安心なネット社会を未来に残すためアドフラウド、セキュリティ対策に挑む~Phybbit大月聡子氏
1989年に世界初の商用インターネット接続サービスが始まって依頼、インターネットは人類に計り知れない利便性をもたらした。アイデアをすぐに実装できるネットサービスはさらに日々進化し、我々の社会はより一層快適なものになっていくだろう。しかし、その裏ではネットのオープン性を悪用した不法行為も増殖する。アドフラウド(広告詐欺)もその一つだ。アドフラウドとは、人間がアクセスしたように見せかけてネット広告を表示させ、広告費を詐取する不正行為のことで、その被害は半年で418億クリック分にも上るという調査報告もある。
セキュリティが脆弱なIoTデバイスを乗っ取り、ボットが他人になりすまし、特定サイトにログインして不正行為を繰り返すといった事例も報告されるなど、その手口も年々高度化、巧妙化しており、アドフラウド対策は広告業界全体の喫緊の課題となっている。
こうしたネットのセキュリティ問題を解決するため、世界に先駆けPhybbitが開発した「ネット広告詐欺対策ツール」と、これらのノウハウを活用した新たな「セキュリティ対策ツール」が注目されている。原子物理学の研究者から転じ、安心安全なインターネット社会を次の世代に残したいと願う株式会社Phybbit大月聡子CEOに事業展開と働き方のマネジメントについて聞いた。
インターネット広告で横行する広告詐欺「アドフラウド」とは?
―はじめに事業内容をお聞かせいただきたいのですが、まず「アドフラウド」とはどういうものなのか教えていただけますか?
アドフラウド(広告詐欺)とは、不正な手法によって広告のインプレッションやクリック、コンバージョンを水増しして、広告報酬を詐取する不正行為のことです。その手口は年々高度化、巧妙化しており日本でも徐々に認知されてきて業界では大きな社会問題になっています。
2019年1月から6月の半年間で14.2億円規模の被害総額(当社SpiderAFでの不正検知額)となっており、アドフラウドの被害も深刻化しています。アドフラウドはインターネット広告業界全体で取り組むべき喫緊の課題となっています。
―そうしたインターネット業界の課題解決のためにアドフラウド対策ツールを開発されたのですね?
はい。「アドフラウド対策ツール」としては、「SpiderAF」と「SHARED BLACKLIST (シェアードブラックリスト)」があります。また、これらから派生して新たな「トラフィックセキュリティツール」も生まれています。
まず「SpiderAF」は、誰でも簡単にアドフラウド対策を行えるように、AIを活用して不正を検知するアドフラウド対策ツールです。アドネットワーク事業者様をはじめ、代理店様、広告主様まで幅広くご利用頂けるツールです。
ボットを使って不正アクセスをするユーザーはIPアドレスやアクセス元の地域、その他データを偽装しているため、ひと目でアドフラウドだと判定することは困難です。多角的視点でデータを分析しないとアドフラウドは見抜けず、検知後に不正を排除していきます。
「SHARED BLACKLIST (シェアードブラックリスト)」は、日本初の複数事業者でアドフラウドのブラックリストを共有するサービスです。自社で収集したアドフラウドの情報を共有することに賛同をいただいた事業者のみが共有できるブラックリストで、各社が一丸となって広告業界の健全化を目指す新たなアドフラウド対策の取り組みです。
今年3月には、世界最高水準のアメリカの認証機関Trustworthy Accountability Group(TAG)の不正防止部門でアジア初となる認証を取得しました。SBLのブラックリストもTAGの世界基準に準拠しており、TAGの保有しているブラックリストも利用可能なため、より信頼性の高い、最高水準のアドフラウド対策を提供しています。
このような企業の垣根を超えた対策は一般的ではありませんでしたが、今後ますます業界をあげた取り組みが必要になってくると考えています。
―アドフラウド対策から生まれたセキュリティツールとはどのようなものですか?
SpiderAFのアドフラウド対策ノウハウを活かし「トラフィックセキュリティ対策」として使えるサービスを開発しました。
このサービスは、SpiderAFで収集したアクセス履歴情報に含まれる、時間、IP、インターネットサービスプロバイダー、端末名、ブラウザ名などの情報を分析・レポートし、不審な端末やデータセンター、いやがらせアクセスなどの不正アクセスを特定するサービスです。
ある通信キャリア系企業様では、不正アクセスを特定して、無効なトラフィックや不審な通信キャリアからのアクセスを除外しています。また、宿泊予約サービス会社様では、不正にポイントを貯めて換金したりサービス利用しようとするユーザーを除外するといった取り組みに活用されています。
このようにこれまでのセキュリティソフトなどでは対応していない、新たなトラフィックセキュリティ対策として、セキュリティ意識の高い企業様にご活用いただいています。
「1円でも自分で研究費を稼いでから文句を言え」と諭され原子物理学の世界からビジネスの世界に転身
―今の事業に繋がる背景を教えてください。
私は高校時代に物理だけはなぜか成績が良かったため、物理の道に進むしかないと思い、大学、大学院とそのまま研究者への道を選択しました。原子物理学を専攻し、2011年に修士を取得しました。
物理は、ある一定の理解ができるところまで到達すると、一気に世界が広がるのが大変面白い学問です。ただその理解ができるところまで行くまでが道のりが遠すぎて何度もくじけそうになるのですが、ひとたび理解に至る定点を突破すると、一気に世の中が見えてくるのです。たとえば、この椅子や机も物理的に言えば原子番号が違うだけで、同じ粒子でできています。これは量子論的に確率の世界でもあり、結局は今目の前にある椅子と机も宇宙となんら構造が変わらないということに気づいてしまったりするわけです。
―ではなぜ、原子物理学の世界からビジネスの世界に?
大学院在籍当時、私が所属する研究室の教授が理化学研究所(以下、理研)の主任研究員も兼務していたので、私も理研に所属していたのですが、当時はリケジョという言葉もありませんでした。
タイミング的にも、民主党政権による事業仕分けがあり、科研費が削減されるなど非常に研究環境が悪化していました。私たちは、日本で唯一ノーベル賞が期待できる物理の基礎研究の分野を担っているという自負がありましたので、事業仕分けで基礎研究費が大幅に削減されることに対して忸怩たる思いを持っていたのです。
研究室OBを囲むある飲み会の席で、私がその想いを吐露したとき、社会人の先輩から「君たちは国のお金で好きな研究させてもらってるんだ。文句を言うなら1円でも稼いでから言いなさい。1円を稼ぐというのがどれだけ大変なのかわかってるか?」と諭されたのです。たしかにそうかもれないけど、一研究者として本当に悔しくてですね。「だったらやっちゃう?」というノリで、同じ大学や他の大学の研究者を集めて、正直勢いに任せて事業をスタートしたというのがキッカケなのです。
クライアントの要望を形にしたら業界の課題解決に繋がるプロダクトが誕生、思いもかけないようなクライアントとの取引を実現
―ビジネスにあたっては素人同然の状態からどのように事業を立ち上げられたのですか?
創業当時は資本金50万円、社員6名でスマートフォンやタブレット用のアプリの受託開発の事業からスタートしました。皆物理出身者なので、プログラミングはできましたので。ただ、創業してからはもう死に物狂いで、私が1人で営業して受注して、自分でもコーディングをして開発するといったことを繰り返して何とか社員の給料を払っていくことしか考えられませんでした。
創業後の数か月は給料も払えなかったため、当時の社員には本当に感謝しかありません。自分自身何もビジネスのことは分からなかったので、いざ受注しても契約書を締結していなかったこともあったり。さらに、契約を締結していても仲介していた代理店さんが倒産して代金が回収できずに裁判を起こさざるをえなかったこともありました。このように創業当初は本当に火の車で多くの失敗と勉強をしました。
今になって思えば、創業していきなり6名の給料を払わなければならない、となったときに、人間、背水の陣になればここまでできるのか、というような貴重な経験をさせていただきました。
―何もわからないゼロからの状態でどのように営業をされたのですか?
大学院のOBはほとんど大企業に就職していましたので、創業間もなく実績もない私たちのような会社を紹介いただくことは難しく、営業的にはまったく頼ることができませんでした。当時はデータサイエンティストという言葉もなく、私自身がそもそも営業経験がありませんでした。まず営業ってどうやるんだっけ?と営業の基礎を調べ、フローを学びました。まずは営業リストを作って電話をかけるテレアポを手あたり次第、1件1件愚直に取り組んでいきました。
本当に何もわかりませんでしたが次第に経験値が積みあがり、トークもこなれてきましたので徐々にアポがとれるようになってきました。当初はなかなか受注にはつながらなかったのですが、少しずつ勘所がわかってきて、大手出版社の子供向け学習用のアプリの開発の仕事を受注することができたのです。
受注が決まってからは、とにかく死に物狂いで納品して、その後は、大手企業さんのSNS広告用アプリ、動画配信サービス、金融関係のウェブサービスのローカライズの仕事など様々な仕事をいただき、次第に大型の受託開発案件も取れるようになってきたのです。
―そこからアドフラウド対策ツールを開発するに至った経緯は?
創業後2~3年間はこうした受託開発案件を必死にこなすだけだったのですが、徐々に受注が安定してきて多少会社にも余力がでてきましたので、いよいよ自社サービスの開発に取り掛かることにしました。
しかし、当初開発した自社サービスは、いずれも鳴かず飛ばずの散々の結果でした。360°VR動画アプリや、海外のオタク向けのサービスなど、当時にしては画期的なサービスだったのですが、今思うとちょっと早すぎたのかもしれません。それでも、やっぱり自社サービスを開発したいと考えていました。
ようやく、今から3年ほど前にクライアントの要望に応える形で広告詐欺対策ツールとしてSpiderAFのβ版を開発したのです。これが、まだβ版だったにも関わらず複数の会社から引き合いが入り、実際に毎月定額で利用料をいただけることになったので、まずは使っていただきながらクライアント毎にカスタマイズを加えることにしました。こうして、今から2年程前に正式に自社サービスとしてSpiderAFをローンチすることができたのです。
ボットを使ったアドフラウド(広告詐欺)があるということはSNS広告制作を手掛けていた当時から把握していたのですが、当初はクライアントがお金を払ってでも解決したいというニーズだとは考えていませんでした。その後、実際にお客様が広告詐欺の被害に遭われ、大変お困りでしたので、こうしたニーズを再認識しました。ご要望に1件1件お応えする形でサービスを開発していったことで、日本を代表する大手企業さんにもお使いいただけるようなプロダクトに成長していきました。
サーバーセキュリティへの応用が期待される新サービスとは?
―現状アドフラウドサービスのビジネスモデルやマーケットを教えてください。
今のところ月額9万円~30万円でご利用いただけます。
現在、日本でアドテク広告を活用しているユーザーは115万ユーザーほどありますが、そのうち私たちのクライアントは、月間広告費に数百万円以上の予算を使っている方々です。グローバルマーケットで見ると、潜在顧客は8,000万社あると考えています。
―今後の展開は?
広告詐欺も年々高度化、巧妙化してきていますので、まずは広告詐欺対策をさらに強化していく必要があります。
ある宿泊予約サイトの事例では、ボットが自動的に大量にオンラインで宿泊予約をしては大量にキャンセルするといった行為を何度も繰り返されるといった営業妨害などの被害を受けています。
以前はIPアドレスを見ていれば不正行為をしてくる対象が判別できたのですが、現在は、セキュリティが脆弱なIoTデバイスを乗っ取り、週単位でデバイスを乗り換えながら、拠点を転々と変えてくるようなケースが増えてきました。こうしたケースにも対応できるように、私たちは毎日不正行為に関する情報を収集し、検知ツールをアップデートしています。こうした取り組みは今後も強化し続ける必要があります。
今後は、このようなアドフラウド対策で培ってきたノウハウを生かして、他のセキュリティ会社さんとは違った観点からセキュリティサービスを提供し、より安全・安心なインターネット業界の実現に貢献したいと考えています。
ワークライフバランスの進化形。Phybbitが目指す「ワークライフインテグレーション」とは?
―働き方のマネジメントにおいては「ワークライフインテグレーション」という考え方を標榜されています。
私自身、結婚、妊娠、出産を経験して大きく考え方が変わりました。子供たちはこれから当たり前にインターネットに接し、ネットが社会インフラそのものにもなります。そういった未来の世代に対して安心安全な社会を残していく責務があります。
また、独身の頃は自分の時間は自分で自由に使うことが当たり前だったのですが、今では自分の時間はほとんどなく、限られた時間でいかに効率的に仕事をするかというのが最重要テーマになりました。
そこで、安心安全な社会を築くことを目指す会社にふさわしく私たち自身の働き方を考えるようになり、「ワークライフインテグレーション」を提唱することにしました。ワークライフバランスよりも仕事とプライベートの相乗効果を高める働き方で、フレックスタイムはもちろんですが、勤務中の昼寝やジムに行くなどの運動も自由にできたり、外国籍のスタッフは母国の休日に合わせて休みがとれるなど、様々な制度があります。
そもそもライフとワークのバランスをとるのはとても難しいものです。そのため、自分の大切な人生を切り分けをしないという考え方をしているのです。
夕方5時半には退社して、その後子供を休ませてから仕事に復帰するなど、自分で働き方をアレンジできる働き方があってもいいと思うのです。男性社員も奥様が仕事に復帰するタイミングで昨年1か月ほど育休を取得して子供の面倒をみたり、他にも何名も育休を取得していますので、そのような働き方がしやすい環境だと思います。
―「おもてなし規格認証」「くるみん認定」などの認証に向けても取り組んでいるとお聞きしています。
この新しい考え方を実践しようと、顧客・従業員・社会(地域)の満足を高め、発展させ続ける企業として認証される「おもてなし規格認証2019」を取得し、また厚生労働大臣の「くるみん認定」も取得に向け、準備を進めています。
職場でも当たり前に、子供をあやしながらリモート会議に参加したり、職場に子供を連れてきたり、子供が病気になったら休みやすいような制度にしています。外国人スタッフも多いので、日本語の勉強もしやすいサポートも行っています。
私たちは、社員がこうした自由な働き方ができるように、評価制度も明確で定量的な評価ができるようにしています。そもそも働く時間で評価をすること自体がナンセンスで、成果を出していただければ途中でどのようなプロセスであるのかは、裁量でよいのではないかと考えています。その人が働きやすくて、成果を出しやすい環境を整えることが私たちの役割だと考えています。世界基準で考えれば、こうした働き方が当たり前だと思うのです。
現在、グローバル採用にも力を入れています。日本語だけでなく英語での社内コミュニケーションに取り組んでいるので「おもてなし規格認証2019」を取得したのもこうした背景からです。サイトから直接問い合わせていただければグローバル人材も普通に面接して採用します。就労ビザも発行しますので、安心して働ける条件が整っているのと思います。
私たちはこれからも世界に通用する安心安全なインターネット社会を実現するためのサービスを生み出していくことで世界に貢献したいと思っていますし、そのためには従業員の皆が最高のパフォーマンスで働ける環境を用意したいのです。そして、サイバーセキュリティの分野で世界からの日本のIT企業の印象を変えていきたいですね。
―ネット社会の健全な発展に向けた貢献に期待しています。本日はありがとうございました。
<プロフィール>
大月聡子(おおつき・さとこ)
株式会社PhybbitのCo-founder兼CEO。奈良女子大学、首都大学東京大学院卒業後、2011年原子物理の修士を取得。当時の研究室や先輩、他大学の物理のメンバーと共にPhybbitを創業。約2年前にAI搭載アドフラウド対策ツール「SpiderAF」をローンチ。サービスは順調に成長し、日本のアドテクマーケットを牽引する。プライベートでは2児のママとして奮闘中。
株式会社Phybbit
URL:https://spideraf.com/intl/ja/about-phybbit
CEO:大月聡子
設立:2011年4月27日
従業員:20+
資本金:388,348,390円(資本準備金を含む)
事業内容:アドフラウド対策ツールSpiderAFの開発と提供