ややこしい在庫の会計処理をスッキリ整理しましょう!
意外と複雑な在庫の会計処理の全体像を整理しましょう
小売業や製造業など、多くの業種で年度末に発生する「在庫」。在庫の会計処理は評価方法の決定や減耗損の把握、低価法の適用や強制評価減の実施などなかなかに複雑です。本稿ではそんな在庫の会計処理の全体像を把握し、中小企業における在庫の会計処理のベストプラクティスを考えてみたいと思います。
1)在庫の会計処理の全体像
年度末における在庫の会計処理の計算プロセスは以下の通りです。
STEP1 年度末における書類上の在庫金額の集計 STEP2 実地棚卸による減耗の計算 STEP3 低価法の適用による評価額の変更 STEP4 不良資産に対する強制評価減の実施
2)在庫評価に関するルール
国内で適用している棚卸資産の会計ルールは1種類ではなく、実は4種類あります。
1:法人税法 2:棚卸資産の評価に関する会計基準 3:中小企業の会計に関する指針(中小企業会計指針) 4:中小企業の会計に関する基本要領(中小企業会計要領)
・法人税法
法人税法はすべての国内企業に適用され、法人税法のルールに沿った形で行った会計処理によって発生した損益は、法人税の計算における益金、損金としてそのまま扱われます。
・棚卸資産の評価に関する会計基準
「棚卸資産の評価に関する会計基準」は主に公認会計士の監査が必要な上場企業等業で適用される会計処理ルールで、棚卸資産に関する会計処理方法が詳細に定められています。
・中小企業の会計に関する指針・基本要領
「中小企業の会計に関する指針」「中小企業の会計に関する基本要領」は、中小企業の決算書が税金計算を主な目的として、企業の実態を適切に反映していないという問題を解決するため、商工会議所や中小企業庁などが協力して策定した会計ルールです。
基本的には、棚卸資産の評価に関する会計基準を中小企業の実態にあわせて簡素化した内容となっています。なお中小企業会計指針及び中小企業会計要領を適用している企業は金融機関から金利優遇を受けられる場合があるといったメリットもあります。
3)在庫の定義
そもそも会計における在庫とはどのようなものでしょうか?在庫は会計的には棚卸資産といい次のような資産をいいます。
- 商品または製品
- 仕掛品
- 原材料
- 消耗品で貯蔵中のもの
販売用に保有している商品や自社で作った製品、それらを製造するために保有している原材料等を会計上の棚卸資産として定義しています。例えば建物や自動車を保有している場合、それらの資産は通常、有形固定資産として分類しますが、不動産業や自動車販売業はこれらの資産を販売用として保有しているので棚卸資産として扱います。
また、消耗品についても未使用品については、原則、棚卸資産として扱います。
なお、もともと商品として保有していたものをサンプル品や自社利用に転用する場合は棚卸資産から他の勘定科目に振替を行うことになります。
4)年度末における書類上の在庫金額の集計
年度末に書類上の在庫金額の集計を行いますが、その際、在庫の金額をどのように評価するかが問題となります。
シンプルに考えると、期末の在庫の金額はその商品を購入した時の価格でつけるという方法がわかりやすいのですが、同じ商品でも購入時点や数量によって単価が異なる場合がありますし、また大量購入・大量消費する資産については、個々の商品とそれに対する購入金額を常にリンクして把握するのは煩雑です。
そこで、年度末の在庫の金額の計算方法として下記の評価方法が定められています。
1.個別法
年度末の在庫の金額を、当該在庫を購入した時の価格をもって決定する方法。 実際の購入金額をもって在庫金額とするので、シンプルでわかりやすいのですが、大量に仕入れるような資産については作業が煩雑になり不向きです。
実務的には、不動産や貴金属など、一品一品が高額な商品について適用されます。
2.先入先出法
先に仕入れたものから順次払い出しているものとして年度末の在庫の金額を計算する方法。
古いものから順次払い出しを行っているとみなして、年度末の在庫の金額を決定しますが、在庫の流れについてはあくまで「みなし」なので、例えば、7月に商品Aを単価10円で10個購入、8月に同商品を単価12円で10個購入し、9月に8月に仕入れた商品を10個販売した場合、期末に残っている在庫は7月に購入した単価10円の商品10個となりますが、先入先出法では、古いものから順次払い出しを行うとみなしているので、会計上は9月の払い出した商品の売上原価は7月に仕入れた金額単価10円で計算し、年度末の在庫の金額は8月に仕入れた単価12円×10個=120円ということになります。
3.平均法
ⅰ総平均法 期首の在庫の金額と当期に取得した在庫の合計金額から、単位当たりの平均額を計算し、年度末の在庫の金額はその平均額をもとに計算する方法です。
ⅱ移動平均法 資産の購入の都度、平均単価を計算する方法で、年度末の在庫の評価金額は最終の平均単価に年度末の在庫の数量を乗じて計算します。
いずれも平均金額で払い出した在庫の金額と年度末の在庫の金額を計算します。ただし、総平均法は年度におけるすべての仕入金額から平均額を算出するので、年度途中において払い出した商品の売上原価をタイムリーに把握することが難しいという問題点があります。
4.売価還元法
年度末の在庫の売価に対して原価率を乗じた金額を在庫評価額とする方法。
売価還元法は個々の商品の受払記録を簡略化するための評価方法で、多数の商品を売価で管理している百貨店やスーパーマーケットなどで採用されています。
5.最終仕入原価法
期末にもっとも近い時点で取得した際の単価を年度末の在庫の評価単価とする方法。
年度末の在庫の評価方法としては最も簡便な方法になりますが、例えば、最終仕入の数量が1個だけだったとしても、年度末の商品すべてに最終仕入時の購入時の単価を割り当て在庫の金額を計算するため、実態とかけ離れた数値となってしまう場合もあります。
どの評価方法を適用するかについては、資産の利用状況に応じて決定します。 なお、最終仕入原価法は、法人税法における原則的な在庫評価方法として扱われ、他の評価方法を適用する場合は税務署に報告する必要があります。
また、「棚卸資産の評価に関する会計基準」では在庫の評価額の適正な把握を重視し、歪んだ評価額になるおそれのある最終仕入原価法は適用できない扱いになっています。
5)実地棚卸による減耗損の計算
年度末の在庫評価については、実施棚卸による減耗損の把握も必要となります。盗難や紛失、気化等により、書類上の在庫数量と実際の在庫数量には差がある場合があります。
そのため、実地棚卸を行い、減耗損を把握し会計上の在庫の数量を実際の数量に合わせるという作業を行います。
6)低価法の適用による評価額の修正
在庫の評価方法には低価法というものがあります。先入先出法等の評価方法はあくまで購入金額をベースとした評価方法である一方、低価法は年度末の在庫の時価がそれよりも下回っている場合、時価に評価金額を付け替えるというものです。
低価法における時価は販売価格から販売手数料を控除した「正味売却価額」をもって時価とします。
また、原材料については、原材料の購入金額のほうがわかりやすいので、期末時点でその原材料を購入するのに必要な金額(再調達原価)をもって時価とすることもできます。
なお、低価法ですが、「棚卸資産に関する会計基準」では強制適用となっていますが、それ以外の会計ルールでは任意適用となっています。
7)不良資産に対する強制評価減の実施
在庫の評価については、低価法に加え強制評価減というものもあります。これは大枠で見れば低価法の一種ではありますが、長期に売れ残ってしまった商品のように、機能的に古くなってしまったものや、品質が劣化してしまったような場合に、強制的に評価額を切り下げる方法です。
まとめ
設立間もない企業は、在庫の評価はあくまで税金計算のために行い、法人税法のルールに必要最低限従っているというのが大半だと思います。もちろん、経営分析目的として決算書を利用するニーズが低ければ、基本的にはそのままでもかまわないと思います。
しかし、金融機関から資金調達を行った段階や、決算書を経営分析のデータとして重視するようになった段階で、金利優遇を受けることもできる中小企業会計指針や中小企業会計要領に従った会計処理にシフトすることが望ましいと思われます。
特に、長期滞留の不良資産をそのままにしておくことは経営分析上好ましくないので、強制評価減をしっかり行うことがポイントになります。その場合、品質が劣化した長期滞留資産の強制評価減のルールをしっかり定めることも大切です。
なお、「棚卸資産の評価に関する会計基準」は中小企業にとっては、厳密すぎる内容なので、適用の必要は特段ありません。しかし、今後増資や上場などで公認会計士監査を受けなければならない状況になった段階で、適用に向けた検討が必要となります。