労働保険とは何なのか、誰のためのどんなメリットがある制度かを解説
労働保険とは、労災保険(労働者災害補償保険)と雇用保険の総称です。労災保険と雇用保険については以前にそれぞれ解説した通り、それぞれの保険事業ごとに保険給付等が行われます。
しかし、実務上の申告手続きや保険料の納付は労働保険として併せて処理を行っているのが実状です。今回はそのような労働保険を実務上の申告手続きの面などから解説していきます。
1.労働保険とはどのような制度?
労働保険とは労災保険と雇用保険の総称ですが、業務上の死傷病に対する給付などを行うことで被災労働者やその遺族を保護し、労働者の雇用の安定を図ることを目的とした社会保険制度です。
労働保険は国が厚生労働省管轄のもとで管理運営を行い、実務上の窓口はそれぞれ、労災保険が労働基準監督署、雇用保険が公共職業安定所(ハローワーク)となっていて保険給付等の事業は別々に行われています。
労働保険では、労災保険と雇用保険をあわせて一つの事業に関する社会保険として保険料の申告や納付を行うことが原則となっていて、これを「一元適用事業」といいます。例外として、労災保険と雇用保険を区分して適用する「二元適用事業」もありますが、これは建設業や農林水産業などの限られた事業にしか適用されませんので、今回は主に「一元適用事業」に関して確認していきましょう。
2.労働保険の適用事業
労働保険では、基本的に業種や規模に関わらず一人でも労働者を雇っていれば適用事業となります。労災保険および雇用保険でそれぞれ適用事業が明確に定められていますが、一部の個人経営の農林水産業で労働者が5人未満などの事業以外は基本的に強制適用事業です。
この強制適用事業に該当する新たな事業を開始した場合には以下のような加入手続きを行わなければなりません。
- 「労働保険 保険関係成立届」を保険関係が成立した日から10日以内に所轄の労働基準監督署へ提出
- 「雇用保険適用事業所設置届」を設置の日から10日以内に所轄の公共職業安定所へ提出
- 「労働保険概算保険料申告書」を保険関係が成立した日から50日以内に所轄の労働基準監督署または所轄の都道府県労働局、日本銀行(歳入代理店の全国の銀行や信用金庫の本支店も可)へ提出するとともに概算保険料を納付。
- 「雇用保険被保険者資格取得届」を、労働者が雇用保険の資格を取得した事実があった日の翌月10日までに提出。
3.労働保険料の申告・納付
労働保険では、毎年4月1日から翌年3月31日までを一事業年度として申告・納付します。保険料は、その年度における概算保険料を申告・納付し、翌年度に確定申告して差額を精算します。つまり、継続して行っている事業では前年度の精算に関わる確定申告と当年度の概算申告を同時に行い、前年度の精算差額と当年度の概算保険料の合計額を納付することとなります。
これを「労働保険の年度更新」といい、所轄の労働基準監督署または労働局、日本銀行(歳入代理店の全国の銀行や信用金庫の本支店も可)で手続きを行うことが可能です。
納付手続きは、前年度から引き続き労働保険の保険関係が成立している事業は6月1日から7月10日までの間に継続事業用の「労働保険概算・増加概算・確定保険料/石綿健康被害救済法一般拠出金申告書」と「納付書」を作成し納付まで完了させなければなりません。
労働保険料の納付は、概算保険料額が40万円以上の場合または労働保険事務組合に労働保険事務を委託している場合は「労働保険料の延納(3回に分けて保険料を分割納付)」をすることが可能です。労災保険か雇用保険のどちらか一方のみを適用している「二元適用事業」などでは、どちらか一方の概算保険料額が20万円以上だと「延納」することが可能です。
4.労働保険料の計算方法
労働保険料は労働者に支払う賃金総額に保険料率を乗じて計算しますが、保険料率は労災保険と雇用保険でそれぞれ定められています。また、労働保険料と同時に石綿(アスベスト)健康被害者の救済費用に充てる一般拠出金についても申告納付が必要です。まずは、それぞれの保険料等を計算するために賃金総額を計算しなければなりませんので、賃金総額について確認してみましょう。
・賃金総額
労働保険料の計算で用いる賃金総額とは、事業主が労働の対価として労働者に支払う給与等で社会保険料や所得税控除前の総額を指します。具体的には、給与のうち基本給や役職手当等の各種手当、賞与などの支払総額がこれに該当します。
特に、通勤手当は賃金総額に含まれるものですが、見落とされがちな項目なので注意が必要です。逆に、労働の対価とならない結婚祝金や災害見舞金などの事業主から恩恵的に支給されるものや、出張旅費や宿泊費等のような実費弁償的な支給は賃金総額に含まれませんので留意してください。申告の際、概算保険料の算定では、労働者の賃金総額の見込額を用いて計算し、確定保険料では労働者の賃金総額の確定額を用いて計算することとなります。
労働保険におけるそれぞれの保険料率や負担割合は以下のようになっています。
①労災保険の保険料 労災保険では1000分の2.5から1000分の88の割合で業種ごとに保険料率が定められています。保険料率の詳細はこちらの厚生労働省ホームページで確認できます。
賃金総額に各業種で定められた保険料率を乗じて労災保険料の計算を行い、労災保険料は全額事業主が負担することとなっています。
②雇用保険の保険料 雇用保険は労災保険と異なり、保険料を事業主と労働者でそれぞれ負担して納付します。それぞれの負担する雇用保険料は、賃金総額に以下の表の事業種類ごとの保険料率を乗じて計算することができます。
(出典:厚生労働省ホームページ)
事業主の負担する雇用保険料率が労働者の負担する保険料率に比べて高くなっていますが、これは事業主を支援するための「雇用保険二事業」分の保険料率が加算されていることが原因です。あくまでも事業主を支援するための雇用保険事業で、保険料を全額事業主が負担することとなっているので、事業主の雇用保険料率が労働者の保険料率よりも高くなっています。
また、雇用保険料では高年齢者保険料免除の制度があり、その保険年度の4月1日時点で満64歳以上の労働者は雇用保険に相当する保険料が免除されます。ただし、任意加入による高年齢継続被保険者や短期雇用特例被保険者、日雇労働被保険者はその免除対象から除かれます。
③一般拠出金 一般拠出金とは、「石綿による健康被害の救済に関する法律」に基づき石綿(アスベスト)健康被害者の救済費用に充てるための保険料です。過去に話題となりましたが、ほとんど全ての産業で施設や設備等に利用されてきた石綿が健康被害を及ぼしている実態を鑑み、平成19年4月から全ての労災保険適用事業主に対して一般拠出金を納付することが義務付けられました。
一般拠出金は、全業種一律で賃金総額の1000分の2が課され、全額事業主負担となります。一般拠出金は労働保険料に比べて少額であることを理由に、事業主の事務負担が考慮され確定納付のみを行うこととなっています。つまり、概算で申告を行う労働保険とは異なり、前年度の賃金総額を計算基礎として1000分の2で計算した一般拠出金を確定額で納付する仕組みとなっています。
5.労働保険のポイント
ここまで労働保険の申告や納付について確認してみましたが、それ以外にも労働保険では、理解していなければ損をする、または、知っていて得をするというポイントが複数存在します。ここでは以下の4点について紹介していきます。
①労災保険のメリット制について
労災保険では、業務災害で支払われた保険給付に応じて保険料が変わるメリット制が一部の事業で適用されます。これは、同業種の事業であっても作業工程や機械設備の良し悪し、事業主の労働災害防止への取り組みによって災害の発生率が変わることが理由です。労災事故防止に努める事業主がそのような取り組みを行わない事業主と同等の労災保険料を納付することは不公平だという観点から導入されました。
メリット制が適用される事業は、連続する近3年間の保険期間(4月1日から3月31日)で以下の1.から3.のいずれかの要件を満たしている事業で、その3年間の最後の年の3月31日時点で労災保険の保険関係が成立した後3年以上経過している事業が対象となります。
- 常時100人以上の労働者を使用する事業
- 常時20人以上100人未満の労働者を使用する事業で、事業の種類ごとに定められている労災保険率から非業務災害率(通勤災害および二次健康診断給付に係る率)を差し引いた率を掛けた数値が0,4以上である事業
- 一括有期事業(建設や立木の伐採事業で2件以上の小規模な建設工事や伐採事業を年間で一括りとして全体を一つの事業と見なして労災保険の適用を行う事業)における建設の事業および立木の伐採の事業であって、確定保険料の額が100万円以上である事業
メリット制が適用される事業では労災事故を減らす取り組みが直接労災保険料の減額にもつながります。
②労災保険の費用徴収制度
労災保険には費用徴収制度があり、事業主が故意や重大な過失により労災保険の手続きを怠っていた場合には労災保険給付に関する費用が事業主へ請求される可能性があります。
これは、労災保険の加入手続きをしていない期間中に発生した労災事故に関して、労災保険の加入手続きについて行政指導を受けたにも関わらず手続きを行っていない場合は保険給付費用の全額を、行政指導を受けていなくても労災保険の適用事業となった時から1年経過しても手続きを行っていない場合には保険給付費用の40%を事業主から徴収する制度です。
また、労働保険の加入手続きを行った後でも、事業主が労働保険料を滞納している期間中に業務災害や通勤災害が発生した場合や、事業主の故意や重過失により業務災害が発生した場合は保険給付額の一部が事業主に請求されることがありますので注意が必要です。
雇用保険では、手続きもれ等があって雇用保険の資格取得手続きを行っていない場合には過去に遡って被保険者となったことを確認することとなります。しかし、雇用関係が成立した後、資格取得手続きが遅れた場合には被保険者であったはずの期間が確認できないこともあり、失業等給付の支給内容に影響が出ることも考えられますので注意が必要です。事業主の方は、雇用している労働者のためにも労働保険の加入手続きは必ず適正に行うよう心がけてください。
③労働保険事務の委託について
労働保険は加入手続きや保険料の申告納付等、事業主の手間がかかることが多くなっています。そのような労働保険に関する事務手続きを労働保険事務組合へ委託することが可能です。
労働保険事務組合とは、厚生労働大臣の認可を受けた主に社会保険労務士等が運営している中小事業主等の団体で、事業主に代わって労働保険に関する事務や保険料の計算などを行います。常時使用する労働者が、金融業、保険業、不動産業、小売業では50人以下、卸売業、サービス業では100人以下、その他の事業では300人以下の事業主が労働保険事務組合に委託することができます。
委託できる事務の範囲は以下の通りです。
- 概算保険料、確定保険料などの申告および納付に関する事務
- 保険関係成立届、任意加入の申請、雇用保険の事業所設置届の提出等に関する事務
- 労災保険の特別加入の申請等に関する事務
- 雇用保険の被保険者に関する届出等の事務
- その他労働保険についての申請、届出、報告に関する事務
もちろん事務委託になりますので、委託する労働保険事務組合へ費用を支払わなければなりませんが、労働保険に関する事務を大幅に省力化することができ、労働保険料を保険料の金額に関わらず延納と同様に3回に分割して納付できる等のメリットがあります。
④労働保険料の口座振替納付
労働保険は金融機関の口座振替でも納付することができます。前もって口座振替の手続きを行わなければなりませんが、口座振替を利用することで労働保険料の納付期限を遅らせることが可能です。例えば、平成28年度は7月11日が納付期限となっていますが、口座振替では9月6日に口座から引き落とされます。労働保険料の延納が認められる場合も同様で、第2期では10月31日納期限のものが11月14日引き落としとなり、第3期が1月31日から2月14日となります。
ただし、年度更新手続の期間中に(平成28年度は6月1日から7月11日)年度更新に関する申告書を提出しなければ口座振替が行われませんので注意が必要です。また、口座振替の申し込み手続き完了後は日本銀行をはじめとする収納代行金融機関では年度更新に関する申告書の提出ができなくなるので、所轄の労働基準監督署または労働局で手続きをすることとなります。
6.まとめ
労働保険について確認してみましたが、いかがでしょうか?今回は労災保険と雇用保険を一括りにした労働保険をテーマに取り上げたので、どちらかというと事業主の方に向けた解説という流れになりました。しかし、労働者の方にも密接に関わってくる社会保険制度なので、興味を持って理解に努めていただけたら幸いです。
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