就業規則の神様が明かす、幸せな会社の経営者に共通する7つの法則とは?
「就業規則の神様」と呼ばれる社労士がいる。社労士は文字通り、人事のプロとして会社のルールである就業規則を作成したり、労使間のトラブル相談に乗ったりするのがその役目である。その人下田直人先生は、28歳で社会保険労務士事務所を開業して以来、さまざまな企業の姿を見てきている。下田先生が日々の業務の中で見出した、成功している経営者の共通点とは何なのか。お話を伺った。
そもそも幸せな会社とは?
―先生は、最近新著を出されたそうですね。そのなかで幸せな会社には7つの共通点があると書かれていますが、これらがどういった法則なのかを今日はお伺いしたいです。そもそも先生の定義する「幸せな会社」ってどういった会社のことを指しているのですか?
幸せな会社とは、利益が出ているだけでなく、従業員はじめ会社にかかわるすべての人の心が満たされている会社のことだと考えています。利益が出ているかどうかと幸せかどうかの尺度って別なんですよ。経営者を見ていても、なんとか黒字経営ができているくらいの会社でもものすごく幸せそうな人もいるし、一方でとても業績は好調なのになぜかいつもイライラしたり、びくびくしたりしている人もいます。
―「幸せな会社=会社にかかわるすべての人の心が満たされている会社」と気づいたきっかけは何だったのでしょう?
いろいろなことが複合的に絡み合っていますが、ひとつのエピソードとしては、僕の友人が経営するM社で起こった出来事です。その会社ではベトナムから技能実習生を受け入れていました。第1期生が帰国する前にねぎらいのための食事会を開いたのですが、そこで実習生に言われたことに衝撃を受けたそうです。それが、「日本人スタッフは誰も関わろうとしてくれないし、わけもわからず怒られてばかりだった。こんなにスタッフと心を通わせない会社は絶対につぶれる」という言葉でした。
―それはショックだったでしょうね……。それでその経営者の方はどうされたのでしょうか。
今まで実習生の方にはよくしてあげていると思っていた友人は、その言葉を聞いて非常に反省したそうです。そして、「これから実習生と真剣に向き合おう」「彼らを絶対一人前にして返してあげよう」と心に決めました。それからは、実習生を受け入れるときに奥さんと一緒にベトナムの実家まで赴いて、ご家族と心を通わせてから受け入れるようになりました。そうしたら社内の雰囲気もガラリと変わり、日本人スタッフと実習生の間に交流が生まれて、今ではお互いに教え合ったり、社内のレクリエーションも一緒に楽しんでいると聞いています。でも、起こったことはこれだけではありませんでした。
―と言いますと?
帰国した実習生がきっかけでベトナムに現地法人を作ったのです。社長は、現地の大手日本法人に彼が雇ってもらえるように紹介状まで書きました。しかし、彼はその企業の面接にさえ行きませんでした。大手企業が日本の縮図のように感じて、自分らしく働けないと思ったのかもしれません。
その後、社長夫妻と彼は何度も話し合いをしました。その時に彼が、「M社と同じ仕事がベトナムでしたい。M社のベトナム法人ができるまで、他の社会で働きながら待つ」と言ってくれたそうです。この言葉は社長は居ても立ってもいられなくなって、日本の社員全員と話し、現地法人を出す覚悟をしたのでした。
そして、現地法人を出す際、社名はベトナム人が好きそうな「さくら」「きずな」などにしようとしたのですが、実習生の方から、「M社の名前でやりたい!」と言われ、現地でもM社の冠をつけて会社を起こすことになったのです。
この一連のことから、実習生との関わりがさらに深くなっていったと言います。
―いいお話ですね。そういうお話を聞いて、経営者自身がその会社をどうデザインするかが重要との気づきを得たわけですね。
経営者こそ大自然の中へ身を置こう
―いよいよ核心に入っていきたいのですが、前段として、下田先生は色々なメディアで「就業規則の神様」と紹介されていますが、神様になった経緯を教えてください。
いや、それは就業規則が重要視される前の時代に、各社が就業規則を整備することの重要性を説いて回っていたからですよ。色々なところで講演したり本を書いたりしていたら、いつのまにかそう呼ばれるようになったんです。
現在は株式会社エスパシオという会社で、経営者のコーチングや会議のファシリテーションを行っています。東京と沖縄にオフィスがあり、沖縄では東京から経営者や社員の方にお越しいただいて、研修を実施しているんですよ。研修の内容は、沖縄北部の名護市以北に大自然が残る「やんばる」と呼ばれる地域があるのですが、その中で経営者や社員の方と一緒に歩きながら経営理念を作ったりすること。オフィスという箱の中でなく、大自然を肌で感じられる場所で考えていただくことを大切にしています。
―都会の人間をわざわざ沖縄に連れてきて自然に触れさせようと思ったきっかけは?
2014年にカンボジアを旅行したときに、森本喜久男さんという方が作った「伝統の森」を訪ねたのがきっかけです。カンボジアにはもともと「クメール織」と呼ばれる高級シルクの織物文化があったのですが、内戦で文化そのものがなくなってしまったそうです。そこで、森本さんは荒廃した土地に1本1本木を植えて森を作りました。付近の村をめぐって原種の蚕を探しまわって分けてもらい、自らの手で飼う傍ら、染料となる葉っぱがとれる木も自分で育てます。さらにその後、スタッフが住む場所と工房をつくり、ひとつの村を完成させました。一時期はそこで200人以上の人が暮らしていたと聞いています。
―ひとつのコミュニティを日本人が一人で作り上げたと。
そうです。その場所が素晴らしいとの評判を聞きつけて行ってみたのですが、そこではスタッフが皆幸せそうな顔で働いているんですよ。水道は通っていないし、電気も自家発電で夜しか使えない場所なんですけど。障害がある人もいましたが、障害者だからどうこう、ではなくてみんな自分ができる役割を担っていたんですよね。
僕の同業者の間ではメンタルヘルスの問題がよく話題になっていましたが、ここではメンタルヘルスの問題なんてきっと起こらないんだろうなと思いました。また、社労士として規定を作るのも大事ですが、自然を肌で感じられるこのような場を作りたいなと思ったんです。その翌年、2015年にたまたま家族で沖縄に移住したのをきっかけに、沖縄であればそのような場が作れるのではないかと考えました。
―先生は東京でもお仕事をされていますが、今は東京での仕事と沖縄でのお仕事とどちらがメインなのでしょう?
売上の比率でいえば、東京での仕事の方が圧倒的に多いですね。社労士事務所は東京にあるのですが、社労士としての仕事はほとんどしていなくて、ほとんどが経営者の相談に乗るなどの顧問業務のような仕事が中心ですね。僕は「ディスカッションパートナー」と言っていますが、経営者が人知れず抱える悩みやモヤモヤに関するお話を聞く、壁打ちの壁のような役割を担っています。
“幸せな会社”の社長が大切にしている7つの共通項とは
これまで一番幸せだったことは?との問いに「案外ずっと幸せだったと思います」と答える先生。「両親には、幸せになるのではなく、幸せを見つける力を養ってもらいました。ブルーハーツの歌に、『幸せを手に入れるんじゃない。幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ』という歌詞が大好きとのこと。―ここからは、ご著書で挙げられている幸せな会社の社長が大切にしている7つのことについて伺います。まず1つめについて教えてください。
ひとつめは、「損得」より「自分の感覚」を大事にしていることです。ある上場企業の社長が言っていたことなのですが、「ワクワクありきではないビジネスは燃えない」と。ワクワクの気持ちで始めたことでも、損得勘定で始めたことでも、どのみちうまくいかないことが多いですよね。でも、そのときにワクワクした気持ちが最初にあれば、壁にぶつかっても乗り越えられるんです。一方、損得勘定が先に立ったものは、壁にぶつかったらモチベーションがそこで下がってしまうんですね。
―確かにそうですね。2つめは何でしょう?
2つめは、経営理念を「良心」と「天命」で決めていること。経営理念を掲げている会社は数多くありますが、真剣に考えて決めたはずなのに、いつのまにか壁にかかっているだけのものになっている会社は少なくありません。そうなってしまうのは、「この理念にすれば従業員がついてきてくれるのではないか」という打算がはたらいているためだと考えられるんですね。そうならないためには、まず「良心」に従った経営理念にするのが大切です。
僕が普段から教えを乞うている儒教の先生によれば、良心とは「良い心」ではなく、「本来誰もが持っている心」と考えるとわかりやすいのだそうです。たとえば、電車の中でお年寄りが立っているのを見ると、「席を譲らなきゃ」という気持ちになりますよね。誰も席を譲る義務はないのですが、本来持っている良心に従って譲ると心地良いじゃないですか。心地良いことならやりたくなるので、それを経営理念にすべきなんです。
―なるほど、1つめの「ワクワク」に通じるものがありますね。もうひとつ、天命とはどういう意味でしょうか?
誰しも、狙ってもないのに起こってしまう出来事ってひとつやふたつはあると思います。自分の過去にすべて意味があるとしたら、あとから考えて「あなたはこれを学び、これを世の中に還元しなさい」と天から言われているような気がすることが「天命」であると考えています。
―「良心」と「天命」を掛け合わせたものを理念にすると、従業員もおのずとそれに従って行動するようになるわけですね。では3つめについて教えてください。
3つめは、「自分磨き」への投資を惜しまないこと。経営者は、時間もお金も自身を磨くために投資しているなと。どちらかというと学び=スキル的なものを学ぶというイメージですが、生き方や価値観なども学んでいかなければならないと思いますね。ボランティア活動や人との出会いを通して学ぶこともありますが、それを経営者同士でシェアするのも良いことですね。
―4つめは何でしょう?
「周りは味方だらけ」と考えていることですね。周りの人が味方だと思えていると、周りの人に対して心を許せるんですよ。その結果、自分の周りで起こることすべてをポジティブに考えられるし、誰かに裏切られたり良くないことがあったりしても、それを学びととらえることができるんですよね。
―そのとおりですよね。5つめについて教えてください。
従業員に「プラスの感情」をたくさん与えていることです。今はモノがあふれている時代なので、お金を払う対象はモノではなくて体験になっていますよね。来日されている外国人も、1回目の来日はモノを買うことが目的かもしれませんが、2回目以降は日本の文化を体験したくて来られるんです。働くことも同じで、この会社で働くことで楽しい、うれしい、満たされるという感覚をどれだけ得られるか、自分の成長をどれだけ感じられるか、という観点から人が集まってくるのだと思います。
―それはすごいですね。6つめは何でしょう?
「共に」という言葉を大切にしていること、ですね。成功されている経営者は、ライバルであるはずの同業他社と、業界の中で共にどう成長していくかということをいつも考えていらっしゃいます。目標を「売上300億円」とするのか、「世の中をこうしたい」とするのかによって、考え方は全く異なってくるのです。マンダラチャート(※)の真ん中に売上300億円を置くと、自分の周りの人が「目標達成のために使える人間であるかどうか」という尺度で人を見てしまいます。一方、中心を「世の中をどうしていくか」にすれば、自分の周りの人は仲間として「周りの人と一緒にどのように良くしていくか」という発想になるんですね。
(※)マンダラチャート……3×3のマスを基調に作られた目標達成フレームワークのこと。1979年、経営コンサルタントの松村寧雄氏により開発された。
―そういうことですね。では最後、7つめをお願い致します。
「幸福」を届ける範囲を広げていくこと、です。会社の社長ほど、家族や自分の従業員だけでなく、将来の世代まで自分がその幸せにかかわるかを考えているんですよ。看板などのメンテナンスを請け負っているG社があるのですが、そこの理念は「貢献のための成長」。この会社がユニークなのは、職位によって貢献の範囲が決まっているんです。たとえば、新人であれば「貢献の範囲を理解し、貢献するために最大限の努力をする」、役員であれば「関わる人すべて、それ以上に広める努力をする」。これを体現しないとその役員に就けないことになっています。
―ほんとそうですね。経営者が社員の幸せをどう考えるかにとどまる会社もある一方で、社員の家族まで含めて幸せになってもらいたいと考える会社もありますからね。
自分がどんなフィルターを付けているかによって、周りに対する見え方は変わりますよね。この会社の社長はきっと、周りが味方だらけに見えていると思いますよ。そうすると精神的に楽ですよね。経営者が精神的に楽であれば、従業員に対する接し方に余裕が出てくるので、従業員も幸せな気持ちで仕事ができるでしょうね。
―7つすべてお聞きしたのですが、この7つのことを体現できている会社って世の中にどれくらいあると思いますか?
不思議なことに、僕のクライアントはこういう会社ばかりなんですよ。社労士の仕事をしていますが、労務トラブルでお困りの会社は本当に少ないです。2005年に「就業規則を変えると会社が儲かる」という本を書いたのですが、それに共感していただいた会社がクライアントになってくださっているおかげかもしれません。
―素晴らしいですね。下田先生はこの先の人生で何を成し遂げたいと考えておられますか?
幸せな生き方とは肩肘張らず、もっと自然体になること。そういうことを、森の中での研修やディスカッションを通して経営者の方に気づいてもらいたいですね。影響力のある経営者の方が変わっていったら、世の中自体が変わってくるはず。そうすれば、会社の利益を出しながら、周りをよくすることができると思いますので、それが僕の「天命」だと考えています。
―いい言葉ですね。最後に何かPRされたいことはありますか?
毎週木曜日に、ゆめのたねというインターネットラジオ局で、「ラジオ運命図書館」という番組のパーソナリティーを務めています。毎回さまざまなゲストをお呼びして、その人の転機やターニングポイントを「運命の瞬間」と称してお聞きしています。そのお話が毎回とても面白いので、ぜひ聴いてみてくださいね。
<プロフィール>
下田 直人(しもだ なおと)
株式会社エスパシオ 代表取締役
ドリームサポート社会保険労務士法人役員
ブックカフェAETHER(アイテール)オーナー
1974年埼玉県生まれ
2002年 社会保険労務士事務所を開業
2014年 社労士をセミリタイアし、沖縄との2拠点生活を始める。
2018年2月より「ラジオ運命図書館」のパーソナリティーを務める。
著書に、『なぜ、就業規則を変えると会社は儲かるのか?―ヒト・モノ・カネを最大に活かす6つのヒント』(2005年)、『人が集まる会社 人が逃げ出す会社』(2018年)『「就業規則の神様」が明かす 幸せな会社の社長が大切にしていること』(2019年)など多数。