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2017年10月05日(木)

退職者に「同業他社へは転職しない」という旨の誓約書を書かせることは法的に問題ないか

経営ハッカー編集部
退職者に「同業他社へは転職しない」という旨の誓約書を書かせることは法的に問題ないか

入社時や就業規則の改定を受けて、従業員に「同業他社へは転職しない」という誓約書を書かせることがあります。これは、同業他社の人材が移動することによって、内部の人間しか知り得ない経営上の機密や最新の技術などを流出させないための措置ですが、日本の憲法では「職業選択の自由」が保障されています。

こうした誓約書は法的な問題がないのでしょうか。

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同業転職した「産業スパイ」による海外への技術流出も

鉄鋼メーカーの新日鉄住金は、韓国の同業ポスコが、同社の元従業員を使って高級鋼板の製造技術を不正に取得したとして、2012年に1000億円の賠償金を求める訴訟を韓国で起こしました。

韓国のポスコ、新日鉄住金に和解金300億円支払い 【技術流出訴訟】(ハフポスト)

ただし、両社は製品の販売面ではライバル関係にあったものの、株式をお互いに持ち合うなど、広い分野で提携関係にあったため、韓国の裁判所の勧告を受け、ポスコが新日鉄住金に300億円の賠償金を支払うことで和解しました。

韓国や中国、台湾の企業が勢いを増す中、製造業分野では日本企業から高額の報酬を提示して従業員を引き抜く事例が増えており、この訴訟はそうした「産業スパイ」による海外への技術流出を象徴する一件となりました。

こうした事件を目にすると、同業他社への転職と技術流出を恐れて誓約書を書かせたくなる企業の心情も理解できるかもしれません。

就業規則よりも憲法の「職業選択の自由」を優先

まず、就業規則に、同業他社への転職や、同業での独立を禁止する「競業避止義務」が記載されているでしょうか。中には、「●年間は禁止する」というように、期間が定められていることもあります。

ただし、こうした就業規則があったとしても、前述した通り、日本国憲法第22条第1項には「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と記されており、「職業選択の自由」が保障されています。社会通念上、就業規則よりも憲法が優先されるのは明白であり、退職後の従業員には職業を自由に選択する権利があります。

また、退職した以上、その従業員との労働契約は終了しており、会社とは何ら契約関係はありません。そのため、基本的はスタンスとしては、就業規則や誓約書があったとしても、従業員に対して転職先を制限することはできないといえます。

職務上の機密を知り得る立場か

では、会社側は退職した従業員に企業秘密を持ち逃げされても泣き寝入りか、というと、そうともいえません。ポイントは「その企業・職位でしか知り得なかった職務上の機密」があるかどうかです。

裁判に持ち込まれた場合、多くの判例では「就業規則や誓約書などに定められた退職後の競業避止義務の内容に合理性があるか」どうかで判断されています。判断ポイントは以下の4つです。

(1)競業行為を制限する期間 (2)行為を制限する場所的範囲 (3)行為制限の対象となる職種の範囲 (4)行為を制限することへの代償の有無

仮に従業員が誓約書にサインしていたとしても、上記ポイントと照らし合わせて合理的ではない契約だと判断されれば、誓約書自体が無効となります。

「競業避止義務」が合理的かどうか判断するポイント

ただし、先の4つの定めが合理的かどうかは、それぞれのケースにより異なり、一概には判断できません。

(1)については一般的にごく短期間に限られ、1年以上経過していれば合理的ではないと判断されるようです。(2)の場所的な範囲での制限については、例えば地域限定で商売をしている不動産会社が、全国規模での同業転職を禁止したとしても、合理的ではないと判断される可能性が高くなります。(3)については、経理や営業スキルなどはある程度汎用的なもので、どの企業であっても身につけることができるので、「競業避止義務」には当たらないと判断されます。

前職の営業職で培った人脈を使って新しい職場で声をかけるのも、一般社員のレベルであれば問題ないとされることがほとんどのようです。ただ、経営幹部がライバル社に転職した場合、(3)に基づいて「その企業・職位でしか知り得なかった職務上の機密」を知り得る立場にあったとして、「競業避止義務」に抵触する可能性があります。

実際にこうした地位にあった人が転職し、「競業避止義務を課することは不合理でない」と判断された判例(東京地判 H19.4.24)もあります。とくに、取締役に就任していると労働基準法が適用されないため、前職で知り得た職務上の機密を使って「競業避止義務」にあたる取引を行った場合、前の勤務先には自社のためになされたものと一方的にみなす権利(介入権)が発生する可能性があります。その場合、すべての取引を以前所属していた企業に接収されます。

また、前述の新日鉄住金とポスコのように、製品開発をする部署にいる人が、開発中の技術を持ち出してライバル社から同様の製品を発売した場合、訴訟の対象となる可能性があります。

ただ、(4)に関連して、開発中の技術が企業秘密であり、情報漏えいが禁止されていたとしても、秘密保持の対価となる給与として支払われていたかどうかが争点になります。基本的には労働者に有利な判断が下されることがほとんどで、企業は従業員に対し「給与は安いけど秘密は守ってね」とは言えないのです。

退職後の「競業避止義務」に違反した場合のペナルティ

「競業避止義務」にあわせて、退職金の減額などを定めている企業もあります。合理的に「競業避止義務」に違反したと判断された場合、従業員側にペナルティが科されることがあります。

競合する同業を設立して起業した場合は、新会社が営業差し止め措置を受けることもあります。ただ、多くの場合は多少の違約金を支払って和解とすることが多いようです。

「競業避止義務」誓約書の効力は低い

企業が就業規則や誓約書で、従業員に対し同業他社への転職や起業を制限する、違反した場合のペナルティを明記することは可能です。

ただ、経営陣などを除く多くの社員については憲法上の「職業選択の自由」が優先されます。「競業避止義務」に違反した元従業員に対して訴訟を起こしても、合理的でないと判断されることも多いので、誓約書の効力は低いといえます。

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