日本初の医療機器開発インキュベーターが見出した真のイノベーションとは?~JOMDD 内田毅彦代表に聞く
なぜ、ものづくり大国日本が医療機器分野では米国に後塵を拝しているのか?2005年から日本人初の米国食品医薬品局(FDA)の医療機器審査官を務めていた医師・内田毅彦氏は、米国で開発される医療機器の審査に携わりながら、毎年6千億円の対米貿易赤字に陥いっている日本の医療機器産業の現状を目の当たりにした。「これは日本にとって多大な機会損失になっている」。強烈な危機感を持った内田氏は、その差がなぜ起こるのかを解明するため米国大手医療機器メーカーやシリコンバレーのスタートアップ企業でのコンサルティングなど医療機器開発の現場に携わった後、帰国。「日本を医療機器立国にする」というビジョンを掲げ、株式会社日本医療機器開発機構(JOMDD)を設立した。 ヘルステック市場が活況を呈し、医療機器分野での目利きとビジネス化の重要性が高まる中、同社は2019年7月、キヤノンなど8社から第三者割当増資を行うなど、期待が集まっている。日本初の医療機器インキュベーター内田氏が目指す、日本の医療機器立国への挑戦が着実に実を結びつつある。今回、その鍵となっている医療機器開発におけるイノベーションのメカニズムや再現性について内田氏に聞いた。
年9,000億円に拡大した日本の医療機器分野の対米貿易赤字に挑む
-はじめに、JOMDDは民間企業として医療機器開発のインキュベーターを標榜されていますが、どのようなビジネスモデルなのでしょうか?
当社は、全国の大学・医療機関・企業等から医療機器や技術のシーズを収集し、独自のオープンイノベーションの機能を介して医療機器の事業化を推進しています。医療機器メーカーや大学等と提携したり、共同開発を行い製品を開発。そして、外部からの資金を集め、プロトタイプをブラッシュアップし、薬事承認を得たうえで日本国内をはじめ世界50か国への販売支援を行なっています。
また、自らも投資も行い、成果にコミットしてスタートアップと二人三脚で機器の開発、販売を行なうこともあります。医療機器開発分野の入口であるアイデアの創出から出口戦略(エグジット)を実行するまでの一気通貫のサービスを提供するのが私たちのビジネスモデルと言えます。
-エコシステムそのものをビジネスモデルにする構想のきっかけは?
日本で医師をしていた時は、使用する医療機器が米国製でも特に何とも思いませんでしたが、FDA(米国食品医薬品局)で医療機器の審査官をしていたとき、当時ですでに日本の医療機器分野の貿易赤字が6千億円を超えていることを知りました。(近年はさらに9,000億円にまで赤字が膨れ上がっています。)米国では次から次へ新しい医療機器が開発され外国に売られているのに、日本のものづくりの技術をもってしてなぜ医療機器分野は後塵を拝しているのか?これは大変な機会損失になっているのではないか。ということに気づいたのです。この問題を放置しておくわけにはいかないというのがすべてのモチベーションの源泉になっています。
その後、実際に米国の医療機器開発の現場のオペレーションがどうなっているのかを理解するため、医療機器大手のボストンサイエンティフィック社で医療機器の研究開発を手がけました。また、その後立ち上げたコンサル会社ではシリコンバレーのスタートアップ企業のコンサルティングも行いました。そこで、シリコンバレーにはベンチャーを育てる分厚い医療機器開発の環境(エコシステム)があることに気付いたのです。一方、日本には医療機器分野の開発サポートの仕組みや、医療現場で必要とされる医療機器が市場に流通しながら業界が形成され、発展していくようなエコシステムがありません。エコシステムがないから自分たちがワンストップでエコシステムに変わる全てを提供できるようになればいいのだなと。
さらに言えば、エコシステム作りに至る手前の成功事例が少ない。例えば、サッカーでもそうですが、いきなりチームは強くなるわけではなくて、三浦(カズ)選手や中田選手がイタリアで活躍して、それに続く香川選手、本田選手のようなスタープレイヤーがでてきて、少年達が憧れて、サッカーをやろうと思って次第に層の厚いピラミッドができてくる。だから時間をかけて強くなっていくわけですよね。そういう仕組みをつくるためには、突き抜ける事例(スター)をつくらないといけない。
しかし、実際には新規の医療機器開発はハードルが高く100件やって1件当たれば良い方ですので、自分で何か新しい医療機器を開発して突き抜けるのは確率的に難しい。その不確からしさよりは、既にあるシーズに足りていない部分を補うかたちで、いくつかのプログラムを同時進行していくほうが現実的だという発想だったのですね。1個よりも10個やれば当たる確率も高まる。決め打ちはしない。これが私たちのビジネスモデルの考え方なのです。
シリコンバレーで学んだエコシステムと実践して気づいたイノベーションの真実
-シリコンバレーのエコシステムにはどのような特長があるのでしょうか?
シリコンバレーの医療機器領域のエコシステムには、分野別にキーパーソンとなるシリアルアントレプレナー(連続起業家)がいます。彼らがネットワークやノウハウを持っていて、「この機器であれば、あそこに持っていくと、良いビジネスが仕上がってくるよ」という人材のプールがある。彼らの元に医療機器開発者は案件を持ち込んで、その次にはCEOの役割を務めるシリアルアントレプレナーが持っているネットワークを使って、エンジェルやVCから資金を調達し、技術要素以外の事業化に必要な多くの役割をしっかり担う。開発者は現場の医師の声を聞いて製品をブラッシュアップしたりR&Dに注力できるのです。その後には、シリアルアントレプレナーのネットワークで販路を拡大。さらに事業をバイアウトしたり、IPOするといった様々な出口もある。このマネジメント人材と技術系の開発者が二人三脚で挑むから上手くいくのです。つまり、シリコンバレー型医療機器開発エコシステムの真髄とはCEOをやれる人のプールがあることではないかと考えています。
-日本にはそういったエコシステムがないから、イノベーションが起きにくいのでしょうか?
もちろんそうなのですが、そもそもイノベーションの定義が間違っているのだと思います。私たちが創業して事業に携わりながら解ったのは、真のイノベーションとは何かということです。
どういうことかと言いますと、イノベーションという言葉は、一般には新しい技術の発明といったアイデアの意味で理解されることがありますが、イノベーションの定義は、それだけでなく、新しいアイデアから新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす変革を意味します。
日本で何か新しいものをつくると、あの人はイノベーティブだと言われます。大学の先生が何かを発明しました、そうするとそれがイノベーションだと言われるわけです。でもイノベーションには、「サムシングニュー」だけでなく「インプリメンテーション(社会実装)」が加わり、実際に社会に出ることが必要なのです。
つまり、新しい技術を用いて新しい何かを生み出すだけでなく、社会に実装して、実際に使われた結果として、患者さんの負担軽減や、治癒率の改善、死亡率の低減といった社会に新たな価値を生み出すことがイノベーションなのです。今までの経験を経て、まさにその社会実装の部分を私たちがやっているのだなと自己認識できました。社会実装のプロセスは華々しく見えない裏方のようなものではありますが、イノベーションの重要な片輪で、その片輪がないと車は走らない。このインプリメンテーションのノウハウこそが日本では重要だということが、これまでやってみて見えてきたことです。
つまり日本の問題はそういうインプリメンテーションの成功者とも言えるアントレプレナーの人材プールがないことなのです。そこでシリコンバレーの先駆者たちがやっていた、インプリメンテーション機能を、私たちがチームとして引き受けているというわけです。そういうビジネスモデルなのです。
-医療機器事業におけるインプリメンテーションとはどのようなものなのでしょうか?
医療機器の事業開発は簡単ではなく次のようなプロセスを踏んでいく必要があります。①ニーズ・コンセプトの証明(POC)②プロトタイプの製作③ベンチテストの実施④動物試験⑤デザインフリーズ⑥臨床試験⑦承認申請・保険償還⑧商用生産計画に基づく製造販売、品質保証体制の確立⑨市販後臨床試験⑩マーケティング・改良そしてこの後の機器の普及。これらを一気通貫で、最後までやり切る必要があります。それぞれの段階で専門性の高いノウハウが必要となり単独のベンチャー企業がここまでやり遂げるには相当な困難が伴います。
さらに、医療分野特有のプロセスを遂行する実務以外に、ベンチャーのスタートアップのスキルである、赤字に耐えうるまとまった資金集め、優秀な人材集めが必要です。加えて特許対応、KOL(キーオピニオンリーダー)との協業・・といった実務が多様に存在するのです。
特に難しいのは、医療機器ビジネスは足し算ではなく、かけ算だということです。これはカルビーやジョンソンエンドジョンソンでトップを務められた松本晃さんがおっしゃっていた言葉ですが、よい製品なのは当たり前で、知財、薬事承認、保険償還、品質管理の、どれかひとつでも0があるとかけ算なので0となり、ダメなのですね。
私たちは、今の日本に必要なこのインプリメンテーションというミッシングピースにきちんと再現性をもって対応できるかどうか。しっかり結果を出して、確かにこの人たちに任せれば本当のイノベーション、サムシングニューとインプリメンテーションになる、というプルーフ・オブ・コンセプト(実証)に今まさに取り組んでいるところです。
このコンセプトを理解し、確信して頂ければ、出資もついてくるし、一緒にやってみようという企業も増えてくるのです。
日本で誰も成し遂げたことがない新たなビジネスモデル
-このような企業は日本には御社しかないと思いますが、海外の先駆企業はありますか?
実は、私たちのロールモデルは、イギリスのインペリアルイノベーションズ社です。同社はオックスフォード大学の出資により1986年に設立した企業で、知財管理、ライセンシング、スピンアウトの3つの機能が一気通貫で支援できます。同社はIPOに20年かけていますが、それくらいメドテックの事業化、商業化は難しいのが実態です。ただし、従業員は35人で時価総額1,000億円ほどの事業価値を生み出しています。
日本では誰も成し遂げていないビジネスモデルなので、理解されるまでに時間がかかりますし、実証しながら評価を得ていく必要があるので、日本における先駆者としての苦労はそこにあります。
-現在の事業環境をどのように捉えていますか?
これまで電機・自動車産業が牽引してきた日本経済は右肩下がりになり、以前に増してイノベーションの重要性が叫ばれています。超高齢化社会になり医療財政も逼迫している。しかし、グローバル社会のなかで立ち遅れている医療機器分野は景気不景気に左右されず、言ってみればテック系事業の残されたサンクチュアリなのですね。しかし、ここを日本はあまりやっていないじゃないかということです。ようやく政府も積極的に旗を振るようになり、VCの資金も流入してきています。最近は医師たちがスタートアップに挑戦するという機運も高まっていますので、イノベーションを起こそうという社会環境はかなり整いつつあると思います。
―そもそもなぜ日本の大企業は新しい医療機器の開発に積極的ではないのでしょうか?
事業の間尺、つまりビジネスサイズの問題があります。大企業は、数百億円規模の事業でないとビジネスにならないというような企業もあります。数百億円売れる医療機器を自前でゼロから作るというのは至難の業です。先述のように新規事業は100件に1件しか当たらない。そこで100社のスタートアップを発掘して、これだと思う2、3社に絞り込んで買うというビジネスモデルしか成り立たないのです。
そこで必然的に大企業が自社開発を積極的にはしないとなると、M&Aで成長を遂げたとしてもゼロから医療機器ビジネスに仕上げた経験がある人材が社内にはなかなか蓄積されません。とりわけこれから医療機器に参入しようと思っている大企業は、医療機器開発の経験に長けた開発部隊自体が社内にいないので、そこをアウトソースしたい、ということになりますね。
ブレークスルーに向けた成功事例の積み上げ
-今の進捗をどのように自己評価されていらっしゃいますか?
今、創業7年目ですが、10年目くらいからこれは凄いという結果が顕在化してくると思います。あと数年くらいですね。そこまでは来ました。
毎年300件を超える案件を精査し、年数件程度の案件に絞り込んでブラッシュアップしており、現在約20件のポートフォリオ案件があります。
非公開情報が多いのであまり詳細はご紹介できないのですが、世界40か国以上で販売代理店契約を締結し、すでに23か国で販売を開始しているような事業もあります。
また、2016年に出資した熊本のベンチャー企業が開発した世界初の特殊な磁界照射技術を応用した機器といったものもあります。この機器は疼痛緩和を目的とした磁気刺激装置で、侵襲がほぼありません。まだ未承認ですが、ポテンシャルが大きい治療機器で非常に楽しみなものです。JOMDDもしっかりとインプリメンテーションを担当しています。
割と最近では、2019年3月に科学技術振興機構の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)に採択された「光超音波3D撮影装置」のLuxonusに出資をしました。この光超音波3D撮影装置は、今まで早期診断などが困難だった疾患(血管障害・リンパ浮腫・乳がん等)に対して超高解像度の画像を広範囲に撮影することを目指しています。
また、エグジット案件としては、2019年4月に、30万人の医師が登録するAIやICTを活用した臨床支援プラットフォーム「ヒポクラ」を運営するエクスメディア社をマイナビ社に売却するといった事例が出てきています。
こういった実績が2019年7月のキヤノンさんなど8社からの増資につながっていると思います。さらに、これから世界的に大ヒットすると確信している案件をポートフォリオに入れる準備をしていますので、もう少しすると世間をあっと驚かす会社になるだろうなと思っています。
-グローバル展開はどのようにお考えでしょうか?
私たちは既に米国、EUなどでグローバルなパートナーとともに薬事認証取得の経験があり世界50か国で販売網を確立しています。規模で見ると、世界の医療機器市場のうち日本市場はわずか1割程度でしかありません。残り9割が手つかずでは勿体ないので、海外でどんな医療機器が必要とされているのかを常にウォッチしています。そうした背景からメンバーはグローバル人材が多いので、これからも世界市場を見据えて展開していきたいと考えています。
ただ、海外からの資金調達に関しては良いオプションかと思いきや、日本で医療機器の成功事例が少ないため、海外のVCはまだ日本に投資を振り分ける設定になっていないことがほとんどです。活発な米国の優良VCでさえ定款で日本の案件に投資するということになっていなかったりする。そういった入口からボタンの掛け違いがありますので、まずは成功事例を積み上げることで風穴を空けていきたいと思っています。
-お話を伺っていると国がやるような事業に思えます
ある意味公共性が高いといえます。もともとはNPOでスタートすることも検討していたのですが、エコシステムを形成して医療機器開発企業を支えていくにはかなりの資金力が必要なので、その受け皿になるには株式会社が適切という判断になりました。どうすれば、9.000億円以上の貿易ギャップを埋められるかは常に考えているところです。
-よくわかりました。ありがとうございます。
<プロフィール>
内田毅彦(うちだ たかひろ)
株式会社日本医療機器開発機構(JOMDD:ジョムズ)代表取締役。内科・循環器科専門医。ハーバード公衆衛生大学院修士、ハーバード経営大学院GMP修了。(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA)を経て、米国食品医薬局(FDA)で医療機器審査官を務める。米国医療機器大手ボストンサイエンティフィック社で医療機器の研究開発等の実務に携わった後、シリコンバレーにコンサルティング会社を設立。スタートアップ企業のコンサルティング業務を手掛け、2012年(株)日本医療機器開発機構を設立。日本初の医療機器開発イノベーション・インキュベーターとして医療機器、再生医療、ヘルステックサービス等の事業化を行っている。日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ課題評価委員、厚生労働省 医療系ベンチャー振興推進会議構成員等。
株式会社 日本医療機器開発機構(JOMDD)
英語表記:Japanese Organization for Medical Device Development, Inc.
所在地:〒103-0023 東京都中央区日本橋本町二丁目3番11号日本橋ライフサイエンスビルディング 601号室
設立:2012年9月12日
資本金:36.9 億円(資本準備金 等を含む)
代表取締役:内田 毅彦
米国現地法人:JOMDD, Inc.
39655 Eureka Dr, Newark, CA 94560 U.S.A (Inside of Triple Ring Technologies, INC)
主な事業:医療機器の研究開発、製造販売/介護福祉機器ならびに医薬品の研究開発/医薬品、医療機器、介護福祉機器の臨床試験の企画・立案/医療機器インキュベーション事業/
薬事・品質保証関連業務全般/これらの業務にかかるコンサルティング業務
第一種医療機器製造販売業(許可番号 13B1X10274)
高度管理医療機器等販売業・貸与業(許可番号 5502155221)