370万人を失明リスクから救う緑内障検査機器事業をどう立ち上げたか?~クリュートメディカルシステムズ江口哲也氏
失明原因の1位の「緑内障」患者は全国で約500万人。その多くが緑内障検査すら受けたことがない「潜在患者」で、その数は378万人にものぼると推定される(厚生労働省統計および日本緑内障学会調査)。つまり国内40歳以上の5%が既に疾患しているにも関わらず自覚症状がなく、また専門施設での検査が必要なため85%が未診断というのが実態だ。この問題に対処するため、HOYAをカーブアウトした医療機器ベンチャー「クリュートメディカルシステムズ」が開発したのが持ち運び可能な緑内障検査機器「アイモ(imo)」。一般の眼科の待合室でも活用できる高精度の光学的な検査機器だ。東大エッジキャピタルからの出資を受け上場を視野に入れるクリュートメディカルシステムズ江口氏に大企業発のカーブアウトベンチャーとしての新規事業立ち上げの経緯と戦略を聞いた。
失明原因1位の緑内障は自覚症状がない。早期発見のための検査機器とは?
ーはじめに緑内障検査機器アイモについてお聞かせください。
アイモ(imo)は、緑内障の検査をする世界初の持ち運びができるヘッドマウント型(頭から被るヘルメット型)の検査機器です。これまで緑内障の検査は、眼科の施設(暗室)で15分以上、辛い姿勢のまま眼球を動かしてはいけないという大変つらい検査でした。この検査を、アイトラッキング機能を導入して検査精度を向上させつつ、眼科の暗室でなく、人間ドックなどの病院の待合室などででも、手軽に2~3分程度でできるようにするものです。
資料:ヘッドマウント型のアイモ(クリュートメディカルシステムズウェブサイトより)
緑内障とは、眼の神経細胞が死滅する治療によって視力が回復しない、最悪の場合、失明に至ってしまう危険な病気です。しかも自覚症状がほとんどないため、早期発見が難しい病気の1つです。緑内障の検査は、眼科でしか行っていなかったため、国内で約490万の患者がいると推定されているにも関わらず、未受診率が85%と非常に高いという問題がありました。じつに国内の40歳以上の約5%に疾患がある言われており、失明の危険性があります。こういった状況を放置しておくわけにはいきませんので、私たちは、アイモを眼科のみならず、人間ドックや健康診断時に気軽に使っていただきより多くの方が緑内障の検査を受けられるようにしたいと考えています。
事業化ターゲットの発掘はどのように行ったか
ー緑内障に着目したキッカケは?
私は大学でレーザー技術を学び、1992年に精密機器メーカーHOYAがレーザーを使った虫歯治療の装置を開発する新規事業プロジェクトに参画するためにエンジニアとして入社しました。ところが目のHOYAが歯をやろうと取り組んだものの販路開拓が進まず歯科メーカーに事業を譲渡して、私はHOYA本体の企画部門に戻り、次のビジネスのネタを考える仕事につきました。まずはHOYAの強みである目の分野で患者が多いものから考え、白内障分野をあらためて検討した結果、すでに診断から治療までの技術体系が確立されていることがわかりました。そこで、次に緑内障に着目したという経緯です。
ー緑内障の分野では技術面ではどのような課題があったのでしょうか?
緑内障は、まず視野検査の段階で、患者さんの自覚判断に依存する検査なのでデータにふらつきがあったんです。このデータのふらつきを先生方がうまく感知して治療にあたっている。ここはもうちょっと手当できるんじゃないかと考え、自分でも視野検査を受けてみたところ、かなり辛い検査で、もう二度とやりたくないなと(笑)思ったのがきっかけですね。
最大の失明リスクがある緑内障の潜在患者がこれだけいるのに検査をする機会すらない。しかも検査をするのに、患者にも医師にも負担がかかっているという現場の課題を解決するのが先決だということで、その時、チームで考えたのがヘッドマウント型の視野検査機器です。
しかしHOYAでは、事業ポートフォリオに当てはめると機器ものが収まる場所がない。さて、どうしようかとなったとき社長から半分出資するので会社をつくらないかという話をいただきました。それで2013年に会社を設立したんですね。私とエンジニア3人の4人でカーブアウトという形で独立させていただきました。現在はHOYAとは完全独立して動いているという状況です。
想定外の現実から学ぶ
ー一般的に医療機器の開発には時間がかかりますが、アイモが製品化されるまでに何年かかったのでしょうか?
2年半です。エンジニア含め5、6人でアイモに特化して開発できましたので早かったです
ね。クラス1(一般医療機器:人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないもの)ですので、臨床データをまとめて性能を担保した上で書類を提出すればいいので、医療機器としてすぐに認めていただけました。
この技術は私のレーザーの経験値は使っていませんが、一緒に独立したエンジニアの3人がペンタックスの光学研究所出身でしたので、彼らの技術を用いてコンパクトな機器として組み込むことができました。
ースピード開発が実現してからは販売は順調だったのでしょうか?
当初は想定に反してまったく売れませんでした(苦笑)。
初期投資がありますので垂直立ち上げを狙っていましたが最初いきなり躓きましたので、ここ2、3年はもどかしい状態でした。一昨年にスタンド型のアイモを発売して去年くらいからようやく売上の目途がついてきました。最初はなぜでこれでだめなんだろうと思っていましたが、今では本当に気に入って使っていただけるようになってきたのでほっとしています。
ただ、今までの販売実績のうち98%がスタンドタイプなんです。当初はスタンドなしで頭に被るヘッドマウントタイプを増やそうとしたんですが、実際に売れたのは後に開発したスタンドに取り付けるタイプのアイモでした。
なぜかというと、アイモはこれまで緑内障の検査の暗室以外の場所でも使えるというのがメリットだと想定していました。実際に患者さんや眼科の先生にも被っていただいたモニター実験では評価されていました。ところが眼科にデモで持っていくと、既存の施設に暗室があるのでまず暗室で使われるんですよ。我々が当初想定し、提案していたのはクリニックの中待合室で、5人くらいで待っている間、被っていただいて検査をすませて診察を受けて頂くというフローで、どう考えても合理的だと思っていたのですが、受け入れてもらえませんでした。
メディカルの場合、既存の運用のルーティンが決まっているので、ルーティン以外の提案をすると嫌がられるということがわかりました。既存の運用にあわせて実際に使っていただいてからようやく新たな活用法が認知されるという順番ですね。最初にそういうリサーチができなかったので売ってみてわかってきたという感じです。
資料:スタンドタイプのアイモ(クリュートメディカルシステムズウェブサイトより)
販売活動の進め方は?
ー販路開拓はどのようにされたのでしょうか?
独立して1年半ほどで営業メンバーを採用して、その方と一緒に販売網を考えて、既存の販売店さんを回り、様々な情報を集めながら販路開拓を進めました。
現在の販売ルートは、眼科の機器の場合は専門商社があります。現在のベースになっているのは4社です。日本眼科医療センターさん、双葉さん、三和メディカルさん、河野医科機械さんです。特に河野医科器械さんにはサーパスというアイモ専門の子会社を立ち上げていただき、アイモを世に広げる活動を共に進めていただいています。
ー後発のベンチャー企業が専門商社さんと提携できた要因は?
最初に売り始めたときは、やはりベンチャーなので「来年は会社があるのか?」とまで言われながらも地道にやってきました。
最近、ある程度、企業として継続的な活動が認知されるようになったのと、スタンド型にしたことで、現場の先生方に使っていただけるようになって、アイモの良いところがわかっていただけるようになり、それを先生の友達にすすめていただけるようになって、じわじわと口コミで広がってきている状態です。
また、デモの依頼も増えてきましたし、興味本位でなくデモをさせていただけるようになりました。以前は買う気はないけど被ってみたいという興味程度のデモの依頼もありましたが、最近は実際に検査に使うことを前提に検討いただけるようになってきました。
ー現在の導入数は?
導入数はようやく100台を超えたところです。今、日本に眼科は1万施設あります。アーリーアダプタはざっくり200人程と想定しているので、まあまあかなと。あと100台程伸びると次のステージに進むので導入スピードが加速するのではないかと思います。
ー今後の販売目標は?
まずは眼科クリニックで年間100台を目標にしています。その後、人間ドックの施設はおよそ3,000施設ほどあるので何年かかけて導入を進めていきたいですね。
現在は、日本眼科学会、視野学会、緑内障学会、臨床眼科学会の併設展示会で先生方に機器に触っていただいてデモの依頼が来る流れになっています。学会ルートで着実に見込み先が発掘できています。
世界市場を見据え、いつでも、どこでも、手軽に視覚検査ができるプラットフォーム化を目指す
ー今後の展開を教えてください。
アイモは様々な検査用のプログラムを作成して機能を追加すれば様々な診断に使えるようになります。今後は、眼科検査のプラットフォーム化に向けて、アイモで検査できる項目を増やして、眼科でさらに使いやすいものにしたいと考えています。緑内障に加えて、白内障、変視症、視神経炎、メニエールなど診断メニューの多様化を図り、脳外科、運転免許試験センター、訪問医療、遠隔診療などでの活用もできるような自由度が高いユーザーインタフェースにしていきます。
もう1つはアイモをヘルスケア市場でも展開するために、調剤薬局、メガネ店、コンタクトレンズ等の分野での利用ニーズにあわせた開発を行っていきます。人間ドックはヘルスケア分野の総合サービス的な考え方になっていくので海外展開も視野にいれています。当面は海外は欧米・アジアを想定しています。
大企業でゼロイチの新規事業が進まない理由
ーあらためて創業時のことを伺いたいのですが、当時、HOYAの社長から独立を提案されてどうお感じになりましたか?
私はもともとベンチャー志向でしたし、HOYAに入っても、ゆくゆくはチャンスがあれば起業したいと思っていましたので、これはチャンスだと思いました。ある程度レールを引いていただいて、背中も押されたので、行くしかないなと思いました(笑)。まわりからは良く決心したねとか言われましたけどね。
ー新規事業の企画立案はゼロイチでされたのですか?
新規事業の企画部門でしたので自分たちで有望な案件を発掘して提案する方式でした。担当者が自由にリサーチをしてプランを創って経営に提案を投げかけるというものです。何らかの計画があったわけではありません。
その我々の提案に社長が出資しようと考えたわけですから何かを感じていただいたんだと思いますが(笑)、先日、HOYAの社長のインタビュー記事で、「その後ベンチャー案件はうまくいってますか?」という質問に、うちのことかどうかはわかりませんが「だめだったね」と答えていたので、見返してやろうと思っていますね(笑)。
ーなぜ大手企業からはゼロイチのベンチャー企業が生まれにくいのでしょうか?
大企業の中でアイディアを持っている方は多いのですが、外に出るチャンスがないのと、だいたいは潰されますよね。まわりから「大企業にいればいいじゃない」って言われますし。そういう意識がものすごく強いので。
ゼロイチの経験って、たぶん大企業で経験している人間はほとんどいないと思います。自分は子会社のベンチャーで薬事からすべて自分でやりましたし、この会社を立ち上げるときも、まず資金調達の方法から友人に連絡しまくって、どうやってやるんだ、どれくらいかかるんだ、ということを聞くところからはじめました。ユーテック(東京大学エッジキャピタル)さんにも、いろいろと教えていただきました。そもそもゼロイチは誰もやったことがないことを立ち上げることなので、知見がありそうな人や、顧客になりそうな人に聞き、自分で実際にやってみるしかないです。やってみないとわからないことが多いですね。
世の中では経営について様々な書籍が出版されていますが、結局、色々と本を読むと「自分がやっていることは間違ってるんじゃないか」と思ってしまう。私は私でこれしかできないですし、これが私に任されていることなので、今自分ができることをやっていくしかない。そういう境地に落ち着いているところです。私たちの例を参考に、大企業のゼロイチが増えてほしいですね。
◆プロフィール
江口哲也(えぐち てつや)
株式会社クリュートメディカルシステムズ代表取締役。1986年から2008年まで、国内大手精密機器メーカーにて、レーザー応用医療機器製品の企画、開発・技術、薬事、営業などに幅広く携わる。2013年、株式会社クリュートメディカルシステムズ起業のために同社退社。慶應義塾大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。
◆企業概要
株式会社クリュートメディカルシステムズ https://www.crewt.co.jp/
2013年4月設立、資本金:3億24百万円、従業員:14名、主な事業:医療機器の開発・製造・販売、主な株主:HOYA株式会社/株式会社東京大学エッジキャピタル/大和企業投資株式会社/ 地域経済活性化支援機構/芙蓉総合リース株式会社/株式会社フューチャーパートナーズ/ SMBCベンチャーキャピタル株式会社/東京大学協創プラットフォーム開発株式会社。