半々か、民間の方が少し多い印象です。官僚は自分たちに与えられた使命があり、その問題を日夜考えていますので、それに近いテーマが取り上げられた会に「議論してみたかった」「意見を聞いてみたかった」と参加する人が多いです。
—民間からはどのような方が参加され、どういった感想をお持ちなのでしょう?
山中:業種でいうと、ITやサービス業、医療関係からクリエイティブ系まで、あまり同じ業界に固まらず各ジャンルの経営者の方々をお招きしています。多岐にわたる方々がディスカッションをすることによって、毎回思いもよらない気付きがあるんです。民間の参加者の皆さんからは、官僚の方たちの課題解決に対する熱量や、社会をきちんと良くしていきたいという想いにびっくりしたという声がよく寄せられます。
福井:官の立場からすると、日々考えている問題意識を誰かに伝えただけでこんなにも反応がもらえるんだ、という驚きがあります。自分の仕事が世の中に繋がっているという確信も持てますし、内輪で議論をぶつけ合うよりも、外に出したほうが返ってくる反応が大きいというのがよく分かる。それがとても重要だと感じています。
—議論はどのように進められるのですか?
山中:基本は少人数制のグループワークです。一人のスピーカーの話を参加者が黙って聞くというスタイルではなく、全員参加型にすることで、誰にでも発言をする機会が回るようにしています。みんなが参加して、みんなが考える。最後はアイデアのアウトプットまで持っていくので、和やかな雰囲気の中にも、いい意味で“背筋が一本立つ”ような緊張感があるんです。積極的に対話することによって新たな気付きや出会いが生まれ、多様な意見を聞けるところが面白いと感じています。
福井:環境問題の解決は、50年100年先を見据えての仕事。ともすると問題が大きすぎて考えが止まってしまうこともありがちです。そこで立ち止まらずに問題の本質に立ち返ったとき、民間の経営者の方々は、実際にアクションを起こせる熱量があるんです。
経営者の皆さんって、問題提起の仕方が非常に上手なんですよ。明確な撤退戦略や方針の切り替えのアイデアも豊富。官は一度決めた政策を変えることは難しいのですが、もっと良い問題解決方法が見つかったときは、できるだけ早く切り替えたほうが良いこともあります。そうしたとき、経営者の皆さんの考え方はとても参考になりますね。
山中:何かに対して同じくらいの熱量のある者同士だと、自然と相談もしやすくなり議論が発展します。民間の参加者は僕が声かけして集まってもらうのですが、純粋にテーマに興味がある人だけを選んでいるので、官民が一緒になっても話が盛り上がるし、議論が活性化するんだと思います。また、参加者同士の共感を大事にしていますが、他人と共感し合うことは曖昧なものと捉えています。ものすごく話が盛り上がって共感してくれたと思って次に会ったときにその話をしたら、ほとんど忘れていたりなんてこともあります(笑)。
本来共感というのは自分の正しさや価値を確認したり、証明するものではありません。共感が目的になって人とコミュニケーションをとっても意味がないんですよね。他人に共感してもらう努力をするより、自分自身の行動や発言に共感することの方がもっと大事です。だから、ラボでは自分の言葉で発言する機会を大切にしています。
官と民それぞれの強みを掛け算することで、複雑な問題が紐解かれていく
—これまで開催した中で、印象に残っているテーマはありますか?
西田:面白かったのは、全国的に減りつつある棚田を活性化させて残していくためにはどうすればいいかをディスカッションしたときです。農水省としても棚田を活性化したいという想いは強いのですが、担当者やその周囲の人だけでは限界があり、斬新なアイデアを模索していたという背景がありました。じゃあみんなで解決しようと、棚田に関係のない人たちばかり40人ほど集まって議論したんです(笑)。
福井:農水省は、やっぱり農林水産物の生産を促進するというのが省の使命としてあるんですね。美しい棚田の景観を残したい、というのとは異なるミッションです。環境省は環境保全や生物の多様性の保全、総務省は地域の活性化など、それぞれ違った軸が入ってくる。それに対して、棚田をビジネス目線でどうやって盛り上げて自走できるようにするのかという違った観点が入ってくると、官僚だけで考えるのとは違った方向に議論が向かいます。それが僕らにとってすごく面白い点です。
山中:棚田の話はそれで終わりではなく、実際に農水省の事業として認められ、予算が付きました。省内に「棚田女子」というチームができて、仲間が増えていると。
西田:棚田は最初、農水省の女性2人が「なんとかしたい」と課題感を持っていたテーマでした。でも、省内で受け入れられるかわからず、ずっと発信できずにいたそうです。ラボに参加することでいろいろな人と話し、様々なアイデアが出て、それらからヒントを得て、省内できちんと問題提起をして受け入れられ、どんどん人を巻き込むことによって事業化することができました。
—同様の勉強会などは多々ありますが、ただ社会課題を議論して終わりではなく、フィードバックしてアクションに繋がっているのが特徴的ですね。
山中:何かを変えていきたいという熱のある人だけの集まりですから、何か問題を投げ込むと必ず反応が返ってくる。何かは何でも良いと思っています。その対象が何であるかより、社会を変えていきたいという動機をもった人たちには、機会とタイミングが合えば物事を進める力が備わっています。官と民それぞれの強みを掛け算することで、複雑な問題も紐解かれていくイメージです。参加者の皆さんは、そこにコミュニティとしての居心地の良さを感じているのではないでしょうか。
これからの働き方は、自分から貢献できるコミュニティを持つことが重要
—今後の活動において目指すゴールは何でしょう。どのような結果を出していきたいと考えていますか?
山中:ゴールは最初から決めていません。そう言うと乱暴に聞こえるかもしれませんが、目的を明確にしながら運営するより、自然とコミュニティが発展していくのもいいのではないかと思っていて。何かやるときには目的がないとダメ、という考え方も確かにありますが、不確定要素が多い今の時代は、コントロール可能な範囲で目の前のことを確実にやっていくことが大事で、次にも繋がります。
福井:「とりあえず何となく始める」ということではなく、意識的にゴールを定めないということ。ラボの発足時に山中さんが「ゴールありきで議論をすると、ゴールという固定観念を設定した議論になり、素朴な質問や考えが出ない」と言っていたのが印象的です。一見矛盾しますが、ゴール設定しないのに結果がそこに繋がるという自然な流れができると面白いと思っています。
山中:官民連携推進Labに限らず、それ以外の事業やコミュニティのあり方にも共通して言えることは、あまり結果に執着しなくていいんじゃないか、ということです。もちろん成果が生まれることを願っているのですが、それはあくまでも結果論。それよりも、みんながちゃんと意見を言えるとか、この場に来られるとか、すごく小さな目標を確実にクリアすることが大事で、その結果として人との出会いがあり、気付きがあり、コラボレーションが生まれる。そういう今の時代に合った感覚を大切にしたいんです。
良い出会い、成長、成功、共感は全て結果論なので、そこを目的にすると不自然な形になり、いつしか迷走してしまうと思います。結果に執着しないけれど、目的をもっと身近なところに設定することで、何かが起こります。成長かもしれないし、最高の出会いかもしれない。コントロール不可能なことを目的にするより、目的より先は自然な流れに身を任せることを大切にしています。
—あえて最初から結果を求めず、その過程を重視する?
山中:はい。だから官民連携推進Labは、参加してもいいし、参加しなくてもいいというスタンスで開催しています。今は変化してもいい時代。事業で言うピボットのように、自分の中で「何か違うな」と思ったら、途中で止めて違う方向に進んでもいいんです。「自由に選択していいんだ」という感覚が重要で、この“いい意味でのユルさ”があると、何か本当にやりたいテーマに当たったときに、本気のパフォーマンスを発揮できると思うんです。
西田:無理にコミュニティに参加するのではなく、「その人が来たいと思ったその時が一番の好タイミングなんだ」ということを私は大事にしています。ここに来れば省庁の色にとらわれずいろいろな話ができて、その気づきを自分の仕事や生き方にインプットして、さらにアウトプットに繋げられる。何か迷ったときや悩んだときに相談できる、ゆるやかな繋がりを持てる空間でありたいですね。
—官民連携推進Labのあり方は、世の中の問題解決に繋がるだけでなく、組織の垣根を越えた働き方の参考にもなりそうです。
山中:世界観やビジョンなど、何か共感できて接続したいというコミュニティを持っておくことは、これからすごく大事になってきます。なぜかというと、今は「人やコミュニティから必要とされること」が安心材料になり、心理的安全性が高まる時代だと思っているからです。
自分が持っているスキルや人脈をコミュニティに与えていくと、より必要とされるようになり、信頼関係も生まれてくる。これまでは、たくさんのお金や高度なスキルを一人で所有することで心理的安全性が担保された時代でしたが、そのやり方のままだと、変化の激しいこれからの時代は、結局孤独になるのではないかと思います。
—共感できるコミュニティへの接続が、ひいては仕事にも繋がっていくと?
山中:自分ができることで貢献して、いろいろな人に喜んでもらいたいという生き方は、働き方にも大いにリンクしていると思っています。あるテーマに共感する人たちが繋がって出会ったコミュニティは、何かやりたいと思ったらスピード感をもって進んでいきます。その過程で人脈が広がり、自分を発信できる機会も増えていく。まだ自分が知らないコミュニティに入ることで周囲に注目され、仕事に繋がったりブランディングに繋がったりすることは、往々にして起こり得るんです。
自分の持っているものを与えて共感できるところに行くと、何か役割が回ってくる。そういう意味では、組織の垣根を越えた働き方は今の時代にマッチした“欲張らない働き方”なのかもしれませんね。
—ありがとうございました。
【プロフィール】(五十音順)
西田 千尋(にしだ ちひろ)
防衛省 航空幕僚監部 総務部総務課
1998年防衛大学校女子第3期生として卒業。以降、航空自衛隊幹部として、主に隊員とその家族に係る福利厚生に関する制度設計、業務の統括を行う。その後、自身の仕事と育児の調和から得た経験をもとに航空自衛隊初の保育所開設。男女共同参画推進に係る制度設計の立案、社内教育にも携わる。現在、防衛省航空幕僚監部総務課勤務。プライベートでは、霞が関女子、ハンサムウーマンの会を主宰し、ハッピーなキャリアへの気づきと応援し合う場創りを精力的に推進中。
福井 和樹(ふくい かずき)
環境省 水・大気環境局 水環境課 海洋環境室
2007年環境省入省。バーゼル条約の担当として、港での立入検査から国際交渉までを担当。その後、環境技術の開発支援、家庭向けの温暖化対策の新規事業立ち上げ、世界初の試みとなる除染工事の設計・発注、気候変動対策の新たな枠組み「パリ協定」採択に向けた国際交渉などを担当。2016年には7年ぶりとなるG7環境大臣会合を富山で開催、会合全体の統括補佐を務めた。現在、近年関心が高まる海洋プラスチック問題を担当し、今年日本が議長国を務めるG20で国内外での連携、解決策を模索。
山中 哲男(やまなか てつお)
株式会社トイトマ 代表取締役会長
1982年生まれ。兵庫県出身。高校卒業後、大手電機メーカーに入社。約1年後に独立し、飲食店を開業する。2007年、米国ハワイ州に、日本企業の海外進出やM&A仲介、事業開発支援などを行うコンサルティング会社を設立。2008年、日本で株式会社インプレス(現:トイトマ)を設立し、代表取締役に就任する。民間企業、行政問わず、既存事業の事業戦略策定や新規事業開発支援、プロジェクト開発支援などを行っている。
【官民連携推進Lab】
官民が手を取り合い、今ある課題に共に取り組み、時代の変化に対応する制度や環境を共に創り出すことを目的に発足。固定概念や常識、組織やポジションといった枠にとらわれず、共感した課題を解決する場として活動している。2018年9月の発足以来、各省庁持ち回りで会場を移動し、現在まで6回開催。これまで「棚田地域の復興について」「事業管理のhow to」「組織と意思決定について」「AIとこれからの社会」などをテーマにディスカッションを実施。