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2016年07月20日(水)

労災保険とは何なのか、誰のためのどんなメリットがある制度かを解説

経営ハッカー編集部
労災保険とは何なのか、誰のためのどんなメリットがある制度かを解説

労災保険

仕事中や通勤中にケガをしたり病気にかかったことがある方は労災という言葉をご存じですよね?また、ニュースの過労死問題等で労災認定などの言葉を耳にした方もいらっしゃるのではないでしょうか。労災保険は基本的に1人でも労働者を使用する事業では加入が義務付けられているため、保険の適用を受ける方は相当数いらっしゃいます。

しかし、労災保険について詳しくご存知の方が少ないのも現実です。今後の生活に深く関わる可能性がある労災保険について詳しく解説をしていきますので、有事の際にこの制度を上手に活用するためにも是非ともご覧ください。

1.労災保険とはどのような制度?

労災保険(労働者災害補償保険)とは労働者災害補償保険法に基づく制度で、業務中や通勤の際のケガや病気に対して保険給付を行う制度です。しかも、業務中や通勤の際の傷病に対してだけではなく休業中の賃金補償も行われ、後遺障害が残った場合や死亡した場合にも被災した労働者やその遺族へ保険給付が行われる制度です。それでは、労災保険の目的や適用事業について確認してみましょう。

①労災保険の目的

そもそも労災保険の目的は、業務中に災害にあった労働者を守ることですが、本来は雇用している事業主が負うべき責任でした。しかし、産業の高度化などにより労働者が職場で災害に合うリスクが高まるにつれて、事業主だけでは補償しきれないケースも出てくるため、社会保険制度としての労災保険が誕生しました。これは、あくまでも労働者を保護する立場からできた社会保険制度であって事業主の補償リスクを軽減するための制度ではありません。このことは、事業者に課される安全配慮義務にも表れていますが、事業者が労働者の安全配慮を怠った場合には法律で定められた労災補償以外に民事上の補償を求められる可能性もありますので注意が必要です。 労災保険と雇用保険を併せて労働保険とも呼びますが、一部の保険料を労働者が負担する雇用保険とは違い、労災保険の保険料は全額事業主が負担し納付します。労災保険の給付は事業主が納付する保険料を主な財源としていて、労災保険に関する事務は国の単位では厚生労働省が、地方では各都道府県の労働局や労働基準監督署が取り扱っています。

②労災保険の適用事業と労働者

基本的に労災保険は労働者を使用する全ての事業に適用されます。つまり、一人でも労働者を使用する事業であれば基本的に業種や業態に関係なく強制的に適用される制度です。ただし、国家公務員や地方公務員は「国家公務員災害補償法」や「地方公務員災害補償法」が適用されますので、労災保険の適用はありません。それでは適用事業の要件についてもう少し詳しく見てみましょう。

労災保険の適用は事業ごとに判断され、「暫定任意適用事業」と「強制適用事業」に分かれます。「暫定任意適用事業」とは個人の経営する農林水産業で、使用者の人数が業種ごとに定められる人数より少ない場合は、事業主の判断または使用される労働者の意思で任意に労災保険に加入できる事業です。それ以外の事業は「強制適用事業」となり、一人でも労働者を使用する事業は強制的に適用され、加入・脱退の自由は認められていません。

労災保険の適用を受ける労働者とは、労災保険の適用事業で使用される労働者のことで、賃金が支払われる方が対象となります。ここでの労働者は正社員だけを指すのではなく、アルバイトやパートタイマー、日雇い労働者、試用期間中の労働者全てが対象です。なお、大工の一人親方や個人タクシーの運転手など、労働者ではないものの労働者災害補償保険法に定める事業者は労働者に準じて労災保険の適用を受けられる特別加入の制度があります。

2.業務災害と通勤災害

労災保険では業務災害と通勤災害が主な保険給付の対象となります。また、労災保険の給付を受けるためには各種申請書を労働基準監督署等に提出し、保険請求の手続きを行うことが必要です。しかし、保険請求の手続で業務災害および通勤災害と認定されなければ保険給付を受けることができません。それでは業務災害と通勤災害それぞれの認定要件について確認してみましょう。

①業務災害と認定要件

  業務災害とは業務中の労働者の負傷や疾病、後遺障害の発生や死亡を指しますが、業務と災害発生による死傷病の因果関係が認められてはじめて業務災害として認定されます。その業務と災害発生の因果関係を判断するためには、「業務遂行性」が前提条件となって「業務起因性」が認められるという要件が必要となります。簡単に言い換えると「業務遂行性」は業務中に発生したケガや病気なのか?「業務起因性」はその業務がケガや病気の原因になったかどうかということです。その「業務遂行性」とは労働者が使用者の支配下にある状態を指しますが、大きく分けて以下の3つのケースに分かれます。

(1)事業主の支配・管理下で業務に従事している場合 所定労働時間内や残業時間内に事業場施設内で業務に就いている場合を指します。

(2)事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合 就業時間前後や昼休みなど事業場施設内にいますが業務に従事していない場合を指します。

(3)事業主の支配下にあるが管理下を離れて業務に従事している場合 出張や社用での外出により労働者は事業場施設にいませんが、業務に従事している場合を指します。

「業務起因性」については、「業務遂行性」の要件を満たしていない限り発生しませんが、「業務遂行性」が認められても「業務起因性」が認められるとは限りません。この「業務起因性」も「業務遂行性」が認められる3つのケースに分けて認められるかどうかの判断が行われます。

(1)事業主の支配・管理下で業務に従事している場合 所定労働時間内や残業時間内に事業場施設内で業務に就いている場合を指し、ここで起こった災害は労働者の業務としての行為や事業場の施設・設備の管理状況等が主な原因となりますので基本的には業務起因性が認められます。ただし、労働者が意図的に災害を発生させた場合や私的な行為やいたずらなどが原因で発生した災害は認められません。

(2)事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合 就業時間前後や昼休みを指しますので、その間の行動は私的な行為である場合が殆どです。よって、ここで発生する災害は基本的に業務起因性が認められません。ただし、事業場の施設・設備の管理状況に原因があれば業務起因性も認められます。

(3)事業主の支配下にあるが管理下を離れて業務に従事している場合 出張や社用での外出により労働者は事業場施設にいませんが、労働者は業務に従事していますので基本的に発生する災害は業務起因性が認められます。しかし、会社の業務とは全く関係のない私用の最中などは認められません。

②通勤災害と認定要件

通勤災害とは労働者が通勤する際に災害に遭うことを指します。本来の業務上災害とは異なりますが通勤については完全な私的行為ではありませんので、業務との関連性から通勤災害に対する労災保険の給付が創設されました。通勤災害の認定要件としてはただ一つ、「通勤」の定義にあてはまるかどうかです。この場合の「通勤」とは以下のように定義されます。

『就業に関し、住居と就業の場所との往復の移動を、合理的な経路および方法で行うことをいい、業務の性質を有するものを除くとされています。移動の経路を逸脱し、または中断した場合には、逸脱または中断のあいだおよびその後の移動は「通勤」とはなりません。ただし、例外的に認められた行為で逸脱または中断した場合には、その後の移動は「通勤」となります。』 (出典:厚生労働省

このように定義された「通勤」の途中で災害に遭うと通勤災害が認定されます。定義の中でいくつかポイントとなる言葉があるので、その意味を確認してみましょう。 ・住居と就業の場所との往復の移動 就業の場所から他の就業場所への移動や、単身赴任先住居と帰省先住居の間の移動も通勤とみなされます。

・合理的な経路および方法 通常通勤のために利用する経路で公共交通機関や自動車、自転車、徒歩などの通常利用できる方法を指します。通勤のために利用できる経路が複数ある場合はその全てが合理的な経路と認められます。

・業務の性質を有するものを除く 上記「通勤」に該当するものであっても業務災害に認定されるものは除くという意味です。緊急の用事で休日に呼出しを受けて出勤する場合や、事業主が用意したバスなどの専門交通機関を利用する通勤がこれに該当します。

・移動の経路を逸脱し、または中断した場合 逸脱とは、通勤の途中で業務や通勤と関係のない目的で合理的な経路は外れることを意味し、中断とは、通勤の経路上で通勤とは全く関係のない行為を行うことです。例えば、帰宅途中で居酒屋に寄ることや、映画館などで映画鑑賞をすることは逸脱や中断として取り扱われます。

・例外的に認められた行為 例外的に認められた行為とは日常生活上必要な行為で、厚生労働省令で定められています。具体的には日用品の購入や選挙権の行使、通院などの最小限度の行為が認められています。つまり、日用品の購入や通院など日常生活上必要な行為で通勤経路を外れたときでも、最小限度の範囲で行う場合は逸脱または中断の間を除いて合理的な経路に戻った時点から再び通勤となります。

通勤災害では業務災害に準じた補償を受けることができますが、それぞれ災害発生原因が異なるため明確に区分されています。業務災害では事業主に対して労働基準法に基づき労働契約を行った労働者への明確な災害補償責任が課されますが、通勤災害では事業主に対して労働基準法に基づく災害補償責任が課されていません。そのため、保険料を事業主が全額負担する労災保険では、保険料負担の公平性という観点から、通勤災害において労働者の一部負担が発生することもあります。

3.保険給付

これまで労災保険について概要を説明してきましたが、ここからは具体的な保険給付の内容について確認してみましょう。大きく分けて①から⑦の保険給付に分類することができますが、業務災害と通勤災害で保険給付の名称が異なります。補償という文字が入っている給付が業務災害における保険給付名称で、カッコ書きのものは通勤災害における保険給付名称です。ちなみに、業務災害における保険給付で名称に「補償」が含まれているのは、事業主が行うべき補償を労災保険から支給していることに由来しています。

①療養補償給付(療養給付)

療養補償給付は労働者が業務上負傷したり、病気にかかって治療(療養)を必要とする場合に給付が行われます。通勤災害により負傷または病気にかかって治療を必要とする場合には療養給付が行われます。業務災害では病院でかかる全ての治療費が基本的に支給されますが、通勤災害では200円の一部負担金が初診の一回に限り必要です。

ただし、一部負担金は病院の窓口などで現金を支払うわけではなく、後ほど紹介する休業給付から控除して調整されます。 しかも、休業給付を受けない場合は控除されないことになっていますのであまり一般的には知られていません。

支給方法は、原則として労災指定病院で治療を行い、「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」または「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3)」を病院窓口で提出して、かかった医療費そのもので支給を受けます。例外として、労災指定病院以外で治療を受けた場合には、一度立て替えて支払をした後に労働基準監督署へ書類を提出して現金の支給を受けます。

しかし、立て替えて支払う金額は健康保険などの適用がなく実費での負担となるので高額になる傾向があります。後々の手続きも含めると労災指定病院で治療を行う方が手続的にも金銭的にも楽になるケースが多いです。

②休業補償給付(休業給付)

休業補償給付(休業給付)は業務上のケガや病気の治療のために休業したときに、休業4日目から賃金の補償として給付を受けることができます。3日目までの期間は待機期間と呼ばれ、業務災害による休業の場合にはこの期間の補償を事業主が平均賃金の60%を支払うことで行うこととなります。休業補償給付(休業給付)より支給される金額は、1日につき給付基礎日額の60%です。また、労災保険の社会復帰促進事業から休業補償給付(休業給付)にあわせて1日あたり給付基礎日額の20%が休業特別支援金として支給されます。

※給付基礎日額…労働基準法の平均賃金に相当する金額で、原則として業務災害や通勤災害の事故が発生した日(賃金締切日が定められているときは、その日の直前の賃金締切日)の直前3か月間に被災労働者に対して支払われた賃金総額をその期間の日数で割った1日あたりの賃金。

③障害補償給付(障害給付)

業務災害や通勤災害の傷病が治った後で障害等級第1級から第7級に該当する後遺障害があらわれた場合は障害の等級に応じて下記別表1の障害補償年金(障害年金)が支給されます。この年金は毎年偶数月に2か月分が前払いされます。

別表1

(出典:公益財団法人 労災保険情報センター

業務災害や通勤災害の傷病が治った後で障害等級第8級から第14級に該当する後遺障害があらわれた場合には障害の等級に応じて下記別表2の障害補償一時金(障害一時金)が支給されます。

別表2

(出典:公益財団法人 労災保険情報センター

④遺族補償給付(遺族給付)

遺族補償給付(遺族給付)は労働者が業務災害や通勤災害で死亡した場合に支給され、死亡した労働者の収入によって生計を維持していた配偶者や子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹がいるときには遺族補償年金(遺族年金)が支給されます。しかし、妻以外の遺族はある程度高齢または年少であるか、一定の障害の状態にあることが受給要件となっているので注意が必要です。支給額は遺族の数に応じて下表の年金額が偶数月に支払われます。

下表 (出典:公益財団法人 労災保険情報センター

労働者が死亡したときに遺族補償年金(遺族年金)の受給資格を持つ方がいない場合や、年金を受けている人が全て死亡などにより受給資格を失った場合には遺族補償一時金(遺族一時金)が給付されます。

受給権は配偶者、労働者の死亡当時にその収入で生計を維持していた子・父母・孫・祖父母、その他の子・父母・孫・祖父母、兄弟姉妹の順位で最上位の方にのみ与えられ、給付基礎日額の1,000日分が支給されます。遺族補償年金(遺族年金)の支給が途中まで行われていた場合には、その年金給付額が給付基礎日額の1,000日分に達していなければ、給付基礎日額の1,000日分までの差額が遺族補償一時金(遺族一時金)として支給されます。また、遺族補償の給付時には労災保険より別途特別支給金も給付されます。

⑤葬祭料(葬祭給付)

葬祭料(葬祭給付)は労働者が業務災害または通勤災害で死亡した場合に支給されます。葬祭料は葬祭を行った人に支給され、支給額は315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた金額です。その金額が給付基礎日額の60日分に満たない場合は、給付基礎日額の60日分が支給されます。

⑥傷病補償年金(傷病年金)

業務災害や通勤災害によるケガや病気が1年6か月経っても治らず、そのケガや病気による障害の程度が労災保険法で定める傷病等級表に該当するときは休業補償給付(休業給付)に代えて傷病補償年金(傷病年金)が支給されます。なお、治療に必要な療養補償給付(療養給付)は継続して受給可能です。

⑦介護補償給付(介護給付)

介護補償給付(介護給付)は障害補償年金(障害年金)または傷病補償年金(傷病年金)を受給する資格のある被災労働者が一定の障害の状態にあり、介護を受けているときに支給されます。

労災保険には上記の給付以外にも二次健康診断等給付があります。これは健康診断等で血圧や血中脂質、血糖値、腹囲や肥満度において異常の所見が認められた場合に労災保険の給付で二次的な脳血管や心臓の状態を把握するための検査を受けることができる制度です。また、その二次検査に基づく保健指導を受けることもできます。

4.労災保険のポイント

労災保険の仕組みや保険給付について説明してきましたが、事業主の方と労働者の方にそれぞれ抑えていただきたいポイントがあります。

①事業主の方のポイント
  • 労災保険は基本的に強制加入となりますので、該当事業では必ず加入してください。
  • 労災保険は公的な補償ですが、民間の保険会社でも法定外の労災補償保険がありますので、資金に余裕がある場合や福利厚生を充実させたいときには検討してみてください。

労災保険の加入が義務付けられている事業で加入手続きを行っていない場合には、行政指導や、悪質な場合には保険給付額の全額を徴収される制度があります。この場合、金銭的なデメリットだけでなく会社・事業の信用問題にも発展しますので、かならず加入が義務付けられている事業では労災保険に入るようにしてください。

また、業務上災害については事業主に補償義務が生じますので、財政的な余裕があれば民間の保険会社が取り扱っている法定外労災補償保険などで、万が一のリスク(民事による補償等)の軽減や労働者の福利厚生向上のために検討してみてください。

②労働者の方のポイント
  • 療養補償給付(療養給付)を受ける場合はなるべく労災指定病院で受診してください。
  • 労災に関する手続きは主に事業主が行ってくれますが、労働者もなるべく労災保険について理解し、被保険者として利用できるものを全て有効活用してください。

療養補償給付(療養給付)を受ける際に労災指定外の病院で受診すると、上記で説明したように高額な治療費の立て替えが発生する可能性や手続きが煩わしくなる可能性があります。救急などの特別な理由がない限り、なるべく労災指定病院で受診することをお勧めします。また、労災に関する手続きはほとんど事業主が行ってくれますが、法律に基づく判断や取り扱いが必要です。

労災保険を理解することで、災害状況などに関する合理的な説明も可能になり、取り扱いや申請上のミスを未然に防ぐことができます。さらに、事業主の知識も合わせて活用できる制度を最大限利用し、労働者にとって有利な労災保険の活用ができるように取り組んでください。

5.まとめ

  労災保険について説明してきましたがいかがでしょうか。労働者を保護する目的で創設された労災保険は、労働者にとっていつ起こるか分からない労働災害への備えでもあります。労災保険に関する理解を深め、有事の際に必要な知識として活用していただけたら幸いです。

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