立ち上げた新規事業50件!新規事業のプロ守屋実氏に聞く~仕事のプロになる、プロを育てるとはどういうことなのか?
30年間”新規事業一筋”で走り続けるという、我が国では稀有な存在がいる。守屋実氏だ。今日までに50件以上の新規事業を立ち上げ、昨年は立ち上げから関わってきたブティックス、ラクスルが2カ月連続で上場を果たし、新規事業界を騒然とさせた。世の中のオープンイノベーション熱が高まる中、博報堂、JR東日本グループ、JAXAなどの企業や組織からもアドバイザーとしての引く手あまただ。そんな守屋氏が、令和が始まるその月に働き方についての新著を刊行し、「会社のプロから仕事のプロ」になる必要性を説いている。折しも同月、経団連、同友会、日本自動車工業会など経済主要団体が終身雇用ギブアップ宣言ともいえる発言をした。国民は「ついに日本型雇用社会が終わった」とざわつき始めている。この問題を解決するためには、「仕事のプロ」になる、または育てるしかない。今回「仕事のプロ」とは何なのかを守屋氏に伺った。
「会社のプロ」から「仕事のプロ」になるべき時代が来た
―本の表紙に「会社のプロではなく、仕事のプロになれ!」というメッセージがありますが、これはどういった意味なのでしょうか?
2017年に倒産した企業をカウントすると、企業の平均寿命は23.5年だった言われています。人生100年時代と言われる昨今、一つの会社に働き続けられる可能性はこの数字から見ても低いことは明らかです。
一方で我が国の雇用形態を見たとき、これまでは終身雇用が日本の神話のように語られてきましたが、先日の経済団体代表の発言にもあったように、変化の激しい現代社会において終身雇用が無理をきたしていることは、誰もが理解していることでしょう。
「会社のプロ」というのは、その名の通り、会社に入社したら定年まで勤めあげようと努力し、様々な部署を経験し、仕事内容の変化にも適応して役職をもらいながら社内の出世レースを勝ち抜いてきた人たちです。右肩上がりの経済で労働人口が伸びていく時代は会社のために尽くし、会社を大きくしていくことはよかったわけです。
―それではもうダメだと?
ダメということはなく本人に合っていればそれでもよいと思います。私も20年サラリーマンでした。ただ、世の中の流れからすると「人口減少」と「超高齢化」が同時におきていることよって労働人口が減っていく時代ですから、会社のために働くというのは、会社にとっても労働者にとっても難しくなってくることは明らかです。
―そこで「仕事のプロ」になれ、ということなのですね。では「仕事のプロ」とはどんな人なのでしょうか?
「仕事のプロ」というのは、自分の従事している仕事のプロであるということです。例えば経理なら経理のプロ、マーケティングならマーケティングのプロといったように、「このことだったら、あの人に頼めば間違いない」と、仕事をしようと思った時に真っ先に思い浮かぶ人になるということです。そして「仕事のプロ」は会社の指示を待っているのではなく、“自ら考え行動し成果を出す”という特徴があります。
―仕事のプロであることはなぜ大切なのでしょう?
仮に60歳で「会社のプロ」を勤め上げたとして、多く見積もって残りの40年はそれまでの社会人生活に匹敵する時間に相当します。そこから転職しようとしても、会社側としては、同じ選考の場に22歳の将来性のある人材がいれば、そちらを採る可能性が高いでしょう。
だからこそ、今のうちに「仕事のプロ」として意識をチェンジする必要があるのです。たとえ「会社」がコケたとしても、「仕事」という武器を携えていれば、自らの力で明日からでも勝負できるはずです。会社にとっても、これからは仕事のスキルを研鑽し、自分で動いて成果を出す「仕事のプロ」が増えたほうが成果は上がるでしょう。
「仕事のプロ」人材の育成とは?
―「仕事のプロ」を育てるにはどうしたらいいでしょうか。プロになる道のりの第一歩を教えてください。
まずは小さいことでもいいから、好きなことから始めればいいと思っています。旅行が好き、アートが好き、子供が好き、と何でもいいのです。自分の心が動く好きなことを続けていれば、多少の困難があってもいずれ大きな成果を上げられます。困難があっても続けられないということは、もしかしたら心のどこかで迷っている可能性があるのかもしれません。その時は別の選択肢もあります。
この時、他から誘われることも重要です。その話に乗ってみると案外やりたいことが見つかるかもしれません。何がきっかけになって、やりたいことが見つかるかわかりませんし、偶然に左右されることも多いのです。その時の人の縁が大切とも言えます。
好きを仕事すればいいという意見があり、そこから考える人もいます。ただ、好き=仕事というあるべき姿の最高到達地点からピンポイントを打ち抜くというような、大上段に構える姿勢自体に不自然さがあると思うのです。
これまで自身のキャリアについて考えることを先送っていた人が何も準備運動もせず、「~したい」や「~できる」や「~べき」を理屈で考えて、いざ始めようと思っても怪我をしてしまうと思うのです。そもそもそれができるのだったら、すでに実現しているはずです。今ある現状を素直に見つめ、できることからでいいので、肩の力を抜いて始めればよいのではないでしょうか。
―守屋さんご自身は新規事業という「仕事のプロ」を“好き”から始めたのでしょうか?
そうではありません。きっかけは「新規事業のプロになりなさい」という上司の命令があったからです。何度も失敗し、部下や仲間から白い目で見られて心が折れかけたこともありましたが、気づけば30年で50以上の新規事業を起こしていたという感じです。
ただ思えば、学生時代、先輩に誘われて行ったディスコでの新歓パーティーでの手伝いが嵩じて会社を作り、結果的にスポンサーがついて大きなお金が動くまでになったことや、学生ビジネスコンテストでとにかく企画案を大量に出してみたところ結果的に優勝してしまったことや、社会人になっても学生のノリでクリスマスにポラロイドカメラでカップル撮影をして3日間で150万円を売り上げたことなど、昔から好きや遊びを仕事化していたのかもしれません。
そう考えると、「好き」は「自然と体が動くこと・放っておいてもやっちゃうこと」なのかなとも思います。「好き」が見つかるきっかけは、どこに転がっているかわからないものです。
―ここで守屋さんの辿ってこられたプロへの道をお聞かせください。
株式会社ミスミと、その次の新規事業開発の専門会社、株式会社エムアウトで計20年間サラリーマンをしていました。そこで上司の田口さんの命令の元で、ひたすら新規事業開発のみ従事していました。独立し、その後の10年間で株式会社守屋実事務所として、ラクスル、ケアプロといった創業に関わり、他にも様々な新規事業を立ち上げてきました。一貫して新規事業を開発し、現在もし続けています。これまで17件のサラリーマン時代の企業内起業、19件の独立後の起業、そして、企業内起業でも独立企業でもない14件の何かしらの取組みの、合計50件以上の新規事業を行ってきました。気づいてみると周りにそこまでやる人がいないので、必然的にプロになっていたということでしょうか。
―誰しも好きを仕事にし、仕事のプロになりたいと願いますが、なれる人となれない人が出ます。その分岐点はどういったところにあると思いますか?
私の中では3つあると思っています。
1つは「量稽古をして型を磨き、その型をもって量稽古をする」ことができるかどうかです。私は30年間新規事業に携わってきましたが、毎度毎度やっていればさすがに知恵がついてきます。何度も転んで痛い目にあう中で、自分なりの型を作ってきました。例えばエムアウト時代では、「開発/推進/成長」の型をメンバーで作り、何度もこのサイクルを回していきました。こうして型を繰り返し鍛錬していくと、降りかかる課題に対して「いつか見た景色」となり、打ち手の判断を誤る確率が減っていくのです。ただ、これは新規事業に限ったことではなく、例えば柔道であっても空手であっても、一生懸命取り組むことにおいては普通ともいえることだと思いますし、逆に特殊だと思いすぎない方がいいでしょう。
2つ目は「自分のやりたいことの解像度を上げること」です。
例えば“何か好きなことをやりたい”という思いがあった時、“海外で一旗あげてみたい”と思ったとしても、この段階ではまだ漠然としています。仮にそこから海外に出かけていき、たまたま買った紅茶があまりにもおいしかった、だから“これを日本で広げたい”と思ったとします。ここまでくると解像度はぐっと上がってきます。自分の中の解像度が上がってくると、町を何気なく歩いていたとしても気になる情報が目に飛び込んできたり、自ら情報発信もできるようになります。すると周囲に同じような関心を持つ人材が集まってきやすくなりますから、成功の確度は上がっていきます。解像度が低いと、もしかしたらチャンスになり得た出会いを見落としてしまうことにもなります。
最後の3つ目は「誰とやるか」です。
プロになるためには量稽古をし続けられるパートナーが大切です。特に新規事業の場合で言うと成功確率が低い分、難所の連続です。ですから誰とやるかが最も重要だといえます。私の場合、一緒にやりたいかどうかをパッ感じるのが第一印象だとしたら、本当にどんな時でも一緒にやっていけるのか、一緒に歯を食いしばれるかを落ち着いた気持ちで考え、“第二印象”で「誰とやるか」を決めているのかもしれません。難度の高い仕事ほど、上手くいっている時ではなく、困難に直面した時のことを考え、それでも一緒にやれるパートナーと組むことが重要ですね。
「仕事のプロ」としての経営者とは?
―会社員が「仕事のプロ」になるための3つのポイントがよくわかりました。では経営者という仕事として見たとき、経営者は「仕事のプロ」としてどう取り組んでいけばよいでしょうか?
当たり前ですが「経営のプロ」であるという自覚を持つことだと思います。経営スタイルは人それぞれなので、自分なりの経営者としての型を作っていくことが大切ですね。
―経営者として部下のマネジメントをする上でのヒントはありますか?
「仕事のプロを育てる」という点に絞ってあえて言うなら、経営者の中では判断をしっかり持っておきながら、部下に自ら考えさせて判断をさせる姿勢が大切だと思います。部下が経営者の判断をいつも気にしてしまうようでは、自ら考える力が弱くなってしまいますし、それでは「仕事のプロ」は育ちません。私自身も田口さんからそのように教育されましたし、何か答えが出ない時でも教えてはくれず、「それを考えるのが君の仕事だ」と言われ続けました。
「自ら考え、動き、成果を出す」という、仕事のプロとしての一連の行為を量稽古できる場が、仕事のプロが育つ環境なのだと思います。
―結局、経営者が「経営のプロ」にならなければ、「仕事のプロ」は育てられないということですね。
まさにその通りです。
-本日はありがとうございました。
〈プロフィール〉
守屋 実(もりや みのる)
守屋実事務所代表
1992年株式会社ミスミに入社後、新規事業の開発に従事
2002年新規事業の専門会社株式会社エムアウトをミスミ創業オーナーの田口弘氏と共に創業、複数の事業立ち上げ及び売却を実施
ラクスル、ケアプロの立ち上げに参画、副社長を歴任
博報堂、メディバンクス、ジーンクエスト(ユーグレナグループ)、サウンドファン、みんなの健康、ブティックス、SEEDATA(博報堂グループ)、AuB、TOKYOJP、みらい創造機構、ミーミル(UZABASEグループ)、トラス、日本クラウドキャピタル、テックフィード、キャディ、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会、宇宙航空研究開発機構JAXA、セルム、フューチャーベンチャーキャピタル、日本農業などの取締役、顧問、フェロー、理事など、リクルートホールディングス、JR東日本スタートアップなどのアドバイザーなど、経産省、内閣府などの有識者委員を歴任
2018年4月にブティックス株式会社、5月にラクスル株式会社を、2か月連続で上場に導く。
著書『新しい一歩を踏み出そう!』(ダイヤモンド社)
https://www.diamond.co.jp/book/9784478107614.html