解決したい課題に取り組む経営者であれ。エンジェル投資家・加藤順彦が出資する企業の特徴とは?
25歳で広告代理店を起業。2008年に41歳でGMOインターネットグループに売却した後、東南アジアへ拠点を移し新たなスタートを切った加藤順彦。現在は19社に参画するエンジェル投資家として、日本の未来の発展を支える起業家たちの育成に力を注いでいます。そんな彼が出資する経営者とはどんな人なのでしょうか。
Jetstarでカンボジアに向かう最中、シンガポールのチャンギ国際空港でお話を伺いました。
ライブドアショック後、シンガポールでエンジェル投資家に
私は25歳で起業して、2008年、41歳まで16年間広告代理店を経営していました。会社を辞めたきっかけは2006年1月のライブドアショック。インターネット系企業の株が全部大暴落したんですよ。
その煽りを受ける形で僕の会社も倒産しかけたとき、GMOインターネットグループさんとの買収のお話がまとまりました。このままでは倒産も視野に入れかねない時期だったので、GMOさんから救済措置を受けたような状態ですね。
ただ、日本のITベンチャーが総崩れとなったことには変わりません。これまでビジネスの相手であった彼らが世間から否定され、僕自身の頑張りも同様に否定されたように思い、非常に大きなショックを受けました。
シンガポールで再起を図る
このままではまずいと感じて考えたのは、東南アジアへの移住。場所を移すことで、別の希望を見つけようと思ったんです。
なぜ東南アジアかというと、当時世界の一流企業たちがこぞってアジアを目指していたからですね。事実、当時アメリカで「ビッグ5」と呼ばれていたAmazon、Yahoo!、Microsoft、Google、e-Bayの中国を除くアジアの本部は、みんなシンガポールにありました。立地の問題や国が企業の誘致に力をいれていたためです。ビジネスが集まっている場所にはチャンスがあると考え、2008年にシンガポールに移ろうと決めました。
19社の資本と経営に参画
今はシンガポールを拠点に、東南アジアで起業する日本人の事業の資本と経営に参加していて、自分ではエンジェル“事業”家と呼んでいます。単なる投資家ではなく事業そのものに関わるのは、そのほうが楽しいから。自分が一緒になって汗をかいてお金儲けをしたい、利益を出したいと思える会社に自分で資本参加して、ボードメンバーに入れてもらっています。
今参画している19社。僕は役員会や経営会議だけ参加して、19社のうち半分以上は月に1回以上社長とミーティングをしています。経営課題ってだいたいヒト・モノ・カネのどれかなんですよ。参画したら基本的にどう考えるべきなのかというところから社長と一緒に考えています。
椅子が増えていく椅子取りゲームに参加できることが魅力
シンガポールは人口約550万人(※2015年6月現在)と内需が非常に小さい国です。一方で観光客は延べ人数で約1200万人(※2014年現在)。日本人の場合、ターゲットにしやすいのは日本人です。そのため、ビジネスのターゲットはシンガポール人よりも日本人観光客や3.5万人の日本人在留者のほうが当初はやりやすいでしょう。
加藤氏が投資しているというDellaの名刺入れ。ボックス型のため200枚近く名刺が入るという
日本人を対象にするならなぜわざわざシンガポールに行くのかと思うかもしれません。でも、ビジネスをするうえで大切なことはどこに成長があるのかということです。東南アジアやインドは毎年10%というものすごい勢いで成長している、世界でもほぼ唯一の場所。しかもそれが今後10年続くと言われています。すでにあるパイを取り合う椅子取りゲームではなく、椅子そのものが増える椅子取りゲームに参加出来る可能性があるのは魅力的ですよね。
どんな商売をすればいいかという判断基準はふたつあります。ひとつは自分がやりたい仕事。もう一つは成長出来る仕事。今の日本で言うと、インバウンドや高齢化産業はものすごい勢いで成長しています。僕は起業家の皆さんに「好きな商売なのか、伸びる商売なのかどっちですか?」と聞きます。この問いには正解がありません。しかし、どんな商売で誰がお客さんとなるのか、といったことは常に社長と話しながら一緒に解を求めていく作業を日々やっています。
エンジェル“事業”家の考えるシードで成功する条件とは?
一般的にスタートアップにはいくつか段階がありますが、今参画している19社のほとんどは事業としてまったくゼロの段階かシードというごく初期の段階で参画しました。会社設立前から社長と話し合い資本構成、本社地、会社名などを考えるケースもありますし、シードならお金をどういう名目で、誰から、どれくらい集めるかという、資本政策から一緒にやっています。
シードとは
ベンチャー企業における成長ステージのうち、会社設立前の準備段階または会社設立直後の最初期を指す。ビジネスの構想やアイデアを事業化するために、企業や起業家が開発や調査などを進めている段階であるケースが多い。
※本記事では、会社設立後の初期段階を指しています
初期メンバーの3人にビジョンが共有されていること
なぜ初期段階にこだわるかというと、最初のメンバー集めがすごく大事だから。最初の3人に社長のビジョンやなぜこの商売か、会社を興した意味とかがきちんと伝わっているチームは強いです。チーム作りが出来ていれば、意思決定のスピードも早いですからね。
スタートアップやベンチャー企業では、どんどん状況の変化が起こります。そのため、社内メンバーのコンセンサス、つまり会社のムードや仕組みが整っていることが大切です。意思決定が早くて、「社長がこう言っているからそうしよう」とか、あるいは社長がみんなの同意を取るための仕組み作りが上手く出来ている会社はスピードが早いですよね。
経営者が視座の高さと志を持つこと
僕が出資や参加を決定する上で一番見ているのは、経営者の視座、つまりその人の志です。僕は長い間、広告代理店を経営していました。広告代理店は、出来たばっかりのよく分からない会社に売掛を作っていく商売。ビジネスが確立していない状態で投資をおこなうようなものです。
今やっていることも同じ。だからこそ、どのような問題解決をして、どのような人たちに幸せになってもらいたいのかという、起業家の思いの強さを見極めます。たとえ売掛を回収できなくても後悔しないか、というポイントも意識して、投資の是非を考えるんですよ。
「カンボジアの人へ働く喜びを与えたい」という思いに心を打たれた
僕の参画している「AGRIBUDDY」という会社の北浦社長は、カンボジアでスマートフォンを使った農業の生産管理システムを提供しています。今注目のアグテック(農業テクノロジー)ですが、彼はアグテックがイケてるからアグテックをやっているわけではありません。
カンボジアはGDPの40%が世界の国々からの寄付です。ほとんどのカンボジア人が農民なんですが、働かなくても食っていけるから発展せず他にやる仕事もない。生活を寄付に頼ってしまっているカンボジア人に、働く喜びや、ITを使って農業をもっと楽しく便利にできることを知ってもらいたいという想いからこれをやっています。
僕はそういうマインドに打たれて経営に参加することを決めたんですよ。
解決したい問題を考える経営者に味方をしたい
僕が出資して過去に上場した9社のうち7社は、僕が出資したときから上場したときで事業内容が変化しています。各論で商売の内容が変わっても、商売を通して達成したい夢や目標がぶれなければ、ピボットは容易ですよね。スタートアップはピボットが当たり前だと知っているから、実は各論にあまり興味ないんです。
エンジェルに味方してもらうのに一番大事なのは、どんな問題意識を持ち、どんな社会の問題を解決したいのか、を真摯に伝えることだと思います。
実績も社歴もないスタートアップに対して、仕事を発注しようという人、投資を検討する人はそこを見ています。大事なのはどんな商売をおこなうかよりも、経営者のビジョンなんですよ。