2020年04月10日(金)1ブックマーク

量子コンピューターの社会実装を可能とする産学連携の新しい道~シグマアイ伊勢賢太郎氏×観山正道氏

経営ハッカー編集部
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国を挙げてのオープンイノベーションが叫ばれ、従前に増して産学連携組織が方々で立ち上がっている。しかし、実際には産学連携の成功事例は少ない。社会に実装されるマーケティング的視点で、大学シーズと企業ニーズを結び合わせるプロフェショナルがいないからだ。この点、株式会社シグマアイ代表の伊勢賢太郎氏は銀行マン時代から産学連携に取り組み、産業界から見て何が必要かの視座から産学の接続点を歩んできた。

その伊勢氏が最初に取り組んでいるのは量子コンピューターだ。従来のコンピューターをはるかに上回る計算力を誇る量子コンピューターはメディアなどでも目にする機会が増えている。しかし、実際にはどういうもので、どう事業に活用できるのかと問われると、明確に答えられる人は少ないのではないだろうか。

実は量子コンピューターには複数の方式があり、そのひとつである「量子アニーリングマシン」は、すでに商用化されている。そんな量子アニーリングマシンの利用の方向性を研究してきた専門とする東北大学に設置された東北大学量子アニーリング研究開発センターの研究者らが、量子アニーリングの活用方法や様々な知見を民間企業に提供している。

シグマアイでは、東北大学の研究成果を社会に還元するべく、さまざまな企業との共同開発を実施。さらにその後は、アカデミア(大学の知見・技術)の力をより一層活用できる社会の実現を目指し、産学連携のモデルとなろうとしている。まず今回は、シグマアイ代表取締役の伊勢賢太郎氏と、取締役の観山正道氏(東北大学特任助教)に、量子コンピューターとはどういったもので、どのような産業上の活用法があるのか、同社ならではの強みは何かを聞いた。

 

目次

    量子アニーリング方式はなぜ速いのか?

    ―最初に御社が深く関わる「量子コンピューター」がどういうものか教えてください。

    伊勢:量子コンピューターには、いくつか方式があるのですが、大きくは「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の2つに分かれます。前者の量子ゲート方式は、「汎用型量子コンピューター」とも呼ばれるもので、長い研究の歴史があり、現在はIBMやGoogleなどが開発しています。量子ゲート方式は、今我々が使っているコンピューターのようにさまざまな問題を汎用的に解けるものですが、とても開発が難しく、実用化されるのは15年から20年先だと言われています。

    一方、後者の量子アニーリング方式は、当社創業メンバーの大関真之(東北大学大学院情報科学研究科准教授)の大学時代の恩師である西森秀稔氏(東京工業大学科学技術創成研究院教授)らが1998年に提唱したものです。「組合せ最適化問題」を解くことを主な用途としたもので、カナダのD-Wave Systems社が2011年に商用化に成功しました。我々が企業の活用支援をしているのは、主にこちらの方式のマシンです。

    ―量子アニーリング方式の主な用途である「組合せ最適化問題」を解くとはどういうことでしょうか?

    観山:例えば、私がある店舗のアルバイトスタッフのシフトを作るとします。そのときには、同じ人が何時間も連続勤務してはいけないとか、相性が悪いスタッフに組ませてはいけないなどいろいろ制約がある中で、全体のアルバイト代が適性化できるようシフトを組んでいく必要があります。こういった膨大な数の組み合わせの中から、条件に一番合った最適な組み合わせを選びなさいというのが組合せ最適化問題です。

    伊勢:実は、世の中には組合せ最適化問題がたくさん潜んでいます。例えば、材料開発や創薬であれば、膨大な数の材料の組合せの中から、最適な組合せを見つけ出さないといけません。これは組合せ最適化問題になりますね。あるいは農業従事者が、どの時期に、どの作物を、どのような条件で栽培スケジュールを組んだら一番儲けが出るのかといったことを探りたいとします。これも、膨大な組み合わせの中から最適なものを選ぶ行為ですから組合せ最適化問題に相当します。

     

    観山:こうした問題を解くためのアルゴリズムはこれまでもたくさん開発されており、問題によっては従来のコンピューターでも効率的に解くことはできます。その最たる例が経路探索。例えばGoogleマップなど最近の地図アプリには、ある地点からある地点へ行くための最短経路を探索する機能が実装されていますが、これも組合せ最適化問題を解くことで実現しています。

    ただし、特定の問題専用アルゴリズムは少しでも条件が厳しくなったり選択肢が増えたりすると適用できなくなったり、性能が落ちることが往々にしてあります。今我々が使っているコンピューターだと、今よりも一万倍計算が速くなったとしても、天文学的な時間がかかってしまうことも多々あります。そうした問題をものすごく速く解けると期待されているのが、量子アニーリングマシンというわけです。

    ―なぜ速く解くことができるのでしょう?

    観山:理由のひとつは、量子アニーリングが自然現象を使って計算しているためです。傾いた部屋でボールを転がすと低い方に転がっていくように、エネルギーは高いところから低いところに流れていきますよね。この自然現象を使って計算しているのです。

    少し詳しくご説明しましょう。量子アニーリングマシンで組合せ最適化問題を解くときには、自転するスピン(量子ビット)が格子状に並ぶ計算システムを使います。スピンは磁石のように相互作用するのですが、ここに問題に応じた磁力エネルギーをかけ、エネルギーが最も低くなったときの状態(スピンの向き)から答えを導き出します。このエネルギーが低い状態に落ち着くまでの時間が非常に短いのがポイントです。

    従来のコンピューターでは膨大な数の演算を繰り返す必要があります。それに比べ量子アニーリングマシンは、非常に短い時間(数十〜数百マイクロ秒)で収束する物理現象を使って計算するため、答えを速く導き出せるというわけです。

     

    企業課題と大学の第一線の研究者の知見をマッチングさせるには

    ―少しずつ量子コンピューターがどういうものか分かってきました。では、シグマアイさんではどんな事業を行い、どんな強みがあるのか教えていただけますか?

    伊勢:当社では、企業が実際に持っている課題を共同研究開発することで一緒に解いていく総合ソリューションを展開しています。具体的には、量子アニーリングマシンを活用する際のコンサルティングサービスを提供しています。

    顧客候補企業が「課題を解決したい」と考えたときには、通常だと、課題内容を量子アニーリグマシンに乗せるために定式化して、さらにアルゴリズムを選定し、プログラム開発をし、やっとプロトタイプ設計をするという、さまざまな手順を踏むため、プロジェクトが長期化してしまいがちです。そもそも自社が抱える課題が、組合せ最適化問題かどうか特定できないケースも多々あります。

     

    一方、当社では、これまでの研究事例などから豊富な知見やノウハウを持っています。そのため、顧客候補企業から「こんな課題があるけど…」とご相談いただくだけで、「これは組合せ最適化問題だ」「あの研究でやった、あのパターンだな」とアタリを付けることができます。定式化やアルゴリズム選定など後に続くステップも、過去のノウハウがあるのでスムーズに進んでいける。つまり我々は試行プロセスをぎゅっと短縮化できるわけです。

    しかも量子アニーリングの専門家以外にも、他の分野の研究者ともつながりがあります。ですから、例えば他の分野の技術や知見が必要だとなれば、その分野の研究者のアドバイスや協力を仰ぐことも可能です。これによりお客様に最適な解決方法を提案できます。

    さらに我々はもうひとつ別の提案もできるのです。というのも、東北大学の研究成果のひとつで、量子アニーリングマシンで大規模な問題を扱えるソフトウェア技術を持っているのですね。この技術を使うことで、量子アニーリングマシンにおいても大規模な問題を速く解くことができるのです。また2020年3月よりD-Wave Systems社よりD-Wave hybridが提供されて、大規模な問題を解くアプローチが豊富になりつつあり、量子アニーリンマシンを取り巻く環境は劇的に変わっています。シグマアイの技術のみならず世界中でそうした取り組みが活発に進んでいる状況において、よりどのようなアプリケーションを提案していくかの勝負が激しくなっています。我々は先んじて、大規模な組合せ最適化問題において量子アニーリンマシンをどのようにして扱うかについて検討を行なってきましたから、既存の手法とは異なる独特な手法を次から次へと提供する準備が整っています。

     

    拡大し続ける量子アニーリングマシン活用の場

    ―企業と共同で研究開発した事例をいくつか教えていただけますか?

    観山:現段階ではまだシグマアイとして紹介できる事例はないので、我々が東北大学の研究者として共同開発した事例をいくつかご紹介します。

    伊勢:まずは自動車部品メーカーの株式会社デンソーさんとの事例から。デンソーさんは自社の工場内に無人配送車(AGV)を何台も置いて、配送トラックまで物品を運んでいました。この複数の無人配送車にどういった行動をとらせれば作業効率が上がるのかを探る共同研究を行いました。刻一刻と変化する状況の中で、組合せ最適化問題をD-Wave Systems社の量子アニーリングマシンを使って、瞬間瞬間で解き、無人配送車に指令を送ります。このシステムで無人配送車全体の動きを制御することで、当初80%だった稼働率を、95%まで上げることに成功しました。

    金融業界の事例としては、野村アセットマネジメントさんと手がけている株式銘柄の魅力度を分析・予測する共同研究があります。これは、対象となる株式銘柄が持つこれまでの系譜や企業の業績状況などから、未来の市場での動きを予測していくものです。未来予測自体はAI(人工知能)のひとつであるディープラーニング(深層学習)を使ってできるのですが、これを高速計算できるD-Wave Systems社の量子アニーリングマシンを活用することでどういった新しい効果を出せるのか、野村アセットマネジメントさんと一緒に模索している状況です。

    あと身近なところでは、リクルートライフスタイルさんの旅行情報サイト「じゃらんnet」での共同研究がありますね。「じゃらんnet」では、目的地の都市を指定すると宿泊施設がずらっと表示されます。この宿泊施設の表示順を成約率が向上するように最適化するためにD-Wave Systems社の量子アニーリングマシンを活用するということに挑戦しました。

    他にも10社を超える共同開発を実施しており、現在、東北大学量子アニーリング研究開発センターの研究活動の研究成果を速やかに社会に還元するべく当社の事業に順次移行しているところです。

    ―活用の業界が多岐にわたっていることに驚きました。

    観山:量子アニーリングマシンと言うと、「組合せ最適化問題だけが解けるマシンでしょう」と、活用の場が特定されるような言い方をする方もいます。もちろん組合せ最適化問題に特化したマシンではありますが、先ほど伊勢が言ったように、組み合わせ最適化問題自体が社会や企業活動のあちこちに潜んでいます。このため量子アニーリングマシン活用の場というのは、実は非常に広い。

    しかも、昨今その存在が世に知られるようになったことで、例えば先ほどお伝えした、店舗アルバイトのシフト表作りといった「自動化できない面倒な作業」と思われていたことも、実は自動化できるかもしれないと気づく企業がどんどん増えていきます。ですから我々は、量子アニーリングマシン活用の場はこれからさらに拡大していくものと確信しています。

    伊勢:ちなみに、活用の場が拡大するのを後押ししつつ、我々が最終的に目指すのは、「誰もが意識せずに量子アニーリングを使える社会を作ること」です。その存在に気づかないくらい量子アニーリングの技術が浸透した世の中を作る。これを当社の最重要ミッションのひとつに掲げ、日々お客様の課題解決に取り組んでいます。

     

    社会実装の観点から、企業とアカデミアを「つなぐ」存在となる

    ―シグマアイさんは、大学の知見や技術を企業で活用することについても、新しいあり方を提示していると聞きました。そうした取り組みについてもお話いただけますか?

    観山:アカデミア(大学の知見・技術)と企業を「つなぐ」ことがこの会社の大きな特徴のひとつです。私と代表取締役の大関真之は完全に大学側の人間です。技術シーズは持っています。でも市場でうまくアピールする術は持っていません。何かの技術を持っていることと、その技術を企業のサービスに転換することは別ものです。

    企業さんから「産学連携をしましょう」とお声かけをいただくことも多いのですが、やはりアカデミアと企業の間を「つなぐ」存在がいないとうまくいかないケースがほとんどで、大学の知識や技術を持てあますことが多い。そこを何とかしようというのがこの会社独自の発想であって、可能性を秘めた部分だと考えています。

    伊勢:実はすでに国立大学が企業と接点を持つための外部組織(企業との共同研究を請け負う会社など)を作ることを許可する取り組みが進んでいると聞いています。これは大学側がやろうとしているのですが、我々はこれの一歩先を行き、自前でやろうと考えています。

    観山:いわば人柱を兼ねたファーストラビット的な立ち位置ですね(笑)。それでも、おもしろい社会の実験場として、既存のサービスとは違う形で産学連携の新しいあり方を作ることに貢献していければと考えています。

    伊勢:最後にまとめますと、当社は、研究者が集まる新しい会社となることを目指しています。研究最前線の知見とビジネス最前線のニーズを結びつけるため、Your ideas (研究者と創発する様々なアイデア) Our eyes (1つのプロジェクトに多様な視線) and I (個性的な"研究者"による事業創出 )この2つを3つの(アイ)でつなげることがミッションです。

    今は量子アニーリング技術を世に広めることに注力していますが、将来的には、アカデミア側の元気のある研究者から「こんな新しい技術があって世に出したい」と相談してもらえば、シグマアイを通して次々と世に出すような仕組みを作ることができればと考えています。また、企業からしても敷居が高く見える大学のイメージを払拭し、アカデミアの力をもっと活かせる社会を作ることを目標に、産学連携の新しいモデルを提示していきたいと思います。

    ―量子コンピューターの活用がどんどん広がっていること、大学の知見や技術を企業が活用するための新しい取り組みが進んでいることがよく分かりました。ありがとうございました。

     

     

    〈プロフィール〉
    伊勢賢太郎(いせ・けんたろう)

    株式会社シグマアイ 代表取締役
    京都大学大学院農学研究科修士課程修了。大学卒業後、株式会社池田泉州銀行へ入社し、資金調達や産学連携支援業務に従事。後に関西ティー・エル・オー株式会社(現:株式会社TLO京都)にて知財ライセンス活動や企業連携支援に携わる。その後、東北大学大学院情報科学研究科特任助教を経て現職。

    観山正道(みやま・まさみち)
    株式会社シグマアイ 取締役
    2011年に東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程を終了し、東京大学工学部特任研究員、東北大学AIMR特任研究員、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻特任研究員を経て、17年11月から東北大学情報科学研究科量子アニーリング研究開発センター特任助教。

    株式会社シグマアイ
    HP:https://sigmailab.com/
    所在地:〒108-0075 東京都港区港南1-2-70 品川シーズンテラス 6階
    設立:2019年4月4日
    事業内容:研究開発コンサルティング・研究者人材育成

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