住宅ローンの不都合を一元的に解決、iYell窪田光洋氏の描くローンテックによるワンプラットフォーム戦略とは
資産残高が数百兆円に及ぶ住宅ローン関連業界は規模も大きければ課題も多い。まず、家を買いたいユーザーは最適な住宅ローンの選び方がわからない。住宅事業者は、販売に付随する住宅ローン業務に多くの工数を取られる。金融機関は住宅ローンを手掛けても儲からなくなった。無くてはならないものでありながら、三者三様に煩わしく思われるこの住宅ローンの課題を、一手に引受けテクノロジーで解決するのがiYell株式会社だ。2019年9月に地方銀行8行、野村不動産、三菱地所など、25社に対し16.5億円の第三者割当増資を実施、累計で23.1億円の資金調達となった。2019年11月には、日本経済新聞社が発表するNEXTユニコーンランキングでフィンテック部門TOP10にランクイン。今回、住宅ローン専業のSBIモーゲージ(現:アルヒ株式会社)に10年勤務し「日本で一番住宅ローンに詳しい」と言われる窪田代表が生み出した、三者の課題をワンプラットフォームで解決する事業戦略を聞いた。
住宅ローンにまつわるすべての課題をワンプラットフォームで提供する世界唯一のビジネスモデル
ーまずはじめに事業の概要をお聞かせください。
iYell(イエール)は「住宅ローンテックベンチャー」として、家を買いたい人、家を売りたい事業者、住宅ローンを提供したい金融機関のあらゆる課題を解決する「iYell住宅ローンプラットフォーム」を構築して様々な事業を行っています。
ユーザー向けには、住宅ローンを選べる実店舗「住宅ローンの窓口」や、住宅ローンの専門メディア「いえーる 住宅ローンの窓口 ONLINE」を運営しており、ユーザーにとって最適なローンが選べるようサポートしています。
次に、不動産会社や工務店といった住宅事業者向けには、本業の住宅販売に専念できる、住宅ローンサポートアプリ「いえーる ダンドリ」を提供しています。住宅ローンの専門家が住宅事業者に替わり、お客様をサポートする三者間チャット機能や、アプリ上でスケジュールの共有や、タスク管理を行う機能があり、伝達漏れや対応漏れを無くします。さらに、簡易ローン電卓で、住宅事業者が接客時にその場で簡単な住宅ローン提案ができる機能等で住宅ローンに関わる業務をサポートしています。
最後に、金融機関向様向けには住宅ローンのチャットボットなどのテクノロジーを駆使した「住宅ローン専用コールセンター」「住宅ローンDX(デジタルトランスフォーメーション)」でバックオフィスのサポートをしています。
これらを私たちは住宅ローンテックと呼んでいますが、海外ではモーゲージテックと呼ばれていて、世界的にも普遍的に必要なテクノロジーを介したソリューションとなっています。
この住宅ローンテックを駆使してワンストップでサービスが提供できる「iYell住宅ローンプラットフォーム」には、現在、住宅事業者・不動産会社2,032社、金融機関15社に参画いただいています。
起業の背景と住宅ローンへの問題意識の目覚め
ー起業しようと思われた背景は?
私は小学校の頃から社長になるのが夢で、卒業文集にもそう書いていたんですよね。それくらいあたりまえに社長になりたいと思っていました。
なぜかというと、両親が社長をしていたので自分も自然にいずれ起業するんだろうなと思っていました。母親は今でもダンススクールの社長をしていますし、父親も私が生まれるまではシステム会社の社長をしていました。祖父は建設会社、祖母はパン屋の社長をしていましたので、家族全員の影響を受けていたのだと思います。
経営者になるために大学も経営学部しか受験しませんでした。青山学院大学の経営学部に進み、就職活動でも、どこが一番起業に近づけるかという基準で会社を決めました。それが、社内起業制度があり、かつ新卒2年目で社長になっている事例もあったSBIだったんです。
ーSBIに入社したときには、社内起業制度を利用して何の事業を行うかといったイメージはあったのでしょうか?
何をするかは決めていませんでしたが、実はひとつ拘りがあり、私は事業を行うにあたっては「何をするかじゃなくて誰とするか」が重要だと思っています。なのでiYellを起業した時も、何をするかよりも先に、誰とやるかを決めました。今も一貫してこの考えを持っており、採用では当社と価値観の合う人を採用しています。現在4期目で従業員が140名の規模になりましたが、離職者は2人しかおらず、これで良いのだと改めて確認しています。したがって、究極的に言うと事業は住宅ローンに限らなくても構わないと思っています。
-現在の事業テーマは配属後に問題意識を持たれたということですね
はい。SBIモーゲージ(現:アルヒ株式会社)は住宅ローンに特化した専門会社でしたので、どの部署に行っても住宅ローン業務です。新卒で入社してから10年間、営業、審査、商品開発、システム開発、債権管理まで、住宅ローンに関する部署をすべてローテーションして、業務を経験しました。その結果として役員にもなり、経営的な視点からも住宅ローン事業を把握することができました。
ご存知のように日本の住宅ローンのメインプレーヤーは銀行ですが、銀行は専業ではなく様々な事業がある中で、住宅ローンは1つの業務領域という位置づけです。その上で、銀行にはジョブローテーションがあるため、住宅ローン業務だけを10年間やっている方はいらっしゃらないんです。
一方、私は住宅ローン部門(モーゲージバンク)で、10年間かけて住宅ローンのすべての業務に携わってきたこともあって「住宅ローンに日本一詳しい」という自負があります。また、実際に周囲からもそう言われていました。
このような中、住宅ローンの商品組成から販売まであらゆるプロセスを手掛けてみて、住宅ローンのIT化の遅れに問題意識を強く持っていました。
ー住宅ローンのIT化が遅れて生じている問題とは何でしょうか?
問題は大きく2つあると考えています。
1つめは、販売チャネルが非効率な点です。最近は保険も投信もネットで買えるようになり、これだけ何でもネットで買えるのに、未だにネットで買えないのは住宅ローンと不動産くらいだと思います。
2つめは、IT化されてないため、住宅ローンに関する情報がブラックボックスとなり、情報が表に出てきません。また、住宅購入は低頻度高単価の商品なので、多くの場合、ユーザーは一生に1回しか住宅ローンを借りないので、リテラシーが上がりません。リテラシーが足りないと損な取引をしてしまうことがあります。
ユーザーを見ていると、しっかりと判断できるだけの情報が足りていません。そのため勧められる商品の中で選択して契約せざるを得ない状況が生まれていますが、そのことにユーザーは気づいていません。
あるユーザーさんでは2千万円くらい損しているようなケースもありました。最近、老後の資金で2千万円不足するという問題が話題になりましたが、すでに住宅ローンで2千万円くらい損をしていることもあります。私に相談してくれれば得するのにって思うんですよね。
2千万円までは行かないにしても明らかに数百万円程度損をされている方は日本に数百万世帯もいらっしゃいます。リテラシーが低いがために損をしてしまっている方が多いのは問題なので、変えていかないといけません。そういう想いがあって住宅ローン分野で起業することにしたんです。
住宅ローンの市場構造がライフスタイルに合わせて変化している
ー今の住宅ローン業界をどのように見ていますか?
住宅ローンの業界というと業界の定義は難しいですが、今、住宅ローンの年間貸出金額は約20兆円、総貸出残高は約200兆円です。仮に、マーケットサイズを市場規模ととらえるのであれば、日本でトップ20に入る比較的規模の大きな産業といえます。
住宅を購入するときにユーザーが住宅ローンを利用する割合は、当社試算で91%程度なので住宅ローンを組む方が一般的です。また、新築、中古などの割合でみると、今は新築が8割、中古が2割程度です。今後は中古が圧倒的に増加する見込みです。そもそも欧米では中古8割、新築2割程度ですので、今後日本でもそうなっていくと思います。実際に傾向は表れはじめています。
ーなぜ中古マーケットが欧米と同様に成長するのでしょうか?
ユーザーのマインドとして、「中古のほうが安くて良い」と思い始めたからです。欧米ではコツコツ手を入れて住むという考え方があり、もともと中古の方が良いと思う人が多いです。日本では永らく新築神話がありましたが、リノベーション技術の高まりもあって価値観が変わりつつあります。
また、家はライフスタイルに合わせて変化をさせるものだという考えに変わってきています。これまでは、終の棲家という言葉があるように、同じ家に住み続けるのが一般的でした。しかし、ライフステージによって必要な家の広さが変わってきます。子供がいれば部屋数の多い広い家が必要ですが、子供が巣立ち、夫婦だけになれば部屋数は少なくてすみます。そうなると引っ越しを考えますよね。引越し回数が増えれば中古が増えるということです。
ー住宅ローンの市場規模は今後も増加するのでしょうか?
今後、人口減少で新築着工件数自体は減りますが、家を買い替えることが一般的になり、住宅ローンを借りる回数が増えれば増えるほどマーケットは拡大していきます。これまで一生のうちに借りる回数が1回だったところが、住み替えにより2回、3回となればマーケットも2倍3倍になっていきます。実際に住宅ローンのフローマーケット、手数料マーケットは右肩上がりで伸びています。
住宅ローン関連プレイヤーの課題は何か
ー住宅ローンの供給者である金融機関の課題は何でしょうか?
金融機関としては、これだけ低金利時代になりましたので、住宅ローンは儲からない事業になり、住宅ローン商品そのものを変えないといけなくなりました。住宅ローンの販売をやめてしまった金融機関もあります。その中で、住宅ローンを儲かるものにするためには、業務を効率化するシステム開発等を行い、生産性を向上させていかなければなりません。しかし、自社でシステム開発をするにはコストがかかりすぎてできないのが現状です。
ー住宅ローン供給者である金融機関のビジネスのやり方も変化してきている?
そうですね。金融機関は住宅ローンを組成して、それを売るために営業マンを数多く抱えている製造直販型のビジネスモデルです。しかし今は例えるなら、ソニーとビックカメラのような製販分離の関係になってきています。ソニーはメーカーですので販売は行わず、ソニーの製品をビックカメラやヤマダ電機などの家電量販店や小売店が販売します。それと同じで、金融機関は住宅ローンを作るところまで、販売は外部に委託したいと考える企業が増えています。
そういった要望にすべて応えているのが当社の事業です。保険業界でいえば、保険の窓口の構造と似ており、お客様に住宅ローンの比較提案を行い、その後金融機関に紹介しています。
実際には金融機関のバックオフィスのDX (デジタルトランスフォーメーション)を行っており、多くの金融機関からお問い合わせをいただいています。今後は住宅ローン審査のDX事業が成長していくと思います。
ー住宅事業者の課題はどんなことなのでしょうか?
住宅事業者は、住宅を販売することが本業ですが、住宅購入をするほとんどの人が住宅ローンを組むため、住宅ローンの紹介も住宅事業者が行っています。しかし、住宅事業者は家を売るプロであり、住宅ローンのプロではありません。しかし住宅ローンを紹介しないと家が売れないので、付随的に取り組んでいますが、住宅ローン業務を手放したいという要望があります。
一方、欧米では住宅ローンを選ぶ専門家であるモーゲージブローカーがいるため、住宅事業者が住宅ローンを紹介することはありません。
住宅事業者のほとんどが、全体の業務のうち約30%も住宅ローン業務に費やしているのが現状です。本業の住宅の販売・接客などをしたうえで、お客様に住宅ローンを提案しないといけない、銀行のアレンジメントもしないといけないけません。今、日本には住宅ローン商品が約1000種類もありますので、その中から本当にお客さんにあった商品を選ぶのは一般の方だと不可能に近いと思います。
その住宅ローン選びに関するすべての業務を我々に丸投げすることができるので、住宅ローン業務の負担がまるごとなくなります。
ーそれが「いえーる ダンドリ」ですね
はい、「いえーる ダンドリ」は、住宅ローン手続きの一括管理機能を拡充させており、住宅事業者・ユーザーとの「三者間チャット機能」や住宅購入までのタスクを見える化する「タスク・スケジュール管理機能」があります。
不動産会社は業務が煩雑かつ、多くの件数に対応するため、連絡ミスなどが生じて、お客様ともめるケースがありました。また、住宅ローンの手続きがスムーズに進まず、販売機会を逃したり、金利が高いローンと知らずにユーザーに薦めてしまい、借りたユーザーが損をしてしまうこともあります。ユーザーのためにも私たちのような専門会社にアウトソーシングしていただくことで満足度を高めていただけると考えています。
ーお話を伺うと、住宅ローンユーザー、金融機関、住宅事業者それぞれに大きな課題があるわけですね
ユーザーは良い住宅ローンを選びたい。金融機関は自動的に住宅ローンを販売する仕組みをつくりたい。住宅事業者は住宅ローン業務を手放したい。皆さん、住宅ローンで困っているので、私たちがこれらの課題を同時に解決できる役割になりたいと考えたわけです。
システム的な視点で見ると、ユーザーと金融機関、住宅事業者の間で住宅ローンの検討から契約までのあらゆるプロセスがどのように進行していくか、そこでどのような非効率な事象が発生しているか全体がわかっているのは私たちだけです。
一連のプロセスを俯瞰してみた上で、ユーザー、金融機関、住宅業界の課題を解決するためには、ワンプラットフォームで全ての課題を解決したほうが効率がよいと考えました。そこで、私たちは住宅事業者と金融機関のマッチングとDXを組み合わせた「iYell住宅ローンプラットフォーム」というものを始めました。
今後の成長戦略は?
ー住宅事業者向けの「いえーる ダンドリ」のポテンシャルはどの程度見込んでいますか?
「いえーる ダンドリ」は現在約2,000社にお使いただいています。今後、最終的には4万社を目指しています。現在全ての機能をお使いいただいているのは200社程度ですので、カスタマーサクセスチームを編成して利用度の向上を図っています。
ー今後の展開はどのように考えていますか?
2020年の夏にまず米国に進出しようと考えています。米国は日本よりかなり住宅ローンの仕組み化が進んでいます。私は東南アジアを主要マーケットととらえていますので、米国進出の目的は、我々が日本でつくりあげてきた住宅ローンテックを米国にあててみてどのように進化していくのかを見て、その後、東南アジアに進出して勝負しようと思っています。
ー米国ではなく、東南アジアが主要マーケットになるのでしょうか?
そうですね。マーケットとしては東南アジアのほうが巨大マーケットです。東南アジアではインドネシアやフィリピンなど人口が増加しており、住宅供給も増えていますので、今後住宅ローンの需要が増加していきます。住宅ローンが必要でない国はありませんので、東南アジアでも我々のサービスが必要とされると考えています。
しかし、東南アジアは今後市場が形成されていく段階ですので、まずは米国に進出して、最終的には東南アジア市場に進出するという計画です。
離職率2%の高いエンゲージメントを生み出す18のバリューとバリュー経営
ー次に、組織マネジメントのテーマでお聞かせください。「何をするかではなく誰とするかが重要」といった考え方は最近のスタートアップの経営者からよく仰いますが、これに気付いたきっかけはあったのですか?
「何をするかではなく誰とするか」という考え方はとても本質的なことだと思っていて、重要か重要じゃないかということではないです。例えば小学生のときって何をしているかっていうと、一緒にいて楽しい友だちと何か楽しいことをしているわけですよね。
生きていて一番楽しい時は、好きな友達と好きなことをしているときだと思います。やっていることは何でもよくて、好きな友達と何かをしている。それが小学・中学・高校となっても基本は変わっていません。でもそれが大人になった時に、お金を得るとか、別の色んなものが生まれてきて、余計なノイズになります。
そういうノイズを取り払ったときに残るのは、好きな仲間と楽しく働く、この1点だけなんです。
そこで、私たちは好きな仲間と楽しく働くことを大切にしているのです。この好きな仲間とは価値観が似ているということで、価値観が同じ仲間と一緒に働くのが一番幸せだと考えています。
ー価値観が同じ仲間はどのように集めるのでしょうか
私たちは、18のバリューを大切にしています。シンプルに言うと、18のバリューを持っている人しか採用しないということですね。
先日、元上場企業の役員の方が面接に来て下さったのでお会いしたんですが、非常に優秀だったんですがバリューが合わなかったので見送りました。それくらい大事にしている18の価値観があって、それを持っている人しか採用しないし、だから社員にはバリューを一番大事にしてほしいと考えています。
ちなみに、毎月、約100名採用面接を行っていますが、そこからの採用は2、3名です。
また、バリューは人事評価と連動していて、仕事ができるできないよりもバリューを大切にしなさいというメッセージを発信し続けています。
ー今後、これらの価値観を昇華させ、どのように企業文化を形成していくのでしょうか?
私たちは、1000年続く会社を目指しています。1000年続く会社にするためには、文化形成を社員に任せきりにせず、会社のトップ自らが文化の維持をしていく必要がありますし、自らが行動する必要があります。
1000年続く企業にするには、新規事業を開発し続けるのも社長の仕事だと思っています。足元の数字は幹部がしっかり固めてくれていますので、私は未来を創っていくところに集中しています。
ーよくわかりました。ありがとうございます。
◆プロフィール
窪田光洋(くぼた みつひろ)
青山学院大学経営学部卒業。2007年東証1部上場のSBIホールディングス入社。SBIモーゲージ株式会社(現アルヒ株式会社)に配属。2010年、最年少で住宅ローン来店型店舗の越谷店長に就任2012年、債権管理部長に就任、住宅ローンの延滞率の半減に成功し、住宅金融支援機構から表彰。2014年、最年少で執行役員に就任、住宅ローン商品の組成から販売審査までを担う事業部を統括。2016年に同社を退社し、同5月にiYell株式会社を設立、同社代表取締役社長兼CEOに就任。
◆企業概要
iYell株式会社 https://iyell.co.jp/
2016年5月12日設立、資本金:17億6百万円。事業内容:日本最大の住宅ローンテック企業として、金融機関や住宅事業者の住宅ローン業務を効率化するためのプラットフォームを提供。住宅ローンに関する様々な課題をテクノロジーで解決し、家を得る全ての人に「最高の住宅ローン」を提供できる社会の実現を目指すとともに、「社員ファースト」という経営理念で、1000年続く会社を作り、働く人を幸せにする社会の実現も目指している。