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2018年07月30日(月)

「経営を後継者に引き継ぐ」ーー事業承継するなら、早めに考えておくべき税金の問題

経営ハッカー編集部
「経営を後継者に引き継ぐ」ーー事業承継するなら、早めに考えておくべき税金の問題

フリーライター(元東京国税局職員)の小林義崇です。

経営者が高齢化するなどして、経営を後継者に引き継ぐ(事業承継)する場合、贈与税や相続税といった税金の問題を総合的に考えなくてはなりません。今回は、事業承継に関連する基本的な税制の仕組みを解説します。

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なぜ「事業承継」すると税金がかかるのか?

株式会社の場合、保有する株数に応じて権利が与えられ、全株式の過半数を保有していれば実質的に会社の経営を支配することができます。そのため、会社の経営者が経営を後継者に引き継ぐ場合、株式を渡さなくてはいけません。

ここで、株式を後継者に渡したタイミングによって、2種類の税金が発生します。経営者の生前に株式を引き継ぐと「贈与税」が、経営者の死亡後に株式を相続すると「相続税」が、それぞれかかってきます。

贈与税と相続税の計算方法はそれぞれ異なりますが、共通するのは「移転した財産の価値(評価額)に応じて税金が高くなる」という点です。株式の評価額の算定方法は複雑であり本記事では説明しきれませんが、基本的に会社の価値に応じて評価額は高くなっていくため、会社によっては株式の評価額が億単位になり、事業承継をすると思いもよらぬ税額が発生することもありえます。


「贈与税」は目的に合わせて2種類の計算方法を選択する

それでは、まずは贈与税の仕組みを簡単に説明しましょう。贈与税には、「暦年課税」と「相続時精算課税」という2種類の計算方法があるため、それぞれの仕組みを理解する必要があります。

まず、暦年課税とは、年間110万円を超える贈与を受けた場合、10%〜55%の累進税率で課税されるというものです。税率については、父母や祖父母から贈与を受ける場合の「特例税率」と、その他の場合に適用される「一般税率」がありますが、事業承継の場合は、以下の特例税率を把握しておくと良いでしょう。

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国税庁ホームページより引用>

たとえば、後継者が承継する株式の評価額が1億円であったとすると、贈与税は(1億円×55%−640万円=4,860万円になります。

このように、一回で大きな財産を贈与すると、高い税率が適用されてしまいますが、分割して贈与することで、低い税率にすることができるため、税額を抑えることができます。毎年110万円を超えないよう分けて贈与すれば、贈与税ゼロで株式を引き継ぐことも可能です。

ただし、暦年課税を利用した場合、株式の評価額がある程度高額になると、税負担なしで贈与するには相当な年数がかかってしまいます。たとえば3,300万円分を贈与税なしで引き継ごうとすると、30年もかかるのです。しかも、株式の評価額は贈与した時点で毎回計算し直さなくてはならず、申告書を作成する手間もネックになるでしょう。

こうした問題を避けるには、もうひとつの制度である「相続時精算課税」を使うことで対処できます。相続時精算課税は、直系尊属(両親など)から受ける生前贈与について、総額2,500万円までは非課税とすることができるというものです。直系尊属は、養父と養子の関係も含まれますので、たとえば先代経営者から娘婿に相続させる場合、養子縁組をすることによって、相続時精算課税を利用することができます。

もし生前贈与の総額が2,500万円を超えれば、超えた部分に対して20%の税率で贈与税がかかりますが、株式をある程度まとめて贈与するのであれば、暦年課税よりも相続時精算課税の方が贈与税の負担は少なくて済むでしょう。たとえば、先代経営者が高齢で余命が少ないと見込まれるケースであれば、上記で説明したように暦年課税を使って毎年110万円ずつ贈与をしても生前贈与しきれない可能性がありますが、相続時精算課税を選択することで解決できます。

ところが、相続時精算課税を利用した場合、非課税となった部分が、贈与した人が亡くなったタイミングで相続税の対象となるという問題があります。もし、Aさんが父親から生前贈与で2,000万円を引き継いで相続時精算課税を利用し、父親が死亡時に7,000万円の財産を遺していたのであれば、相続税は2,000万円+7,000万円=9,000万円をベースに計算されるということです。

一方、暦年課税であれば、基本的には贈与された金額は相続税の対象になりません。ただ、贈与した人が亡くなる前3年以内に贈与されたものは、相続税の対象に含まれますので、もし暦年課税を利用する場合は、なるべく早めに贈与をしていた方が安心でしょう。


「基礎控除額」に収まれば、相続税ゼロで事業承継ができる

このように、たとえ生前贈与で事業承継を行う場合であっても、贈与税だけではなく相続税も考慮しておかなくてはなりません。ここから、簡単に相続税の仕組みを説明します。

相続税の計算は、個人が死亡した時点における財産等から債務や葬式費用を差し引いた金額をベースとして算定されます。このとき、上記で説明したように、生前贈与された財産も、暦年課税であれば3年以内に贈与された金額が、相続時精算課税であれば全額が加算されます。

ですから、贈与税だけを考えて相続時精算課税を利用すると、相続のタイミングになってから税負担が増えるリスクがあることは認識しておきたいところです。ただ、やり方によっては、暦年課税や相続時精算課税で贈与税をゼロに収め、しかも相続税もゼロにすることも可能です。

なぜなら、相続税の対象となる課税価格が基礎控除以内に収まれば、相続税はかからないからです。基礎控除は、3,000万円+(法定相続人の数×600万円)という算式で求めることができます。

たとえば、先代経営者が、生前に相続時精算課税を利用して2,000万円贈与し、死亡した時点で相続財産を1,000万円遺したとしましょう(債務・葬式費用はゼロとします)。このとき、妻と子2人が相続人であれば相続の基礎控除は4,800万円です。そうすると、生前贈与分と、相続分を合計しても3,500万円であり、相続税の基礎控除以内ですから、相続税もゼロになるのです。

 

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中小企業庁のホームページより引用>

ただし、やはり株式の評価額が高ければ、贈与税も相続税も発生してしまいます。このときに問題となるのが、「納税資金」です。もし、引き継いだ財産のほとんどが会社の株式であった場合、経営を続けるためには株式を売ることができません。そうすると、手元に現金がないにもかかわらず税金が課されるという事態が起きるのです。

次回の記事では、このような事態を避けるために利用できる「納税猶予」の仕組みについて解説します。

 

1981年生まれ、福岡県北九州市出身。埼玉県八潮市在住のフリーライター 西南学院大学商学部卒。 2004年に東京国税局の国税専門官として採用。以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事する。2014年に上阪徹氏による「ブックライター塾」第1期を受講したことを機に、ライターを目指すことに。2017年7月、東京国税局を辞職し、ライターとして開業。
twitter:小林義崇

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