ブレストする時間は無駄。大企業グセが抜けなかったfreee佐々木大輔の起業ストーリー
freee株式会社代表取締役・佐々木大輔。株式会社ALBERTの執行役員に就任後、Googleに参画し、中小企業向けのマーケティングの統括を担当していました。Googleを退社後、freee株式会社を設立。同社が提供しているクラウド会計ソフト「freee」は60万を超える事業所が利用するまでに成長しましたが、それまでの道のりには様々な失敗がありました。
目の前の課題に取り組み続けた結果、freeeのアイデアが出てきた
Google在職中、上司の命令で1ヶ月間の休暇を過ごしていました。freeeの構想はそこからはじまります。持て余した時間で自分に解決できることがないか考えていたんです。
Googleでの自分の担当はマーケティング。普段の業務では、中小企業への広告マーケティングの促進を図っていました。しかし、広告は必ずしもすべての企業に関係のあることではありません。そこで、広告ではない手法で経営の問題を解決する方法を探りました。
ゲームは進化したのに会計ソフトはほとんど変わっていない
小学生のとき、自営業の父親がPC98を買ってきたんです。PC98に入っていたのは仕事で使う弥生会計とゲーム。この30年でゲームは随分変化しました。スマホでプレイできますし、ユーザー同士でつながれます。
一方、会計ソフトはほとんど変わっていませんでした。ゲームは変わったのにそれでいいのか。これが、freeeを実際のプロダクトにしてみようという意欲を駆り立てる一因となったのです。
経理の人間が一日中入力作業。業界全体が非効率的だった
日本では、多くの中小企業においてテクノロジー活用を進められていません。僕がかつてCFO(最高財務責任者)を担当していたALBERTという会社では、経理の人間が一日中入力作業をしていました。ALBERTだけでなく、経理業界全体でイノベーションが起きておらず非効率的だったんです。
だから、ほとんど入力せずに使える会計ソフトがあれば良いと考えました。
ただ、プログラミングを勉強しているうちにひとりでは大変で、一緒にやる仲間をFacebookで募集したんです。反応してくれた人のひとりが、当時ソニーでエンジニアをしていた横路(現:CTO)でした。彼と意気投合し、起業。Googleを退社したのはその段階です。
意図せずに課題が降りかかってくることが企業で働くメリット
目の前の課題に一生懸命取り組んでいたからこそfreeeのアイデアに気付けたように思います。企業で働くメリットは、課題が意図せず降りかかってくることです。それに向き合う方が、色々なアイデアが出てくるのではないでしょうか。人は意識しないと好きなことしか目に入ってきません。
でも、人が好きなことの傾向は偏るうえに、その領域でビジネスをしたい人はたくさんいる。競合が多くなるから大変ですよね。
大企業グセが抜けず、ブレストを重ねてしまった
起業はしました。しかしfreeeのアイデアをVCや経営者、経理経験のある人に話すと、みんな「失敗する」と言うんですね。「30年間変わらない業界で、誰も挑戦してないから」と。でも、それが失敗する根拠になるとは僕には思えなかった。既存の会計ソフトはちゃんとマーケティングされてないし、開発もされていませんでしたから。
強気でこぎ出した僕たちですが、開発中、大きな失敗をしてしまいます。退社して自由な時間ができることによって、「もう少し良くしたい」という欲が出ました。その結果、ゴールのないブレストを2ヶ月もしてしまったんです。
今考えるとGoogleを辞めるほどの決心をしたくらいですから、考えや方向性は固まっていたんですよね。そこをもう一度ひっくり返す必要はなかった。物事を余計複雑に考えてしまうだけに終わりました。
最初のユーザーは個人事業主になると考えていたので、リリースは確定申告のある3月までにしたかった。それなのに、ブレストばかりしていて前年7月の段階では全然開発を進められていない。焦りを感じて開発に取り組みました。それでも、リリースは確定申告の期限の過ぎた翌日。自分としては65点くらいのときに出しました。色々とこだわると開発が終わらない。こだわり過ぎないことが大切で、改善や改良はリリース後にすればいいと思うようになりました。
ゴールのないブレストは、意思決定から逃げているだけ
僕がブレストしてしまった原因はアイデアに自信を持てなかったためです。意思決定から逃げていたんですよね。大企業グセが抜けていませんでした。会社を母体にビジネスしていたから、100パーセントの責任を持って意思決定していなかった。
それに、企業ではビジョンを話すことが求められますよね。でも、ビジョンの決定権があるのは企業で、企業の看板を常にまとっています。一方、起業したらビジネスプランがその人自身を表します。僕は積極的に自分について話すタイプではありません。ビジネスプランを人に話すときは、真っ裸でいるような気分になったことを覚えています。
リリース後のfreeeは、ユーザーに育ててもらった
freeeでは2週間に1度、弁当を囲んで交流会を開いている。
いよいよサービスのリリース。リリース前には記者発表会をしました。当時オフィスを構えていたマンションは神社の敷地内。同じ敷地にある集会場を活用しようと思ったんですよ。記者の方には「神社での記者会見は初めてですよ」と言われたことを覚えています。
いざリリースすると、開発時とは違ってポジティブな反応をしてもらえたので驚きました。改善のリクエストも集まりました。たくさんの人に使われないと気付かない意見も多く、積極的に改善を進めましたよ。freeeをリリースしてからはユーザーに育ててもらった感覚でいます。
プロトタイプとアイデアだけで資金調達、それが良かった
会社設立直後には、VCからの資金調達はサービスリリース後に行おうと考えていました。でも、実際にはプロトタイプとアイデアだけで資金調達をしたんです。結果としては良い選択でした。ベンチャー企業でのCFOの経験でVCの知識をある程度蓄えていたことも大きいかもしれません。CFOの前には投資ファンドにいたので、業界のロジックも知っていましたからね。
経営に専念すると思い通りにならないことが増えた
リリースから1ヶ月後、コーディングを辞めて経営側にまわりました。もともと経営系のキャリアにいたのでやっと戻れたという思いでした。ただ、時間を浪費するトラップが多いと感じたのも確かです。他企業さんとの提携の提案をいただいて、いくら時間を使っても進まないこともありました。
また、経営サイドに回ると社内外の人とのコミュニケーションも求められます。思い通りにならないことが一気に増えました。それなら、開発していた方が思い描いているイメージへ着実に近づいていき、成果がわかりやすいと感じたんです。
小さいビジネスがかっこいいと思われる世の中に
僕たちの会社では「スモールビジネスに携わるすべての人が、 創造的な活動にフォーカスできるよう」をミッションに掲げています。その裏側にある想いは、「小さいビジネスから皆がどんどん挑戦していかないと、イノベーティブな世の中にならない」という思いからです。
「そのビジネスでGoogleに勝てるんですか」とよく言われますが、そもそもGoogleはそのビジネスをやりません。やったとしても5~10年はかかります。
日本には「大企業には勝てない」というイメージを抱く人が多いと感じます。でも、組織は大きくなればなるほど意思決定が難しくなりますよね。大企業では、リスクがあると言われてfreeeのような新しいソフトを使えない。けれど小さいビジネスだったら身軽に活用できる。
結果、大企業よりも生産性を高くできます。だから、小さいビジネスのほうが大企業よりも強くなれるはずなんですよ。そのマインドセットをもっと多くの人に持ってもらいたいですね。そうすれば「小さいビジネスもかっこいいじゃん」と認識される世界になる。僕たちは、それを達成したいと考えています。