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2021年07月12日(月)

投資家と企業の架け橋を担うfreeeファイナンスIRチーム

経営ハッカー編集部
投資家と企業の架け橋を担うfreeeファイナンスIRチーム

IR活動を行う上で、非常に重要な役割を果たす決算説明資料。どんなデータやトピックスを選び、どのような形で伝えていくかが、投資家の関心具合を左右する。いわば投資家と企業をつなぐ重要なコミュニケーションツールだ。

freeeは2019年12月にグローバルIPO(海外市場の株式上場)を実施。2020年8月には、上場後初の年度決算発表を行った。決算説明資料を作成したのが、執行役員ファイナンス統括の原昌大さん率いるファイナンスIRチームだ。

投資家面談などを行っていく上でも非常に重要な役割を果たすこの資料を、どのような観点で作成したのか。資料の作成に際して意識したことや大事にしたことなどを、原さんに語ってもらった。

わかりやすく、シンプルにfreeeの成長を伝えるために

――まずは、決算説明資料の役割についてファイナンスIRチームがどのように捉えているかをお聞きしたいです。

決算説明資料の読み手は、資本市場であり投資家。ですから、決算説明資料はその投資家と対話し、情報のギャップを埋めるために使う一つのツールだと考えています。今freeeで何が起きているか、社内の人間は当然わかっていますが、必ずしも投資家の方々が知っているわけではありません。そこを埋めていくための道具です。

決算短信や有価証券報告書などの法定開示資料は、書かなければならないことが決まっているため、本当に伝えたいことが埋もれてしまうこともあると思います。一方、決算説明資料は、載せる情報の種類や量に会社としての意志をより多く込めることができます。

だからこそ、投資家の方々に我々のビジネスをご理解いただくためには、決算説明資料で「この指標を追ってください」というメッセージを明確に伝える必要があるんです。いわば、いちばん伝えたいことが何なのかをわかりやすくスピーチしているようなものかもしれません。

――決算説明資料を作成するにあたり、どのようなことを意識しましたか?

構成をできるだけわかりやすくすることを重視しました。決算説明資料は、投資家やアナリストの方々の投資判断に活用されます。一般的に、各社の決算発表の時期は重なるので、投資家が1企業あたりの分析に割ける時間はさほど多くありません。実際、上場時に機関投資家やセルサイドアナリストから「できるだけ簡潔な資料にしたほうがいい」とアドバイスをいただいていました。

まず意識したのがページ構成。四半期ごとに資料の構成が違ったりトーンが大きく変わったりすると、投資家の皆さんに、継続的に当社の業績進捗をモニターしてもらうことが難しくなってしまいます。ですから、構成に統一感が出るようにしました。

もう一つ意識したのはKPIです。何を経営指標として継続的に提示していくかを整理しました。その場その場で良い数字だけを出すこともできますが、それはコミュニケーションとしては不誠実になるのではと考えました。継続して提示していくべき指標をKPIとして設定することをしっかり考えました。

――構成やKPIの提示について、特に工夫した点を教えてください。

大きくは2つあります。一つはfreeeのプロダクトがどのような進化を遂げたか、顧客獲得のためにどういった取り組みを行ったかなど「定性」のコミュニケーションのあり方です。

決算説明資料は数字だけを提示するものではありませんが、定性的な情報を盛り込みすぎても読みにくくなってしまいます。そこで、「ユーザー基盤の拡大」と「顧客価値の向上」の2つを軸に、該当する施策や取り組みを四半期ごとにまとめていく形にしました。

もう一つは、「定量」のコミュニケーションのあり方。数字を伝えていく上で大事なのは、freeeの数字のトレンドを時系列で追えることではないかと考えました。

売上高の先行指標としての「ARR(※)」や、その内訳に当たる「カスタマー数」と「ARPU(平均単価)」を時系列で半期ごとに出しています。また、SaaSの場合、継続課金がいかほど継続的であるか次第で顧客がもたらす生涯価値に影響を与えるので、「チャーンレート(解約率)」も開示しました。

※ARR…Annual Recurring Revenue。対象月の月末時点における継続課金ユーザー企業に係る月額料金の合計額を12倍したもの

今後、投資家が求めるものや、freeeのビジネスの成長によっても、コミュニケーションの方法が変わってくると思うので、最適な開示は何なのかは考えていきたいです。なんにせよ、大事なのは意志を持って、継続的にコミュニケーション可能な形での開示を続けることですね。

――なぜ時系列で数値を出すことを重視しているのですか?

「SaaS KPI」は会社ごとに定義が異なる以上、厳密な他社比較には限界があります。

ですから、業界の数字を横並びにして比較してもらうのではなく、自社の数字の変化を時系列で追っていただくことが大事だろうと考えました。そして、投資家の方々とコミュニケーションを取る際には、KPIの変動要因を説明していくことこそが大事だと思っています。

加えて、損益計算書(P/L)の開示については、IPOの時から海外のSaaS企業と見比べていただける開示を意識しています。

たとえば、P/Lの「販売費および一般管理費」について、日本の通常の開示では「給与手当て」「広告宣伝費」などの費目別に分類されます。しかし、アメリカを中心としたSaaS企業の大半では、コストの機能別内訳がわかるよう、機能別に「研究開発費(R&D)」「セールス&マーケティング費(S&M)」「その他一般管理費(G&A)」の3つに分類されます。当社は、海外SaaS企業に投資していて知見をもっている海外機関投資家に、海外SaaS企業と同じ枠組みで分析してもらえるよう、このような開示をIPO当初から行いました。

投資家とのやりとりは良質なフィードバックにつながる

――freeeは上場の際にグローバルIPOを選択し、海外投資家の割合がかなり高いそうですが、なぜ海外からの投資を重視しているのですか?

海外投資家、そのなかでも特に北米の投資家は、我々の先を行く海外SaaS企業の発展の経緯や戦略をよくご存じです。そういった方々とのディスカッションを通じて、我々も経営に関するフィードバックを受けることができる。それがグローバルIPOを実施した大きな理由です。

また、海外機関投資家から、日本のSaaS業界への期待が高いということも、IPOおよびその後の投資家コミュニケーションを通じて日々感じています。


――先ほど「損益計算書は北米の会社と比較しやすい見せ方にしている」とのお話がありましたが、ほかにも海外の投資家に見られることを意識した点はありますか?

シンプルなメッセージを伝えることですね。情報量が多すぎると、いちばん伝えたいことが伝わらなくなってしまう。日本語でも同じことですが、必要な情報の絞り込みに注力しました。

日本語はつい冗長になりがちな言語で、冗長な文章をそのまま英訳すると意味が伝わりにくくなることもあると思います。そうするとメッセージが伝わりにくいですし、日本語の原文との整合性チェックもより大変になります。したがって、伝えたいメッセージをシンプルに表現することは意識しています。

正しい情報発信のために、現場のメンバーからヒアリングを実施

――IR活動として行っていること、その際に大切にしていることを教えてください。

大きく3つの活動があります。1つ目は、有価証券報告書や決算短信、決算説明資料などの開示資料を作成して世に出すこと。2つ目は、その資料を使った投資家向け決算説明会を開催すること。3つ目は、個別に機関投資家と面談したり、個人投資家の方のお問い合わせに答えたりすることです。

活動において重視しているのは、決算説明会や個別面談で投資家の方々と話す際に、担当者によって伝える内容がバラバラにならないこと。そのために、各四半期に想定される議論のポイントと伝えるべき内容をチームで議論をして、統一的なメッセージを出せるようにしています。

もう一つ大事にしているのは、freeeの事業の動きを深く把握し、より正確に資本市場にお届けすることです。そのための準備として、各事業部へのヒアリングは念入りに行っています。各事業部で実際に何が起こっているのか、なぜ好調/不調なのか、どのような新機能が出ているのかといった話を聞きに行きます。

それらの情報を集めた上で、IRチームだけでなく、CEOやCFO、COOも含めたマネジメントチームのメンバーと一緒に「今回伝えるべきメッセージは何か」を議論して、資料を作り込んでいきます。

文章に落とし込むときは、実態よりも強すぎる表現になっていないかという点も気にします。ポジティブな事象も、言い過ぎると実態と差が出てしまい適切ではないですし、投資家に対して誠実なコミュニケーションではありません。現場のメンバーときちんと話して正確なニュアンスを把握し、それをもとにマネジメントチームとも議論して、文言の強さの調整や確認を慎重に行っています。

――IR活動に現場の方々も巻き込んでいく上で必要なことや、大事にしていることはありますか。

まず、私を含めたファイナンスIRチームのメンバーには社内の動きに関心を持ち続けることを大事にしています。関心を持って社内会議や社内のSNSなどを見ておくと、おもしろそうな話題や事業に影響がありそうなことが見つかるので、気になった点は該当チームのメンバーに話を聞きに行くようにしています。

現場の声を聞いて得られる知見や感覚をどのようにマーケットに伝えていくかが我々の役回りであり、腕の見せどころですね。freeeのメンバーはどのチームもとても協力的なので助かっています。

また、我々が資本市場とどういう対話をしているかなどの情報を「IR便り」と名付けて、たまに社内のSNSに発信しているんです。

こういった取り組みを通して、できるだけ多くの社員にfreeeが資本市場とどのように接しているか興味を持ち続けてもらえるよう動いています。

投資家から得た情報を経営戦略に反映 freeeと資本市場との“架け橋”に

――ファイナンス部門として、IR以外で力を入れていることはありますか?

事業成長のために財務面からの支援や手段の提供を行うことです。

ファイナンスIRチームは、資本政策や財務戦略についての役割を担っています。直近では3月末に海外の公募増資を行い、352億円を資金調達しました。これはfreeeが今後中長期的に成長を続けていくために、主にM&Aや自社開発をするための資金として調達しました。まとめて確保しておくことで、経営戦略の機動性を高めることが目的でした。

当社は上場会社ですので、機関投資家や個人投資家といったパブリック投資家と対峙し続けることになります。そうしたパブリック投資家を無視した財務戦略をとることはできません。

したがって、日頃から投資家とコミュニケーションをとっている我々のチームとCFOが投資家の意見を財務戦略に活かしています。財務とIRの部署が分かれている企業もあると思いますが、我々はそれを同じ「ファイナンスIR」チームとして担っているのが特徴です。

もう一つは、業界分析や国内外の上場企業と自社の比較分析、投資家からのフィードバックを参考材料としてマネジメントチームに提供することですね。日々投資家と接するなかで得られる意見は、マネジメントチームにとっても貴重な情報になると考えています。こうした情報を社内で共有し、経営戦略に生かせる材料を提供するのもファイナンスIRチームの重要な仕事と言えるでしょう。

――freeeと資本市場との架け橋のような役割を担っているのですね。グローバルな投資家と対峙していく上で必要なことは何だと思われますか?

地域を問わず、あらゆる方に理解してもらうためには、メッセージをわかりやすく統一的に伝え、良いディスカッションパートナーとなることです。そのためには、継続的な関係の構築が必要ではないでしょうか。

IR活動において、我々は質問に答えるQ&Aマシーンではなく、投資家の方々と意見交換する主体です。もし投資家と意見が食い違った場合は議論しますし、相手の主張が違うと感じたら、きちんと説明することが必要だと考えています。

投資家の意見を恐れることなく、むしろアドバイスをもらえる機会だと楽しみにしてコミュニケーションをとっていくとよいと思っています。投資家の方々から得られる知見は、貴重な財産と考えます。たとえば、海外の会社に関して知りたいことがあったとき、投資家との面談後に時間が余ったので、その会社の成長戦略について投資家からの意見を聞いたこともありました。

――本当に「決算説明資料を作って終わり」ではないのだと感じました。

はい、先ほどお伝えしたように、決算説明資料の作成というのは、あくまでも資本市場とコミュニケーションするうえでのごく一部にすぎません。

情報開示の仕方や投資家とのコミュニケーションに改善の余地はないかを常に考え続けています。ソフトウェアセクターに関しては海外のほうが進んでいることが多いので、そこから学び続けることも大切です。

一方で、日本のSaaS企業も増えており、今後さまざまな投資家とのコミュニケーション事例が出てくるはずです。そのなかで我々も学ぶべきところがたくさん出てくるでしょう。

他社事例や先例にとらわれすぎるのはよくありませんが、深い考えのもと出された他社の情報は、やはり貴重な財産です。互いに磨きあって、業界の思想や常識がアップテートされるといいなと思っています。

(執筆:神代裕子 撮影:北村渉 編集:杉山大祐/ノオト)

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