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2018年10月01日(月)

事業承継にともなう「経営権の分散リスク」はこう対処する

経営ハッカー編集部
事業承継にともなう「経営権の分散リスク」はこう対処する

フリーライター(元東京国税局職員)の小林義崇です。

事業承継において、考えておかなくてはならない問題が「経営権の分散」です。先代経営者が保有していた株式が複数の相続人などに分散されると、経営方針がまとまらないなどの問題につながるからです。そこで今回は、経営権の分散リスクの問題点や、その対処法を解説します。

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中小企業庁ホームページより引用>

少数株主の存在は、どんな問題を起こすのか

経営者が死亡すると、会社の株式が相続人等に引き継がれることになります。このときに問題になるのが、「経営権の分散」です。遺産分割協議や遺言の内容によっては、複数の相続人で会社の株式を分けることになる可能性があり、会社の経営権が分散することで経営方針などの意思決定がスムーズにいかなくなる可能性があるのです。

下記のグラフのとおり、経営者以外の少数株主の存在による問題は多岐にわたります。その代表的なものは、「株式買取請求権を行使される」ことでしょう。株式買取請求がなされ、買取価格について協議がまとまれば60日以内に代金の支払いをしなくてはならず、資金調達が必要となります。

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中小企業庁ホームページより引用>

また、株式を1株以上保有している者であれば「株主代表訴訟」を起こせる点も,会社としてはリスクと言えるでしょう。株主代表訴訟を起こされると、役員等が経営の責任を追求され、損害賠償の支払いを命じられる可能性もあります。

もちろん、損害賠償に値する経営判断誤りなどがなければ支払う必要はありませんが、それでも裁判に応じるだけで手間や費用がかかりますので、あらかじめ悪意のある株主を作らないようにしておく必要があるでしょう。

仮にこうした事態が起きないとしても、後継者の経営方針に反対する株主が存在すると、会社経営はスムーズに進みません。たとえば、「M&Aで会社を売却したい」と後継者が考えていても、少数株主から反対意見が出ていれば、M&Aの交渉相手から嫌がられるかもしれません。

経営権の分散リスクを確実になくしたいなら“生前に”対処する

このように、少数株主の存在が引き起こす問題は大きいため、可能な限り会社の株式は後継者に集中させた方がいいでしょう。そのために簡単にかつ確実にできる対策は「生前贈与」です。先代経営者が生前から後継者を定めておいて、後継者に株式をすべて贈与しておけば経営権が分散することはありません。

ただし、生前贈与をする場合、「経営権を後継者に渡すタイミング」を考える必要があります。先代経営者が経営から退き、後継者がきちんと経営を引き継げる体制を整えて贈与するようにしましょう。贈与した後になってから、後継者の奥さんなどから反対されて経営を引き継げないといった事態にもなりかねませんので……。

ここでもし、先代経営者が「自分が死ぬまでは株式を持っておきたい」と考える場合、生前贈与はできませんが、そうした場合でも生前に遺言書を残しておけば、特定の後継者に株式を集中させることは可能です。

ただし、特定のひとりに会社の株式を相続させると、他の相続人から「遺留分減殺請求権」を行使され、株式を他の相続人に渡さざるを得ない自体になる可能性もありますので、この点は注意しておきましょう(遺留分については前回の記事で解説していますので、ご参照ください)。

さらに、やや特殊な方法ですが、「持株会社の設立」によって株式を後継者に引き継ぐ方法があります。手順は以下のとおりです。

  1. 後継者が会社(A社)を設立する
  2. A社が金融機関等から融資を受ける
  3. 先代経営者の会社(B社)の株式をA社が買い取る

f:id:ats_satomi-iwamoto:20180817125520j:plain中小企業庁ホームページより引用>

生前贈与や相続で後継者に渡すと、受け取った後継者「相続税」または「贈与税」が課せられますが、「持株会社の設立」を利用すると、後継者にこれらの税金を課せられることなく株式を引き継げます。ただし、先代経営者には株式を売却したことに対する所得税がかかるほか、後継者には融資の返済義務が生じるといったデメリットがあります。さらに、先代経営者が株式を売却して得た現金は、いずれ相続財産として相続税の対象になることも覚えておきましょう。

相続後になってからでもできる対処法

後継者に確実に経営権を引き継がせるには、ここまで説明してきたように、先代経営者の生前からできる手法が望ましいと言えます。しかし、先代経営者が突然死するなどし、生前の対策ができない場合もあるでしょう。そうしたときに使える方法をここから説明します。

まずは、会社法第174条に基づく、「相続人等に対する売渡請求」です。こちらは、会社の定款にあらかじめ定めておくことで、自社株式が相続や合併等で移転した場合に、新たな所有者に対して会社へ自社株式を売り渡すよう請求することができるというものです。

f:id:ats_satomi-iwamoto:20180817125526j:plain中小企業庁ホームページより引用>

ただし、この場合は相手方が売渡請求に応じない可能性があります。そうした場合には裁判所により決定してもらう必要があります。一方、議決権の90パーセント以上を保有する大株主であれば、会社法第179条に基づき、他の少数株主から強制的に株式を買取ることができます。この手法が「スクイーズアウト」です。

スクイーズアウトの場合、買取価格は「時価」となります。そのため時価によって買い取りがなされる以上、少数株主としては「価格が安すぎるから売らない」ということはできません。ただし、「時価の算定方法に問題がある」ということで裁判になるケースはあるようです。

こうした方法によって後継者に株式を集めることができますが、株式を買い取る資金が必要となる点がネックになります。そうしたときには「安定株主を作る」という方法を検討しましょう。安定株主とは、「現経営者の経営方針に賛同し、長期にわたって株式を保有してくれる株主」のことを指します。

安定株主の候補としては、金融機関や役員・従業員持株会等が考えられます。こうした機関等から新たに投資を受けて株式を交付することで、後継者に反対する少数株主の影響力を弱めることができますから、後継者の経営方針に沿った安定経営が可能となるのです。

いずれにしても、後継者に経営権を引継ぎ、安定して経営をしてもらうためには、株式の所有者の流れを踏まえた戦略が必要です。取り返しがつかなくなる前にスムーズな事業承継を実現させる戦略を考えておきましょう。

1981年生まれ、福岡県北九州市出身。埼玉県八潮市在住のフリーライター 西南学院大学商学部卒。 2004年に東京国税局の国税専門官として採用。以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事する。2014年に上阪徹氏による「ブックライター塾」第1期を受講したことを機に、ライターを目指すことに。2017年7月、東京国税局を辞職し、ライターとして開業。
twitter:小林義崇

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