サーバーワークスCEO大石良氏に聞く~AWSクラウドでニューノーマルの働きやすい世界を
ウィズコロナの世界を見据え、あらゆる業界でニューノーマル(新たな常識・状態)へのビジネスシフトが喫緊の課題となっている。ニューノーマルへの対応には、社内システムの見直しも不可欠だ。そうした中、エンタープライズ向けAWS導入支援を手掛ける株式会社サーバーワークス(東証マザーズ4434)CEO大石良氏は、「これまでエンタープライズのクラウド化はDXの文脈で語られることが多かったが、コロナショックを機にニューノーマル対応によるクラウド化が加速している」と言う。今回は、同氏に、創業の経緯、AWSとの出会い、現下のエンタープライズのクラウド化の事例や今後の展開について聞いた。
AWSとの衝撃の出会い、伝道師への道
―まずはじめに、創業の経緯についてお聞かせください。
私は少し変わった環境で生まれまして、父、祖父、親戚も、皆、それぞれ会社を経営するような事業家の家系で育ちました。小学生の頃からコンピュータが好きでしたので、中学時代には「自分はいずれコンピュータ系の会社をつくることになるのかもしれないな」と漠然と意識するようになりました。大学卒業後、視野を広げようと総合商社の丸紅に入社。ISP(インターネットサービスプロバイダ)部門に配属になりました。ところが2000年のITバブル崩壊のあおりを受けて、ISP事業からの撤退を余儀なくされました。それを機に自らITベンチャーを立ち上げるべく独立し、当社を創業したのです。ちょうどドコモのi-modeが普及しはじめた時期。学生にも急速に携帯が普及し、全国の大学が高校生向けに生徒募集のためのオープンキャンパス情報を配信しようとしていました。まだスマホもない時代ですので、大学は通信キャリア毎にコンテンツを別々に作成して運用しなければなりませんでした。そこで私たちは全キャリア対応のモバイルCMSサービスを開発し、販売を開始したところ、これがヒットしまして、全国の大学に販路が広がっていったのですね。
―創業当時は主に大学向けのソリューションで事業を展開されていたのですね。では、その後、AWS(Amazon Web Services)とはどのように出会われたのですか?
はい。その後も大学を中心に事業を展開していきました。すると、大学から入試の合否発表もモバイルで配信したいというご要望を多くいただくようになったのですね。そこで第二弾のサービスとして「合否案内サービス」を開始することにしました。するとこれがまたヒットしまして、全国200校ほどの大学で導入いただくことができたのです。
ところがです。このサービスでサーバーが必要なのは大学の合格発表がある2月の特定日のみ。しかも、入試結果というセンシティブな情報を扱うためセキュアな環境が求められる。しかし、トラフィックが集中するのは、ほんの15分だけ。普段の月はサーバー3台程度あれば十分だったのですが、このほんの僅かな時間だけのために、セキュアなサーバーを200台も準備しなければならなくなったのです。これは何とかしなければならない、ということになり、調査をしたところ、当社のエンジニアが、「米国Amazonがインターネット上の仮想コンピュータを1時間10円で貸してくれるらしい」という話を聞きつけたのです。AmazonがAWS(Amazon Web Services)を開始した直後の2007年のことです。早速、まずは当社でAWSを導入してみました。私も実際に触ってみて、確かにこれはすごいぞと。これはITの世界をまるっきり変えてしまうのではないか、との衝撃が走りました。この業界は、結局のところ規模の経済の世界です。最終的にはAmazonのような巨人が巨大インフラを抱えて覇権を握るはずだと判断できましたので、2008年に「もうサーバーは買わない」と宣言して、AWSをトライアルすることにしました。1年後、「これはいける」と確信しましたので、2009年にAWSを自社利用だけでなく日本のお客様、特にエンタープライズに紹介し、クラウドの導入を支援するインテグレーション事業へと舵を切ったのです。
―なるほど。エンタープライズ向けのシステムアーキテクトのポジションを狙うという戦略は誰も気づいていないと考えたわけですね。では、そのような市場の黎明期においてエンタープライズ向けの顧客開拓は順調に進んだのでしょうか?
それが全く進まず、その後の数年間は惨憺たる結果でした。どこに行っても、クラウド? AWS?→知らない。サーバーワークス?→大丈夫?といった反応で見向きもされませんでした。
そんな状況が一変したのが、2011年の東日本大震災です。震災直後、日本赤十字社(以下、日赤)のコンサルタントをしていた大学の先輩から、「震災で日赤のサーバーがダウンした。一刻も早く復旧させたい。クラウドでなんとかできないか?」という緊急依頼が舞い込んできたのです。震災直後の営業日、早々に日赤さんに訪問し、必要な情報やデータを受け取ると、その日のうちにウェブサイトをAWSに移行して何とか復旧させることができました。
その機動力に驚愕されたお客様は、「至急、AWSで義援金を集められないか」と義援金サイトの立ち上げを希望されたのです。とにかく今自分たちにできることをやるしかないという使命感もありましたので、すぐさまエンジニアを手配し、わずか48時間で義援金サイトを立ち上げ、受付を開始することができました。最終的には、2年半で3,200億円もの義援金をインターネット経由で集めることができました。この事例がマスコミにも取り上げられて、AWSは災害などの突発的な事象にも対応できること、また、日赤さんのような公共性の高い組織でも、センシティブな情報をコントロールすればクラウドに預けても問題ない、という認識が社会に広まったのです。
―如何なる状況でも事業が継続できる可能性を追求することは、BCP(事業継続計画)やCSR(企業の社会的責任)の観点からも重要な視点ですよね。
その通りです。ちなみに、この話には背景がありまして、当初、私たちは日赤さんの事例は対外的に公表していなかったのですね。ボランティアで人助けをしたことを自慢して商売のネタにするようなことはしたくないと考えていたのです。ところが、そんな私たちのスタンスに対して、日赤さんのほうから、「なんで今回の事例を対外的に話をしないんだ?企業は社会の公器なんだからもっとしっかりと儲けて、それで義援金払って!」と諭されたのですね。さすがにハッとさせられました。確かにその通りかもしれないと腑に落ちました。この時から、私たちは考え方を変えたのです。
日赤さんの考え方は、こうです。「これからも東日本大震災のような災害は必ずある。被災直後はボランティアも義援金も集まる。でも本当に重要なのは、その後の復興で、それには圧倒的に時間もお金もかかる。だから、しっかりと利益を出している企業が継続的に資金的に支援をしてくれることが私たちにとって一番ありがたいことなんだ」と。「だから、今、ボランティアで支援してくれることにもちろん大変感謝しているけれども、本当は、サーバーワークスさんには、我々の復興に資する支援をしていただけるような社会性の高い企業になっていって欲しいんだ」ということを日赤さんが強く言ってくださったのです。私たちは、この想いに応えたいと思い、より強くIPOを意識するようになっていきました。収益性はもちろんですが、公的機関やエンタープライズが安心してインフラを預けられる社会的な信用のある、まさに社会の公器にならないとダメなんだと。その後、2012年には、日赤さんの事例をお知りになった大手マーケットリサーチ会社さんからの基幹システム200台ほどのクラウドへの移行を受託、2013年には総合商社さんの大規模なAWSへの移行を支援…、と、次第にエンタープライズの基幹システムの世界にAWSが浸透していったのです。
なぜエンタープライズほどAWSを選ぶのか?
―エンタープライズは、一般的には、セキュリティ面や、既存システムの環境との整合性などを懸念されるのではないかと思いますが、御社のクライアントはなぜAWSを選ぶのか。また、AWSの導入のメリットをどのように考えているのでしょうか?
AWSは、2006年のサービス開始以降、一度も全世界で同時にサービス停止をしたことがありません。このような高い信頼性が導入の最大の理由だと思います。たとえ一部に障害が発生しても、それが他に影響しないような分散コンピューティング環境が実現できているのです。これが競合クラウドとの違いで、設計思想から違うのですね。また、エンタープライズが基幹システムをクラウド化する最大のメリットは、サーバーの保守・メンテナンスに係るワークロード(仕事量)を最小化できることです。エンタープライズの場合、1社あたり500台~1,000台ものサーバーを保有しているケースも珍しくありません。1人のエンジニアがサーバーを保守できるのは業界平均で50~60台ほどと言われていますので、仮に300台のサーバーのある企業の場合、エンジニア5人分の保守業務が必要となります。その基幹システムをAWSに移行するだけで、自社でサーバーを抱えるより遥かに効率が良いということに気づかれたのですね。ただ、AWSに単純に移行するだけなら比較的簡単なのですが、エンタープライズ仕様の堅牢なセキュリティ、業務フローに沿った権限設定をしようとすると、複雑な設定が必要になります。そこで、日本で初めてAWSを導入した当社のような実績に基づく知見とテンプレートがある移行サービスが求められているのです。このようなAWSへの移行サービスを手掛ける企業は日本で数多くありますが、AWSからプレミアパートナーに認定されている企業は日本で10社です。そのうち7社が大手SIerさんです。ところが、大手SIerさんは、自社でもデータセンターや多数のサーバーを保有しているので、顧客企業にすべての基幹システムをAWSに移行しましょうという提案ができません。しかし当社はそのような制約がありませんので、フルにAWSを活用できる。クラウドのいいところを最大限に引き出せる提案ができますので、その点がお客様に評価いただいているのではないかと思います。
―今回のコロナショックによって、エンタープライズのクラウド化のニーズにはどのような変化が起きているのでしょうか?
これまでは、世界的なDX(デジタルトランスフォーメーション)の流れがエンタープライズの基幹システムのクラウド化を牽引する最大の動機でした。日本企業の人手不足の解消、ビジネスのデジタルシフトへの対応が喫緊の課題だったわけです。例えば、UberやAirbnbのような全く思いもよらないゲームチェンジャーの出現は既存の産業に非常に大きな脅威となっていました。これらの脅威に備えるために、新たなテクノロジーやクラウド化を推進する流れが2017年以降かなり強くなり、クラウド化の需要に繋がってきました。
ところが、2020年のコロナショックにより、テレワークの導入を始めとした、現場のオペレーションにおけるクラウド化の導入の流れが急速に進展。まずは血を止めよう、そのためにクラウドを使おう、という緊急避難的な措置としてのニーズが非常に強くなってきています。今後はむしろこの流れが強くなると思われます。
―例えば、どのような導入パターンがあるのでしょうか。具体的な導入事例をいくつかお聞きしたいのですが。
では、代表的なケースとして2つの事例をご紹介します。まず1点目は、J.フロント リテイリング株式会社さんの事例です。同社は、大丸、松坂屋、パルコを展開する百貨店事業と、不動産・クレジット金融・人材サービスなどの事業を展開されています。AWSを導入されるに至った背景は、小売業の枠を超えたマルチサービスリテイラーを目指す戦略を実現するためのICT戦略として、攻めのIT、守りのITを同時に推進する必要があったためです。具体的には、数百台のサーバーのクラウドへの移行、店舗のオペレーションの改善、働き方改革、セキュリティ強化といった、様々な課題を同時に解決する方策を検討されていたのです。結果的に、同社は、仮想デスクトップ「Amazon WorkSpaces」とシンクライアント「Choromebook」を導入されました。これまでシンクライアントというと数千万円超の投資が必要だったのですが、Amazon WorkSpacesとGoogleのChromebookの組み合わせであれば、1台あたり月1万円程度で導入が可能となります。Amazon WorkSpacesであれば、PCを社外に持ち出して自宅やカフェで仕事をしても、たとえPCを盗まれても、PCに情報が一切残りませんので、個人情報も端末に保存せずに済み、セキュアなネット環境さえあれば、いつでもどこでもクラウド上で業務ができるというものです。またChoromebookは数万円で購入できますので、故障しても修理するまでもなく、すぐに新品の端末に交換できるのです。そうすれば保守、修理、メンテナンスも不要で、すぐに業務が再開できます。つまり、社内のITヘルプデスク業務も負荷が軽減できるのです。このようにAmazon WorkSpacesとChromebookでセキュリティとテレワークを両立しようという声がかなり増えていますね。
次に、生協の食品宅配サービスを手掛けるパルシステムさんの事例をご紹介します。これまでは、一般的なコールセンターと同様に、広告やチラシを見たお客様からの電話に対して、オペレータが1件1件電話で対応して注文を受け付けていました。ところが、今回の新型コロナで、問い合わせが4~5倍に増加し、現在のスタッフでは全く対応しきれない状況となっていました。この状況を乗り切るために、パルシステムさんは、Amazon Connectという自動音声対応の注文受付サービスを導入されました。従来オペレータが対応していた注文処理を、ほぼそのままのコールフローを踏襲しながら無人で対応できるようにしたのです。この自動化の対応がスムーズに機能したことで、爆発的に注文が増えても難なく乗り切れたそうです。このようにサーバーだけでなく電話もクラウド化しようというニーズが非常に増えてきています。しばらくはこうした導入の傾向が続くのではないかと思います。
クラウドの潮流はDXから働きやすい世界へ
―今後の展開はどのように考えていますか?
現在のところ業績は順調に推移しておりますが、今回のコロナショックを経て、計画をアップデートしなければならないと考えています。先ほど申しあげた通り、これまでは、DXという日本企業共通の課題、人手不足とビジネスのデジタル化を推進する流れが主流でした。一方、今回のコロナショックで、テレワークが急速に普及し、新しい生活様式、ニューノーマルにあらゆる産業が対応を迫られる中で、クラウドが果たせる役割は非常に大きいと実感しています。そのような中、まずは緊急措置として導入したテレワークを起点に、どの領域を、どのような優先順位付けをしてクラウド化していくか、今、多くのお客様が計画を策定中です。私たちもそれに応じていかなければなりません。社会的なクラウドの重要性は変わらず、ビジョン実現に向けた道筋が変わってくるということになると思います。そこに我々もアジャストしていく必要があるということですね。
―では、その先に大石社長が描いている未来は、どのような世界なのでしょうか?
私たちには、「クラウドで、世界を、もっと、はたらきやすく」というビジョンがあります。今回のコロナショックでも、そのビジョンはまったく変わることはありません。
当社は、クラウドで私たちなりの新しい働き方を追求し、より働きやすい会社をつくっていきます。さらに、その知見をもって、お客様の会社に影響の輪を広げ、周囲を巻き込みながら、社会により良い影響を与えられるような存在になっていきたいと考えています。そういう良い循環が着実に広がっていくような世界を創りたいですね。
結局のところ、当社のようなベンチャー企業の存在意義は、社会実験だと思うのです。ちょっと変わった企業が、社会的に正しいことをしていれば成長できる。企業が成長し、様々なステークホルダー(顧客、取引先、従業員、株主などの)から慕われる存在なのであれば、その企業が社会から必要とされているということだと思うのです。
例えば、私たちは4月に全社テレワークを導入しましたが、その際に社員にテレワークの手当として月2万円を支給しています。これは当社の社員の発案で、クラウドでもっと働きやすい環境を作るために、それぞれの個人の事情に応じたテレワーク環境の整備を実現できるようにするための制度です。こういったビジョンを実現するための提案がボトムアップで上がってきています。さらには、こういった取り組みをお客様にお伝えして、共感いただければ何らかのアクションを起こしていただけるわけで、そのことによってより多くの人にとって働きやすい環境が社会に広がっていく。こうしたあらゆるものが繋がって影響を与え合っていくことがクラウドの真価であって、そのことによって1人でも多くの人が幸せになって初めて価値があるものだと思います。このような活動を通じて私たちのビジョンが共感されていくと嬉しいですね。そのために最適なソリューションがAWSだと思うのです。
なぜ上場を目指すと良いのか、その本質はプロセスに宿る
-最後に、これから上場を目指す方へのメッセージをお聞かせください。
今回のコロナショックを機に、上場を目指す企業が減ってしまうのではないかと危惧しています。しかし、私は、上場するかしないかということ以上に、「上場を目指す」という明確な意志のもと、3年、5年と、困難なことがあっても、経営者として、あるいは組織として、その意志を貫き、成長していく過程に本質的な意味があるのではないかと思います。私自身、そのことを実感している1人ですので、このことを1人でも多くの方にお伝えできれば幸いです。
<プロフィール>
株式会社サーバーワークス代表取締役社長 大石 良(おおいし・りょう)
1973年新潟市生まれ、1996年東北大学経済学部卒業。丸紅入社後、インターネット関連ビジネスの企画・営業に従事。2000年サーバーワークス設立、代表取締役に就任。「クラウドで、世界を、もっと、はたらきやすく」というビジョンを掲げ、企業の業務システムのクラウド移行に注力している。
株式会社サーバーワークス
https://www.serverworks.co.jp/
本社所在地 〒162-0824東京都新宿区揚場町1番21号 飯田橋升本ビル2階
代表者名 大石 良
設立 2000年2月21日
従業員数 148名 (2020年4月末日現在)
資本金 617,675,725円
事業内容
1.クラウドコンピューティングを活用したシステム企画・開発及び運用
2.インターネット関連システムの企画・開発及び運用
3.Saas/ASPサービス/IT商品の企画・開発及び運用
関連企業
株式会社スカイ365
認可・認定
情報セキュリティマネジメントシステム(ISO /IEC 27001:2005/JIS Q 27001:2006)
電気通信事業者(A-26-13677)
その他
IoT推進コンソーシアム(NICT スマートIoT推進フォーラム)
IoT推進ラボ
総務省テレワーク先駆者百選