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2021年03月31日(水)

Sansanデジタル戦略室室長柿崎氏に聞く デジタル時代に合わせて会社を変革するために必要な人材とは

経営ハッカー編集部
Sansanデジタル戦略室室長柿崎氏に聞く デジタル時代に合わせて会社を変革するために必要な人材とは

新型コロナウイルスの感染拡大により、働き方や価値観が変わりつつある現代。なかなか収束の兆しも見えず、経済への影響も計りしれない。ビジネス環境は猛スピードで変化しており、経営者は新たな生活様式に合わせた経営判断が迫られている。未来を見据えることがより困難な世の中になってしまった、と言える。
 
このような変化に対応しようと、「DXが急務」と考える企業も多い。そんな中、DXを推進していくリーダーとして「CDO」が注目されている。
 
法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」や個人向け名刺アプリ「Eight」などで知られるSansan株式会社。同社のデジタル戦略室室長である柿崎充さんは、自社のプロダクトを通じて、さまざまな企業のDX戦略に関わっている。また、「CDO Club Japan」の事務局マネージャーも務めており、世界のDX事情にも詳しい。
 
DXが声高に語られる中、日本の状況をどのように見ているのか。そして、企業にCDOは導入すべきか。柿崎さんに話を聞いた。

DXはITツールの導入ではなく、デジタルの力でイノベーションを起こすこと

Sansanデジタル戦略室室長であり、CDO club Japanの事務局マネージャーも務める柿崎充氏。

――柿崎さんは、多くの経営者にお会いしてDXについてアドバイスをされているそうですが、コロナ禍において経営者の姿勢はどのように変化していますか?
 
新型コロナウイルス感染症の流行以降は、本格的にDXに取り組もうとする経営者や企業が増えてきました。以前は、経営者がバックアップするでもなく、“とりあえず”でDXを推進する部署を作っている企業が多かった中、本格的に取り組み始めた企業が、肌感覚で5%から10%程度増えた印象を受けています。
 
――経営者のみなさんは、DXを進めていく上でどのようなことを課題に感じていますか?
 
よく課題として出てくるのは、「自社のカルチャー」です。「うちの社内風土だと、なかなかDXが進まなくて……」とおっしゃる経営者が多いですね。しかし、そこを議論しても正解はありません。
 
そもそもDXが進まないのは、その企業のミッションやビジョン、事業がデジタル時代の現在に合わなくなっているからです。大切なのは、ビジョンや事業そのものを見直すこと。カルチャーを持ち出して議論しても何も解決はしません。

こういった思い違いが発生するのは、DXを単なる「ITツールの導入」と考える企業が多いからです。本来DXは、会社ごとデジタル企業に変化させたり、デジタルの力を活用して新しい事業をつくり出したりしてイノベーションを起こすこと。
 
ですから、ITツールを導入する=DXというわけではありませんし、ITツールを使って働き方を変えたり、コスト削減や生産性アップを目指したりするのは、DXとは少し方向性がずれてしまっていると言わざるを得ません。
 
経済産業省のレポートに、IT投資における日本とアメリカの違いが掲載されています(下図参照)。IT投資には「攻めの投資」と「守りの投資」があるのですが、海外は攻めの投資、日本は守りの投資に寄っているのがわかります。この傾向は、DXという言葉の認知が高まってからもあまり変わりませんし、企業の規模も関係ありません。

IT投資における日米比較 出典:一般社団法人 電子情報技術産業協会 「2017年国内企業の「IT経営」に関する調査」(2018年1月)から作成出典:一般社団法人 電子情報技術産業協会 「2017年国内企業の「IT経営」に関する調査」(2018年1月)から作成

――日本企業が守りの投資になりがちなのはなぜですか?
 
費用対効果(ROI)を求めるからではないでしょうか。DXはまったく新しいことに取り組むので、投資に対する効果は判断しづらいものです。にもかかわらず、社員が「挑戦したい」と言ったことに対して、経営陣がそれを持ち出すため、話が進まなくなってしまうのだと思います。
 
現状への危機感があり、事業変革に積極的にコミットしようとする経営者がいる企業なら動きは早いのですが、9割以上はそうではありません。その結果、新しい価値を生み出す攻めの投資よりも、コスト削減や業務効率化などを目的とした守りの投資に偏ってしまうのだと思います。
 
実際に話していても、ROIを持ち出す経営者は多いです。DXによりミッションが変われば会社の評価軸自体も変わってきます。ROIばかりに目を向けていると、DXはうまくいきません。
 
また、日本のクラウド導入が進んでいないことも原因の一つです。日本は海外に比べて、クラウドの導入が10〜15年も遅れていると言われています。現在はさまざまなクラウドツールがあるのだから、便利なものがあれば率先して導入し、ツールを活用した業務の見直しを行なえばいいだけではないでしょうか。
 
自社に合わなければ、変えることだってできます。しかし、いまだに自分たちでまかなおうとする企業や、ITベンダーに依存して自前のシステムを作ろうとしている大企業も多い。そのため、、なかなか攻めの投資に転じることができていないのだと考えます。
 
――まだ、本来のDXに踏み出せていない企業が多いということですね。
 
そうですね。PwCコンサルティングの資料「2020年Chief Digital Officer(CDO)調査」内の「デジタル化の推進状況およびその推進姿勢」(下図参照)にあるように、日本ではデジタル化を「同業他社並みに進める企業」や「他社が導入し始めてから」という企業が約75%を締めています。

デジタル化の推進状況およびその推進姿勢 出典:Strategy&による日本のCDO調査(2020年7月)出典:Strategy&による日本のCDO調査(2020年7月)

DXは、自分たちでリスクを負って新しいことに取り組むわけですから、「他社が取り組んでいるからする」というのは、DXに取り組む姿勢とは言えません。当然、他社の事例も参考にはならないのですが、DXを捉え間違っている人が多いため、事例を聞かれることもよくあります。
 
「周囲と足並みをそろえる」といった考え方は、日本の教育にも関わってくる根深い問題です。加えて、今まではアメリカという解があった影響も大きいでしょう。しかし、DXは、それを打ち破って新しいことにチャレンジしていくことであり、マインドを変えることはなかなか難しいのかもしれません。

デジタルネイティブ世代やZ世代の知識と感性を最大限に生かす

――そもそも、なぜDXに取り組む必要があるのでしょうか。
 
テック企業に対抗していくためです。今、DXによって業界の垣根はなくなったり壊されたりしています。例えば、Googleは広告業界を、Amazonは出版業界を壊しました。この波はどの業界にも起きていて、これまでは規制に守られていた製薬業界なども今は危機感を感じています。
 
これまでは業界の中だけで戦っていればよかったのですが、今はテック企業に業界ごと潰されてしまう可能性がある。テック企業はもともとデジタル企業なので、対抗していくためには自分たちもデジタル企業にならざるを得ないんです。私は、こういった危機感からのDXを「問題解決型DX」と呼んでいます。しかし、問題解決だけに取り組んでいくのはつらいし限界がある。

だから、私は、自分たちが「やりたい」と思うことを形にする「創造型DX」をおすすめしています。そのほうが楽しくやりがいを持って長続きしますから。前述の製薬業界では、これまでの製薬の問題解決に限らず、スマホゲームで治療するサービスを生み出す創造型DXに取り組んでいる会社があります。

Sansanデジタル戦略室室長であり、CDO club Japanの事務局マネージャーも務める柿崎充氏。

――DXを進めていくにはどうしたら良いのでしょうか?
 
まず、経営者のみなさんは「自力だけではできない」と理解したほうがいいでしょう。できる人・詳しい人にお願いする発想が大事ですし、どんなに優れた人でもDXは一人でできるものではないからです。リーダーシップをとって、さまざまな立場の人を巻き込みながら進めていく必要があります。
 
「うちにはDXできる人材がいない」と言われることも多いのですが、決してそんなことはありません。例えば、新卒社員のほうがITの活用方法をよく知っているので、彼らに任せることができる体制づくりをするのも大事です。
 
抵抗勢力からつぶされない環境をつくるのもその一つです。DXはまったく新しいことに取り組むので、それがどのくらいの利益を生むかどうかは誰にもわかりません。そのため、保守的な役員や既存業務の部門から不満が出ることも十分に考えられます。
 
ですから、既存の職場とは別の場所に働く場所を用意したり在宅勤務をOKにするなど、彼らが会社組織からは一歩出て、俯瞰した目線で発想できるオフィス環境を整え、しっかりバックアップしてあげることも重要です。DXを進める人たちは、数字の見えない不確実なものに取り組んでいるのですから。
 
また、同じ業界ではなく、全然違う業界の方から話を聞くのも効果的です。例えば、建設業の経営者でうまくいっている方は、小売業の話を参考していたりします。小売業のほうが、物が多いこともあってDXが進んでいるからです。
 
DXに業界は関係ありません。年齢や人種、業界などにとらわれず、海外からも学ぶといった姿勢も必要なのではないかと思います。

本気で会社をデジタル企業にしていくためのリーダーを見出す

――現在、CDOが注目されていますが、CDOが果たすべき役割について教えてください。
 
CDOは、会社を本気でデジタル企業にしていく役割を担っています。海外だと、CDOという役職でなくても、DXのリーダーといった位置付けで年齢や性別関係なく、Faceboookのようなデジタル企業から呼ばれて就任することが多いです。
 
しかし日本では、年功序列の考えが根強いため、会社のナンバー2や取締役の誰かが就任することが多い。そのため、本来の目的とは少し違っているようにも感じています。必要があれば、社外の人材が就任してもいいと思うのですが、日本にはそういった発想をする企業はまだ多くはありません。
 
私としては、CDOは顧客のことを一番知っている人、またはどうすれば知ることができるか、その手段をわかっている人がなるべきだと考えています。DXを進める上では顧客のことをよく知っておく必要があるからです。
 
もし、社内から探すのであれば、R&D(研究開発)系の人が向いているように感じています。今まで物づくりに携わってきている方々なので、そういった人が何か一つ事業をつくるだけではなく、全社を統括すると早いのではないでしょうか。

Sansanデジタル戦略室室長であり、CDO club Japanの事務局マネージャーも務める柿崎充氏。

――CDOを置く規模にない企業も多いと思うのですが、そういった場合はどのような人材を活用したら良いでしょうか?
 
顧客をよく知っているという点で、中小企業だったら営業担当が向いているのではないでしょうか。DXはITに絡むので、CIOやIT担当などをイメージしがちですが、彼らがCDOになるのは意外と難しいのではないかと思います。なぜなら彼らの仕事は、新規事業に取り組むことではなく、今の業務に合わせたシステムを入れることだからです。
 
さらに、デジタルネイティブ世代やZ世代がもつ「こういったことはITを使えばすぐできる」といった発想やアイデアを生かすことも重要です。今はさまざまな助成金もあるので、DXの研修などに参加をしてもらい、社内にDX人材を確保していくのが現実的ではないかと思います。
 
――最後に、経営者のみなさんへメッセージをお願いします。
 
DXは、ITツールの導入による生産性向上といった表面的な改善ではなく、今の時代に会社のミッションや事業そのものが合っているかを見直していくことです。その際の評価軸は、費用対効果や生産性ではありません。例えば、イーロン・マスクが宇宙開発に乗り出していますが、費用対効果は測っていないと思うんです。
 
ミッションは、時代に合わせて変わってもいい。Sansanのミッションも、私が入社した当時は「ビジネスの出会いを資産に変え働き方を革新する」でしたが、今は「出会いからイノベーションを生み出す」に変わっています。やはり時代に合わせて変化しているのです。
 
DX推進おいて、デジタルに関する感覚やSDGsへの意識も高い、デジタルネイティブ世代やZ世代から学ぶことは多いと思います。現場を知っている彼らの意見を信頼して、これからの時代に合う新しい事業を生み出していってください。
 
(執筆:神代裕子 撮影:藤原慶 編集:杉山大祐/ノオト)


<プロフィール>
柿崎充
Sansan株式会社 デジタル戦略統括室 室長/
一般社団法人CDO Club Japan 事務局マネージャー

慶應義塾大学在学中の2000年に共同創業メンバーとして起業に参画、その後2003年に自ら経営者として起業し中国瀋陽にも進出。2006年外資系コンサルティングファームのプライスウォーターハウスクーパース(旧ベリングポイント)入社。グローバル経営戦略やグループ経営管理態勢の調査・立案、金融機関のシステム・セキュリティ監査、内部統制強化支援、IR・統合報告支援などに幅広く従事。2013年よりSansanに入社し、2016年6月より現職。2018年より一般社団法人CDO Club Japanにも参画し、日本およびグローバルでデジタルトランスフォーメーションに関する調査・支援に取り組んでいる。

 

 

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