「金融を“サービス”として再発明する」とは何か?NEXTユニコーンFinatext HD林良太代表に聞く
300兆円対4,500兆円。この数字は、2006年から2019年3月末までの間、日米で個人金融資産をどれだけ増やしたかを比較したものだ(日銀資料をもとに概算)。この間、日本の金融資産は約1,500兆円から300兆円増え1,800兆円になったのに対し、米国では約3,600兆円から、4,500兆円も増やし、8,100兆円になっている。内訳を見ると日本の個人金融資産約1,800兆円のうち株式への投資は10%程度に過ぎない(現金預金は53%)。一方で、米国は株式投資が34%を占めている(現金預金は13%)。この差は、端的に言えばお金を預貯金という形で外部の安全な金庫に預けたままか、株式という金融商品で運用しているかどうかの違いだ。日本人は元本割れが嫌だから株に投資をしないという神話がある。実際に証券業界関係者に尋ねると投資が進まない理由は日本人の国民性だから仕方がない、あるいは金融教育が不足しているのが問題だと言う声が大きい。しかし、NEXTユニコーンの呼び声高いFinatext(フィナテキスト)ホールディングスの林良太氏は「株取引が金融サービスとして面白くないから投資が進まないのだ」と異を唱える。同社はFintech企業として総額約90億円の資本を調達、証券を皮切りにユーザーから見たとき金融はどうあるべきかという視座から金融の世界を変えようとしている。今回、林氏に「金融を“サービス”として再発明する」とはどういうことなのかを聞いた。
徹底したユーザーファーストの姿勢で金融商品を「サービス」に変える
-まずはじめに事業内容を簡単にお聞かせください。
今、金融業界では数百年に一度の変革が起きています。この機会をとらえFinatextは2013年に創業し、現在はホールディングの体制になっています。主に、①金融サービスの開発を行うFinatext、②証券ビジネスプラットフォームBaaSを開発、提供するスマートプラス、③経済や金融に関するデータの分析基盤・ビッグデータ解析サービスを展開するナウキャストの3社を中心に世界5か国8社体制で事業を展開しています。
-金融を「サービス」として再発明するというのは斬新な視点ですね。
日本において「金融」は、難しく特殊で、敷居の高いものというイメージが強いですがそもそも金融というのは、私たち1人ひとりのすべての生活につながっているはずのものです。
そのため、日々の生活の中で、利用する側がもの凄く使いやすくて、わかりやすく、誰でも使いこなせるものであるべきです。そうなってはじめて金融も利用者中心のサービスとして生まれ変わることができます。
当社では 例えば、株式ならスマホアプリ「あすかぶ!」で“明日の株価が上がるか下がるか予想する”という、誰でも気楽に金融の世界に簡単に触れる機会をつくることで、楽しいユーザー体験を創出しています。また、個人投資家の銘柄選びのハードルを下げるために株取引機能にSNS機能を追加した「STREAM」を展開しています。ユーザーがポジティブな金融体験ができるような設計にしているのです。
-金融をサービスにするという意味をもう少し具体的に教えてください。
商品から考えるのではなく、生活者が必要としていることや生活の中での困りごとを起点に考えるという発想です。
例えば、困りごとを解決するサービスとして、少額短期保険のしくみを活用してリスクを補償したり、利用者がやりたいことの背中をちょっと押してくれるようなサービスを提供すれば日常と金融はもの凄く近い関係になるのです。
私たちの日常生活の様々なシーンを考えてみるとわかりやすいかもしれません。一例ですが、映画は、一度ネットで買ってしまうとキャンセルができないため、購入時、ワンコインでキャンセル可能な保険に入ることができればチケットを買うハードルが下がるかも知れません。ECの取引で出品者とのトラブルや、結婚式をキャンセルしなければならない事象の発生が懸念になるときには、事前に補填が可能になる保険に入ることで安心してサービスを受けることができますよね。生活者視点でサービスを考えると、今まで提供できていなかった金融サービスが提供でき、生活者もより便利になります。
そういう生活者視点で考えたサービスをどんどん生み出すとともに、利用者がすでに使っている生活サービスのなかで、シームレスに金融が存在し、生活の一部として気軽に使われるようにしていくことが金融を“サービス”として再発明するという意味なのです。
ここまでやるか?というレベルまで利用者中心のサービスを追求
-そもそも金融にフォーカスして事業を起こされたキッカケは?
私は東京大学を卒業した後、ブリストル大学大学院でコンピュータ―サイエンスを学び、2009年にドイツ銀行のロンドン支社に入りました。世界の金融機関、金融情報が集まるロンドンで、グローバルな視点から日本の現状を目の当たりにしたのです。当時、日本はデフレで資産価値が目減りし、世界の中で日本の存在感はどんどん低下する一方でした。唯一の日本人だった私は、これは何とかしないといけないと思っていました。そのうちにこれは自分が人生をかけて解決するテーマなのではないかという使命感のようなものが目覚めてきたのです。
学生時代から投資サークルを創り、チームで何かを達成することがおもしろいという経験もしてきました。人と違うことをしたいという志向性もありましたし、金融×テクノロジーの領域であれば自分のミッションと強みにかなっていると思い、2013年に起業しました。
-金融を“サービス”として再発明するために、ユーザー視点でビジネスの設計をどのように工夫されているのでしょうか?
そこはユーザーの手に金融サービスが身近なものとして届き、いかに利用しやすくなっているかがポイントです。
例えば、これまでは証券会社などの金融機関は、構築コストが数十億円もかかるようなシステムインフラありき、プロダクトアウトの視点でユーザーにサービスを提供してきました。そこで、私たちは、生活の中で使うサービスを提供するサービサーが自社サービスから違和感なく金融サービスを提供するためのプラットフォームを提供しています。弊社が提供する証券ビジネスプラットフォームBaaSにより、サービサーは低コスト・低リスクで証券事業に参入可能となり、普段サービスを使うユーザーのニーズに合わせてオーダーメイド型で証券サービスを作ることができます。多様なユーザーに合わせて柔軟な視点でユーザーインターフェイスを変えることができるのが特徴ですね。
これにより、事業者であれば誰でも、自社の本業につながっている導線を活かし証券業などに参入でき、既存サービスの利用者は身近に金融に接することができるようになるわけです。つまり私たちは金融サービスの企画から開発まで手掛ける「黒子」の役割に徹しています。あくまでも、狙いは金融を簡単にすることです。
私はこだわりがあまりないほうなので、仲間とアイディアを試しながら、金融をまったくわからないユーザーが使ってくれるところまで踏み込んでいって、ここまでやらないとだめなのか!というレベルまでやりきって試行錯誤してきた結果、今に至っています。
ただ当初はプライドがあって、金融=かっこいい、スマートなサービスでなければならないと思っていたため、ここまでわかりやすく簡単にしないとだめなのだということを認めるまでには時間がかかってしまいました。例えば、先述の「STREAM」では、コミュニティを作り、ベテランも初心者も、株友同士いつもでオンラインで情報交換ができるようにし、初心者とベテランの交流から、新しい学びと気づきを創出するなどといったことをやっています。ようやくここまできましたが、今のような体制になったのは昨年くらいですね。
基本戦略はぶらさず、毎年レベルアップしながら戦略を調整して、今は良い形になってきています。去年やっていたことが恥ずかしくなるくらいのスピード感じゃないとだめだと思ってやっています(笑)
-ホールディング制に移行したねらいは?
もともと、1つの会社で部門をつくるのが好きではないのですね。私も含めて社員全員の仕事は「成果を出すこと」なので、部門ごとにこれをやっていれば良いというような役割を分けるようなことはしたくなかったのです。
ただ、責任や期待されていることをある程度明確にしたかったので、事業をカンパニー制で切り出して分社化したということなのです。経営スタイルとしては稲盛和夫さんのアメーバ経営を一つの参考にしています。
証券の次は保険、プラットフォーマーとユーザーを「コネクタ」として接続する
-今後の展開はどのようにお考えですか?
数百年に一度の変革期にあって、これからは利用者に一番近いプラットフォーマーが金融サービスを提供する時代になります。ゆえに自社の経済圏をつくるよりかは、プラットフォーマーと金融を「コネクタ(線)」としてつないでいきたいのです。それによってユーザーと金融の距離をぐっと近づけることができます。ユーザーから見れば、個人のライフプランやライフスタイル、生活シーンごとに金融が必要であり、証券以外にも身近な金融サービスが必要です。
例えば、2019年11月のあいおいニッセイ同和損保さんとの提携もそういうプラットフォームとのコネクタづくりの一環です。旅行予約サイトのキャンセルや電子商取引(EC)での出品者とのトラブルなどをカバーする保険商品をインターネット経由で的確に利用者に提示するシステムを開発する。また、ECだけでなく飲食店の予約キャンセル、子どもの遠足時のけがなど幅広いリスクに対応する保険商品の提供ができます。
金融はこれまで本当の意味でのサービスではありませんでした。私たちは生活者の行動の背景や意味などの「文脈」をつけてサービスにしたいと考えています。つまり、プラットフォーマーと利用者を単純につなぐだけでなくて、裏方としてプラットフォーマーごとの文脈にあったサービスが提供できるように、カスタマイズをして、データの解析もして、プラットフォーマーと一緒にサービスを創出し提供するのが我々の役割だと思っています。
-現在、グローバルでは4か国でサービスを開始されています。今後の展開は?
金融は国ごとに規制や市場が異なりますので、今後も海外ではある程度基盤ができているところと組んでいくことになります。
金融はグローバルに見えますが、すごくローカルなものです。各国規制も違い、マーケットの成熟度も違います。自分の強みは日本にあるので、まずは日本からになりますが、今、一番危機感をもっているのは、グローバルのなかでの私たちの立ち位置。日本に最適化されていくとグローバルとの距離が離れていくと意識せざるを得ません。国内売上が百億を超えて数百億までは見えてもその先はない。今後はしっかりグローバルを意識した展開をしていく必要があると考えています。
ストレスフリーで物凄く使いやすい身近な金融サービスがあたり前の世界になることは金融教育にも繋がる
-日本では、子供のころから銀行預金の教育くらいしかなく、金融リテラシーが低いので金融教育が必要だと言われていますが?
金融はこれまで、ものすごくシステムコストが高くサービス提供にも時間がかかっていました。これからの金融は、早くて、安くて、良いサービスとして提供したい。従来は銀行や証券などの店舗に行かなければサービスを供与できませんでした。それをせめてわかりやすく楽しくすることで、ストレスフリーにしたい。
金融はインフラなので、金融サービスが良いものになり、物凄く使いやすく、身近なものになれば、より多くの人の生活を豊かにできます。もちろん学校などでの金融教育も大変重要ですが、私たちは、使いやすい金融サービスがあたりまえの世界になることが金融教育になると思っているので、そこを突き詰めていきたいですね。
-金融をサービスとして再発明するということがよくわかりました。ありがとうございます。
<プロフィール>
林 良太(はやし りょうた)
株式会社FinatextホールディングスCo-Founder & CEO。東京大学経済学部卒。英国ブリストル大学にてコンピュータサイエンスを専攻、ドイツ銀行に日本人初の新卒採用にてロンドン本店に入社。アルゴリズムトレードのシステム開発、グローバルマーケット部門で機関投資家営業に従事した後、ヘッジファンドを経て、2013年に株式会社Finatextを設立。
株式会社Finatextホールディングス(Finatext Holdings Ltd.)
代表者:林 良太
設立:2013年12月27日
事業内容:金融サービスの開発、インフラの提供ビックデータ解析
ミッション:金融を「サービス」として再発明する
グループ会社:株式会社 Finatext、株式会社ナウキャスト、株式会社スマートプラス 等