1人100兆個、腸内フローラのビッグデータがもたらすインパクト、連携先求む!~サイキンソー沢井悠氏
人間の腸内には約1,000種類、100兆個もの腸内フローラ(腸内細菌叢)と呼ばれる微生物群が生息する。腸内フローラは人間が分解できない食物繊維なども分解し、体内に吸収できる状態にしてくれる大変ありがたい存在で、まさに人類と共生関係にある。近年、腸内フローラの研究が加速し、腸内フローラの状態を検査すれば、個人の体質、生活習慣はもとより、特定の病気の疾病リスクも分かるようになってきた。例えば、糖尿病、肥満症、関節リウマチ、大腸がん、便秘、アレルギー、うつ病などとの関連性も判る。こうした中、これまで研究機関でしか検査できなかった自分の腸内フローラのDNA検査が自宅で手軽にできる画期的なサービスが開発された。それが株式会社サイキンソーの「Mykinso」だ。理化学研究所や大阪大学との共同研究で実現したこのサービス。個人の腸内細菌叢をDNA検査で明らかにし、体質や生活習慣に応じて病気になりにくいライフスタイルまで提案してくれるというサービスだ。さらに期待が大きいのが、個人情報を匿名化した、腸内フローラ・ビッグデータのプラットフォーム事業だ。腸内フローラ研究の世界的権威 理化学研究所の辨野義己氏を特別顧問に擁し当社を創業した沢井悠代表に、Mykinsoサービスの現状と多様な業種・業態とのコラボレーションで実現するヘルスケアプラットフォームの可能性について聞いた。
腸内フローラのDNA検査、AI解析サービスのヘルスケアテック サイキンソー
ーはじめに事業内容をお聞かせください。
株式会社サイキンソーは、人の腸内細菌叢(腸内フローラ)のDNA検査、AI解析サービスの「Mykinso(マイキンソー)」の開発、提供を行うヘルステックベンチャーです。
Mykinsoは、自宅や提携医療機関で、腸内フローラのDNA解析等の検査が簡単にでき、体質、生活習慣を改善していくべき方向性が診断できます。また、特定の病気になりやすい/なりにくいといった「未病検知」の診断も可能です。未病とは、病気には⾄っていないものの発病する可能性が⾼い状態のことで、未病対策をすることで、病気を未然に防ぐことができるのです。
これまで腸内フローラの検査は特定の研究機関でしかできなかったのですが、今回、理化学研究所、大阪大学 微生物病研究所との共同研究により、検査・解析技術を確立し、一般の方にもサービスを提供できるようになりました。現在、国内最大級の2万検体を超える検体データ(2020年3月時点)を保有しています。
腸内フローラって何?
ー腸内フローラとはどのようなものなのか教えていただけますか?
人間の腸内には、実に約1,000種類、100兆個もの腸内細菌叢(そう)、あるいは腸内フローラと呼ばれる微生物群が生息しています。
人間と腸内フローラは「共生関係」にあります。いわばイソギンチャクとクマノミ、アリとアブラムシのような関係です。なぜ人間が腸内フローラと共生する必要があるかというと、人間は食物を食べたときに、自分の体内で分解できるものと、できないものがあり、その分解できないものを腸内フローラが代わりに分解してくれるからなのです。つまり、人間から見れば、分解作業をアウトソーシングをしているような関係です。
もう少し具体的にご説明しますと、人間はデンプンやグリコーゲンなどのエネルギー源としてすぐに吸収できる栄養素は自分で分解して体内に吸収することができます。一方で、食物繊維などの身体がゆっくりと時間をかけて吸収してエネルギーにする栄養素は、人間が自分で分解することができないのです。ところが、人間が長時間にわたり生命を維持するためには、このゆっくりと体内に吸収される栄養素が非常に有効なわけです。そのため、人間は、腸内フローラを体内に住まわせて、自分ではできない分解作業を業務委託していることになります。その委託先が、もししこけてしまったら、人は生命を安定的に維持できなくなるリスクがあります。このように腸内フローラは「一つの臓器」と言われるほどに人の生命維持に非常に重要な役割を果たしてくれているのですね。
また、腸内フローラは、子宮、産道、母乳などを通じて主に母体から代々受け継がれています。人が生まれついた瞬間からわずかな数が身体に宿り、人の成長とともに増加し、一生を共に過ごす人生のパートナーでもあります。さらには、これまでの人類の進化の過程で、様々な環境に適応し、この分解作業をうまく代行してくれる菌が人間と共に影響を与え合いながら進化して、人間の体中に残り、脈々と受け継がれてきたわけです。即ち人類の歴史を通じて「共進化」を果たしてきたパートナーでもあるのです。
ーなるほど。腸内フローラは人類が環境に適応して進化し続けるためにも必要なパートナーなのですね。では、腸内フローラが住みやすい腸内環境が人間が健康な状態と考えてよいのでしょうか?
はい。腸内フローラは、人の体内で菌同士が互いに密接な関係を持ち、複雑なバランスをとって「生態系」を形成しています。この生態系のバランスが個人ごとに最適化された状態が、腸内フローラにとっても人にとっても健康である状態と言えます。つまり生態系をどれだけ最適な状態で安定化させることができるかが共生関係を維持していくために非常に重要となります。
しかし、腸内フローラの種類や最適なバランス状態には個人差があり、さらには食事や生活習慣がその構成に反映されて変動します。それが何らかの理由で、たとえば抗生物質が入って来るなどして、大きく勢力バランスが崩れてしまったら、すぐに修復しないと身体が持ちません。
そのため、人間が健康状態を維持するためには、腸内フローラのバランスをモニタリングして、状態に応じて適宜調整して最適化していくことが重要になります。このようなバランスを可視化してモニタリングができるようにしたのが、Mykinsoというサービスなのです。
Mykinsoで腸内フローラが未病を検知、ライフスタイルの提案までしてくれる!?
ー「MyKinso」とはどのようなサービスなのでしょうか?
Mykinsoとは、日本初の郵送・オンライン対応型の腸内フローラの検査サービスです。
利用方法は非常にシンプルです。まず、Webからのユーザー登録後、簡単な生活習慣アンケートにお答えいただきます。検査キットは郵送しますので、同封の容器に採便をして返送してください。約4週間後に検査結果をWeb上で閲覧いただけるようになります。また、提携医療機関であれば、健康診断や人間ドックなどの際にも検査をすることもできます。
検査内容は、大きく分けると、DNA解析と、AI解析によって行います。まず、採取した便に含まれる腸内フローラを、次世代シーケンサー(DNA配列を高速かつ大量に読み取る装置)を用いてDNA解析をします。さらに、生活習慣アンケートの内容を突き合わせ、私たちが保有する約2万検体のビッグデータを用いて個人別のAI解析を行います。これらの結果を踏まえて、生活習慣病、特に代謝系の疾患、免疫系の疾患、がんなどの疾病リスクなどの傾向を判定します。その上で処方箋のように、具体的な食生活の改善や健康増進に関するライフスタイルを提案し、罹病を未然に防いでいくのです。
ー腸内フローラの検査結果から、特定の病気の疾病リスクもわかるようになってきたということでしょうか?
はい。直近5年程で、腸内フローラについての研究が爆発的な勢いで進み、腸内フローラを構成する細菌のパターンを分析することによって、個人別の体質や生活習慣、特定の病気になりやすさ、なりにくさ、といった傾向が分かるようになってきました。
具体的には、代謝系疾患(糖尿病、肥満症、メタボ、骨粗鬆病など)、免疫系疾患(バセドウ病、関節リウマチなど)はもとより、便秘、大腸がん、アレルギー、自閉症、うつなどとの関連性が最近の研究で明らかになってきています。特に、糖尿病や肥満症については原因菌が発見され、その働きを抑制するワクチンも開発されるなど、予防医療も可能になってきているのです。
ー例えばどのような診断結果が受け取れるのでしょうか?
まずは、個人別にA~Eまでの5段階の総合評価をします(医療機関経由で受検できるMykinso限定の検査項目です)。その結果を踏まえ、腸内フローラのバランスや分布状況によって、どのような病気にかかりやすい傾向があるか、予防のためにはどのような食生活にしたほうがよいのか、あるいは、運動や睡眠はどのようにすればよいのかなどを処方箋のように具体的に提示します。
たとえば、総合評価がEでバランスが悪く、肥満傾向のある方の場合、注意すべき疾病リスクを提示し、それを回避するために、摂り入れた方が良い食材や生活習慣などのきめ細かなアドバイスをしています。
腸内細菌は極めて個人差があるうえに、私たちが保有している膨大な検体データに基づくビッグデータAI解析が可能となるため、このようなパーソナライズされた診断と処方を提供することが可能なのです。
※自宅でできる腸内フローラ検査Mykinso Gut Onlineと医療機関を通して受けるMykinsoProは、それぞれ検査項目が異なります。
ミクロの世界から生命のメカニズムを探求、腸内フローラ研究の世界的権威 辨野先生との出会い
ーそもそもどういった経緯でこの事業を始められたのかお聞かせください。
私はもともとミクロの世界から生命や宇宙のメカニズムを解明して、イノベーションを起こせるような先端領域に興味がありました。そのため、学⽣時代は応⽤化学を専攻し、光エネルギーの新しい利用技術を開発する研究室で、光触媒の高効率化研究をしていました。その後、新卒で入社した企業では再⽣医療プロジェクトの⽴ち上げに携わり、バイオテクノロジーによる医療分野のイノベーションの可能性を探求する業務に従事しました。
その後、微⽣物ゲノム解析技術によってバイオプラント開発を⼿がけるベンチャーに⼊り、前述の次世代シーケンサーなるものに出会いました。当時、新規事業の可能性を探るために次世代シーケンサーを用いて様々な⽣物のゲノムを解析してみたところ、農業⽣産、⾷品開発、医療分野など、多様な領域で社会実装の可能性があることがわかってきました。その中でもひときわサイエンスとしての好奇心を掻き立てられたのが腸内フローラでした。
2011年当時、社会的に細菌叢が話題になりはじめ、人の全身に存在する細菌叢を調べれば人の一生の生活習慣や特定の疾病リスクなどがわかり、未病検知ができる可能性があること知りました。今後、腸内フローラの研究がさらに進めば私たちのライフスタイルを変革するほどのイノベーションに繋がる可能性があるのではないかと直感したのです。
そして、腸内フローラ研究の第一人者である理化学研究所の辨野先生に直接ご意見をお聞きしたいと思い研究室に伺い、「DNAと同様に腸内フローラを個人が検査できるようにして、パーソナライズしたライフスタイル提案ができるサービスを開発したい」という事業提案をしました。当初、先生は「本当に事業として成立するだろうか」と思案されていましたが、その後、何度も事業構想の協議を重ねた結果、辨野先生にも当社の特別顧問に就任いただくことができ、当社設立に至りました。
ー設立後は順調だったのでしょうか?
当社は、理化学研究所の辨野先生の研究成果を社会実装することを目的に設立したため、理化学研究所の「理研ベンチャー認定」の取得を前提にエンジェル投資家から開発資金を調達していました。ところが、私のような理化学研究所出身者でない人間が代表者となって認定を受けるケースは珍しかったので、何度も関係機関や委員会にご説明に伺い、認定をいただけるまでには約1年を要しました。晴れて認定をいただけたのは、まさにMykinsoサービスローンチの1週間ほど前でした。本当にぎりぎりでしたが、何とか認定を取得でき、投資家さんにも正式に事業開始の報告をすることができました。
腸内フローラと異業種とのオープンイノベーションで次世代のライフスタイルを提案
ーMykinsoが提供する病気にならないための処方箋としてのライフスタイルの提案は、医療、ヘルスケア分野の様々な業種・業態とのコラボレーションが可能だと思います。現在、企業や研究機関とどのような連携事例がありますか?
現在は主に食品メーカーさんを中心に、乳酸菌食品メーカー、食品通販会社、献立レシピサービスの企業さんなどとの連携が多いですね。
たとえば、献立レシピサービスは、パナソニックさんと共同でお客様の腸内フローラを解析し、解析結果からその状態に合わせた食生活を提案する「おいしく腸活」サービスを期間限定で開始する予定です。※取材後、2020年3月26日~5月31日の期間限定サービスを開始。
おいしく腸活とは、一人ひとりの解析結果に合わせ、補菌食材(菌そのものを含む発酵食品など)、育菌食材(菌を育てるオリゴ糖や食物繊維などを豊富に含む食材)を使った料理を、おいしく、手軽に行えるように開発した「パーソナライズレシピ・献立」を提供します。これら2つを組み合わせた腸活向けレシピ・献立を週替わりで配信し、食習慣づくりをサポートします。
また、共同研究機関としては、大阪大学、兵庫医科大学、北海道情報大学、大阪医科大学、神奈川歯科大学さんなど、15件ほどの研究機関さんがあります。それぞれ研究テーマが異なりますので、今後の研究成果によって様々な事業展開の可能性が広がってくると期待しています。
ー今後の事業展開はどのように考えていらっしゃいますか?
まずは、これまでMykisoサービスで蓄積した腸内フローラのビッグデータとサイキンソー独⾃のAI解析技術の分析を組み合わせ、より医療分野に踏み込んだ 「未病検知サービス」の研究・開発を進める計画です。
さらには、医療分野に限らず、健康増進に関わるヘルスケア分野も含めて、より細分化したソリューションを提供していきます。そのため、積極的に幅広い異業種とのオープンイノベーションに取り組む予定です。たとえば、フィットネスクラブ、リラクゼーションなど、ヘルスケア分野の事業領域の企業さんと連携を想定しています。さらには、職業別のソリューションも提案できるように、一見ヘルスケアとは関係がないような業種・業態とも連携できるとよいですね。
医療費の高騰、慢性疾患の増加で、セルフメディケーションの必要性はますます増大しています。DNAは変えられませんが、腸内フローラのバランスは自分で変えることができます。食生活や生活習慣、ライフスタイルを変えることで、未来の自分を変えることができるのです。パーソナライズされた腸内フローラ解析サービスMykinsoが、私たちの生活習慣や行動変革を促す、より魅力的なライフスタイルが提案できるプラットフォームとなるように、今後は、ヘルスケア分野に限らず、様々な企業さんと連携して、未病、医療サービスの開発を進めていく予定です。
ー腸内フローラの研究領域の奥深さと広がりがよくわかりました。今後の多様な業種・業態とのオープンイノベーションの可能性にも期待しています。本日はありがとうございました。
<プロフィール>
沢井 悠(さわい・ゆう)
東京大学工学部応用化学科卒業。イーソリューションズにて、先端医療ベンチャープロジェクトに5年関わる。その後、微生物ゲノム解析技術により有用化学品のバイオプラント開発を手がけるベンチャーにて経営企画職を経験。ヒト常在細菌叢(マイクロバイオーム)の世界を知り、2014年にサイキンソーを設立。
株式会社サイキンソー
https://cykinso.co.jp/
英文商号:Cykinso, Inc.
所在地:〒151-0053東京都渋谷区代々木1-36-1オダカビル2階
設立年月日:平成26年11月19日
資本金:3億7,824万円
代表取締役 沢井 悠
取締役 竹田 綾
取締役 小河原 大輔
特別顧問 辨野義己(理化学研究所 特別招聘研究員)
共同研究先:理化学研究所、大阪大学微生物病研究所
事業内容:人体の腸内細菌叢をDNA解析・評価してセルフケアに貢献するサービス提供