経済産業省石井芳明氏が語る「ベンチャー新時代の到来」とは?
第2回【前編】「経営ハッカー」対談 石井芳明 × 佐々木大輔
石井芳明(Yoshiaki Ishii) 1965年生まれ。2012年、早稲田大学大学院商学研究科卒業(商学博士)。1987年、通商産業省(現経済産業省)入省。中小企業・ベンチャー企業政策をはじめ、産業技術政策や地域振興政策等に従事。2012年から経済産業政策局新規産業室新規事業調整官を務める。
佐々木大輔(Daisuke Sasaki) 東京都出身。一橋大学商学部卒。データサイエンス専攻。派遣留学生として、ストックホルム経済大学にも在籍。大学在学中からインターネットリサーチ会社でリサーチ集計システムや新しいマーケティングリサーチ手法の開発を手がける。卒業後は、博報堂などを経て、2008年、Googleに参画。日本市場のマーケティング戦略立案や日本、アジア・パシフィック地域の中小企業向けマーケティング統括を担当した。2012年、freeeを創業。
創造的な仕事に時間を割けない日本?
佐々木 本日はお忙しいところ、弊社まで足を運んでいただいてありがとうございます。
石井 いえいえ。佐々木さんは今、注目の経営者なので、興味があって来ました。freeeの立ち上げまでにどのようなご経歴を歩んでこられたのですか。
佐々木 大学卒業後、博報堂やPEファンドのCLSAキャピタルパートナーズを経て、インタースコープからスピンアウトしたALBERTでCFOをやりながら、レコメンデーションエンジンの開発をしていました。
石井 そうなんですか。
佐々木 その後、Googleで日本とアジア・パシフィック地域の中小企業向けのマーケティングを担当して。日本の“おかしさ”に気付いたのもその頃なんです。
石井 おかしさ?
佐々木 日本は開業率が低いし、中小企業の中で、テクノロジーの浸透度もまだまだですよね。そこで、中小企業のバックオフィス業務をテクノロジー化して、生産性を上げられないかと考えて立ち上げたのが「freee」なんです。
雇用やイノベーションはベンチャーが生み出す
石井 開業率については、日本は約5%で、アメリカやイギリスと比べると半分。ですから、アベノミクスの成長戦略(日本再興戦略)では「企業の開業率倍増」が目標に掲げられています。そもそも、どうして政府がベンチャーを支援するのかというと、ベンチャーや新規事業の中から「雇用」や「イノベーション」が生み出されるからなんです。企業の社齢ごとの雇用の増減を見てみると、新しい企業ほど雇用を創出していて、企業が年をとるにつれて雇用の純増率は下がっていく。
佐々木 雇う人は多くても、全体的に雇用は減ってしまう、と。
石井 そう。だから、新しい企業を増やすことが重要なのです。しかし、日本では起業に挑戦する人の絶対数が少ないし、アメリカと比較するとリーディングカンパニーに成長するベンチャー企業も多いとはいえません。ベンチャーキャピタルからの資金供給も、対GDP比でアメリカの7分の1ほどです。
佐々木 ステージ別だとどうですか?
石井 IT系に関しては、シードステージ(創業時期)やアーリーステージ(事業化時期)の企業は増えてきていますが、シリーズAクランチ(※1)のような問題があります。そして、決定的なのが、テクノロジー系のベンチャーに対するリスクマネーの供給がものすごく少ないことです。
佐々木 それは、総額として?
石井 総額としてです。本来の意味でのペイシェント・マネーが少ないんです。IT系なら2~3年で結果がわかりますよね? でも、バイオ、新エネルギー、新素材、ロボティクスのような時間がかかる事業に対しては、利益が上がるまで長期的に耐えることができる資金がない。
佐々木 なるほど…。
石井 ベンチャーがグローバル化できていない、大企業とベンチャーとの連携が不足している、人材の流動化の度合いが低い、という課題もあります。佐々木さんはGoogleを飛び出して起業したけれど、日本では大企業の中にずっといる人がほとんどですから。
官民一体で未来の起業家を育成する
佐々木 Googleではキャリアパスとして起業が当たり前で、OBが起業した会社が6000社以上あるといわれています。そういうケースがもっと増えてくればいいのでしょうが、例えば、起業に挑戦する人が少ないことに対して、政府としてどんな解決策を考えているんですか?
石井 「教育」ですね。6月に出た成長戦略の改訂版で「国民意識の改革と起業家教育」が政策項目になり、小中学校や高校からの起業家教育を強化することになりました。いま、「起業して社長になりたい」という小学生ってなかなかいないんですよ。国際的な調査でも、日本は諸外国と比べて起業が身近でなく、起業に関する知識を持っていない人も多い。そうした現状を、民間の力を借りて改善していく。すでにいくつかの学校は、民間企業と協力して、起業家を学校に招いて講義を行ったり、模擬株式会社を立ち上げて、お金の意味や組織の役割、地域の活動を学ぶカリキュラムを始めています。経産省も文科省と連携して検討会を立ち上げ、起業家教育のモデル例をとりまとめて全国の学校に配布する予定です。
佐々木 それはおもしろそうですね。
石井 ただ、私たちは学校を出たらすぐに起業するように勧めているわけではなくて。企業で働く中でチャンスがあれば起業家として独立すればいいし、そうでなくても、起業家マインドが醸成されれば、新しい事業やリスクに対する抵抗感がなくなりますよね。つまり、起業家教育は起業に限らず、社会の中で強く生きる力の育成、挑戦する人を増やすことにつながると考えています。
失敗を許容する社会になるために
佐々木 僕も起業したとき、「よく起業できましたね」って言われたことがあったんですけど、起業がリスクだと思ったことはないんです。Googleでは、起業したけれど失敗して戻ってくるケースがけっこうあって、復職したあとに出世している人もいる。起業する人に対する期待値が高いし、失敗した人に対する包容力もあるんですよね。政策的にそういう社会を実現することは難しいのかもしれませんが…。
石井 それでいうと、茂木(敏充)経済産業大臣の声かけで開催した「ベンチャー有識者会議」(※2)の報告書の冒頭に、「ベンチャー宣言」を載せていまして。「ベンチャーとは、起業にとどまらず、既存大企業の改革も含めた企業としての新しい取り組みへの挑戦である。」という一文から始まるんですが、宣言の中でジョン・F・ケネディの“Those who dare to fail miserably can achieve greatly.”という言葉を引用しているんです。
佐々木 ケネディですか?
石井 ようするに「失敗を許容する社会になろうよ」というメッセージなんです。政策としてすぐに何かを実行し、効果を出すことは難しいですが、まずは「私たちはそういう考え方を良しとします」と宣言したんですね。
佐々木 なるほど。
石井 この秋には「ベンチャー創造協議会」といって、大企業とベンチャーの連携を進める取り組みも始めます。経済を再生させるためには、大企業も変わらなければいけない。終身雇用を守る会社があってもいいのですが、そうではない働き方を促す企業が増えてもいい、それによって多様性のある社会が作れれば、と。
佐々木 会社を辞めようとすると、家族と揉めるなんて話はよくありますからね。
私学を中心に起業への意識が変わっている?
石井 一方、少しづつですが、最近はオープンに考える人が増えてきた印象がありませんか? なかでも私学の人に多いというか。ラクスル代表の松本(恭攝)さんは、慶應を出て有名な外資コンサルティング会社に勤めていたけどスパッと辞めましたよね。スパイバーの関山(和秀)社長も慶應ですね。
佐々木 確かにそうですね。IVS(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)の大学生向けイベントでも、慶應の学生の参加率が一番高い。
石井 それから、リブセンスの村上(太一)社長みたいに、早稲田にもそういう人が増えていて、私学を中心に少しずつ意識が変わっている。
佐々木 学生の時点でいろんな経験をしておくことも大切でしょうね。うちの会社にも大学生がインターンで来たんですけど、ベンチャー企業のオフィスにくること自体が初めてだから、「ベンチャー企業って恐いところだと思ってたけど、イメージが変わりました」って(笑)。
石井 ドラマの中で描かれるベンチャーの社長って、いまだにちょっと怪しいし(笑)。
佐々木 「こんな雰囲気で仕事できるなら、仕事に対する感覚も変わります」と言ってくれて。そうやって交わることは大切だなと感じました。
※1 起業したばかりのスタートアップ企業が、シードステージの次の段階であるシリーズAでの資金供給を得られずに廃業に追い込まれること ※2 今後のベンチャー支援のあり方を検討するために、茂木大臣と第一線で活躍する委員が直接対話するという形で行われた会議。WiL CEOの伊佐山元氏、MOVIDA JAPAN代表の孫泰蔵氏、経営共創基盤代表の冨山和彦氏、早稲田大学ビジネススクール教授の長谷川博和氏らが委員を務めた。2013年12月から2014年3月にかけて開催。
<プロフィール> 石井芳明(Yoshiaki Ishii) 1965年生まれ。2012年、早稲田大学大学院商学研究科卒業(商学博士)。1987年、通商産業省(現経済産業省)入省。中小企業・ベンチャー企業政策をはじめ、産業技術政策や地域振興政策等に従事。2012年から経済産業政策局新規産業室新規事業調整官を務める。 <後編につづく>
[ 文: 成田敏史(verb)写真: 柚木大介 ]
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