2020年03月11日(水)1ブックマーク

超高速&軽量な極小AIが変えるエッジコンピューティングの未来とは?~エイシング 出澤純一氏

経営ハッカー編集部
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急成長を続けるAI産業。その中でも近年、注目を集めているのが「エッジAI」だ。これまで一般的だったクラウド側で処理するAIに対し、エッジ(端末)にAIを組み込むことで、クラウドを介さず学習と予測を端末側で完結して行うことができるのがエッジAI。これにより、クラウドサーバーと通信する際のタイムラグ(レイテンシ)が発生せず、インターネット環境がない場所でも高速なデータ処理ができる。自動運転やロボット制御など、特に高速かつリアルタイムなデータ処理が要求される領域でエッジAIの需要が高まっているのだと、株式会社エイシング代表取締役CEOの出澤純一氏はいう。

 

岩手大学発ベンチャーのエイシングでは、ディープラーニングを利用した機械学習モデルとは異なる発想から、独自AIアルゴリズム「Deep Binary Tree(以下、DBT)」を開発。既存のデバイスに組み込み可能なこれまでにない高速AIソリューションとして「AiiR(AI in Real-time)」を提供している。機械制御や統計解析に優れ、専門家による調整を必要とせず軽量実装ができるAiiRは、現在世界的にも競合がなく、市場の寡占を狙える状態にあるのだそうだ。今回、エッジAI界のイノベーションリーダーとして脚光を浴びる出澤氏に、DBTの開発背景や活用事例、同社ならではの強みや今後の展望などを聞いた。

目次

    安価なマイコンでもリアルタイムで自律学習が可能

    ―AIといえばディープラーニングを思い浮かべますが、DBTはディープラーニングと何が違うのですか?

    ディープラーニングは数多くの情報を処理することができるため、画像認識や音声認識など多変量のデータを扱う複雑なタスクに対応ができます。しかし、入力値が膨大なため計算量が多く、学習精度を高めるためにはエンジニアによる調整も欠かせません。また、その場の環境に応じて修正を繰り返すことも苦手です。つまり、製造業の現場で求められるようなシンプルな機械制御などには、ディープラーニングはあまり向いていないんです。
     
    一方、私たちが開発したDBTは少変量データに特化することで、クラウド連携や大がかりな計算環境を必要とせず、特に機械制御において、高速かつ高精度な処理を可能にしました。さらに、わざわざ人間がチューニングしなくても、デバイス単体でオートキャリブレーション(自動補正)して作業を効率化することができます。
     
    例えるなら、ディープラーニングは「視覚などの認識をつかさどる頭頂葉」、DBTは「反射的な運動をつかさどる小脳」に近いイメージですね。私たちが得意としているのは、限られた性能のデバイス単体でもその場で超高速に学習と予測ができる、いわゆる“極小AI”の分野です。

    ―つまり、DBTはエッジAIに適したアルゴリズムということですね。

    はい。GAFAなどの大手が研究している一般的なAIは、クラウドで学習してエッジで予測する、というように機能が分かれています。その方法では、学習に強力なGPUやクラウド環境が必要になり、計算コストが大きく膨らみます。ところがDBTでは、デバイス側に搭載した数ドル以下のマイコンでも、学習から予測までスタンドアローンで完結させることができます。こうした「デバイス側で予測だけでなく、学習までできる」というニーズが、今とても大きくなっているんです。

    ―デバイス側で学習した結果をクラウドに連携させることもあるのですか?

    その構想はすでに持っています。しかし一般的には、デバイス側で得られた“生のデータ”をすべてクラウドに上げる、という方法をとることが多いと思います。それではとんでもないコストと労力がかかる。例えば自動運転だと、画像やセンシングデータなど、一日で取得するデータ量は10TB以上になると言われています。それをクラウドに上げ続けるためには、通信環境のほかに専用の電源やストレージも必要になり、合理的ではありません。
     
    そこで私たちは、AIで学習したデータをさらに圧縮し、効率的にクラウドに上げて統合する方法を開発中です。クラウドとエッジを組み合わせ、集合知として活用する技術の研究開発を進めているわけです。これにより、将来的には、人が関与しなくてもAIにより生産性の向上が図れる超効率化された工場などが実現するのではないでしょうか。

     

    エッジAIの時流に先んじてDBTを着想できた理由とは?

    ―DBTの開発に至った経緯を教えてください。

    DBTは、現在岩手大学准教授の金天海が発案者となり、機械制御におけるAIの応用として2006年に研究がスタートしました。当時、金と私は早稲田大学の機械工学科に在籍しており、ロボット工学を研究していました。まだ今のようなAIは誕生していませんでしたが、ディープラーニングの基礎となる考え方を発表した論文などを参考に、ニューラルネットワークを多層にした簡単なディープニューラルネットワークのようなアルゴリズムを作っていたんです。ところが、当時のCPUやメモリの性能では処理が追いつかず、そもそもリアルタイム処理には向いていないことが分かりました。そこで、機械制御に適した新しいAIアルゴリズムを作ろうと考えたのです。

    ―DBTのアイデアは当初、ロボットを動かすためのものだったと?

    そうです。ロボットの関節を例にすると、中央のコンピューターに情報を集めてから各関節に指示を出すやり方では、どうしても動作にレイテンシが発生してしまいます。リアルタイムにきちんと動かし切るためには、関節に組み込まれたモーターとデバイスだけで動作を完結させるのが理想的な形なのですね。そのためには、限られたスペックのCPUやメモリを使って、いかに高速かつ高精度に動かすかを考えなければなりません。現在のエッジコンピューティングにつながる考え方を、私たちは2006年から先んじて持っていたわけです。

    ―その後2016年12月にエイシングを設立されました。創業のキッカケは何なのでしょう?

    DBTそのものは、2014年くらいに完成していました。ちょうどその後すぐにディープラーニングが話題となり、AIのブームが訪れたんです。DBTはディープラーニングとは異なるものですが、これは時代の流れに乗らない手はないだろうと(笑)。2017年2月に行われた日本総合研究所が主催するアクセラレーションプログラム「未来2017」のピッチコンテストで日本総研賞を受賞し、ブラッシュアップをする中で「これはいけるぞ」という確信を得たことも転機となりました。
     
    私たちの優位性は、もともと機械工学や制御技術の基礎があり、そこにAIの専門性が加わっていること。創業の背景にも通じるのですが、アルゴリズム開発には、ノウハウと言うか勘所のようなものがあるんです。統計学や機械工学、そして情報工学、特に機械学習のアルゴリズムの分野の知見など、どれが欠けてもDBTを思いつくことはできなかったと思います。さらにアルゴリズムの実装には、組み込み技術の知見も必要です。こうした複数の分野にまたがって15年前から情報収集を続けてキャリアを積み、勘所を心得ている人というのが日本の中でも数えるほどしかいない。そうした私たちならではの独自性が、アルゴリズム開発に活かされているのです。

    ―AIチップなどハードウェアの開発は行っていないのですか?

    現在は行っておらず、IPのライセンス提供というビジネスモデルを目指しています。というのも、エッジAIを実装する場合に必要なチップは、ほとんどがデバイス側でディープラーニングを動かすために必要なものです。要するに、GPUを安価に小型化したものをAIチップと呼んでいるんですね。ディープラーニング系のAIは処理するデータ量が多く並列計算になるためAIチップが必要ですが、私たちのAIは直列計算で済んでしまう。アルゴリズムがスマートなので、計算コストがかからず、小さいマイコンでも処理ができます。つまりハードに依存せず、既存のハードをそのまま活かすことができるのです。クライアントサイドとしても、わざわざハードウェアを開発する必要はないんですよ。

     

    不良品が90%減!「個体差補正」こそブルーオーシャン

    ―それは導入のハードルが一気に下がりますね。具体的にどのようなユースケースがありますか?

    トンネルの掘削に使われるシールドマシンは、職人の熟練度により作業の効率や精度が大きく変わるといわれています。地質の判断や土壌の比重に応じた調整など、これまでは“職人の勘”に頼ることが大きかった部分を、エッジAIがその場で補正して掘削効率を向上させるといったPoC(概念実証)は、すでに完了しています。
     
    自動車制御に使われた例もあります。スリップ予測は、タイヤの摩耗具合や路面環境など条件が複雑で、スリップをする前に予測することは困難なものでした。従来のセンシング技術では、わずかなスリップを感知していかに早く戻すかという制御を行っていましたが、私たちの技術では、直近の運転データを学習して「滑りそうだ」という予測を立て、滑る前にカウンターを当ててスリップしないようにすることができます。これはクレーンの制振制御や、ドローンの突風への対応にも使える技術です。

    ですが、私たちがブルーオーシャンとして見ているのは「個体差補正」の領域です。同じ工業製品でも一つひとつのモーターの動きが微妙に違うなど、機械にはどうしても個体差があります。また、「北海道で使っていた機械を沖縄に持っていったら動きが変わった」などの環境変化もあります。こうした動的な変化に対して、リアルタイムで学習しながら自動的に補正をかけるというのは、エイシングのエッジAI技術でしかできません。

    ―その個体差補正の技術が使われた実例を教えてください。

    オムロンさんの事例をご紹介します。ワインディングマシンという巻き線機では、2つのリールから別々のフィルムを巻き取り、テンションを調整しながら貼り合わせていきます。その際、それぞれのフィルムの特性や温度湿度の違いで固有振動数が変わり、振動したまま張り合わせるとズレが生じて不良品になってしまう。しかし振動を引き起こす原因となる環境が複雑すぎるので、従来の技術では振動を制御するまでに、どうしても10秒ほどの時間がかかっていました。機械の巻き取り速度は秒速2mですから、毎回スイッチを入れ直すたび、フィルムに約20mの不良区間が発生して、その都度破棄していたんです。
     
    しかし、DBTを活用することにより1秒で振動を抑制でき、破棄する不良品を2mに抑えることができました。DBTが数マイクロ秒の単位で「こういう振動が起きると次にこうなる」という予測をし、その予測に応じて機械が振動を補正することで、90%もムダを減らすことができたというわけです。

    実は、ここまでの精度を出すためには、通常だとハンズオンでのチューニングが欠かせません。AIのエンジニアが現場に行き、それぞれの現場に合わせたをチューニングをして、検証してOKだったら実装して…。環境や条件が変わったらまたやり直しです。ところがオムロンさんは、外部によるAI専門家の手を借りずとも巻き線機の制御を実現しました。
     
    つまり、DBTは汎用的なアルゴリズムなので、マニュアル通りに使えばどんなデバイスでもほぼ同じセッティングで使えるんです。機械ごとに特別なチューニングを行わずとも、機械に搭載したアルゴリズムが勝手に個体差を学習して補正してくれる。このメリットこそ、私たちのAIがスケールしやすい根拠にもなっています。

    ―今後、エイシングさんのエッジAIがあらゆる機械製品に実装されていくかもしれない、ということですね。

    例えばスマートウォッチなど、ハードウェアの性能や価格に制約のあるデバイスに、ディープラーニングを搭載することは困難です。しかし私たちのエッジAIなら実装でき、ネットワークから隔離された状態でも生体情報の個人差を補正して疾患などを予測するモデルを作ることが可能でしょう。将来的には、家電製品など身近にあるさまざまなプロダクトに私たちのAIが実装され、デファクトスタンダードとなることを目標にしています。

     

    エッジAI技術を活用した超効率化社会の実現を

    ―2020年1月7日には、エッジAIアルゴリズムに特化した専門開発チーム「Algorithm Development Group(ADG)」を設立されました。その目的は?

    私たちの強みは、アルゴリズムを作る研究力です。アルゴリズム開発は難しいもので、GAFAなどの大手が何千人という博士号の人材を投入しても、すぐに作れるものではありません。ところが私たちは、1年に1つ以上のペースで新しいアルゴリズムを生み出しています。ADGの設立は、独立した専門開発チームとしてアルゴリズムだけを研究する人に特化して分離させ、開発スピードを上げるとともに、アルゴリズム開発人材の育成を推進することが狙いです。
     
    現在は既存のDBTのほかにも、DBTでは苦手な領域をカバーしたり、安価なメモリにも実装できるほど軽量だったり、いくつかの新しいアルゴリズムを開発中です。こうしたAIアルゴリズムと機械制御と組み込みの技術が融合した分野は、世界中を探しても現時点では競合が見つからないんですよ。

    ―競合する企業が出てこない理由はなぜでしょうか?

    私たちがあまりにも特異すぎるというか、ユニークというか(笑)。15年前から機械制御系のエッジAIに着目して開発を続けている人は、世界的にもいなかったはずなんですよね。先述の通り、機械制御や情報工学、統計学などをひと通り網羅して、勘所をおさえていないとDBTのようなアルゴリズムは発想できないでしょう。いずれはコモディティ化して競合が生まれ追いつかれるという認識はありますが、私たちもDBTを作るのに10年くらいかかっているんです。一朝一夕にはノウハウが蓄積しない分野ですので、それが現時点では競合が見つからない理由なのかもしれないですね。

    ―なるほど。では国単位で見た場合のAI先進国はどこですか?また、日本の技術レベルをどのようにお考えでしょうか。

    やはりドイツは経営陣に先見の明があり、技術を取り入れるスピードが早いです。といってもドイツでは、AIはデータサイエンスのための道具という認識で、もともと視点が違うんです。AIそのものを研究するというより、AIを使って何をするかが大事で、積極的にトライアンドエラーを積み重ねる姿勢がある。新しい技術を経営計画に反映させて導入するには、それなりのリスクを伴うものですが、ドイツの人はどちらかというとアグレッシブにリスクを取る傾向にありますね。
     
    日本企業のR&Dの方ともよく話しますが、日本は機械製品の製造では世界最高レベルの技術があり、ノウハウの蓄積も豊富です。ただ日本企業は、革新的な技術で成功したあと、逆にそれが足かせとなって次のイノベーションを起こせなくなるという、いわゆる“イノベーションのジレンマ”に陥りやすい印象があります。AIの分野においても、これから世界と競争するためには、しっかりとしたビジョンを持って技術経営を進めていかなければならないと感じています。

    ―これから、エッジAIでどのような世界を実現していきたいですか?

    日本も含め、先進国は高齢化社会へと突入していくことは明らかです。この先、生産性やGDPを下げないためには、一人あたりの生産性を上げなければいけません。しかしそれも限度があります。つまりこれからの時代は、機械化できるところは積極的に機械化して、国全体で超効率化社会を目指すことが求められます。そのときに、機械制御を効率化して生産性を上げる私たちのエッジAI技術が必要になるだろうと強く感じています。機械を賢くすることで、結果的には社会全体の底上げにつながる。AIの技術を活用して社会の超効率化を実現するのが当社のビジョンであり、ミッションでもあると自負しています。

    ―エッジAIがもたらす社会の変革に期待しています。本日はありがとうございました。

     

    〈プロフィール〉
    出澤純一(いでさわ・じゅんいち)

    株式会社エイシング代表取締役CEO
    2004年早稲田大学ビジネスコンテスト「ワセダベンチャーゲート」最優秀賞。2008年早稲田大学大学院理工学研究科精密機械工学専攻。修士卒業後は会社経営と並行しAIアルゴリズム研究も行う。2016年12月株式会社エイシング代表取締役CEO就任。2018年3月「起業家万博」において総務大臣賞受賞。同年8月「大学発ベンチャー表彰」において経済産業大臣賞受賞。
     
    株式会社エイシング AISing Ltd.
    設立:2016年12月8日
    資本金:499百万円(資本準備金含む)※2020年2月現在
    所在地:東京都港区赤坂6丁目19番45号 赤坂メルクビル1F

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