原価管理とは?原価管理の意味と経営への活用方法
財務諸表を作成するために、通常、企業は原価計算を行っています。しかしながら、原価計算を行ったデータを使って原価管理をしているかとなると話が別で、取り組み状況は千差万別です。原価管理はもともと製造現場のコストコントロールを目的として始まりましたが、次第に経営的に全体のコストをとらえるコストマネジメントの観点から活用されるようになってきています。トップラインの売り上げを伸ばすことが困難なこの時代に、コストマネジメントは企業にとって大きな課題となるでしょう。そこで今回は、原価管理をコストマネジメントとしてとらえ、どのように経営に活用してくのかを考えてみたいと思います。
原価管理とは?
原価管理はもともとその必要性が高かった製造業から始まっています。日本で本格的に原価管理が意識されるようになったのは、1962年に大蔵省(当時)の企業会計審議会で基本ルールとなる「原価計算基準」が設定されたことによります。
この基準では原価管理を次のように定義しています。
「原価管理とは、原価の標準を設定してこれを指示し、原価の実際の発生額を計算記録し、これを標準と比較して、その差異の原因を分析し、これに関する資料を経営管理者に報告し、原価能率を増進する措置を講ずることをいう。」
引用:企業会計審議会「原価計算基準」 P.1
つまり、製造業の伝統的な原価管理では、
①標準原価の設定
製品を1個作るのに必要なあるべき目標コストを調査し、標準原価として設定します。
②標準原価と実際原価の差異を分析
実際に製造した原価(実際原価)を算出して、標準原価との差を明らかにし、その原因を分析します。その上で改善策を立案します。
③標準原価を下げる
改善策をもとに原価を下げる活動を行い、下げられた実際原価を元に、次の標準原価を定めます。①~③のPDCAサイクルを実践することで、標準原価の額自体を低減させ、コストダウンを行っていきます。
この一連の流れを行う原価管理はコストコントロールともいい、製造現場においては、損益計算書(PL)における原価を削減し利益を増やすことが目的とされていました。一方、②の実際原価の計算が、財務会計にも使えることから、標準原価計算は製造業に浸透していきました。
しかしながら、今日においては中長期的な視点から企業の価値向上を考えると、原価管理活動は企業のキャッシュフローを増やすとともに、貸借対照表(BS)を改善していくために実施することが重要であると考えられるようになってきており、そのための戦略的なコストマネジメントの視点が求められています。
原価管理がコストマネジメントに広がっていった背景
それでは、前述のような標準原価を計算するといった手法の起源はどこにあるのかと言えば、1910年代に米国のフレデリック・W・テイラーが主導した「科学的管理法」を原価計算に適用したことに拠ります。
日本においては、前述のように原価計算基準が公表されたことで、製造業の原価計算方法が確立していきました。1960年代以降、日本の原価管理は独自の発展を遂げ、トヨタ自動車によって開発された製品企画の段階から予算を決め、その予算内で新製品を開発していく「原価企画」などの手法が開発されていきました。また京セラの「アメーバ経営」などの独自のコストマネジメント活動も行われるようになってきました。
1980年代 になると、米国において活動基準原価計算 (Activity Based Costing= ABC )が 行われるようになりました。これは製品やサービスを顧客に提供するまでに行われる活動(アクティビティ)に焦点を当て、それに要した資源(時間や労力)に応じて、製品・サービスの原価を算出していく方法です。
さらに、1990年代になると物理学者でもあったゴールドラットは「ザ・ゴール」の中で新しい原価管理の方法を提唱しました。原価管理を生産活動のスケジューリング問題から掘り下げ「システムの目的の達成を阻害する制約条件(ボトルネック)を見つけ,それを克服するためのシステム 改善方法」である「TOC」を提唱しました。具体的には,最終的に①スループット(売上高-直接材料費)の増大を目指して②在庫③業務費用を削減していくというものです。
さらには、シャンクとゴビンダラジャンの両氏によって、原価管理が経営と結びつく「 戦略的コストマネジメント」の手法が生まれました 。戦略的コストマネジメントの基本的な分析方法としては、企業のバリュー・チェーンを前提に、①バリュー・チェーン分析、②戦略的ポジショニング分析、③コスト・ドライバー分析の三つを挙げています。調達、製造、出荷、販売、マーケティング、サービスといった企業の一連のバリュー・チェーンを通した価値創造活動のなかで、原価を発生させる主因となるものをコスト・ドライバーとして設定し、それらのドライバーを操作することによって、競争優位を確保することを目的としています。
こういった戦略的コストマネジメントの考え方は、ERP(Enterprise Resources Planning)パッケージソフトウェアの発達にともない、管理会計が作動するシステムとして盛り込むことが可能となってきています。
原価管理の課題
このように、原価管理の意味合いが変わってくるにつれて、一方では課題も見えてきました。
1.原価計算基準が時代に合わなくなった
原価計算基準は出来てからすでに50年以上が経過しており、改正の要望が方々から出ていますが、財務会計への活用の側面ではかなり浸透しており、なかなか改正されないという実態があります。
原価計算基準制定当時の企業環境と比べると、製造業では手作業から機械中心の生産方式への変化、大量生産から多品種少量生産への変化、ブランドに代表される知的資本の重要性の拡大等の変化が生じており原価計算基準との齟齬が出てくるようになりました。
2.製造業以外の原価管理手法の開発の遅れ
もともと製造業で始まった原価管理ですが、流通小売業、建設業などでも原価管理は必要であり、業界別の取り組みが進んできています。しかしながら、モノを製造しない業態の場合は管理項目が少なかったり、発注者側にコストの強制力があることなどから、原価管理が有効であることの理解が進んでいないという実態があります。
3.ERPパッケージの出現により原価管理の環境が激変
原価管理の設計を自分で行うことは難しいのですが、ERPにデータを入力すれば、自動的に管理会計データと財務会計データが統合できるといった環境が整ってきています。
しかしながら、ERP側でそれができるとなっていても、実際に経営にどう使いこなしていくのかという課題が出てきました。また、ERPの種類も増え、それらの連携も課題となっています。
つづいて、代表的な各業界における原価管理の課題を述べます。
製造業における原価管理の課題
原価計算基準が制定された当時の日本の製造業は、手作業による組立 、加工が中心でありましたが、その後FA(Factory Automation)などの製造部門における機械作業の割合が増加しました。また、製品自体のライフサイクルも短くなり、標準原価が計算できた頃には、製品の製造が終わっているという事態も出てきています。
一方ERPパッケージを活用することで、製品や部品一単位(1個 )の原価( 単位原価 )を割り出す作業が簡単になっています。部品表やレシピ、作業標準表等を使って原価の積上げ計算することが容易となりました 。さらERPでは 、この単位原価計算だけでなく、実際数量( 時間)に 実際単価( 賃経費率)を乗じて 、実際原価を算出することも可能となり、財務会計と直結するようになっています 。
また一般量産品を製造する企業の場合、実際原価は 、納入者の見積からなる実際原価であり、原価企画における見積原価の計算において単位原価( 製品や部品一単位の原価 )として見積りを実施することが多いという実態もあります。この点、ERPパッケージでは量産品はそのロット、サイズ等より見積額が異なる計算を採るといった製造業態への対応もできるようになっています。
また、ERPによりクラウドに仕訳単位の情報を持ち、費目別計算と部門別計算が同時に行われることで、原価変動の原因分析を容易にするため、費目別集計の後、部門別に集約する手続きを採らず 、部門別に仕訳 データを保持したり、製品別計算においても細かな原価要素を保持したまま原価計算ができるようになっているので、原価管理業務の生産性が大幅に向上しています。
今後の課題としては、多角的な分析ツールをもつERPを経営にどう使いこなしていくかという点と、受注先の多様化によるサプライチェーンにおける他社とのERPデータ連携をどうするかといった点などが挙げられます。
小売業における原価管理の課題
取扱品種がきわめて多い小売業、卸売業においては、1品目ごとの単位原価をもって棚卸資産を評価することが困難となります。このため棚卸資産を同一種類のグループに分け、売価合計額から取得原価を逆に算出する方法がとられることが多いです。これを売価還元法といいます。
よって、一定のカテゴリーでの売価の総額と仕入の総額を総計して、原価率を算定し、その率をもとに利益を算出する計算方法となっています。また、決算確定においては、現場で棚卸を行い、原価計算期間終了時点での在庫金額を確定させないと、利益が計算できない仕組みとなっています。
もともと小売流通業の税引き前利益率は1~2%程度しかないこともあり、利益率の管理が
非常に重要であり、本来、正確に在庫を評価するには個別法で行う必要があります。これは仕入れたもの一つ一つに、在庫価額を設定して、販売時点でその実現売価に相応する原価を差し引き、利益を計算することです。
しかしながら、現場においては、ECとリアル店舗のシステムや、POSと本部のシステムが分離しているため管理できないといったことや、そのため実績把握や分析の業務負担が大きいこと。また、輸出入管理などが別システムのため、全社としての実績の把握や分析の業務負担が大きいなどといったハードルが数多くあります。
建設業、ソフトウェア開発業における原価管理の課題
建設業や、ソフトウェアなど長期にわたってプロジェクトが発生するものは、企業会計基準の一つである「工事契約に関する会計基準」に従い原価管理をしていく必要があります。
この基準の中で最近、工事進行基準による財務会計が求められるようになってきました。
基本的には、プロジェクトの進行にともなう原価管理が必須であり、各プロジェクト別収支状況を把握しつつ、工事進行を円滑に進めることが必要となってきます。つまり、プロジェクト(契約)別収支管理、個別原価管理の進捗を可視化してかなければなりません。
支払経費、外注費管理の面では、プロジェクト別・案件別に支払予定を管理し、消込作業を行ったり、労務務費管理では、勤怠実績記録(日報情報)と給与の支給実績情報をデータで連携させるといったこと。そして、材料原価・仕入在庫管理を効率化しプロジェクトごとの材料費を把握することなどが必要となっています。
以上のように、原価管理の浸透度合いや課題は業界によってかなり違いますが、異業種の状況も参考にしつつ自社の原価管理について考えてみるのも有効です。
さらに現場だけではなく経営的な視点でコストマネジメントを考えていきましょう。
コストマネジメントとしての原価管理活動の実践方法
コストマネジメントを戦略的に考えた時、原価測定方法をどう設計し、どうマネジメントしていくのかという視点が必要となります。このときポイントになるのが、財務会計のルールに従いながらも、管理会計をどのように柔軟に設計するのか。そして、それをどうマネジメントに活かして実践していくのかです。
以下に3つほど例を挙げます。
スループット会計の考え方
まずは、先述のゴールドラット博士の提唱するスループット会計を補足説明します。スループット会計は従来の原価計算の概念を変えるものでした。従来の原価計算では、利益は販売した売上に対応する原価(売上原価)を差引いたものとなります。
しかし、過去の生産の惰性により売れない商品を増産した結果、在庫は増えることになります。ところが、量産することにより売上原価が下がるため、会計上の利益は増えるという事態が発生するのです。このときPL単体で単年度の利益を見ると経営が上手くいっているように見えます。
この点、スループット会計では時間当たり利益の最大化、つまり、キャッシュを生むスピードを意識します。キャッシュを生まない活動を辞めるため、生産ラインを止めるなどの思い切った措置をとります。
以下に、スループット会計を成立させる要素を挙げます。
3つの基本要素
・ T (スループット): 販売を通して生み出されたお金、生産を通してではない = 販売額 - その中に含まれている材料の購入費
(活動を評価するのではなく、販売を評価する)
・ I (在庫): 売る目的で購入した材料の金額 = 原材料・仕掛・製品の在庫品の中に含まれる材料の購入金額
(加工で付加される価値は含めない)
・ OE (業務費用): 在庫をスループットに変換するために使われたお金 = I を T に変換するために実際に使われたお金
(人件費は固定費とみなす)
参考:日本TOC協会
例えば、このように求めるべきマネジメントの成果に応じて、自社にとって意味のある管理会計を設計していくということが重要です。
バランススコアカードの考え方
次に、戦略と紐づくコストマネジメントに有効で、世界的に活用されているバランススコアカードについて述べます。ハーバード・ビジネススクールのキャプラン教授とノートン氏が開発したバランススコアカードは、テンプレートを活用しコストマネジメントを行っていきます。
戦略目標を達成するために、
- 従業員が学習し成長する
- ビジネスプロセスの効率が改善
- 顧客満足度が改善
- 財務会計の数値が改善
といったコストマネジメントと経営戦略の接続性を高めるものとなっています。
アメーバ経営の考え方
京セラの創業者稲盛和夫氏が開発した、マイクロ・プロフィットセンターシステムの一つである有名なコストマネジメントの手法です。京セラだけでなく、日本航空でもアメーバ経営が導入され、その再建に大きな成果を生み出したことから、いっそう注目されるようになってきました。日本では、上記バランスコアカードよりも導入率が高い状況にあります。活動の小単位であるアメーバごとに「時間当たり採算=(売り上げ-経費)÷労働時間」を算出し、時間当たり採算の最大化することを目指して活動します。
「各アメーバのリーダーは、それぞれが中心となって自らのアメーバの計画を立て、メンバー全員が知恵を絞り、努力することで、アメーバの目標を達成していきます。そうすることで、現場の社員ひとりひとりが主役となり、自主的に経営に参加する「全員参加経営」を実現しています。 アメーバ経営は、京セラをはじめ、稲盛が創業したKDDIや再建に携わった日本航空など約700社に導入されています。」
アメーバ経営のポイントは、リーダーを経営者に育てることと、全員参加で目標を達成させることにより、コストマネジメントを自分事として取り組むことにあります。
他にも、いろいろな手法がありますが、既存の原価管理の概念にとらわれず、コストマネジメントとして広くとらえ直すことで、自社に合ったマネジメント手法を考えることができます。
戦略的コストマネジメントとしての原価管理の応用
ERPパッケージの導入
ERPを活用することで、顧客別原価 、市場セグメント別原価 、地域別原価、ビジネスフロー別原価等・・の多角的原価分析が可能となります。これらを時系列で追い分析していくことで、貢献度の高い分野を発掘し、マーケティング活動と連携させていくことが可能です。また、SFAなどとERP連携を行うことで、セールス活動やサービス活動の生産性測定など販管費も含めたトータルなコストマネジメントが可能となります。
原価管理とキャッシュフロー
上場企業においても短期のPLよりもキャッシュフローを重視する動きがさらに顕在化してきました。
2019年4月20日に行われた、ソニーの2019年3月期決算説明会では、今後分野別営業利益目標の発表を行わないことが宣言されました。ソニーでは長期視点での経営を重視し、2020年度までの中期計画期間においては、連結営業キャッシュ・フローの3年累計値とROEをKPIとしています。上場企業においても、短期利益よりもキャッシュフロー重視の傾向がますます強まっていくと思われます。
キャッシュフロー重視の背景として、環境変化がますます激しくなる中、臨機応変に投資できる手持ち現金の価値が高まっているということが言えます。
そこで、最近よく言われているのが、コストマネジメントにおけるキャッシュコンバージョンサイクル(CCC)の改善というテーマです。これが短いほどキャッシュが生み出せる力が強いということになります。
CCCの算出は
売上債権回転期間+棚卸資産回転期間-買掛金回転期間の計算で求められます。
①売上債権回転期間=売上債権÷年間売上高×365日
※売上債権=受取手形+売掛金+割引手形―前受け金
②棚卸資産回転期間=棚卸資産÷年間売上原価×365日
③買入れ債務金回転期間=買入れ金÷年間売上原価×365日
※買入債務=支払手形+買掛金―前払い金
原価管理と全員参加型経営
アメーバ経営や、バランススコアカードを取り入れている組織では、コストマネジメントに、従業員が一丸となって取り組んでいます。アメーバ経営は、先述の大企業だけでなく介護サービスを行う社会福祉法人などでの業態でも取り組み成果があがっており、あらゆる業態で日本企業に合ったシステムの一つと考えらます。
ミニカンパニー制になるので、他カンパニーとの仮想取引の処理に当初は負荷がかかるという話もありますが、従業員の当事者意識が低い傾向がある日本では検討の価値があると思われます。
最近では、ティール組織や、ホラクラシー経営も全員参加型の取り組みとしてコストマネジメントに成果を出せる可能性が高いです。
原価管理による経営のイノベーション
従来からの取引先との慣行やビジネスフローにより、この分野のコストダウンは難しいと思い込んでいる既成概念が企業の中には結構あります。そんなとき、かんばん方式を生み出した元トヨタ副社長の大野耐一氏(故人)は、「なんでも半分。ゼロをひとつとって考えろ。(10万円かかるものを)1万円でやってみろ」と、一見無謀と思える要求を現場に出していました。しかしながら、異次元的な目標設定を行い、前提条件を根本的に変えることによって、画期的なイノベーションが生まれてくるという側面もあります。
予定調和的でない劇的なイノベーションを行うことは、ビジネスモデルそのものを変えることでもあります。わかりやすい例では、顧客が求めている価値を深く分析し、既存ビジネスをサブスクリプション化(月額課金型に変える)といったことで、サービス提供コストやキャッシュフローの構造が劇的に変わるといったことがあります。
まとめ
今まで述べてきたように、経営環境の変化により原価管理の意味合いも大きく変貌してきました。さらに今後はIoTとERPの接続によって、個々の機器の稼働状況や、センサーによる人の動きの把握により、コストマネジメントの方法が大きく変わってくることも想定されます。こういった中で、原価管理をコスト削減の施策ととらえるのではなく、コストマネジメントの方法、ひいては経営全体の成果向上の手段と捉えることでまったく違ったアプローチが可能となってくるのです。