窪田製薬ホールディングス窪田良代表に聞く〜ウェアラブルデバイスで近視を根絶、白内障、緑内障も防ぐ
成人の約半数が近視といわれる「近視大国」日本。しかし近視は日本だけではなく、世界的にも急増している。オーストラリアのブライアン・ホールデン研究所の予測によると、2050年には世界人口の半数にあたる約50億人が近視になるといわれ、そのうち約9億人は失明リスクのある強度の近視だという。近視はまさに「深刻な公衆衛生上の懸念」(WHO)なのだ。一方で、近視はメガネやコンタクトレンズで矯正するか、レーシックなどの屈折矯正手術に頼るのが一般的で、根本的な治療法はないとされてきた。その常識を「クボタメガネ」が覆すかもしれない。クボタメガネは、網膜に人工的な光刺激を与えて近視の進行の抑制や治療を目指す近視治療用メガネ型デバイスだ。今回、開発者であり眼科医の窪田製薬ホールディングス株式会社(東証マザーズ4596)代表、窪田良氏に、そのメカニズムや創業の経緯、今後の展望などを聞いた。(2021年6月29日取材)
革新的な開発で世界に貢献する眼科医療ソリューション・カンパニー
-はじめに事業内容をお聞かせください。
当社グループは、世界中で眼疾患に悩む方々の視力維持と回復に貢献することを目的に、当該領域のイノベーションによって医薬品・医療機器を創出し、実用化につなげる眼科医療ソリューション・カンパニーです。当社の100%子会社であるクボタビジョン・インク(米国)が研究開発の拠点となって、革新的な治療薬や医療技術の研究開発に取り組んでいます。
パイプライン(開発品群)では、エミクススタト塩酸塩を中心とする低分子化合物に加えて、近年は、今後高い成長が期待されている医療機器や遺伝子治療の分野にも注力しています。これにより、パイプラインの価値最大化を図っています。
医療機器分野においては、患者が自宅にいながら網膜の検査ができる超小型モバイルOCTのほか、当社独自の「クボタメガネテクノロジー」を活用して近視を抑制するウェアラブル近視デバイスの開発を行っています。
-クボタメガネテクノロジーの概要はどのようなものですか?
近視の多くは軸性近視と診断され、眼軸が伸展することにより起こるとされています。眼軸長が伸びると、眼球の中で焦点が網膜より手前に位置づけられるため、遠くが見えにくくなります。こうした近視に対して、クボタメガネテクノロジーは、AR技術を医療・治療用に転用し、網膜に人工的な光刺激を与えて近視の進行の抑制や治療を目指すものです。
クボタメガネテクノロジーにより眼軸長に与える効果の検証を行ったところ、まず同技術を用いた卓上デバイスでは、21歳~32歳の被験者12名に対して行った概念実証試験において、眼軸長が対照眼と比較して短縮することを確認しました。次いで、同技術を用いたウェアラブルデバイスでも、18歳~35歳の25名の近視傾向のある被験者に対して同様の効果検証が完了しました。
通常、眼軸長は年齢と共に伸びたり成長が止まったりするもので、人工的な光によって眼軸長が短くなることは、世界でも前例がありません。当社では、早期の商業化に向けて開発を継続し、メガネのいらない世界の実現に向けて開発を推進する方針です。
米国の常識を破る創業。ミッションは「失明を撲滅する」こと
-創業の経緯についてお聞かせください。
以前、ワシントン大学で研究していたとき、私が発明した新しい技術に対して投資していただける方に出会うチャンスがありました。この機を活かそうと、2002年4月にシアトル市で変性眼疾患の治療法および医薬品のスクリーニング・システムの開発を目的とした会社をスタートしたのです。とはいっても、その当時は何が何でも起業しなければならないという意識はあまりなく、まさかここまで続く会社になるとは思ってもいませんでした。
-起業文化が浸透したアメリカでは、医師の起業もごく自然な流れだったのでということですか?
実はそうでもなくて。起業文化が根付くアメリカでは、バイオテック分野でもプロの経営者、起業家が山のようにいます。その中で、初めて起業する人が投資家をアトラクトするのは非常にハードルが高いのです。
「一流の技術と二流の経営者に投資をするのか、二流の技術と一流の経営者に投資をするのか」といったら、マネタリーリターンを考えれば後者に投資をするのが常識です。その判断にはやはり一定のトラックレコードが必要ですから、なかなか難しい部分がありました。
また、アメリカでは一般的に、医師はもっとも起業や経営に向かないタイプの職業だと見られています。医師はどちらかというとインディビジュアルコントリビューターで、チームをまとめて牽引していくベンチャー企業の経営とは全く違う世界にいると思われているのですね。実際、アメリカにいる私の医師仲間で起業した人は一人もいません。
アメリカはベンチャーの仕組みが成熟していて、明確に役割分担されています。だから私のような技術を持っている人は、むしろ経営者を探してきて、起業はその人に託して自分は技術供与をする形をとるのが一般的です。大学教授が大学を辞めてまで自ら起業するなんて、周囲からはよく「クレイジーだ」といわれたものですよ。
-常識にとらわれずチャレンジされたのは、チャンスがあるならご自身が発明した技術の価値を世に問いたいといった意識があったからでしょうか。
当初はそうでしたね。しかし、起業してすぐに、その考えは捨てました。重要なのは、私の技術を世に広めることではなく、それが世界を変えられる有用な技術かどうかです。疾患を抱えている方々からすれば、別に誰の技術だって構わないのです。そのため、自分の技術中心というよりは、課題解決中心の会社になっていったということです。
つまり、技術には拘らず、とにかく失明を撲滅しようというビジョンが徐々に固まっていったということです。もともと私は、人生のテーマとして、失明を無くすることに興味がありました。大学を辞めて軸足がベンチャーに移ったことで、会社の事業として自分のライフミッションである失明の撲滅に取り組もうという考えに移っていったのです。
-失明の撲滅をミッションにしたのはなぜですか?
私自身が網膜剥離になりかけたことがあり、子どもの頃から目が見えなくなることに対して非常に問題意識を持っていました。失明をなくすことは、個人的にとても関心を持てるテーマだったのです。
なおかつ、日本人が世界に貢献できることを広げていきたい考えもありました。もしかしたらガン治療やエネルギー問題の解決などでもよかったのかもしれませんが、私は失明を撲滅することでグローバルにインパクトを与えるような貢献をしたかった。「失明の撲滅は人類に普遍的に喜ばれることだ」という思いはありましたね。
-上場を決意するきっかけは?また、その時ナスダックに上場するお考えはなかったのでしょうか。
私たちは資金を必要としていたし、投資家としてはイグジットが必要だったという、その両方ですね。上場はナスダックでもよかったのですが、当時は日本の市場のほうが上場しやすかったですし、上場したときのバリュエーションも高く、自分たちの価値が高く出るほうを選択して上場したということです。
サイエンスは単純なものほど美しくインパクトが大きい
-創薬からハードウェア開発にも踏み込んだのは、あらゆる角度から失明撲滅にアプローチしたいというお考えからですか?
そうです。先述の通り、私たちは技術だけを偏重するのではなく、最終的に課題をどうやって解決するか、そのためのソリューションを提供するほうが大事だと思っています。ですので、創薬だけでなくハードウェアも含めたソリューションを提供するのは自然な流れだったというわけです。ハードウェア開発のきっかけは、薬と同じことをデバイスでもできないかと考えたことです。
あるとき、睡眠リズム障害や季節性感情障害の治療などに用いられる「光療法」にヒントを得て、コンタクトレンズから光を出す技術を開発することになりました。その過程で、他に使える用途はないかと探しているときに、デバイスを使った近視抑制に行き着いたのです。
ここで、テクノロジーの内容をもう少し詳しく説明しましょう。近視が起きる最初の原因は、網膜におけるシグナリングです。人間の目の成長過程では、網膜が、目を正常な形に成長させるための司令塔の役割を果たしています。それが様々な理由から網膜からの司令を誤解し、眼軸が大きく成長しすぎるのが近視だということが、近年、わかってきました。適切な像が網膜に結ばれないと、目が間違った方向に成長してしまって近視になるのです。
本来、角膜・水晶体・網膜の比率が正しい形で成長しないとピントが合いません。そうならないように、網膜が非常に精密なレベルで制御しているのですね。しかし、近くのものばかり見ていると、網膜の果たす制御の役割が乱れてしまい、遠くが見えにくい近視になってしまう。それを防ぐため、ARを応用して網膜を少し手前に引っ張るような効果をもたらす画像を投影できる装置が、当社のウェアラブル近視デバイス「クボタメガネ」です。
-クボタメガネの開発には、そうした背景があったのですね。
今後は、クボタメガネテクノロジーをスマートコンタクトレンズにも応用し、実用化を目指します。将来的には、AR機器やVR機器などにも展開し、子どもの近視予防への応用を期待しています。
現代社会の子どもは屋内で暮らすことが多く、どうしても近見作業が増えてしまいます。そうした子どもに、まるで外で遠くを見ているかのような状態に“目をだまして”あげる。それが私たちの技術です。いわば、遠くを見ているフリをしているだけですから、単純といえば単純な理屈なのですが(笑)。
-技術がシンプルであるからこそ、小型化できたり、さまざまなデバイスに応用したりできると。
その通りです。私は「シンプル・イズ・ベスト」だと思っていて。ですから当社の技術は、基本的にわかりやすいものばかりですね。シンプルなことをする、というのが、30年間の研究で貫いてきたモットーです。サイエンスは、単純なものほど美しくインパクトが大きいのです。
1日数時間の着用で近視抑制・治療が期待できるクボタメガネ
-そもそも世界にはどれくらい近視の人がいるのですか?
2020年時点で世界の全人口の34%が近視であるというデータがあります。近視人工は今後も急速に増加し続けると予想され、2050年には世界の全人口の半分を占めるといわれています。いわゆる糖尿病や肥満、高血圧といった有病率の高い疾病よりも、患者数がはるかに多いわけですよね。特にアジア諸国で近視が急速に増加しており、20歳以下の近視保有率が90%を超える国も少なくありません。
アジアに近視が多い理由は、遺伝的な影響だけでなく、やはり近見作業が多いという環境的な要因も大きいのです。とくに最近はコロナ禍で近視の子どもが急に増えているという報道も目にしますが、それは子どもが家にいる時間が増えているためだと考えられます。
-近視は遠くが見えにくいことの他にもリスクがあるのでしょうか。
眼軸が伸びるということは、眼球が後ろに伸びているので、網膜が引き伸ばされている状態です。引き伸ばされて薄くなりすぎると、将来、黄斑変性症という病気になったり、穴があいて網膜剥離になったりするリスクが高まります。ゴムと一緒で、あまりにも引っ張られて薄くなると穴があきやすくなるのです。緑内障や白内障も、近視がなければ相当数減るといわれています。
実際、近視がない人に比べると、二次性眼疾患の合併リスクは軽度の近視でも発症率が約2倍、網膜分離症においてはひどい近視だと100倍以上も発生頻度が上がるというデータもあります。そこで近年は、近視は治療すべきだというのが新しい考え方となっています。
「メガネやコンタクトレンズ、レーシックもあるじゃないか」と思われがちですが、それでは眼軸が長い状態を放置していることに変わりはなく、根本的な解決にはなりません。近視は将来さまざまな疾患につながるリスクファクターであり、きちんと治療しましょうということを私たちは訴えていきたいのです。
これまで、どうしても「近視は治療すべき疾患である」という考え方が希薄でしたが、ようやくソリューションが登場しはじめたことで、近視治療はますます広がっていくのではないかと思っています。
-そうしたソリューションの中で、御社のウェアラブル近視デバイス「クボタメガネ」が優れている点はどこですか?
そもそもクボタメガネに用いているMyopic defocusという原理は、視界の中心部はピントを合わせた状態のまま、網膜周辺部のピントを手前にぼかすというもの。こうすることで、網膜を勘違いさせ、近視の進行を抑制しようとしています。
当社はアクティブスティミュレーションという、網膜に人工的な光刺激を与える独自技術を持っています。受動的な刺激を用いる従来製品(パッシブデバイス)よりも、私たちの技術では光の強さを強くしたり、投影する映像のパターンを変えたりすることで、効率よく刺激を送ることができるのです。
例えば、真っ白な壁を見ているだけだと、コントラストがないので刺激としては弱く、遠くを見ているのか近くを見ているのかわかりません。近視を治すためには、コントラストと物体があることが非常に大切で、網膜に投影されている映像の質も重要になってきます。
そこで私たちは、網膜周辺部にもっとも効果的な映像を投影することを実現しました。クボタメガネには、ナノスケールのプロジェクターが組み込まれており、網膜に像を投影しています。それにより、映像の明るさや質を自由自在にコントロールできるのです。つまり、より自然な見え方を維持しながら、網膜に送るべき情報を最適化できるのが最大の特徴です。
2020年12月に完成した「クボタメガネ」の初期型プロトタイプ
-効果を得るために、1日の使用時間はどれくらい必要でしょうか。
今、世に出ているパッシブデバイスは、1日約10時間の使用を勧めるものがほとんどです。これでは「起きている間は、入浴のとき以外ずっとつけていてください」といっているようなものですよね。
一方、クボタメガネはより短時間の使用で、高い近視抑制効果の実現を目指しています。歯の矯正でも24時間ずっとつけているのは鬱陶しいものだと思いますが、それが1日数時間で済むというイメージですね。デザイン面も改良をして、より生活になじみやすくファッション性のあるものを開発しています。
台湾での認可を突破口にグローバル展開を目指す
-クボタメガネはどれくらいの市場規模を見込んでいますか?
クボタメガネテクノロジーのターゲットは、2030年時点で、見込まれる全世界で最大1兆3,000億円の市場です。これはレーシックも含めた屈折矯正や近視治療の市場をもとに算定したもので、メガネやコンタクトレンズの市場を含めれば、もっと大きくなるでしょう。子どもの頃にクボタメガネを4〜5年かけることによって、一生コンタクトレンズやメガネを使わなくてよい、というところまで技術が確立できれば、メガネやコンタクトレンズの市場を取りにいける可能性もあります。
歯の矯正と同じで、小さいときに直してしまえば一生歯並びに悩まず、虫歯にもなりにくい状態が続きますよね。同様に、「近視も、子どものときに矯正しておきましょう」という意識を一般に広げていきたい。それが私たちの信念です。ですから、クボタメガネの価格設定も、他の近視治療や歯列矯正と同水準にまで抑えられるように努めています。
-2021年5月には、台湾で医療機器の製造許可を取得されたそうですね。なぜ台湾からなのでしょうか?
私たちが知る中では、台湾がもっとも多くのパッシブデバイスを認可した前例を有していました。そういった意味では、認可を判断する行政機関が近視抑制についてよく理解しているといえます。日本ではまだ近視抑制のデバイスが認可された例もありません。まずは前例のある台湾から出していこうということですね。もちろん、台湾のほうが人口あたりの近視率が高いことも理由の一つです。
-今後はどのような展開をイメージされていますか?
現在、台湾にて「クボタメガネ」を医療機器として製造することが可能となりました。今後は台湾での販売を進めつつ、他の国にも販売網を広げていく考えです。とはいえ、国によって提出するデータの量や治験の有無などの基準はさまざまです。できる限り早く認可いただける国から進めて、データを蓄積しながら、徐々にクローバルに展開していきたいと思っています。
-台湾での医療機器製造許可取得が大きな突破口を開いたというわけですね。
そうですね。小さな一歩ではありますが、そこから少しずつ進んでいくことが大切だと思っています。というのも、私たちはまだ物を販売したことがない会社ですから。クボタメガネは数百点の部品をアッセンブルした非常に精密な機器ですし、こうした機器をきちんと製造するだけでなく、販売やサービスまで丁寧に行うには、一つひとつ経験を積む必要があります。いきなり大きな市場を狙いにいくというよりは、身の丈に合った成長を目指していく方針です。そのうえで、なるべく早期の商業化に向けて開発を続け、いずれはメガネのいらない世界を実現したいですね。
また、ウェアラブルデバイスから得られる新たなバイタルデータを世界中から収集することで、新薬開発や病気の診断・予防・治療などにも活かしたいです。こうした収集から活用までのエコシステムを構築し、眼科領域のビックデータカンパニーを目指したいと考えています。
<プロフィール>
窪田良(くぼた・りょう)
慶應義塾大学医学部卒。医学博士 。研究過程で緑内障原因遺伝子であるミオシリンを発見、「須田賞」を受賞。眼科臨床医として、網膜疾患、緑内障や白内障などの執刀経験を持つ。2000年に渡米し、ワシントン大学で助教授として勤務。2001年に独自の細胞培養技術を発見する。2002年4月、シアトルでアキュセラ・インクを設立。2016年、窪田製薬ホールディングス株式会社代表執行役会長、社長兼CEO就任(現任)。
窪田製薬ホールディングス株式会社(Kubota Pharmaceutical Holdings Co., Ltd.)
https://www.kubotaholdings.co.jp
本社所在地:東京都千代田区霞が関3-7-1 霞が関東急ビル 4F
設立:2015年12月
グループ会社:Kubota Vision Inc.(クボタビジョン・インク)
アメリカ合衆国ワシントン州シアトル市、ユニバーシティーストリート600、2900号
出資比率100%、完全子会社