従来と何が違う?2018年に改正された「特例事業承継税制」について
事業承継をする際のリスクのひとつに、株式や資産の譲渡にかかる相続税や贈与税の負担があります。経産省の「中小企業白書」によると、親族内承継の場合において「後継者の税負担が大きい」と回答した人は64%にも上るのです。
政府もこうした事態を重く見て、中小企業の事業承継を円滑化すべく、税制の特例を設けています。今回は、2018年に改正された「特例事業承継税制」について見ていきましょう。
( 出典:中小企業庁「2017年版 中小企業白書・小規模企業白書」 )
事業承継の際の課題は自社株式の価値算出と税負担
企業価値の算出にはいくつかの方法がありますが、上場していない中小企業の価値を正確に見積もることはかなり困難です。相続にあたり、自社株式の評価額を算出した場合、業績が良い優良企業だと中小企業でも思わぬ高値がつくことがあります。
中小企業白書によると、「自社株式評価額の印象」について「予想より高かった」回答した人が25~42%ほどの上り、事業承継には意外とお金がかかることがわかります。また、事業の引継ぎにあたり課題と感じる項目のトップは、親族内承継、第三者承継ともに「自社株式や事業用資産の最適な移転方法」で、次いで「後継者の資金力」「贈与税・相続税の負担が大きい」「自社株式や事業用資産の適切な評価」の順となっています。
このように、事業承継における自社株式の適切な評価および評価額に従った税負担など資金面の困難は、中小企業経営者を苦しめる課題になっているのです。
( 出典:中小企業庁「2017年版 中小企業白書・小規模企業白書」 )
事業承継税制を受けるための条件
こうした負担を軽減するために設立されたのが、今回取り上げる「事業承継税制」です。
事業承継税制は、平成21年度の税制改正で創設された制度です。これは、中小企業の後継者が、現経営者から会社の株式を承継する場合、相続税・贈与税が軽減される制度です。
ただし、「特例事業承継税制」を受けるためにはいくつかの条件があり、主な条件は以下の3点となります。
- 後継者が会社の代表者であること
- 譲渡を受けた株式を後継者が保有し続けること
- 会社の雇用の8割を維持すること
もし5年間守れなかった場合は猶予が打ち切られ、納税しなくてはなりません。
これらは、相続税の申告期限から5年間守ることが求められています。また、「特例事業承継税制」は以下の企業には適用されません。
- 上場企業
- 中小企業に該当しない企業
- 風俗業
- 資産管理会社
- 総収入金額、従業員数がゼロの場合
( 出典:中小企業庁「事業承継税制(贈与税・相続税の納税猶予及び免除制度)について
」)
平成30年の改正で事業承継税制はさらに使いやすく
制度ができた当初はさまざまな課題があったため、利用しづらくそれほど浸透しませんでした。そこで、平成25年、平成29年の税制改正でより使いやすく変更されていき、今回平成30年の改正ではさらに要件が大幅に緩和されています。
なお、今回の改正による条件を適用されるには、上記に加えて以下の2点を満たしている必要があります。
(1) 平成30年4月1日から平成35年3月31日までに、都道府県庁に「特例承継計画」を提出していること。
(2)平成30年1月1日から平成39年12月31日までに、贈与・相続(遺贈を含む)により自社の株式を取得すること。
※なお、来年4月末で「平成」は終わり新元号に代わる予定ですが、ここでは仮に「平成」としています。
( 出典:中小企業庁「平成30年4月1日から事業承継税制が大きく変わります」)
事業承継税制における平成30年度の主な改正点
次に、平成30年度の主な改正点について見ていきましょう。
発行済議決権株式総数の上限が撤廃される
納税猶予の対象となる株式は、これまで相続税、贈与税ともに発行済議決権株式の3分の2までとされていましたが、平成30年度以降はその上限が撤廃されます。つまり、後継者が取得した株式が全て納税猶予の対象になるということです。
納税猶予割合が拡大される
従来、納税猶予の割合は贈与税が100%、相続税は80%と決められていました。平成30年度からは相続税も100%猶予となり、どちらの税金も全額猶予が受けられることになりました。
税制対象者の拡大
これまでの制度では、代表権を持つ先代の経営者1人から新たに代表者となる後継者1人への非上場株式の承継にのみ納税猶予が適用されていました。平成30年度からは、先代経営者以外からの承継や、最大3人までの後継者(代表権を持っている、10%以上の株式を保有しているなどの条件あり)への承継も、納税猶予の対象となります。
雇用維持要件の緩和
事業承継税制を利用する上で、最大のネックとなるのがこの「雇用維持」といわれていました。従来、特例を受けるには「8割の雇用維持」が求められていました。しかし、従業員5人の会社は、1人辞めただけで条件を満たせなくなってしまいます。雇用は、雇用主の意思とは別に従業員の選択もあるため、これが納税猶予打ち切りの最大リスクとなっていました。
そのため、たびたび条件は緩和され、「雇用の8割以上を5年間毎年維持」から「5年間の平均で80%を維持」、さらに「相続もしくは贈与時の従業員数に8割をかけて端数が生じた場合、切り捨てた人数と比較する」というように変更。平成30年度からは都道府県に理由書を提出することで、80%を下回ったとしても納税猶予は打ち切られないことになりました。
売却、合併、廃業などでの納税額減免
従来の制度では、株式を売却、もしくは会社合併、廃業した場合、納税猶予が打ち切られ、事業承継した際の相続税額または贈与税額を納付する必要がありました。平成30年度の改正では、一定の要件を満たせば株式売却、廃業時点での株価によって税額を再計算し、納税することが認められます。
( 出典:中小企業庁「中小企業経営者の次世代経営者への引継ぎを支援する税制措置の
創設・拡充」)
事業承継税制は税金免除ではなく「納税の猶予」
あくまで事業承継税制は「納税の猶予」なので、5年間を経過したあともすぐに税金が免除されるわけではありません。引き続き免除される条件は「株式を保有し続けること」です。後継者が次代(3代目)に引き継ぐ場合には、猶予を受けていた分の税金が免除されます。
また、後継者が死亡して3代目が引き継ぐ場合にも、相続税の免除が受けられます。
なお、5年を超えても免除を受けるには、税務署に届け出をしなくてはなりません。
事業承継税制は長期的な視点での計画を
事業承継税制を利用することで、中小企業の経営者を苦しめる相続時の税負担を軽減することができます。中でも、平成30年の改正で雇用維持について条件が緩和されたことは、税制の利用を検討する企業にとって福音ともいえるでしょう。
事業承継税制を利用するには、長期的な視点での計画が必要になります。3代目までの相続を視野に入れたら、数十年スパンでの取り組みになるでしょう。事業承継税制の適用を受けるには、相続税の申告期限までに都道府県知事の認定を受ける必要もあるので、後継者問題を感じたら、早めに税理士に相談することをおすすめします。