サービス業の生産性問題は、クリップ動画による見える化で解決!~ClipLine高橋勇人氏
「日本の労働生産性が低いのは、GDPの約7割を占めるサービス業による影響が大きい」とClipLine株式会社代表の高橋氏は指摘する。製造業は、製造プロセスが可視化でき、製品の検品もできるため生産性のマネジメントがしやすい。一方でサービス業が提供するサービスは、もともと形がなく、提供する側とされる側の関係によって品質基準も変わる。しかもサービスを提供した瞬間に消費され、消えて無くなってしまうので効果検証もしにくい。サービスはそれだけ提供する「人」に依存するものなのだ。だからこそ、生産性を上げるためには十分なスタッフの教育が必要となる。しかし、多店舗になると現場の隅々まで教育を徹底するのは至難の業。そこで高橋氏は、サービス業の生産性に大きな影響を及ぼす教育の標準化に着眼し、目に見えないサービス業の品質基準を示すモノサシになりうる短尺の動画による教育プラットフォームシステム「ClipLine」を開発した。今回、高橋氏にサービス業の生産性問題を解決する方法について聞いた。
サービス業界の生産性が低いのはなぜか?
ーはじめに事業内容を簡単にお聞かせください。
ClipLineは、多店舗ビジネスの知識や技術の習得を動画で支援するSaaS型のプラットフォーム※です。サービス業は製造業と違い、提供するサービス品質の標準化が難しく、そもそも製造業ではあたりまえにある製品の仕様などの規格が明確ではありません。しかし、その目に見えないサービスの中身、つまりノウハウや品質基準(暗黙知)を動画(形式知)にしてわかりやすくすれば、大人数が同時、かつ短期間に技術を習得ことができるようになります。
また、この動画を介して経営と現場のコミュニケーションを円滑にすることができますので、組織全体の生産性が向上し、売上向上・コスト削減に効果があります。
※ClipLineは「映像音声クリップを利用した自律的学習システム」として特許取得済み(特許 第6140375号)
(資料)ClipLine Webサイト(https://corp.ClipLine.com/)
(資料)ClipLineの仕組み(ClipLine Webサイトより)
ーClipLineの対象顧客となるサービス業の現場ではどのような問題が起きているのでしょうか?
前職のコンサルティング会社では主に多店舗チェーン店の業績向上のためのマネジメント改革に携わっていました。その中で、サービス業においては人そのものが「商品」となりうるため、労働生産性(以下生産性)は大きなテーマでした。
生産性は、アウトプット/インプットで測れますので、サービス業においては分母が人件費あるいは従業員の労働時間になります。その時間内において、現場の従業員がお客様にサービスを提供するわけですが、肝心のスタッフ教育のOJTの場面では上司や先輩からの伝言ゲームのようになっているのが現状です。そこで、サービスレベルが高まらず時間を費やしても成果が出ない。これがサービス業の問題です。
2010年頃にコンサルティングに携わったある300店舗、従業員4万人ほどの企業さんの場合、店舗が多すぎて教育指導が徹底できないといった状態でした。正しいオペレーションのルールや教育の仕方を本部で開発しても、店舗で指導して現場に徹底するまで手が回らないので、結局店長会議などで報告して共有するだけになってしまうのです。
本来、本部で開発した様々なノウハウを各店舗の従業員にいかに浸透させるかが重要なのですが、実際は店長任せになってしまっている。これが多店舗展開をするうえでの構造上のボトルネックです。本部と店舗のスタッフとの間に立つ店長が店舗のマネジメントと同時に教育を徹底できるかというと実際は難しいことが多い。そのため、本部は例えば、店長は留学生として来日している外国人は週28時間以上の労働をしてはいけないということを本当に知っているか、高校生は夜10時以降勤務してはいけないことを知っているか・・・といったたくさんのチェック項目を1つ1つ確認する必要が出てきます。
このような労働集約的なビジネスにおいて生産性を上げるには何らかITを導入するしかありませんが、サービス業の店舗レベルではIT投資がされておらず、業務のデジタル化が遅れています。数百店舗を超えるようなチェーン店になっても店舗ではITが導入されていないことが多いのです。
ー教育に加えIT環境も課題であると?
10年ほど前はまだスマートフォンも普及しておらず、ClipLineのような動画を現場と本部がスムーズにやり取りするようなインフラは整っていませんでした。一方で、マネジメント改革のためには、短期間で数万人の従業員にアンケートを実施する必要がある時は、Webアンケートを実施したり、衛生管理においてはカメラで手洗いをした映像を精々、モーションチェックして手洗いシーンだけを切り出して、あとは目視で確認するしかありませんでした。
それが今なら、画像解析技術が非常に発達したので、手洗いで言えば、本来は1分程度手を洗わないといけないはずなのに5秒程度しか洗ってないケースがあれば、本部で人の手を介さずに全数チェックすることができるでしょう。しかし、そのテクノロジーを使いこなしている会社は少なく、世の中のIT環境も格段に改善しており、かえってサービス業の経営者のITリテラシーが低いという課題が浮き彫りになってきました。
本部の施策を現場に浸透させるためには
ー本部の施策を現場で徹底するにはどうすれば良いのでしょうか?
突き詰めていくと、飲食店のような店舗ビジネスはお店の中で正しい身体動作をすることが問題解決の鍵だということに気が付いたのです。身体動作であれば、映像を使わないと正しく伝えられません。
手を洗う、盛り付けを正しくする、レジを打つ・・・といった1つ1つの作業自体は難しくありませんが、そういった作業の種類が膨大にあるのです。企業全体の生産性を向上させるには、膨大にある作業の種類ごとにばらつきを改善する必要があります。さらにサービス業の場合は、地域性やお店の特殊性を考慮して解決方法を検討しなければならない。一斉配信ツールではカバーできないのですね。
さらに、映像を配信したとしても、見るだけでできるようになるなら、野球でいえば誰でもイチローのようなバッティングができるようになれるわけです。そんなはずはなく、実際には反復練習しなければならない。その練習は誰がさせるのかというと、やはり店長になりますね。でも店長も多忙ですのでそこまで手が回らない。となると、やっぱり練習するための環境が必要になってくるわけです。
ー映像は実際のトレーニングツールにもなるわけですね。
経営コンサルタントとして様々な企業のコンサルティングをしていくと、経営課題がデジャブのように表れ、似たようなものに集約されることが多いですね。コンサルティングは、まず1週間から1か月でクライアントの問題を把握し、解決策を検討して、経営者に提案、実行してもらい、成果を出すといったプロセスになります。コンサルタントはすでに解決策を導き出す背景となる成功法則を知っているので、それを企業ごとに適応させていくことができるため短期間で成果が出せるわけです。
つまり、そうした成功法則などのノウハウを映像で体系化して汎用化し、企業やシーンごとに映像を差し替えれば、多様な業種業態に対しコンサルティング的にサービス改善の支援ができるようになるわけです。この体系を各社ごとに構築できるプラットフォームこそがClipLineなのです。
サービス業の生産性イノベーションに取り組む理由
ー今の問題にフォーカスされた経緯を教えてください。
大学・大学院時代は生物学を専攻していました。研究者はまだ誰も解けない問題を掘り下げて研究し、一定の解を出して論文を書くのが仕事です。もともとそういう問題解決をするのが好きだったのですね。
生物学出身者だと製薬会社に就職することが多いのですが、製薬会社の研究は10年、20年かけて成果を出す仕事です。私は、仮説を立ててすぐ検証して、その結果を踏まえてすぐにまた別の仮説を立てて検証していくというスピード感のある問題解決のほうが面白いなと考えていました。
また私が修士課程の際に研究対象にしていた細胞性粘菌ですと、相手が細胞だったりするので顕微鏡を覗いて四六時中観察しているわけです。すると研究室のメンバーがだんだんと顕微鏡を覗き込みながら細胞に話しかけるようになっていくのですね(笑)。自分はやっぱり人相手のほうがいいなということもありましたので、コンサルティング業界を選びました。
就職したコンサルティング会社では金融、製造、IT業界、サービス業など様々な業界を担当しました。そのときに特に製造業とサービス業の差異を実感しました。
ー具体的には、製造業とサービス業の違いはどのような点にありますか?
製造業には製品がありますので、必ず、ある「キカク」に基づいて製造されるわけです。キカクというのは企画(プラン)という意味と規格(スペック)という意味があります。つまり、プランして、スペックを決めて、製造して、検査して、販売するというプロセスが必ずあり、それぞれの工程で生産性の測定が可能です。
一方、サービス業は「無形性、同時性、消滅性、変動性」といった特徴があります。
無形性とは、製造業には製品という形がありますが、サービス業にはお客様に提供する価値に形が無いと言う意味です。同時性と消滅性とは、お客様が来店したと同時にサービスが始まり、帰り際に「ありがとうございました」と言われたとき、同時にサービスが終わります。つまり価値の生産と消費が同時になされ、スタッフが「ありがとうございました」と言った瞬間に消滅してしまうということ。変動性とは、お客様とそのお店の関係などによって価値や品質基準が変わってしまうという意味です。サービス業の場合、こうした捉えどころのないサービスの価値をどうマネジメントしていくのかというのが課題になるわけです。
この間、お辞儀の角度が45度とか、そういった動作のスペックがあるものもありますが、ほとんどは何も決まっていません。飲食店のサービスの価値に重大な影響を及ぼすレシピであれば調理の温度もスペックになりますが、たとえば「このハンバーグステーキは90℃の時に出す」というように厳密に決めている会社はほとんどありません。実は先日、非常に厳格に温度管理をしているレストランをTVで見たのですが、ミシュランの三ツ星を獲得していました(笑)。一方、本来は、料理において温度は味を大きく決定づける決定的に大事な要因です。また小売店舗では商品の陳列の仕方もスペックになるのですが、何センチに積み上げるとか、そういうレベルでは規定されていない。
このように飲食業であれ小売業であれスペックがあいまいなのでチェックもできないですし、生産と消費が同時で、提供したあとは消滅してしまうので途中や事後で検証ができないのです。
ーサービスの価値やスペックを定義することの難しさが教育を困難にしている?
サービスの変動性の観点からは、同じシーンでも、「いらっしゃいませ」の言い方が変わります。年配の方、子供、外国人それぞれの方に言う場合など、調整が必要で品質基準が変わってしまうわけです。
このように、サービス業の生産性は測りにくいですし、何が正しいかもわかりにくい。でも、それらの価値をお客様は買いに来ているわけです。モノ消費からコト消費になってきていますから、さらに変動性への対応が求められるということになっています。
以上のようにサービスの善し悪しの判断も非常に難しいというのがあって、標準的な教育が難しく、その結果サービス業の組織としての生産性が上がりにくいというのが本質だと思います。
ーそこで、製造業のエンジニアリング的な視点をサービス業に持ち込めるんじゃないかと?
そうです。ClipLineは製造業でいう価値提供プロセスはさることながら、バックヤードやフロント業務も映像化しますので、映像としてのサービスを提供する行動についての正解を出すことができるのです。
つまり、そのスペックで合格に値するレベルはどのようなものかを、短尺の動画で作成するわけです。正解の映像を作成するためにクライアントと議論をする過程でOKとNGの判断基準も見極めて映像化していきますので、OKとNGの動画を比較して見せることもでき、よりわかりやすく妥当性のあるものができます。
ー品質基準と判断基準を見える化するということですね。
サービス業の特性として、絶対的な正解がなく、数値化することが難しいものを映像化することでそういった基準が見える化されるわけですね。
おかげさまで弊社の映像制作チームは、世界一サービス業のオペレーションに詳しいのではないかと思います。ひたすら現場のオペレーションの映像を作成していますので、10万本以上の多様な業種業態の短尺のルール集が蓄積されていることになりますね。このノウハウは弊社のスタッフの暗黙知として集積されています。こういう動作はこういう風に撮影してこういう風に編集したほうがいいいとかですね。いずれはこのノウハウも映像化する必要があるかもしれませんが(笑)。
サービス業の生産性向上には従業員の幸福の追求が必要?
ーサービス業の問題解決はどこまで行きつくのでしょうか?
ClipLineを導入いただくことで、お店で働く従業員の方がスキルを高め、お客様から評価され「自分は幸せだな」と思える社会づくりに貢献したいですね。いま社会の格差の問題が注目されていますが、現在ClipLineを現場で使っていただいているパート・アルバイトさんなどは残念ながら年収が高い層ではありません。現場スタッフのスキルレベルが上がると、サービスレベルや生産性が上がり、収入も上がり、格差も縮小し、さらに、幸福度も上がる。そういうキッカケになるようなプラットフォームにしていきたいと考えています。
ー具体的にはどのような取り組みをお考えですか?
慶応義塾大学の前野先生(幸福経営学)との共同研究を2020年2月から開始する予定です。具体的には、店舗で働く方の幸福度と店舗別業績の関係をClipLineのクライアントに協力をいただいて計測してみたいと考えています。この相関があるとしたら、次は因果関係の検証に進めるので、経営者がやるべきことはシンプルで、従業員が幸福になることに投資をしようとなりえます。従業員の幸福度を高めるために投資する企業が増えれば、良い企業が増えますし、お金の回り方も正しいように思います。今後はそういった実証的な取り組みをしていきたいです。
格差のある世の中はすぐには変わらないかもしれませんが、変えられる可能性はあると考えています。前野先生と、非正規社員を幸福にしよう!とお話をしています。店舗に勤務される社員は2,000万人以上いらっしゃいますので責任は重大です。
<プロフィール>
高橋勇人(たかはし・はやと)
1975年東京都文京区出身、筑波大学付属駒場高等学校卒業後、京都大学理学部卒、同大学院理学研究科修了、1999年アクセンチュア株式会社入社、2003年株式会社ジェネックスパートナーズ入社、2012年株式会社ダイヤモンドダイニング社外取締役、2013年ClipLine株式会社(旧ジェネックスソリューションズ)設立、代表取締役社長に就任。
ClipLine株式会社
設立:2013年7月
資本金:1億円(累計調達額11億円)
従業員:52名
事業内容:動画とクラウドで多店舗ビジネスの課題を解決する「ClipLine」の開発・運営
主要株主:経営陣、インキュベイトファンド株式会社、株式会社INCJ、株式会社アニヴェルセルHOLDINGS、キャナルベンチャーズ株式会社、SMBCベンチャーキャピタル株式会社、みずほキャピタル株式会社、DBJキャピタル株式会社、三菱UFJキャピタル株式会社、他