スタートアップからIPOまで、ほとんどのベンチャーが同じ失敗を経験する理由とは!~本気ファクトリー畠山代表に聞く
日本のスタートアップは、経済がリーマンショックから立ち直った直後から増え続け、毎年10万社以上の企業が生まれている。一方で起業した企業の存続率は1年後で40%、5年後で15%、10年後で6%とも言われており、多くのスタートアップ企業が廃業していくのも厳しい現実だ。ましてや、上場となるとこの中から毎年90社程度に絞られていく。こうしたスタートアップ企業が志半ばで死滅していく状況下、企業の存続率を上げ、その後も発展していくためにはどうすればよいのか?この問いに答えるため、新規事業を数多く手がけ、スタートアップビジネスの支援を行ってきた畠山和也氏は起業から上場まで、あらゆる成長ステージにある企業を詳細に分析。今回、この結果を「17スタートアップ:創業者のことばから読み解く起業成功の秘訣」として出版した。
「新規事業屋」を自認し、本気ファクトリー株式会社の代表を務める畠山氏は、数多くの業種や成長ステージの企業に関わってきてあることに気付いていた。それは成功するパターンはいろいろだが、失敗するパターンはほぼ同じだということだ。ただそれは、さまざまなタイプを並べて俯瞰的に見ないとわからない。そこで今回、17社の事例を本書において読者に開示し、同じ陥穽に陥らないように気を付けて貰おうというのが畠山氏の狙いである。では、ほとんどのスタートアップビジネスが失敗するパターンとはどのようなものか?どう乗り越えればよいのか、今回話を伺った。
スタートアップがつまずく失敗パターンが見えてきた
-まず、畠山さんの活動内容を教えてください。
私の活動は大きく分けると3つに分かれます。まずは、自身が新規事業開発支援を行う本気ファクトリー株式会社の代表としての役割です。同社においては主に大企業の新規事業開発支援を行っています。ソフトバンクグループ各社、三井不動産、パイオニア、学研グループ、毎日新聞グループ等の大企業やNPO、官公庁まで幅広く携わっております。
そして、本気ファクトリーでの活動を通じて、クライアントから求められ経営陣に参画する場合があります。この段階になると、私自らが行う事業という位置づけになります。現在、は銀行代理業・決済代行業を行うH.I.S. Impact Finance株式会社の取締役、教育事業を行う株式会社BYDの取締役、スマートロック事業を行う株式会社ビットキーでは広報/アクセラレーション担当執行責任者に就任、経営チームのメンバーとして事業を実行しています。
さらに、取締役に就任している株式会社BYDでは「3rd class」という大学生起業家育成を行っており、この「起業家教育」が私の活動の三つ目となります。前述の2つの事業を糧として、若者に起業家としての教育を施し日本の起業環境を変えようとしています。
-このように数々の新規事業開発に携わるようになった経緯はどのようなものなのでしょうか?
私は人の役に立つことをすることが自己肯定の源泉になることをかねてから感じており、そのため、より多くの人により多くの価値を提供することをしたいという思いがありました。早稲田大学商学部在籍時に、インターネットビジネスの勃興期を迎え、新しい事業が世の中を変えていくことを目の当たりにして、より多くの人に役立つには自分が起業したり、起業家を支援したりすることだと考えるようになりました。
その思いを携えながら、2005年に早稲田大学商学部を卒業します。就職氷河期の後期の厳しい時代でしたので、大量採用をしていたソフトバンクBBに入社、「おとくライン」事業の立ち上げを担当しました。新卒1年目から、いきなり新規事業に携わることになったのです。2006年にリクルートに入社、人材事業部で営業・人事コンサルティングを担当しましたが、経営者に関心があったので、何よりも経営者と可能な限りお会いして、千差万別である経営者の思い、事業の状況をお聞きする日々を過ごしました。経営者からは新規事業のお話をお聞きすることも多くありました。
この時は1人の営業マンが管理できる顧客数は100社が限界とされている中、CRMの考え方を導入して300社の顧客を管理することに成功しました。こういった成果をもって、各方面からお声掛けいただくようになる中、2011年に電子書籍事業を行うスターティアラボに入社、新規事業であるAR事業の立ち上げを担当、次いで2013年、印刷ソリューションを提供するラクスルに入社しこれも新規事業である名刺印刷事業の立ち上げを担当しました。このように新卒から一貫して新規事業に取り組み、様々なスタートアップ事業の経験を積み、これをベースに2014年に代表取締役を務める本気ファクトリーを立ち上げて先述のスタートアップや新規事業開発支援を行っているというわけです。
-多くのスタートアップに関わって見えてきたものは何でしょうか?
本気ファクトリーで数々の新規事業支援を行い、スタートアップ企業の取締役も務めることで、日々、数多くの新事業の実態を目の当たりにしてきています。この経験から、スタートアップは、上手くいく場合はいろいろパターンがありますが、失敗には共通点があることに気づきました。シード・アーリー、ミドル・レイター、M&A、上場、企業内起業といった、世の中のベンチャーの各ステージ、各特性ごとにあらゆる企業が共通の課題にぶつかり、ほぼ同じところで躓いているのです。
ここでは、スタートアップ初期に起こりがちなケースをわかりやすく説明してみましょう。立ち上げ初期に多くのスタートアップが躓くポイントは情報と人の問題です。情報の問題とはたとえば「詐欺に遭ってだまされる」「アイディアや技術の剽窃」等、いろいろあります。第三者が聞けば「それはやっちゃいけない」とわかることも、いざ自分が当事者になると典型的なミスを犯してしまう。振り返ってみれば自分でも「そんなの間違っているに決まっている」というような判断をしてしまうのです。スタートアップの立ち上げ期は「あと何日で会社が潰れる」という状態が続きます。そんな状況下では冷静でいられるほうがおかしいと思います。
特定の状況で下す判断は似てくるのですが、みんなの失敗が似てくるのはみんな同じような状況に追い込まれるからなんだと思います。どうせみんな失敗することになるので大事なことは失敗しないことではなく、「失敗しても死なないこと」だと思います。失敗をしても続けていられればチャンスはある。そのためには「どんな失敗がありがちか」を事前に知っておくことです。事前にわかっていれば受け身を取ることができる。受け身さえ取れれば助かる可能性が高いです。
スタートアップにおける事業計画は、計画と実行ではない
―スタートアップに取り組む上で事業計画を立てると思うのですが、そこにも陥りがちな失敗はありますか?
事業計画は、とりわけスタートアップにおいて重要といわれますが、事業「計画」という日本語が良くないんじゃないかと思っています。計画を立てるためには実行するための情報が十分に必要です。何をすればどういったことが起こるか、それはなぜなのか。それがわかっていなければ計画は立てることができません。
事業で言えば売上はどのように作られるのか、誰が顧客でどのように集客し、製品やサービスを用意し、リテンションするにはどのような取り組みが必要か、それぞれいくらかかるのか。エクセル上の収支計画はそれらの「要素」を組み合わせ足し算・引き算・掛け算・割り算を行っただけのものです。
しかし、スタートアップにおいてはそれらの要素が事前には「不明」です。世の中にないものを提供するのがスタートアップなのですから、上記のような「要素」が事前にわかるはずがありません。いわゆる事業計画を立てている段階では顧客も製品・サービスも集客方法も全て「仮説」でしかないのです。スタートアップとは事前に立てた「仮説」を「検証」する取り組みだと思っています。「こんな人はこんな課題をもっているからきっとお客さんになってくれるに違いない」とか「そんな課題はこんなサービスがあったら解決するに違いない」とか「そんな課題を解決できるサービスなら毎月3,000円くらいは払うはず」とかの仮説が実際にあっていたのかを一つ一つ検証していくわけです。
ですので、そもそもビジネスプラン通りに事業を進むことを前提に事業計画を立てている時点で新規事業のことが判っていないと言えるんじゃないでしょうか。予定したとおりに物事が進む前提である「計画と実行」というのは、さんざんやってきて事業を構成する「要素」がわかりきっている既存事業でしか通用しない話だと思っています。
-スタートアップにおける仮説検証はどのように行うのでしょうか?
新規事業において最初に検証しなければならない仮説は「誰のどんな問題を解決するのか。その解決策はこれです」という「顧客課題と解決策」の組み合わせ仮説です。最初からサービスを作り込むと検証に時間と費用がかかりすぎてしまうので、まずは想定ユーザーにヒアリングして「アタリ」をつけていきます。
ものすごく単純な例で言うと、「空腹の人」を想定顧客とし、課題解決策として「うどん」と「スマートフォン」と「プラスドライバー」を見せたとします。この時に「空腹な人」は「うどん」を選ぶでしょう。理由を聞くと「空腹だったので、食べられるものを選んだ」と答え、選択した理由が分かります。ここで「空腹の人は食べられるものを欲しがる」ということがわかります。さらにこの人に「うどん」「焼肉」「そうめん」のうちどれを選ぶかを聞くと「そうめん」と答えたとします。その理由が「暑いのでさっぱりしたものを食べたかった」とします。これにより「気温と食事の嗜好は相関するようだ」といった仮説が見えてきます。顧客の選択基準がさらに掘り下げられ、仮説の構成要素の全貌が見えてくるといったことになります。
こう言うと当たり前じゃないかと思うかもしれませんが、「空腹の人」に美味しいご飯の絵を見せるとか、今うどんを食べたばかりの人に焼肉店を紹介する、といったサービスを提供しているケースは非常に多いように感じます。
-要素はどのようにプロダクトに活かすのでしょうか?
さらに、顧客の課題を解決しようといったときに、実は「そうめん」を提供するには一杯数千円のコストがかかることがわかったとすると、コスト割れするので顧客には一杯数百円のコストで提供できる「ざるうどん」を提供することを提案できないかといった判断も可能になってきます。
この例では「課題とソリューション」は「空腹の人に食べ物を提供する」「夏は冷たいものを提供する」ということになりますが、この事業の要素がぶれていなければ、提供するプロダクトとして「そうめん」を選択することも、コストの関係で「ざるうどん」にすることも要素の調整により対応できることになります。
顧客にヒアリングを繰り返して、「課題とソリューション」のセットからなる仮説をブラッシュアップすることにより、適切な商品を適切な価格で適切な顧客に提供することが可能になり事業が進むようになります。これが顧客の課題を満足させる製品(プロダクト、サービス)を提供し、それが適切な市場(マーケット)に受け入れられている「プロダクト・マーケット・フィット」であり、限られたリソースで事業を立ち上げるリーンスタットアップで言われている方法なのです。
このようにプロダクト・マーケット・フィットの土台を固め実行していくにあたり、仮説と検証は繰り返して行う作業であり、事業の要素は変数として調整していくものとなります。仮説の設定は起業の段階から必要であり「課題とソリューション」のセットの仮説が揃ったところで実際の事業計画を生み出していく段階になるわけです。この要素の見極めや調整、仮説と検証作業全体を広い意味での情報として考えています。「事業を成り立たせ、成長させるための要素」という情報を実地検証で集めていく活動が事業開発なのだと考えています。
-次に、人の問題とはどんなことでしょうか?
人の問題も最初から適切に対応することが難しいと思います。例えば人材採用に際してスキルマッチじゃなくてタイプマッチだとさんざんいろんなところで言われてますが、いざスタートアップの現場で採用をしていると、結局スキルで人を採用してしまい、結果、組織に合わないことがあっても辞めてしまったり、もっとひどいときには辞めてほしいのにやめてくれなかったりといった苦労を多くのスタートアップが経験しています。
人はわかっていてもこのような失敗をしてしまいがちです。やはり話にきいているのと、やってみるのは違うということです。実際に2回、3回と失敗を繰りかえし数をこなしていると「この課題は以前のあれと同じなのでこう対処しよう」と判断できるようになります。人間は同じ失敗するということを前提に経験を積み、問題を乗り越えていくしか無いのだと思います。
またこの場でお伝えしきれませんが、次のステージに行くと資金調達、採用難・大量離職といったマネジメントの問題、企業内起業では親会社との関係という問題が共通して発生していきます。これらについては「17スタートアップ」をご覧いただければと思います。
先人と同じ失敗をしないためにはどうしたら良いか?
-「17スタートアップ」では、各ステージで経営者が躓くポイントとそれを乗り越える方法が書かれているということですが、この本が生まれた背景をお聞かせください
私は母校早稲田大学商学部の中村信男教授のゼミOB生ですが、恩師である中村信男先生との交流のなかで、2016年に「スタートアップの生態系」というテーマで早稲田大学にて講演する機会を頂き、幸い好評をえることができました。「スタートアップ研究」の重要性を中村先生はじめ早稲田大学に注目いただき、2018年に早稲田大学産業経営研究所で10回にわたり、合計17人のスタートアップの創業者をお招きして講演会を開催いたしました。本書はアーリーからレイター、M&AやIPO後までの経営者のリアルな事例を話してもらった内容をもとに、私の分析を加え一冊にまとめたものになります。
従来の起業本には、抽象的なことは書いてありますが個別具体的ケースはあまり触れられていません。そこで、本書では17社のスタートアップを分析にするなかで、各社が直面したリアルな実態を明らかにしていきました。存続できる分かれ道になるという点を注視しています。
経営者にとっては知識としては先輩に教えてもらったり、起業本に書いてあったりしていても、経験して終わってみて初めてこういうことだったと気づくようなものばかりです。さらに言えばそのように気づくことができても、一度の失敗にとどまらず結果的には同じ失敗をしがちなのが実態です。前述のとおり人間は同じことが起きないと対処できないものなのですね。
ここで重要なのは、失敗するということを前提に、ある程度は失敗しても「受け身の姿勢」が取れるかどうかです。これがとれていれば、何とかリカバーできますが、とれていなければダメージが大きく事業の存続が不可能になるのです。
どのようなステージに在っても、お金、人、プロダクト、営業、ブランディングといった事業のあらゆるカテゴリーで、問題が同時多発し、同時に解決しなければならないのが経営者ですから、事業の各ステージで発生する共通の問題があり、それに対して準備しておくことが大変重要です。このようなケースに本書ではふんだんに触れられています。
私としては失敗に負けず、糧にしていってもらえるスタートアップが1社でも増やせれば嬉しいです。
-ありがとうございました
<プロフィール>
畠山和也(はたけやま かずや)
2005年 早稲田大学商学部卒業
2005年 ソフトバンクBB(日本テレコム出向)おとくライン事業立上げ
2006年 リクルート入社 人材事業部で営業・人事コンサルティング
2011年 スターティアラボ入社 電子書籍事業・AR事業立上げ
2013年 ラクスル入社 名刺印刷EC事業立上げ
2014年 本気ファクトリー立上げ アヴァンデザイン研究所参画
2015年 SEEDATA(博報堂DY)参画
2017年 SEEDATA Partners代表就任 BYD取締役就任
2018年 ビットキー参画 i専門職大学 客員教員就任
2019年 SDPAバイアウト H.I.S. Impact Finance取締役就任
本気ファクトリー株式会社
代表:畠山 和也
所在地:107-0061
東京都港区北青山2-7-20 猪瀬ビル2階
著書:
「17スタートアップ:創業者のことばから読み解く起業成功の秘訣」
http://www.waseda-up.co.jp/economics/17-1.html
本書で取り上げられた17人のスタートアップ経営者
・シード・アーリーステージ
ecbo株式会社工藤慎一氏
株式会社FOWD久保田涼矢氏
株式会社結.JAPAN中山雅久理氏
株式会社BYD井上創太氏
株式会社ビットキー江尻祐樹氏
・ミドル・レイターステージ
株式会社スペースマーケット重松大輔氏
株式会社COMPASS神野元基氏
株式会社ランドスケイプ福富七海氏
・M&Aに成功したスタートアップ
株式会社フライヤー大賀康史氏
株式会社Loco Partners篠塚孝哉氏
株式会社nana music文原明臣氏
・IPOに成功したスタートアップ
株式会社チェンジ福留大士氏
株式会社ガイアックス上田祐司氏
株式会社ライトアップ白石崇氏
守屋実氏(49の新規事業を立ち上げた起業のプロ)
・大企業内起業
株式会社ミーミル川口荘史氏
H.I.S.ImpactFinance株式会社東小薗光輝氏