ストックオプション及び株式報酬に関する整理
2016年6月、経営幹部の報酬として譲渡制限付株式が制度化され、株式報酬を導入する企業が増えてきたという新聞記事がありました。経営幹部への報酬で株式に関連するものといえば、ストックオプションもよく活用されています。
ストックオプションや株式報酬は株価が上がれば儲かって、下がれば損をするのだろうということは感覚的にわかると思いますが、具体的な内容についてはよくわからない方が多いのではないでしょうか?また、自社は未上場だからまだまだ関係ないと考えている方も多いと思います。
<参考記事> 役員報酬に現物株=導入企業、相次ぐ(jiji.com)
しかし、今は未上場であったとしても、将来的には上場も視野に入れている企業に所属している方でしたらストックオプションはどのようなもので、自分の儲けはどのように導き出されるか知っておくべきですし、ビジネスマンとして必要最低限の知識はつけておきたいところです。
そこで、本稿では、ストックオプション及び株式報酬の考え方や具体的な種類について整理をしてみたいと思います。
ストックオプション及び株式報酬の狙い
ストックオプションや株式報酬はエクイティ報酬と呼びますが、エクイティ報酬の目的は、将来的な企業価値の向上、つまり株価を上げることです。詳細は後述しますが、エクイティ報酬における貰い手の儲けは株価に連動します。株価が上がれば貰い手の儲けも増えることになります。
そのため、エクイティ報酬は貰い手と株主の儲けを一致させることによって、株主の利益につながる経営行動をとることを促すという効果を期待します。また、貰い手は市場での株式売却を通じてキャッシュの大半を得るので、会社のキャッシュ負担を最小限に抑えることが可能です。
加えて、エクイティ報酬の付与から実際の市場での売却までに数年間の待機期間を設けることも可能です。直ぐに売却できない仕組にすることによって、優秀な社員を囲い込む効果も期待できます。
ストックオプションは株式を「買う権利」
ストックオプションの会社法における正式名称は、「新株予約権」です。新株予約権とは、会社に対して定められた金額(権利行使価格)で株式の付与を受けることができる権利です。
付与の方法は新株の発行であったり、自己株式の譲渡の形であったりしますが、要するに、「そのときの株式の時価に関係なく、あらかじめ定められた金額を会社に支払うことで、株式の付与をうけることができる」というものです。例えば、1株当たり100円で株式の付与を受けられる新株予約権をもっていた場合、株式の時価が220円であっても、60円であっても、100円を会社に支払うことで、株式の付与をうけることができます。
株価が220円の時、貰い手は220円の株式を100円と割安で取得することができるので、120円の利益となります。一方、株価が60円の場合は割高なので逆に40円の損になってしまいますが、新株予約権はあくまで一定金額で取得する権利に過ぎないので、行使することで損をする場合は、権利行使をしないという判断をすることになります。
「ストックオプションが紙切れになる」という言葉がありますが、これは株価が権利行使価格を下回ってしまい、権利行使をする意味が無い状態のことを意味します。
通常型ストックオプションと株式報酬型ストックオプション
ストックオプションは権利行使価格に応じて、「通常型ストックオプション」と「株式報酬型ストックオプション」大別されます。
「通常型ストックオプション」とは、権利行使価格を付与時の株価以上としたストックオプションです。そのため、貰い手側からしたら付与時よりも株価を高くしなければ、利益は得られないので、株価上昇に対して強い動機付けが働きます。
「株式報酬型ストックオプション」とは、権利行使価格を1円としたストックオプションです。1円で株式を取得することができるので、実質的に株式を受け取った場合とほぼ同様の経済的効果があります。(なお、議決権と配当はありません)。そのため、ストックオプションが紙切れになることは無く、常に株価とほぼ同額の価値を保持し続けることになります。
実務的には権利行使に業績達成条件などの諸条件を加えますが、大きく分けると上記の二通りに分けるこができ、状況に応じて使い分けをします。
通常型ストックオプションはギフト
通常型ストックオプションは付与時よりも株価が高くなって初めて利益を得ることができ、それ以外での状況だと価値はゼロです。その意味では、例えば現金でもらっていた報酬の一部を通常型ストックオプションに振り返ることにはなじまず、どちらかというと、プラスアルファとして付与する「ギフト」という位置づけで考えたほうがしっくりきます。
株式報酬型ストックオプションはサラリー
株式報酬型ストックオプションは、常に株価相当の価値を保有しています。そのため、株式報酬型ストックオプションは通常型ストックオプションよりも、財産形成という面では優れています。例えば、貰い手の報酬の見直しを行い、もともと現金で受け取っていた報酬の一部をエクイティ報酬とする場合、株価水準によっては紙切れになってしまう通常型ストックオプションよりも、常に価値を持っている株式報酬型ストックオプションのほうがフィットします。
余談ですが、筆者がお手伝いさせていただいた役員報酬の改革プロジェクトでは、役員の退職慰労金を廃止した際の退職慰労金の振り替え先として、株式報酬型ストックオプションを導入する企業がとても多かったです。
ストックオプションの対価は労働です
上記2種類のストックオプションですが、もちろん、タダでもらえるものではありません。付与を受けるためには対価が必要です。ただ、対価といっても現金を会社に支払うわけではなく、通常は「労働を対価」とします。法律の分野における深い議論だと、労働に対する対価とする考え方と、労働により発生した金銭債権とストックオプションの支払債務の相殺など、いくつか考え方がありますが、いずれにしても会社に対する現金の支払いはありません。
なお、ストックオプションの一部に、実際に会社に現金を支払ってストックオプションの付与を受ける「有償型ストックオプション」というものがあります。有償型ストックオプションは税制上のメリットをうけることを重視したもので、例外的な手法といえます。(税制上のメリットをうけることを重視するといっても、トータルの手取金額を考えると必ずしもお得とは言えない場合もあるので、実際の導入には慎重なシミュレーションが必要です)
譲渡制限付株式はエクイティ報酬の本命
まず、譲渡制限付株式の用語の整理が必要です。実は、譲渡制限付株式という言葉は、株式譲渡に株主総会や取締役会の承認を要するという定めを設けている株式会社の株式についても譲渡制限付株式と呼ぶ場合がありますが、本件における譲渡制限付株式は全くの別物です。本件における譲渡制限付株式は、貰い手と会社の個別契約などで一定期間譲渡が禁止される条件が付された株式のことを指します。
譲渡制限付株式は実際の株式を報酬として付与します。もともと、日本では報酬として株式を付与することに関する会社法の整理がキチンとされておらず、加えて税法や関連諸法令の整備がされておりませんでした。そこで、実際に株式を付与した場合と同様の効果が得られるストックオプションとして株式報酬型ストックオプションが導入され、その後、2016年に経済産業省の主導で譲渡制限付株式が制度化され、ようやく株式そのものを報酬として活用できるようになりました。その意味においては、譲渡制限付株式はエクイティ報酬の本命ともいえます。
上場を目指すならしっかりとした検討が必要
未上場企業が最初に利用するエクイティ報酬は、上場の時に権利行使をして多額のキャッシュを得ることを目的とした、「通常型ストックオプション」を導入するケースが多いです。この場合におけるストックオプションはまさにギフトで、報酬として毎期付与するものとは位置づけがやや異なります。
上場後も継続的な株価の向上を促すためには、しっかりとしたエクイティ報酬の導入を検討する必要があり、「通常型ストックオプション」、「株式報酬型ストックオプション」、「譲渡制限付株式」のそれぞれの特性をしっかり理解して、どのプランが経営計画にフィットしているかを検討する必要があります。
また、プランごとに法人税及び所得税の扱いも大きく違いますので、多角的な視点での検討も必要です。今はまだ未上場でも、将来的に導入する場合どのようなプランが望ましいか考えてみるもの面白いかもしれません。