消費者の好みを読み解く感性工学×AIによる経営のイノベーションとは?~SENSY 渡辺祐樹氏に聞く
感性工学という人間工学の一分野がある。多くの産業の商品開発に適用され、自動車 ・家電・服飾・食品などで実績も出ている。この感性工学にさらにAIを組み合わせると、経営にインパクトをもたらすイノベーションが生れる。特に流行に敏感なアパレル等の業界では、売れ筋の見極め、仕入、各店への商品の発送の巧拙が収益を左右する。もし人間の感性をAIで把握できれば、様々な業界で未踏のマーケティングやマーチャンダイジングのマネジメントが可能となるのだ。感性を科学するテクノロジーで在庫ロスやフードロスの削減にも貢献しているSENSYの渡辺祐樹氏に、今後の産業界でのAI適用の可能性を聞いた。
なぜアパレル業界の廃棄ロスに取り組むのか
ーはじめに事業内容をお聞かせください。
SENSYは、アパレルを皮切りに、衣食住にかかわる業界向けに感性工学を用いて、AIによるマーケティングのパーソナライズ化戦略やトレンド予測などを踏まえたマーチャンダイジングの支援をしています。
マーケティングのパーソナライズ化のソリューションとしては、SENSY Marketing Brain(MB)があります。AIがマーケティング戦略の頭脳となり、お客様ひとりひとりの属性・購買履歴などをもとに、パーソナライズしたマーケティングを実現します。最適なチャネルの選定、レコメンド商品、キャッチフレーズ、デザインなどを全てパーソナライズ化します。パーソナライズDM(ダイレクトメール)、パーソナライズメール(メルマガ)などで企業の活用・導入が進んでいます。このSENSY MBを活用すれば100万人に100万通りの提案をすることも可能です。
また、メーカーや小売店向けに、需要予測をするソリューションとしてSENSY MDがあります。数10万アイテムの売上をお客様単位・アイテム単位で予測し、商品発注・仕入などのMD計画を最適化します。アパレルなどのメーカー向け、百貨店・スーパー・コンビニエンスストア等の小売向けの需要予測・MD最適化で導入されています。
ーAIと出会う経緯を教えてください。
2004年から2005年にかけて慶應義塾大学の大学院で人工知能の研究をしていました。1900年代から人工知能というテクノロジーはありましたが、当時はAIも冬の時代と呼ばれていてあまりメジャーではありませんでした。AIという言葉の定義も大変狭いものでした。
大学ではAIに学習をさせる方法を最適化するための研究室に在籍していました。つまりAIに、より高速かつ正確に学習させるための方法に関する研究、AIの学習の仕方を突き詰めるという研究ですね。ディープラーニングではありませんが、複雑な関係性のなかから最適な答えを素早く見つけるアルゴリズムを考えるという基礎的な研究領域です。
ー大学での研究がどのように起業に繋がっていったのでしょうか?
2008年にIBMの戦略コンサルティング会社(IBCS)に入社後、アパレル、製薬、IT、金融、自動車などの業界を担当しました。
アパレル企業の中期経営計画策定のコンサルティングを担当していた時、アパレル業界は廃棄ロスが多いことを知りました。世の中に必要とされる需要枚数の倍近い量を生産して廃棄しているという現状を知り、非常に無駄が多く、何かが間違っているのではないかと考えるようになりました。
廃棄ロスというのは企業にとっては経済的な損失でもありますが、原材料などの環境資源や生産にかかる経営資源を無駄にしているということで社会的な課題です。一方で消費者は自分の欲しい洋服になかなか出会えない現状がある。このミスマッチを解決したいという思いがありました。
特に、このアパレルの在庫問題に衝撃受け、そこにフォーカスして起業しようと考えました。ただ、IBMで一通りコンサルティングの実務を学んだものの、もう少しビジネスプランを考える時間とゼロイチで事業を立ち上げるスキルが自分には必要だと考えていました。
ー万全の準備をされたと。
事業を立ち上げるスキルを学ぶため、2010年に事業開発に特化したコンサルティング会社のイーソリューションズに入社しました。コンサルティングとは言いながらも新規事業の立ち上げを企業と一緒に進めるというようなハンズオンの事業に携わりました。いまでいうオープンイノベーションの仕掛け役のような仕事です。
イーソリューションズではスマートシティという都市開発のプロジェクトで立ち上げのマネージャーをやらせていただきました。このプロジェクトでは、アパレルとの接点はありませんでしたが、自治体が保有する街のデータやインフラの整備状況を見ながら事業を立ち上げていく仕事でした。
2010年頃からAIのディープラーニングの技術がイノベーションを起こし始めました。一方、iPhoneが日本でも普及し始め、SNSが活用され始めたことで、消費者のデータも収集しやすくなりました。これらを踏まえ、アパレル業界の課題と消費者とのミスマッチの課題を、こうしたデータをもとにAIで解決できないだろうかと考えるようになりました。
最終的に、起業する引き金になったのは、イーソリューションズに起業家志向のメンバーが多かったため、様々な刺激を受けて業務と平行してビジネスプランを検討するようになったことです。この段階で準備が整ったというイメージですね。
起業後は、アパレルだけでなく食品業界の廃棄ロスの問題や、様々な業界に共通する課題として不要なメールが大量に飛び交っている状況や、企業の新商品がなかなか社会に受け入れられないといった多くのミスマッチをAIで解決するのがミッションなのではないかと、一層強く思うようになりました。
どうすれば100万人に100万通りの提案ができるようになるか
ーアパレル業界で需要が予測しにくい理由はどのあたりにあるのでしょうか?
アパレル業界のマーケティングは、流行や気象などの外的要因、個人的な好みやセンス、感情といった内的要因のいずれも、変化しやすく捉えどころがない、非常に感覚的な要因によって左右されます。誰にどのような商品が好まれるかがアンケート調査では導き出せない難しさがあります。ユーザーのニーズ×商品の数という掛け算が膨大にありますので、誰にどういった商品を届ければよいかという問題が解きにくい。しかも毎シーズンで傾向が変わります。
自動車業界のように、特定の車種を何年計画で誰にどのようなマーケティングをして販売していくかという緻密なマーケティングができないのがアパレルの難しさですね。
お客様の感覚を理解して、デジタルの力を使って、マッチングや市場予測を組み立てていかないとうまくいかないだろうと考えていました。
ーそこでAIで感性を科学するという感性工学に着眼されたんですね。
人間がなぜその感情を抱いたのかということを解明していくのが感性工学の目的です。人間が見たり聞いたり体感した五感を通じて得た情報と、そこから芽生えた感情をAIで解析するのが私たちが手がけている感性工学です。
消費者が見たであろう商品画像、読んだであろう商品の説明文章やキャッチコピー、気温の変化、どういう色やブランドが流行っているのかなどのトレンド情報などの外的要因と、実際の購買データ、どのタイミングで買いたいと感じたかという実際の行動や内的要因などの情報を踏まえてAIで解析していきます。
ー感性をAIが解析するカギとなる指標にはどのようなものがあるのでしょうか?
アパレルの場合だと色、柄、素材感、サイズなどがからみあって個人の志向性が導き出せます。各業界ごとに、こういった指標があります。
これらの組み合わせでトレンドがわかるわけですが、さらにトレンドを追いかけている人と、関係なく好きな色を着る人もいますので、トレンド感性という観点でも分析しています。
購買データに関する元データは基本はPOSデータ(店舗のレジなどで商品が購買されたときに記録されるデータ)です。収集された売上データを基礎データとして様々な項目を掛け算する発想で解析していきます。クレジットカード情報との組み合わせで分析している企業もあります。
ートレンドが予測できることで何ができるのでしょうか?
トレンド予測によって、生産、販売計画の策定に活用いただいています。100万人に100万通りの提案ができるように、よりパーソナライズしたマーケティングを展開して、よりニーズにあった売れるものを企画して生産する取り組みです。
SENSY MDは商品軸のソリューションで、店舗のどこにどの商品を陳列すればいいかという商品軸で見ています。その傾向をもとに、どのようにお客様にプロモーションをしていけばいいのか?という顧客軸のソリューションがSENSY MBですので、これらを組み合わせて活用します。
大手企業さんはアイテム数が多く、人間が判断できないほどの無数の掛け算が必要になります。業種業態としても、こうした様々な変動要因がある業態のほうがAI解析には向いていると思います。AIで解決するインパクトが大きいのでやりがいがありますね。
感性工学応用の範囲はどこまでか
ー他の業界への適用は?
ターゲットはライフスタイル産業と定義しています。まずはアパレルをメインにしていますが、衣食住の領域に取り組んでいます。これらは同様のアプローチが可能なのではないかと考えています。八百屋さんではなくスーパーに並んでいるような多品目の商品の品揃えや陳列をどのように最適化するという考え方ですね。
ー食品分野では味覚といった感性の領域もAIで解析が可能なのでしょうか?
アパレルはファッションセンスを解析しますが、食の場合は味覚を解析しています。たとえば利き酒などで日本酒やワインなどを飲んでいただき、感想をデータ化し、味覚をデータにする取り組みをしています。
アパレルのファッションセンスであれ、食品の味覚であれ、AIからすれば解析する対象が異なるだけでそれほど大きな違いはありません。同様の考え方で学習した内容を踏まえて解析をしていることになります。人が食べ物を美味しいと思う気持ちや、何かを食べたくなるという気持ちを解析する場合は、寒かったら鍋が食べたくなるといったことにはひとりひとり違う感性がありますので、今後はこのあたりを解析していくアプローチをしていきます。
コンビニエンスストアでおでんが並ぶ時期も、まだ気温が高い時期であることがあります。そういった気温だけでは判断できない売上に直結する感覚的なタイミングの見極めも手がけています。いまはスーパー、ドラッグストア、自動販売機などの会社さんで、どのようなタイミングで、どういった商品が、いつ誰に好まれるのかなどを解析をすることで導入効果が出ています。
ーなるほど。食品分野であれば、スーパーマーケットのすべての棚の商品をいつ誰が購入したいと考えるのかを解析することができると、品揃え自体を最適化することができるということですね?
スーパーマーケットでは品揃えも多く、棚も限られたスペースですので、どのメーカーのどのような商品をどこにどのように陳列すべきかといったことが最適化されていきます。このことによって、お客さんが購入したいと思って来てくれているのに品物が欠品しているという機会損失も減らせます。
逆に、あまり売れない商品があると廃棄処分になってしまいますが、そういう廃棄ロスも削減できます。牛乳、納豆のような日配品と言われる食品、惣菜なども廃棄が多いのでロスを無くす取り組みも始まっています。
ークライアント企業の経営上の成果にはどのように現れているのでしょうか?
大手アパレル企業の場合、数百億円以上の在庫を持つことになります。この場合、廃棄ロスが10%削減されるだけでも非常に大きな業績上のインパクトになります。食品業界でも食品の廃棄ロスが半分に削減されるなどAIの導入効果が出ています。
たとえば年商3,000億円規模の大手食品スーパーの事例では、これまで年間10億円の廃棄ロスがありましたが、今では年間5億円の削減ポテンシャルが試算されています。小売業の利益率は平均約1%前後ですので、非常に大きな経営インパクトになります。
このように購買情報などのビッグデータと感性工学的な解析技術の知見が集積すればするほど、より経営にインパクトの高い効果的なフィードバックができるようになりますので、現在ビッグデータを保有する企業との提携を拡大しています。
ー今後の展開はどのように考えていますか?
現在は、クレジットカード会社など、ビッグデータを持つ会社と提携を進めることで、より解析データに付加価値を付けて、特に流通業界を中心に社会の課題解決に貢献していきたいと考えています。今後は、不動産、金融、医療、ヘルスケア、交通など様々な領域に展開をしていきたいですね。
最終的には、生産と消費のミスマッチが起きている流通分野の問題をAIで解決したいと考えています。よりスマートな世界に近づいていければいいなと。すべての人に人生が変わる出会いや、適切なタイミングで必要な情報や商品が提供できれば、人生での発見や出会いに満ちて、世の中が変わっていくと思います。そういうことを実現するために企業はより無駄のない必要なものを必要なだけつくるビジネスになっていくでしょう。そういう世界をつくってきたいですね。
ー感性工学×AIがより多くの産業分野のビジネスに実装されていくと、社会システムも最適化されていくものと思います。本日はありがとうございました。
<プロフィール>
渡辺祐樹(わたなべ・ゆうき)
慶應義塾大学理工学部システム工学専攻、人工知能アルゴリズム研究。株式会社フォーバルを経て、IBMビジネスコンサルティングサービスにて戦略コンサルタントとして製造業・サービス業の事業戦略策定、組織再編、業務変革などに従事。AI技術を活用した新規事業開発を得意とし、ファイナンス・会計から、成長戦略、業務変革、組織変革、営業・マーケティングなど幅広いビジネス経験を有する。
SENSY株式会社(旧社名 カラフル・ボード株式会社)
英語表記名:SENSY Inc.
設立 2011年11月資金調達累計額 10億3953万円
登録 ISO/IEC 27001:2013 (JIS Q 27001:2014) 認証 MSA-IS-323