ボケてで500万DL、アプリプロデューサー・イセオサムさんの仕事哲学「あそぶようにはたらく」を追求したらどうなる?
働き方改革によって、それぞれワーカーの事情に応じて、多様で柔軟な働き方ができる時代になりました。企業もリモートワークやワーケーションなどの環境を整え、様々なメニューを取り揃えて、人材の確保定着に躍起です。
しかし、制度がいかに充実しても、日本には世界的にワークエンゲージメントが低いという根本的な問題があります。これには企業の問題もあるでしょうが、働くこと自体に情熱を感じないビジネスパーソンの意識の持ち方をそもそも変える必要があるのではないでしょうか?
そんな中、モバイルマーケティングの先駆者であるイセオサムさんは、「あそぶようにはたらく」という哲学を持って活躍しています。日本テレビ、広告代理店オプトを経て複数の起業に携わり、プロデュースしたアプリは「ボケて(bokete)」「ヨモ(yomo)」など合わせると累計1,000万DLを突破。その傍らで、釣りに没頭しつつ、釣りのYouTuberとしても活動するなど、実に楽しそうです。
今、「あそぶようにはたらく」が求められていると感じた当編集部では、早速イセさんの哲学を聞きに行くことにしました。
考え方の原点は、中学時代の「好きになれて、なおかつ食える仕事」探し
―イセさんが提唱する「あそぶようにはたらく」は、起業する人だけではなく、働き方の変革期にある現在、会社員にとっても組織にとっても重要なキーワードになると思います。そこで、今日はイセさんの仕事哲学を掘り下げて伺わせてください。まず、「あそぶようにはたらく」という考え方は、どのように生み出されたのでしょうか。
「あそぶようにはたらく」という言葉を使い始めたのは、自分の会社を作った時ですが、原点は中学生の頃なんです。地下鉄で通学している時に「通勤中のおじ様方は皆、何て暗い顔しているんだろう」と衝撃を受けて。どうせ働くなら楽しく働いた方がいいはずなのに、なぜそういう社会になっていないんだろう? と考えるようになりました。
―中学生の時ですか! それは早熟ですね。
将来、何かをして食べていかなくてはならないけれど、サラリーマンにはなりたくない。「自分ができることは何だろうか」「釣りが好きなので、釣りのプロはどうだろう」と考え、大会に出たり、ルアーを作って売ってみたりしましたが、いかんせん食える感じがしない。大会の賞金総額もゴルフなどとは比較になりませんでしたから。「これでは、プロとして成り立たない」と思いました。高校時代はバンドを組んだり、大学時代は演劇サークルで活動したり、試行錯誤しながら「好きになれて、なおかつ食える仕事」を探していました。
―社会人としてのスタートは、日本テレビの社員です。「好きであり、食えること」に合致する仕事と思い、選択したのでしょうか。
テレビ局に就職したのは、テレビドラマの制作に興味があったからです。運よく日本テレビに受かったのですが、朝の情報番組に配属され、全然興味が持てなくて。インターネットの部署への異動も打診されましたが、自分で自分のやることを選べないのはどうにも気持ち悪い。ドラマに配属されていたら会社にいたかもしれないですし、サラリーマンとしてはいい環境だったとは思うんです。でも、自分で選びとれない不自由さ、気持ち悪さに気づき、時間をムダにしたくないという想いが募り、1年で退社しました。
―「自分で選びとれない」は、まさに会社員の宿命ですね。日本テレビ退社後は広告代理店でモバイルマーケティングに従事した後、続々と会社を立ち上げ、コンテンツ制作、マーケティングで多くの成果を上げられています。マーケティングという分野が「あそぶようにはたらく」に適ったということでしょうか。
大学のゼミでモバイルを専攻し、当時からメディアの未来はモバイルだと思っていましたし、「楽しいことをしたい」という仕事観に合致した分野ではあります。ぼくにとって楽しいこととは、人を喜ばせることなんです。魚を釣って料理して家族にふるまったり、何かを作って人に見せ、喜んでもらったり。アプリはまさに人を喜ばせることですから、ぴったりはまったんですね。
―「こういう仕事が楽しい」ではなく、あくまでも「自分が楽しい」が先にくるわけですね。
「何をすれば人が喜んでくれるだろう?」と常に考えているので、自分が楽しいことは誰かの役に立つはず。だから、何かしら対価をもらえるだろう、という信念を学生時代からもっていたんです。ですから、楽しく人生を過ごすためにスキルを身につける、仕事を作っていく、という感覚でずっとやっています。
同時に、マーケティングの仕事はあくまでも自分にとって「好きであり、食いやすいこと」なんです。もっと好きなのは釣りで、こちらは「食えないこと」ですが、とにかく楽しい。本来の意味の「遊び」ですね。100種類の魚を釣ることを目標に、あちこちに出かけています。一昨年からジャイアント・トレバリーという30kgもあるアジ釣りをはじめ、鹿児島県のトカラ列島までわざわざ行くのですが、その過程も楽しい。
魚を対象とする釣りと、人を対象とするマーケティングの仕事は関係が深い?
―釣りは、中学生の時にプロになれないか考えたほど好きなことで、現在は釣りのYouTuberとしても活躍されていますよね。自然を相手に格闘する釣りとマーケティングの絡み合っている部分もあると思いますがいかがでしょうか?
まず、対象を理解し、働きかけるという大きな共通点があります。マーケティングは人を対象とし、釣りは魚が対象です。どちらも面白いのですが、マーケティングはデータでできてしまう部分があるのに対し、釣りは、自然の中で頭と体を使って格闘します。魚に合わせてルアーを選び、ルアーに合わせてリールと竿を用意し、陸で投げる練習をしてから海に出る、とステップを重ねていくのが醍醐味です。
そこまでやっても釣れない時はまったく釣れない。そうすると、魚がその場にいないのか、ルアーが合っていないのか、アクションが間違っているのか、など理由を考え、ひとつひとつ対処していきます。
―デジタルマーケティングでパラメータを設定するのに似ていますね。
はい、インターネットのバナー広告の表示回数とクリック率、購入率の方式といったマーケティング活動と共通していると思います。広告では、画面でバナーを変えてどうスジが変わったかを見ていきますが、釣りの場合はそこに身体性が加わり、人間のパワーで闘いますから、より面白くなります。
―そうやって魚をひたすら研究していけば、生息地なども詳細に分析できそうですし、マーケティングにおけるセグメントの分析の手法などにもつながりそうです。
数を積み重ねていったらそうなると思います。今は釣りマップアプリによってGPSのデータをクラウドで共有するサービスがあり、データがたまっていけば期待できそうですね。人間は魚のことをまだよくわかっていないので、意外なところに生息しているかもしれないんです。自分で船を出せれば探索しやすくなるので、今年船舶免許をとったんですよ。すごくワクワクしています。
―コトラ―の話でいうと現在は、デジタルマーケティングの環境にある「マーケティング4.0」で、驚きや感動でファンを拡大する段階です。そういう観点で言うと、魚を観察し、魚と対話することで読みが深くなり、マーケティングのスキルもあがっていく。ユーザーのエクスペリエンスを理解していくことにつながるような気がします。
普通に生活していると、対象のことをそこまで考えたりはしないですよね。釣りをしていると、「マスはこういう食べ物が好きかな?」と自然に考えていますから、対象について読みが深くなり、マーケティングスキルも高まると思います。また、マーケティングに優れた人も常に頭をフル回転させているので、釣りがうまくなるスピードが速い。魚を釣るスキルも人を釣るマーケティングのスキルもほぼ正の相関があるんです。
つまり、何か好きなことを徹底的に突き詰めていると、ビジネスにも応用出来て成果が出たり、逆に仕事から好きなことへのフィードバックがあったり、ハイブリッドにつながっていくわけなのです。
―マーケティングと釣りは一緒じゃないか、と思うとマーケティングもより面白くなると思います。あそぶようにはたらくことの効用ですね。
遊びにも2種類あって、消費するだけの遊びと何かを生み出す遊びがあります。消費するだけの遊びとは、たとえば高い服を買って着る、おいしいものをただ食べる、などです。生み出す遊びとは、ぼくの場合なら釣ってきた魚を調理して提供することで、遊びなのだけど、シェフの仕事につながる価値があります。その価値を突きつめていけば仕事になる可能性があります。遊びの延長に仕事があるんですね。
たいていの人は遊びと仕事を分けて考えていると思いますが、ぼくは遊びとして楽しいことだけを仕事にすると決めています。決めてしまったら、遊びの中で価値が出るものを何とか仕事にするしかない。なので、遊びをいちばんに置く。この順番がポイントですね。
遊びを中心に仕事を組み立て直せば、人生も仕事も楽しくなる
―イセさんの哲学はすごく重要だと思います。マーケッターだけではなく、幅広くビジネスパーソンにその考え方や具体的な実践方法を広めれば、バーンアウトしたり、メンタルを病んだりする人も少なくなると思います。たくさんの人が幸せになれる。
会社員の場合は、組織に過剰に適応することで、疲弊してしまう。発想の転換が必要です。ぼくが提案したいのは、遊びを中心に仕事を設計し、組み立て直し、そこからどんなスキルが必要かを考えていくこと。そして、自分が好きなことのタグ、できることのタグを設定していく、というステップです。
―組み方の方法を変え、ステップを踏んでいくためには具体的にどうすればいいでしょうか。
まず、会社と対等に話ができるようになること。社会で活躍できる人間になることです。ハードルが高く感じるかもしれませんが、始めてしまえば何とかなるものです。たいていの人は一歩目を踏み出せないだけなので、そこをまず変えていけば。
以前は人にフリーランスや起業を進めていたのですが、いきなりフリーになると食うための仕事をたくさんやることになり、サラリーマン時代より不幸になってしまいます。まず、社会で通用する自分を作ることがポイントです。
ぼく自身はサラリーマン生活の3年間で、モバイルのマーケティングでは業界で通用するところまで徹底的にやり切った自負があります。当時、ガラケーからスマホになりつつある時代でしたが、その流れが読めていて、モバイルを使ったマーケティングのプランを構築することが社内でいちばん詳しかった。やり切ったものを持っていればどこに行っても通用するので、やりやすくなります。
前職の広告代理店に入社する時に、3年で起業すると公言していたので、「しょうがないか、あいつは」と思ってもらえていましたし、ぼく自身もクビになったらしょうがないや、と思っていました。そうしたら何でもできる。クビになったらまずいと思いながら働いている人は多いと思いますが、今は終身雇用がなくなっていく時代ですから、関係ないですよね。
―ただ、収入面を考えると今の組織にとどまらなくてはならない人もいます。そうすると、どう交渉力をつけていくか、戦略的に考えなくてはならない。最初のステップを踏み出すためのヒントを教えてください。
やはり、順番につきます。最初から「あそぶようにはたらく」と決めてしまう。今、会社で働いている人たちは、会社と対等な関係を築くこと、自分で時間の使い方を決められるようにしていくこと。会社をどう利用していくか戦略的に考えてほしい。会社も社員の力を借りて事業を行っているので、従属する必要はないんです。その意識改革が必要です。
ぼく自身、自分の会社でパートナーと仕事する時はそういう対等な関係です。彼らも優秀なので、仕事をするかどうか選択権はあちらにあり、ぼくは、仕事をしてもらう理由を作る。今は給料の額だけでは引き止められないんです、優秀な人があえて組織に所属する理由がない時代ですから。組織の人間もそのことをわからないといけないんですね。
―今の時代にイセさんが社会人デビューをしたとしたら、どんな働き方を選択していたでしょうか。
ハイブリッドな働き方が可能な環境ができてきた今なら、起業はしていなかったかもしれないですね。サラリーマンと並行して別の仕事をしたり、YouTuberをやっている可能性があると思います。サラリーマン自体は悪くないんですよ。毎月給料がもらえるし、会社に仲間もいますから。
「あそぶようにはたらく」と言いはじめた頃は、「あいつは頭おかしいのでは」「あいつは特別だから」と言われていましたが、「楽しいことをやっていないとダメだ」に変わりつつあります。
ようやく時代が追いついてきたな、と感じています。ただ、「遊びを仕事にする」までのステップは結構あるので、その1歩ずつをぼくらが提示していく必要があると思っています。
―釣りのYouTubeについても今後の展開を教えてください。
YouTubeは完全なる赤字事業でして、作品づくりに近いものです。儲けることを目指してはいない。6時間釣りをしている間ずっとカメラを回し、編集するので制作に10時間くらいかけています。普通の人はやらないですよね。遊びの延長が仕事になっていくことを体現する試みで、続ければ何かになるかもしれない。たとえば、10年やったらレジェンドになれるかもしれません。これが評価されるかどうかわからないけれど、自分が面白いと思うものを作り続けたらどうなるかという実験です。
―「あそぶようにはたらく」の意味がよくわかりました。今日はありがとうございました。
【プロフィール】
イセ オサム
1983年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。日本テレビ放送網を経て、株式会社オプトに入社、モバイルのメディアプランニングを統括する。2008年にスマホアプリを企画・制作する株式会社ハロを共同創業。2012年から株式会社オモロキにも参画し、サービスのディレクション、戦略立案を担当。プロデュースした「写真で一言ボケて(bokete)」「ヨモ(yomo)」などのアプリは累計1,000万DLを突破。現在、プレイ株式会社代表取締役、株式会社Roadie取締役として新規事業のアドバイザーを行うほか、エンジェル投資家、釣りYouTuberとしても活躍する。