世界唯一の超軽量透明断熱材:SUFAがサステナブル社会を実現する~ティエムファクトリ山地正洋氏
建物の断熱材料と言えば、我々はまずグラスウールやウレタンフォームなどを思い浮かべるだろう。ところが、これらは不透明なため窓などの透明部には利用することができない。その窓を通した熱の出入りこそが室温コントロールを阻害する元凶となっている。この状況を一変させる可能性を秘めているのが、世界初の超軽量透明断熱材である。かつてアメリカで開発され、NASAが宇宙用途で実用化したものの、高額であるため一般市場には出回ることがなかった軽量の高断熱素材エアロゲル。同社は京都大学とともに、現実的なコストで生産可能なエアロゲル「SUFA」の開発に成功し、実用化を目前に控えている。SUFAは家屋の断熱性を高めることで省エネ効果や居住性を高めるほかヒートショックを防ぐなど、あらゆる面で快適な家づくりを実現。さらに将来的にはEV(電気自動車)のカーエアコンの消費電力を減らし走行距離を飛躍的に伸ばすなど、幅広い用途での応用が期待されている。今回、SUFAを用い、サステナブルかつ心地のいい社会の実現を目指すティエムファクトリの山地正洋代表に、開発の経緯と戦略、SUFAが引き起こすイノベーションの可能性を聞いた。
夢の断熱材―エアロゲルとの出会い
―はじめにエアロゲルとはどのようなものかを教えてください。
エアロゲルは地球上の物質の中で、軽さ・屈折率の低さ・断熱性能において最も優れた素材です。1931年にアメリカの研究者、スティーブンス・キスラーによって発明されました。90%以上が空気で組成されており、「空気を固体にしたもの」、「凍った煙」と例えられることが多いですね。1990年にNASAが宇宙用途で実用化に成功し、スペースシャトルの断熱材などに利用されましたが、製造コストの高さから、今まで一般の市場に出回ることはありませんでした。
―この希少な素材であるエアロゲルと山地代表との出会いはどのようなものだったのでしょう。
私は慶應義塾大学で工学博士号を取得した後、物質材料研究機構、産業技術総合研究所などで国家プロジェクトのポストドクターとして研究に従事していました。その後、京都大学大学院の研究員として2008年頃からレーザーに関する研究に携わってきました。断熱材とは全く関係のない研究で、エアロゲルはレーザーの照射対象の一つに過ぎませんでした。しかしエアロゲルを初めて手にしたとき、私はそのあまりの軽さに驚き、地球上にこんな物質が存在していたのかと衝撃を受けたのです。このエアロゲルこそが、中西和樹准教授(開発当時、現在は名古屋大学教授、京都大学特定教授、同社取締役)が開発したエアロゲル(後のSUFA)です。
人生を変えた透明エアロゲル
(エアロゲル SUFA)―なぜエアロゲルで起業しようと思われたのですか。
エアロゲルを触った瞬間、この素材は世界を変え、市場は世界規模で広がると直感しました。いまだに実用化されていないことに疑問を感じ、研究室の中西和樹准教授(開発当時)に「こんなにすごいものが市場に出ないのはなぜですか?」と質問したところ、「製造コストが非常に高いので、ビジネス化する人がいない」との答えが返ってきたのです。
ならば自分の手で実用化に漕ぎつけようではないかと思いました。[4] 素晴らしい研究成果が世に出ないというのは、あまりにももったいない話です。実用化させることは世の中の役に立ち、研究者として大変意義のあることだと考えます。そして産業界へも大きく貢献できると考え、起業を決意。京都大学に研究員として在籍中の2012年に、ティエムファクトリを設立しました[5] 。
研究者は日々データを取って進捗を記録し、論文を書いて学会で発表するという生活を送るのが一般的ですが、もともと私はゼロイチのことをやるのが好きなんですね。なので、新しいことにトライしたかったこともあります。研究者の頃は意識していませんでしたが、実際に会社を興した後、自分が起業家寄りのメンタリティを持っていることに気が付きました。
世界初にして唯一の量産型高性能エアロゲルSUFA
―SUFAと従来のエアロゲルはどのような点が異なるのでしょうか。
今までエアロゲルが市場に出回らなかったのは、非常に高価な装置を用いなければ作ることができず、現実的なコストで生産できなかったことが原因です。
エアロゲルは大変脆い素材なので、プロセスの過程で負荷を掛けるとすぐに壊れてしまいます。原料となる薬品を混ぜ、ゼリー状に固めてから乾燥させるとできあがるのですが、乾燥の段階で大きな負荷がかかるため,これまでは超臨界乾燥装置という特別な装置を用い、乾燥させなくてはなりませんでした。
しかしSUFAは骨格構造が非常に柔軟で、一度しぼんでも元に戻る性質を備えているため、超臨界乾燥装置を使わずに常圧乾燥で製作でき、生産コストを飛躍的に抑えることを可能にしたのです。
―SUFAの特長について教えてください。
UFAは約95%が空気で構成されています。熱の伝導は、空気の分子同士がぶつかり合うことによって起こるのですが、SUFAはナノサイズの非常に細かな穴が無数に空いたスポンジ構造で、中に含まれる空気が触れ合うことがないために熱を伝えにくく、かつ透明度の高さが実現できます。
また、あらかじめ疎水性(撥水性)を持っているという特長もあります。SUFA以外のエアロゲルは吸水により断熱性能が著しく低下してしまうため、表面の疎水化処理が必要です。また、処理をしたとしてもクラックが入った場合にはそこから水分を吸水してしまうため、完全に水を防ぐことは不可能です。しかし材料自体が疎水性を有したSUFAには水分劣化の心配が全くないのです。
―他社が製造するエアロゲルとは一線を画した性能ですね。
省エネによるCO²削減が喫緊の課題となった昨今、地球上の個体で最も断熱性能の高いエアロゲルの重要性が再認識され、世界中で数十社のエアロゲルメーカーが設立されています。しかしいずれのメーカーでも透明度が高く大きなエアロゲルを作ることはできず、製造はエアロゲルを細かく砕いたパウダータイプや、その二次加工品のみに限定されています。現実的なコストで板状エアロゲルを生産できるのは、世界中でティエムファクトリだけなのです。
モノリスタイプ(=板状SUFA)でなければ透明性を維持することは困難です。ティエムファクトリがSUFAの量産化に成功すれば、世界初の透明断熱材サプライヤーとなります。また、あらかじめ疎水性を有しているのも、世界中でSUFAだけです。
広がる応用分野。環境負荷の少ない快適な社会実現を目指す
―御社のポジショニングは素材メーカーということになるのでしょうか。
確かにSUFAという機能性材料を唯一無二のエアロゲルとして研究開発し、製造販売するのが業務ではありますが、当社はその先にある「環境負荷を低減することで実現されるサステナブル社会への貢献」を展望しています。「モノ売りよりコト売り」という言葉がありますが、SUFAというモノを売るというより、SUFAを広く利用してもらうことによる「サステナブルな社会の実現」というコトを実現するのが目的なのです。SUFA自体は大きな目的へのアプローチの手段に過ぎません。単なる素材メーカーとして留まらないようにすることが大事だと考えています。
―唯一無二の透明断熱材として、どのような分野で実用化が進むのでしょうか。
断熱性能に関しては、今後国内外のレギュレーションが強化されることが想定されています。熱のマネジメントという意識は、今までないがしろにされがちでした。たとえば車が直射日光にさらされて車内が暑くなり過ぎたとしても、エアコンの冷房を強めて解決するというのが、従前の考えでした。しかし熱のマネジメントを無視しては、サステナブルな社会は実現できません。実は、日本は先進国の中で、熱のマネジメントに対する意識が圧倒的に遅れているのです。他の先進国が日本よりも首都の緯度が高く寒さが厳しいため、断熱による保温に対する意識が育まれたのに対し、日本は東京が比較的温暖で過ごしやすいがため、このような遅れが出てしまったのだと思います。住宅に対する断熱基準が明確に設定されていないのは、先進国の中で日本だけです。
しかし今後は法的規制が整備され、段階的に厳しくなっていきます。このような状況下でSUFAが大きな役割を果たし、注目を集めるのは間違いありません。
また、健康面や、‟気持ちよさ“‟リラックスできる”といった精神面への影響も見逃すことはできません。断熱性の高さは建物内の寒暖差をなくし、ヒートショックを防ぎます。家庭内で高齢者が死亡する原因の4分の1がヒートショックに関連していると言われています。死亡者数は1万人を優に超えるとされ、交通事故死をはるかに超えています。建物から最も熱が逃げやすい場所である窓にSUFAを利用すれば、家全体の熱のゆらぎが解消され、安全で居心地のよい空間を作ることができます。
一方、自動車ですが、EV(電気自動車)が徐々に普及する中で、走行距離をいかに伸ばすかが課題となっています。走行距離はエアコンを使えば使うほど短くなり、冬場ともなると、EVのエネルギーのうち何と3分の2が暖房で消費されてしまいます。
この時、SUFAを利用して暖房をつけずにすめば、車は3倍もの距離を走れるようになります。同時にボディー全体にも利用することで、エネルギー効率はさらに高まります。現在、弊社では早期実用化を目指し、自動車メーカーさんと共同開発を進めているところです。
―断熱材としての用途は他にどのようなものがありますか?
はい、汎用性の高い製品を作ることで、マーケットを広げていきたいですね。ちなみに、物流関連の保冷ボックスでは今年度中に売り上げを立てるのが目標です。物流ではクール便で大きなニーズを取り込めると考えています。今後期待されているドローンでの物流の普及にも必須でしょう。空を飛ぶクール便には、超軽量断熱材が不可欠ですからね。
その他には、アイスクリームのショーケースや家電など、様々な用途が想定できます。
既存の断熱技術との差別化は?
―すでに流通している断熱技術と競合することになりますね。
SUFAは世界で最も使われている断熱材であるグラスウールの約3倍の断熱性能を持っています。つまり従来の断熱性能を実現するための断熱材の厚さが3分の1で済むのです。このところ、空間バリューの認識が高まっています。特に住宅の狭い日本では、少しでも広い居住空間を確保することに高い価値があります。
今まで住宅の窓は、真空ガラスや不活性ガスの封入、またペアガラスにトリプルガラス、中には5枚ガラスまで、枚数を増やすことによって断熱性能を確保するしかありませんでした。しかしSUFAは、ただガラスにサンドイッチするだけで、トリプルガラスを上回る高断熱を実現し、省エネ効果を高め、電気代を抑えることができます。
また、窓ガラスは1枚増えるだけで100kg~200kgも重くなることもありますが、SUFAは軽量化も果たすので、物流コストやマンパワーも低減できます。
目前に迫る実用化
―YKK AP社との共同開発が進んでいますね。
はい、YKK APさんによるAIや顔認証システムを搭載した未来ドア「UPDATE GATE」の両袖部FIXガラスにSUFAが搭載されており、2018年からYKK APさんのショールーム新宿特設ギャラリーで一般公開展示されています。
―モノリス以外のパウダータイプやブランケットタイプ、そして他素材との複合などによる利用用途の可能性について教えてください。
パウダータイプSUFAは、モノリスタイプと同じ組成で、粒子状に細かくしたものです。様々な樹脂や繊維材料と混ぜ合わせることで、複合断熱材を形成することができます。粒径は数μmから数㎜で制御可能で、数㎜オーダーのものはグラニュール(顆粒)と呼ばれます。
粉上のエアロゲルを生産できるメーカーは他にも存在しますが、SUFAは撥水性の高さなど、性能の高さでずば抜けています。樹脂材料の弱点である紫外線と水による劣化がほとんどありません。10年間分の紫外線を照射する耐久試験でも、変化が見られませんでした。
現在、アパレルメーカーさんと、繊維にパウダーを混合し、剥離せずに保持できるよう開発を進めています。用途は宇宙服や消防服をはじめ、プロ仕様の登山やスノーウエア、防寒性の高いジャケットなどを考えています。
ブランケットタイプは、グラスウールとSUFAの複合材料です。グラスウールをSUFAのゾルに浸漬させて作るため、繊維の隙間にびっしりとSUFAが詰まっているような状態になっており、超高性能グラスウールという位置づけになります。施工性が良いので、内張断熱材や保冷容器だけでなく、パイプラインや電気炉のような工業用途でも使用可能です。
さらに性能・汎用性の追求、コストダウンでSUFAが世界で汎用品として流通する未来を目指す
―実用化にあたり、さらなるコストダウンが可能でしょうか。
もともと自然界にある一般的な原料を組み合わせて製造しているSUFAは、コストダウンしやすい製品だと言えます。世界中で使われるようになれば、汎用品と同レベルまで下げることが可能でしょう。
―解決すべき技術的課題はありますか。
エアロゲルは大きければ大きいほど、割れる可能性が高くなります。それを防ぐのは柔らかさです。従来のエアロゲルと比較すると高い柔軟性を持つSUFAですが、曲げには弱いという性質を持っています。そのため大きく曲げられる柔軟性の高さを追求し、曲面にも搭載できるよう開発を進めています。
―将来的にどれほどの需要を取り込めるでしょうか。また、今後の開発計画・展望をお聞かせください。
国連の温暖化防止会議(COP25)の温室効果ガス削減目標の達成に[12] おいて、熱マネジメントの必要性は非常に高く、あらゆる分野で利用可能なSUFAは大きな効果をもたらすでしょう。将来的なエアロゲルの普及は確実です。
おかげでさまざまな分野で多くの引き合いを頂いており、その中から数社[14] と共同開発を進めています。透明モノリスタイプは内製のみですが、そのほかのタイプに関してはOEMの体制も整いつつあります。
もうすぐ茨城県に開発+生産拠点の茨城エアロゲルテクノロジーセンターが完成予定です。2020年度内の実用化を進めるとともに、大判化と透明度を高める研究に注力し、SUFA窓が世界中の窓をリプレイスする未来に向かって着実に歩みを進めています。
また、様々な形状のSUFAを活用し複合化させていくことで、私たちの身の回りのものに幅広く搭載し、世界を心地よさで包むことを目標としています。
―革新的な新素材SUFAが社会実装されていくイメージがつきました。ありがとうございます。
<プロフィール>
山地正洋(やまじ まさひろ)
ティエムファクトリ株式会社代表取締役社長。2004年慶應義塾大学に手工学博士号取得。物質材料研究機構、産業技術総合研究所等にて国家プロジェクトのポストドクターとして研究に従事。京都大学に研究員として在籍中にティエムファクトリ株式会社を設立。2008年Micro Optics Conference(MOC)微小光学国際会議にて最優秀論文賞受賞。
ティエムファクトリ株式会社
https://www.tiem.jp/
2012年11月設立、資本金:6億5496万円(資本余剰金等を含む)、従業員:32名(2019年10月現在)、会社の目的:1.機能性材料の研究開発および製造販売、2.それに付帯する各種業務、株主:ユニバーサル マテリアルズ インキュベーター株式会社、NECキャピタルソリューション株式会社、京都大学イノベーション株式会社、大和企業投資株式会社、合弁会社テックアクセル、フューチャーベンチャーキャピタル株式会社、株式会社フジミインコーポレーテッド、三菱UFJキャピタル株式会社