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2022年07月14日(木)

スローガン伊藤豊社長、北川裕憲取締役に聞く~新産業を生み出すために人的資本市場を創造するとは?

経営ハッカー編集部
スローガン伊藤豊社長、北川裕憲取締役に聞く~新産業を生み出すために人的資本市場を創造するとは?
長らく低迷にあえぐ日本経済が活路を見出すには、産業や研究のイノベーションが重要であることは論を俟たない。2022年6月7日に発表された政府の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、国を挙げての科学技術・イノベーションやスタートアップへの重点投資が掲げられている。そして、「創造的なイノベーションと経済成長は、人の力が最大限発揮されることによってもたらされる。」と、イノベーションの鍵が人にあることを謳っている。異論を挟む余地はないが、2005年創業時からこのテーマに向き合い続け、成長産業領域に人が向かわない労働市場の歪みこそが問題なのだと指摘するのが、スローガン株式会社代表取締役社長の伊藤豊氏だ。同社は、2005年に創業、少子高齢化・人口減少する日本社会において、マクロトレンドの影響を受けやすくアップサイドが限定的と考えられる伝統的大企業ではなく、成長ポテンシャルのあるベンチャー企業に成長志向・挑戦意欲のある優秀な新卒学生の目を向け、採用・就職を支援する事業を始めた。同社のミッションは「人の可能性を引き出し 才能を最適に配置することで 新産業を創出し続ける。」だ。今では、成長産業分野への人の流れをつくり、スタートアップやベンチャーだけでなく、大企業へのイノベーション人材の供給も含めて、新産業の創出に資する日本の人的資本の基盤づくりに取り組んでいる。2021年11月、東証マザーズ市場に上場(現東証グロース:9253)し、ようやく成長フェーズに到達できたという代表取締役社長の伊藤豊氏、およびIPOを支えた取締役執行役員CFOの北川裕憲氏に、今後の成長戦略を聞いた。

スタートアップ・ベンチャー企業でイノベーション人材を創出することを基点に事業展開

-はじめに事業の背景や事業概要を簡単に教えてください。

伊藤:日本社会において産業が健全に発展していくためには、常に新産業の創出や企業内で新規事業への挑戦が行われる新陳代謝が必要です。そのためにはイノベーションを起こす経営人材の輩出が重要な鍵となります。

しかしながら、伝統的大企業では昔ながらの雇用慣行や、硬直的な人事制度等により、20代、30代はほぼ横並びでスキルの差がつかず、40代以降になってはじめて差が生まれるキャリアトラックとなる傾向があります。結果的に、キャリア開発が遅れ、伝統的大企業においてイノベーションが生れにくいという事態を招いているのです。

一方で、業態自体が新産業に属する、ベンチャー企業やスタートアップでは、もとより人材やポストが不足しているため、20代、30代で数多くのハイレベルな経営課題に取り組むことができ、経営人材として成長できる良い環境があります。

ところが、多くの学生は正しい情報や知識の不足によって、知名度の高い伝統的大企業に就職してしまい、成長の機会を逃しているという実態があります。これによって次世代の日本社会を担う若手人材が、成長可能性が高くこれからの日本経済を支える新産業領域の企業に行かないという歪み(ひずみ)が生じており、未来の日本社会にとって大きな損失となっているのです。

そこで私たちは、イノベーションの担い手となる経営人材としての可能性を早期に発掘し、スタートアップやベンチャー企業などの成長分野への人材移動と労働市場の健全な流動化を図り、若い経営人材を社会に増やすことで経営層におけるダイバーシティを推進しているのです。

20代~30代で経営人材になれるキャリア開発の場を創出することで、スタートアップ、ベンチャー企業はさることながら、ゆくゆくは場数を踏んだ経営人材が転職を通じて大企業にも浸透し、日本全体としての新産業の発展に貢献することができると考えています。

その基盤とするため、2006年から新卒学生向けに厳選就活プラットフォーム「Goodfind」の運営を開始いたしました。成長性の高い新産業領域の企業を厳選し、新卒学生に対しては、セミナーやイベント等のコンテンツ提供やキャリア面談により、成長分野への挑戦を志すような行動変容を生み出します。企業に対しては、挑戦意欲や成長志向の高い人材の紹介を行っています。

新卒学生に対するアプローチについては、プラットフォームを活用したコミュニティの中で、ロジカルシンキングやグループディスカッション等のスキルアップセミナー、厳選企業を集めたイベントやセミナー等の開催、厳選企業のインターンシップ等を行い、正しい情報や知識を基に気づきを促す多様な機会を用意しています。また、新卒学生に対する個別のキャリア面談も行い、学生一人ひとりの成長支援にも踏み込んでいます。さらに、「Goodfind College」を通じた学習コンテンツの提供を行い、成長機会やキャリア構築に関する支援も行っています。

中途人材採用領域では、2014年から開始したベンチャー・スタートアップ求人特化型エージェント「Goodfind Career」があり、スタートアップ・ベンチャー企業の求人に特化した転職エージェントを行っています。また、2022年からは、社会人3年目までのハイポテンシャル人材向けのキャリア支援サービス「G3」も開始いたしました。

さらに、メディア分野としては、「FastGrow」、SaaS分野として「TeamUp」があります。「FastGrow」は魅力的な新産業領域の企業発掘や、創出機会を啓発していく、若手イノベーション人材向けビジネスメディアとなっています。また、「TeamUp」は企業が採用した人材が定着・活躍するように1on1でフォローする仕組みをつくるSaaS型HRサービスとなっています。

 

 

スローガン創業の経緯と企業理念の深化

-創業の背景を教えてください。

伊藤:先述のように伝統的な大企業における固定的な雇用慣行及び学生のブランド選好が強い求職市場の傾向のため、新しい産業への就業者はなかなか思うように増えていません。本来は多くの人材を投じる必要がある新興成長企業おいてはどこも採用難で人材不足が続いているという歪みが生じており、これを解決していく必要があります。

私が、このような問題意識に目覚めたのは、外資系企業の日本支社に在籍していた時でした。世界に拠点があるグローバル企業で業務を遂行するなか、マクロ的に見ると、世界の中で日本の存在感がじわじわ下がっていくのを肌で感じていました。少子高齢化で労働人口が減少、経済力が低下する中、大きな産業は必然的にマクロトレンドの影響を受けて停滞、縮小の危機にある。また、外資系とはいえ大企業で、取引先との関係も安定的で変化の少ない環境下、自身の成長にとっての焦りも覚えていました。
    
そんなとき、たまたまグループ内のある小さな関連会社が人材公募を出しており、そこに応募する形で、出向する機会に恵まれました。ここで、はじめてベンチャー企業の実態を知ったわけなのです。仕事は山のようにあるのに人がいない。ベンチャー企業は今、規模が小さいから、あるいはブランドがないから人が集まらないだけで、もし優秀な人が入れば、拡大の余地が大きい。こんな環境なら伸びきった大企業と違い、アップサイドがいくらでも狙えるだろうと。

そこで、やる気のある若者がベンチャー企業に行く仕組みを作ったほうがよいのではないか。これが日本の産業にとっても良いことではないかという問題意識を持ちました。

さらに確信をもったのは、取引先との対話を通してでした。今までは大企業対大企業との取引でしたが、ベンチャー企業では取引先も必然的に小さくなります。出向先の主要な取引相手は100人くらいの会社でした。会ってみると、社長は自分より10歳年上でしたが、こんなに凄い人がいるんだと驚きました。ところが、ビジョンがあって、熱意があって、尊敬できる経営者であっても、会社の規模としては決して大きくない。その社長が言うには、まだまだ伸ばしたいが人が足りない、ベンチャー企業の課題は十中八九、人なのだと。

そこで、改めて成長企業に人が行く仕組みをつくることが重要だと認識しました。もちろん仮説が正しいかどうか、検証することも必要です。事業構想を固めるにあたっては、様々なベンチャーやスタートアップの経営者に会いに行きました。

-実際に起業家の反応はどうだったのでしょうか?

伊藤:当時、一般論として言われていたのは、米国と比較して日本はリスクマネーが少ないからベンチャーはなかなか立ち上がらず、産業が停滞するのだということでした。結局、課題はお金なのか人なのかと、ベンチャー企業の社長にインタビューして回った。そうするとやはり皆、人がいればまだまだ伸ばせる、人が欲しいのだと口をそろえていう。これはベンチャー企業の抱える構造的な課題だと気づき、であるならばこれを解決するために起業しようと決意しました。これが2005年のことです。

なので、優秀な起業家が経営する企業に学生を紹介し、学生はそこで若いころから起業家の近くで働き、多様な経営課題に対峙し、課題解決を経験していくことで成長し、やがて自分も経営人材になって独立していくという人の循環をつくる。これによって、魅力的なベンチャー企業を世の中に創り、それを増やす。そうすると人の流れの歪みを正せるのではないかと考えたわけです。

新しい産業領域に人が移動していくことは重要なのに、周囲を見渡してみると、当時は誰もそんなビジネスはやっていなかった。これは自分が気づいた以上は自分で始めるしかない。ただ、ものになるかどうかはやってみないとわからない。確固たる勝算があるわけではなく、2、3年やってダメだったらまた、どこかの会社に就職すれば良いだろうといった考えでスタートしました。

そんな日本の産業社会についての問題意識から始めたので、創業の頃は、「スローガンはお金の匂いがしない。」とか、「これはNPOでやるべき事業じゃないか。」とか言われていましたね。

-その後、環境が変わってきた?

伊藤:2008年にリーマンショックが起こり、伝統的大企業が軒並み停滞する一方、2009年ごろになるとデジタル分野の産業が急速に伸びはじめ、メガベンチャーが台頭してくるようになりました。学生からすれば、従来の大企業ではない別の選択肢が生れてきたことになります。2011年の東日本大震災後は、社会的課題に対して学生の意識も変わり、起業熱も高まってきました。

そんな時流の変化の中で、「Goodfind」がようやく成果を発揮するようになってきました。「Goodfind」の立ち上げ初期に始めたのは、「OBOGガイドブック(現在はGoodfind Magazineに名称変更)」企画といって、大学ごとに、その大学出身の起業家をリストアップし、その起業家にアポイントをとってインタビューをし、記事にして掲載するです。これが結構ヒットしました。後輩のために、御社の記事の載った紙面を大学に配りますと言うと、後輩のために役立ちたいという意識を皆持っていましたし、こちらもインタビューの機会を通して、いろいろニーズを聞くことができました。

そして、こんな良い学生を集める力があるのだったら、学生を紹介してほしいとの起業家の要望から、採用支援サービスに繋がっていくわけです。そして、良い企業が集まれば、学生も集まるという両輪がうまく回転していくようになりました。

ただ、事業を始めたころは、周囲は大企業中心が当たり前の産業社会。ベンチャー企業に学生を紹介するのは良くない、という声も数多くありました。学生の人生を脆弱なベンチャーに賭けさせてよいのかといった論調です。しかし、ここでやめてしまったら、日本の経済社会が停滞してしまうという使命感のもとにやり続けました。もし10年走ってダメだったら、これはもう日本自体がダメなんじゃないかというくらいの気持ちでしたね。

今や、スタートアップの大型資本調達も可能となり、政権としても「新しい資本主義」の牽引者と位置付け、スタートアップにスポットライトが当たって、隔世の感があります。ようやくベンチャーやスタートアップに就職することが正当な選択肢の一つとして認められるようになったとも言えるでしょう。

(2022年から持続的成長フェーズに)

-産業を創出しつづけるという、今のようなはっきりとした理念体系ができたのはいつ頃のことでしょうか?

伊藤:やりながら見えてきたのは創業して5年くらいたったタイミングです。「Goodfind」が伸びはじめると、次の問題意識が起こってきます。当初は企業と人をマッチングさせるなかで、最適配置に取り組んでいたのですが、もともと、人材ビジネスをやりたいというわけではなく、実現したいのは停滞する産業構造を変えるという、社会問題の解決であったわけです。

人材ビジネスで、人を紹介して、たまたまその企業の雇用課題は解決したけれど、全体として日本の産業自体が衰退してしまっては私たちがやっていることの意味がない。新しい産業に人が行き渡り、最適化した結果、新産業が生まれ続けるというところまでいかなければならない。結局、産業をインパクトのある水準まで創るところまでいかなければ、日本のマクロ的な問題をとても解決できないのではないかと考えました。それが、新産業を創出しつづけるという今のミッションの背景なのです。

そこで、新産業創出につながる一つの施策として、先述の啓発メディア「FastGrow」を立ち上げました。「FastGrow」は新産業領域の情報を整理し、若手イノベーション人材に向けて発信していくメディアとなっています。新産業領域への挑戦を促進し、スタートアップ・ベンチャー企業を含む新産業領域の企業の採用広報やブランディング、サービス認知を支援するサービスとなっています。

-伊藤社長は東大のご出身ですが、官庁や大企業に就職する大学の象徴である東大にもベンチャーやスタートアップ志向が見られるようになってきました。OBとしてはどのように見えていますでしょうか?

伊藤:何かをきっかけに急激に変わったというより、様々な活動が複合的に積みあがってきています。2005年ごろから、産学協創推進本部の各務茂夫先生が東京大学アントレプレナー道場を始められました。起業家たちとの接点が身近になる大きな一歩だと思いますし、後に正式な授業のコマとして認められるようにもなった。

そして、東大のベンチャーキャピタル「UTEC」の存在も大きいです。資金調達環境が改善していき、まとまった資金が必要な研究開発型スタートアップでも東大出身の起業家が、企業を成長させることができるようになってきました。やがて、2012年にユーグレナ、2013年にペプチドリームの上場と、ロールモデルが出てくるようになっていった。やはり、同じ大学の出身者であるとインパクトが違うわけなのです。

併せて、東大生を中心とする起業家サークル「TNK」の活動や、私も立ち上げから参加している東大出身起業家の会である「東大創業者の会(UT創業者の会)」などが広がり、後輩起業家を支援する活動が重なり、コミュニティの層が年々厚くなっているということになります。

一方で現実的に、伝統的大企業に魅力的な就職先が少なくなってきていることもあります。産業の新陳代謝がすでに起きているのであれば、自分でスタートアップを始めようと、東大生たちが考えるようになってきました。最近では、将来AI分野で起業したいから、そのためにAI研究の松尾研を目指して東大に入るという高校生も出てきています。

少し前は、民間企業を目指す東大生にとっては外資系コンサルティング会社が人気でしたが、最近は、スタートアップにも最初から選択肢として目が向くようになってきた。

もう少し一般化すると、以前は伝統的な大企業に就職することがメインストリームであったのに対し、外資系コンサル会社がオルタナティブな位置を占めていました。今はスタートアップがそうなってきた。つまり、時代のメインストリームに対するオルタナティブな選択肢がベンチャーやスタートアップという位置づけになっています。

-オルタナティブな選択肢ですか?

伊藤:はい、私たちは東大生に限らず、オルタナティブな選択肢の提供が重要だと思っています。つまり、学生が持っている就職に関する知識や情報に対しては認知バイアスが相当にかかっており、昔ながらの慣例を超えて考えられない、思考停止に陥っている面もあると認識しています。まだまだ伝統的な大企業に行きたいという意識は強いので、そうでないベンチャーやスタートアップの選択肢を示すことは重要です。

また、以前は起業家を輩出する会社としてのイメージのある会社が、成長しきって伝統的大企業の領域に入っているのに、起業家を輩出する企業として相変わらず見られている場合もあります。なので、例えば、求職者が将来の起業を目指して、最初の就職先を決めたいといったときに、こういう企業もあるよと、別の選択肢も提示するわけなのです。学生にとって、今もっとも起業のスキルが身につくのはどこなのかとか。

余計なおせっかいかもしれませんが、学生にとって、判断の選択肢が広がることは好ましいと思います。現実的に、企業に入ったけれどイメージと違ったとして、数年以内に退職するケースが多いわけですから。

かつての私もそうでしたが、悶々と無駄な時間を費やしてしまう可能性もある。だとすれば、そうならないために踏み込んだアドバイスを行う必要がありますし、これがまさに、他社にない当社の特徴でもあります。

 

上場は社会の公器を意識。社員には上場日の前日に初めて伝える

-伊藤社長と北川取締役の出会いにはどんなきっかけがあったのでしょうか?

伊藤:スローガンが創業して3年たった頃、事業運営は社員ではなく、業務委託やインターンなどを中心に回していたのですが、そろそろ新卒1期生を採ろうと考えました。成長していく中で経理や雇用契約、社会保険等々の環境整備も必要になるかと考えていたときに北川が現れました。ただ、当時はそんな必要性を感じてなかったのですが(笑)。

北川:本当そうでしたよね。面接で初めて会ったときも手応えが全くなくて戸惑いました(笑)。私が、インターンに応募したのは、スローガンの新卒一人目の社員が大学の同級生で、うちに経理がいないんだけどやらないかと誘われたことがきっかけでした。実は、現取締役執行役員COOの仁平理斗も、同じ時期にインターンをしていた仲間です。

スローガンには、経理もいないし、何も整ってないとの話を聞いていました。伊藤との面接では「やりたいならやっていいよ」と言われたので、これは、やりたい放題できるのではないかと(笑)。自分としては、会計士になりたくて勉強していたものの試験に落ちまくっていた時期で、何かを変えたいと思っていたこともあり、挑戦してみようと思い飛び込みました。

実際に、来てみると本当に何もなかったですし、当時は会計ソフトもなかったので、エクセルシートを使って、会計の資料作りなどからはじまり、経理だけでなく会社の管理機能をどんどん広げてやっていました。すごく楽しくて、気づいたら監査法人就職までの約3年半手伝っていました。

伊藤:当時は管理部が一人もいない状態で、これを北川一人でやってもらいました。インターンとはいいながらも、どんどん仕事が増えていく。キャッシュフローが危ないときには、スーツを着て社員の恰好をして、銀行との借入れ交渉に臨んでもらったこともありましたね(笑)。

-上場しようと思われたきっかけは?

伊藤:もともと、問題意識を強く持って事業を立ち上げたものの、上場までは考えていませんでした。ところが10年たち、事業も軌道に乗ってきて、40歳が近づいてくるのを意識しはじめたある日のこと。もし、このままスローガンを経営し60歳を超えたとき、日本の問題を解決すると公言しながら、伊藤というおじいちゃんがほとんどの株をもっている会社のままだったとすると、それは単なる私的な事業ではないかと思ったのです。社会の重要な問題解決にあたっているのだから、会社も開かれた、社会の公器でなければならないといけないのではないかと考えました。

そして、この会社が公器たろうとするとき、選択肢は2つありました。どこか公器性の高い会社の傘下に入るか、上場するかとういことです。しかしながら、前者はいろいろ候補を検討しても、あまりイメージが浮かばなかった。そこで自ら上場を決意したという次第です。

-事業上では、何か上場の狙いはありましたか。

伊藤:新産業を創り続けると言ったときに、非上場かつ自社だけでは社会的影響力という点で限界があると感じていました。産業の在り方を変えるためには、多種多様なステークホルダーを増やして共創関係を作っていくことが重要になります。政府、自治体、大企業、地域企業とも協力できたほうが良い。上場することで、新産業を共創するパートナーから社会的な信頼を獲得するという意味合いもありました。

-上場準備はどのように始められましたか。

北川:監査法人に勤めていた2014年のある日、上場を目指すことにしたから帰ってきて手伝ってほしいと、伊藤から打診を受けました。まだしっかりとした管理部はなく、コーポ―レートは、アシスタント一人という状況でした。実務的には稟議書やワークフローシステムもなかったですし、月次決算が締まるのも遅く、そもそもガバナンスやコンプライアンスも制度が整っていない。部署も沢山あり、肩書はバラバラ。経営管理機能としてはあらゆるものがない状態でした。

そういった経営管理機能を整えていくことはもちろんですが、何より重視したのは経営管理を担う人材の採用と育成。上場がゴールではないので、上場後もサステイナブルに成長していくための組織づくりを、経営管理機能の整備と並行して進めていきました。そんなゼロからの体制を整えつつ、いよいよ上場準備に入るというのは、2017年のことでした。ただ、社員には上場準備に入ったことは言っていないです。

-社員に上場準備を宣言しなかったのはなぜですか?

北川:もともと当社はミッションへの共感を重視して採用しており、上場のために働いている人はいませんでした。なので、上場したいから、上場のためにというより、スローガンのミッションの実現に必要なことだから将来的に上場を志向する、という言い方をしていました。なので、具体的な時期などの公言は一切しなかったですし、「上場のために必要だからやらなければならない」という伝え方は極力しないように気を付けていました。本質を捉えながら、本来やるべきことをしっかりやっていこうと考えていました。

伊藤:とは言え、上場して公の器になっていくのだという概念的なことは、折々話をしていました。ですので、いつかは上場するだろうという認識は皆持っていたかと思います。で、上場前日の2021年11月24日、「実は明日上場します」ということを伝えました。

社員からすれば、私があまりにも平然としていたので、「喜んでいいことなんですか?」とあとで質問を受けました。淡々としすぎていて、あんまり嬉しそうではなかったそうなのです(笑)。なので、世の中に認めてもらうプロセスとしての上場であり、上場して社会からの信頼を得るという意味で喜ばしいことなのだということを後日改めて伝えました。

-いちばん苦労したことは何でしょう?

北川:価格算定プロセスにおいて、コンプス(類似企業)を合意するのに苦労しましたね。弊社の新興成長企業×新卒採用と同じ領域で上場している会社は他になく、既存の上場企業からの類似性を見出すことが困難を極めました。一般的な人材ビジネスだとどうしても労働集約型で成長可能性が低い方に引き寄せられてしまいます。そこで類似企業を探す必要があるのですが、当社の場合、人材紹介会社というイメージが強く、ただそこに引っ張られると当社の成長可能性を反映した企業価値にならず、それを払拭するのが大変でした。

ロードショーや成長可能性資料においても、投資家に対する説明資料で、こぢんまりしている人材紹介会社に見えないように、社会的な問題意識から始めた事業が、先に行くほど広がり成長していく可能性を訴求する必要がありました。資料の作成やプレゼンには細心の注意を払い、様々な工夫も凝らしました。

ところがいよいよ本番になって話してみると、意外にすんなり皆さまにご理解いただけた。新産業領域への人材移動が一丁目一番地の課題だと、たくさんの共感をいただきました。なので、今振り返ってみると、そこにいたるまでの主幹事証券による審査の際の対話プロセスが一番大変だったということになりますね。

 

若者の就業における歪みの解消を基点に今後の新産業を創出にむけたアクション

-上場されて今後の成長基盤が整い、これからの人的資本市場創出によって新産業を生み出すということですが、そうは言っても新産業を創出するにあたってはいろいろな要因が絡み簡単ではなさそうです。

伊藤:その通りで、新産業領域における人的資本市場創出には、単一のプロダクトでは解決しきれない複雑性の高い課題が絡んでおり、複数プロダクトの複合的な展開による市場創造が必要となります。この複雑性の高さゆえに時間を要し、一気に大きくできるという事業ではありませんが、積みあがったときの相乗効果は高く、将来大きな成長が期待される市場を見据えて、成長戦略を描いています。

最近特に、イノベーション人材へのニーズが急激に高まっています。産学連携による技術シーズのオープン化、副業解禁、行政支援、リカレント・キャリア教育、地方創生 事業承継、HR Techの進展、このような変化に対応できる人材の育成や人自体への需要はますます拡大してくるでしょう。

今後は、このような人的資本市場の創造に貢献し、今の立ち位置である、若者の就業における歪みの解消を出発点として、社会的な要請と時の経過とともに拡大するスタートアップ・ベンチャー企業をはじめとした、新産業領域の企業を取り巻く新しい課題や人的資本投資ニーズの拡大に取り組んでいきます。

北川:このとき、多様性を持った個々の学生や若者の成長に資することが基本になるので、きめ細かな対応も重要となります。既存のキャリアサービス分野の伸びしろだけでも十分にありますが、今後は、人材育成や教育分野にも力を入れていきたいと考えています。

よくある話として、ベンチャー企業やスタートアップに、せっかく人材を紹介しても、新卒受け入れに慣れていないため、フォローの仕方がわからない。あるいは上手く育成ができないという課題があります。せっかく入った新卒が、短期間で辞めてしまうという事態も起こっています。そもそも、新卒の育成体制が整っていないという理由で新卒採用をしていない企業も多く、新卒採用を始めるにあたっての課題もあります。

当社も一(いち)ベンチャー企業として見ると、新卒定着の取り組みについては自社内ですでに何年もやっているので、このノウハウをしっかり事業化していきたいと思います。

現状立ち上がっている、SaaSのサービスである「TeamUp」は、1on1ミーティングに特化したシンプルなデザインで使いやすい仕組みです。上長が部下個人にしっかり向き合うことで、組織全体に成長を促す、フィードバック文化を創出し、個人・組織の成長や生産性向上ができるようにします。

また、目標管理機能により、1on1ミーティングを実施するときに個人の目標達成に向けた進捗を確認でき、フィードバックの質向上を図ることもできます。

-産業創造のためには、欧米のエコシステムをそのまま真似てはだめで、日本型ベンチャーエコシステムやイノベーション・エコシステムを充実させていくべきという議論もあります。新産業領域にかかる人的資本の最適配置の市場の在り方としてはどのように整理すれば良いでしょう?

伊藤:新産業の創出は、当社単独では実現し得ない問題なので、先述のように多様なステークホルダーとの連携を考えています。このとき、ベンチャーやVCといった単線的な連携だけでなく、行政、大学や大企業あるいは中堅中小企業との幅広い取り組みや枠組みが重要となります。そこで、スローガンがイノベーション人材を軸とする人的資本のプラットフォームである意義は、私たちを介して、人的資本市場に関わる各主体同士の連結、エコシステムを生み出せることにもあります。そのような中から人的資本へのニーズを汲み取り事業化を行っているのです。

例えば、東京都との間では、複数企業と連携して、スタートアップコミュニティを核とした、オープンイノベーション型新産業創造エコシステムの構築といった取り組みを行いました。これは、リスクは大きいけれども社会的価値も大きい領域に特化した新産業創出支援起業家・投資家・事業会社等によるイノベーションコミュニティの形成、大企業連携による多領域の特化型アクセラレータの運営などを行ったものです。

また、大学との連携においては、大学の基幹とも言える教学部門との協働事例も出て参りました。立教大学経営学部と共同で、コロナ禍にあっても実務プロジェクトを通じて、経営理論を実践する経験を学生へ提供する目的で、オンラインを活用した長期インターンシップを紹介する企画を実施しました。

そして、先述の「UT創業者の会」に属する、当社含む4社がファンドを立ち上げました。こちらも、東京大学のさまざまな関係者との連携が見込まれる領域です。「UT創業者の会」が運営する「UT創業者の会投資事業有限責任組合」では、東京大学出身者、在学生が創業、あるいは経営するスタートアップへの投資を主な活動とし、投資先への助言・各種支援も行うことで、企業価値の向上を目指します。同様の取り組みを他大学で展開することも検討していきたいですね。

今後のポテンシャルが大きいのが、大企業との連携になります。最近は、優秀な人材のキャリアアップの方向性も変化を見せはじめています。ベンチャーで何年か働き、大企業に移動するというキャリア形成パターンも少しずつ出てきました。以前は大企業から、ベンチャーという流れはありましたが、その逆の人材の流動が起こるのは良いことだと考えています。

以前と比べると、日本全体として、成長セクターが伸びていく流れが出来つつあります。折しも、「伊藤レポート」の人材版で指摘されていた、今後の人的資本経営についての情報開示の項目が明らかになるなど、人という経営資源への投資に対して、産業界でも関心が高まってきています。

大企業がこれから新規事業やDXやGXによるビジネスモデルの革新に取り組もうとしたとき、人的資本面のボトルネックはやはりイノベーション人材がなかなかいないということになります。したがって、大企業にとってもますます、オープンイノベーションによる人材育成や、成長人材の受け入れが進んでくると思われます。

また、中堅中小企業においては、事業承継の課題があり、こちらも単に過去の事業を継承すればよいということではなく、同時にビジネスモデルを次のステージに展開できるイノベーション人材が求められており、この分野にも大きなニーズがあります。

したがって、私たちが対象とする新産業領域は、従来のメガベンチャーや、ベンチャー、スタートアップだけでなく、大企業の新規事業や、中堅中小企業の事業承継等も含んで発展していくと考えています。

-スローガンが取り組んでいる人的資本に関する事業の複雑性と広がりが見えてきました。

伊藤:このように当社は、多様なステークホルダーとの結びつきによって相乗効果が出てくるビジネスモデルのユニークさや、人の教育、育成がともなう事業にあって、今までの成長プロセス同様、すぐに目に見える成果になっていくというものではありません。しかし、これが参入障壁にもなり、長期的には、大きく成長していけるという方向性は鮮明になってきました。

先日、発表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、創造性を発揮して付加価値を生み出していく原動力は「人」であると指摘されています。その、「人への投資」を拡大することにより、次なる成長の機会を生み出すことが不可欠であるとされ、科学技術・イノベーション、スタートアップ、GX、DXに共通する基盤への予算配分が明言されています。まさに、私たちの事業領域のど真ん中と言えるわけなのです。

健全な競争環境の中で、新産業や新規事業に経営資源が潤滑に行きわたり、企業が成長し、その利益が様々な領域への再投資に向かって、経済全体が成長することは非常に好ましいことです。

政府、民間、大学、投資家問わず、今後とも多様なステークホルダーの皆様と連携しながら、個人の成長にまで立ち入りつつ、人的資本への気づきの機会の提供、再配置による新産業の創出に貢献していきたい。今回の上場を契機に、より多くの方々と連携をしつつミッション達成に向けて邁進いたします。

 

 

 

<プロフィール>
伊藤豊(いとう・ゆたか)

2000年4月 日本アイ・ビー・エム株式会社入社
2005年10月 当社設立 代表取締役社長(現任)
2016年10月 スローガンアドバイザリー株式会社 取締役
2016年10月 チームアップ株式会社 取締役(現任)

北川裕憲(きたがわ・ひろのり)

2011年12月 新創監査法人入所
2015年7月 当社入社
2015年8月 公認会計士登録
2015年10月 当社執行役員
2016年10月 スローガンアドバイザリー株式会社 取締役
2017年10月 当社取締役 執行役員CFO(現任)
2018年5月 チームアップ株式会社 取締役(現任)
スローガン株式会社(Slogan Inc.)
https://www.slogan.jp/

設立年月日:2005年10月24日
所在地:東亰本社 〒107-0062 東京都港区南青山2-11-17 第一法規本社ビル3階
事業内容:新産業領域への人材支援を中心とする各種サービス提供
・厳選就活プラットフォーム 「Goodfind」
・ベンチャー転職エージェント Goodfind Career
・社会人3年目までの人材向けキャリア支援サービス G3
・若手イノベーション人材向けビジネスメディア「FastGrow」
・1on1 支援ツール TeamUp

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