PMIとは?事前に確認しておくべきことから成功のポイントまで解説
事業の成長戦略のひとつとして、M&Aが利用されることが増えてきました。しかし、同じ業態の会社同士でさえ、両社を一体化させることは並大抵のことではありません。それは価値観や、行動基準、仕事の進め方の手順などが大きく違うからです。しかしながら、グループにおける経営目的とミッションを共有し、一つの企業体として機能しなければ買収した意味もありません。そのために必要な統合プロセスがPMIと呼ばれるものです。今回は、PMIの意義やPMIを成功させるポイントについて解説します。
M&A後の経営統合に欠かせないPMIとは
PMIとは
M&Aの契約前にいくら相手のことを丹念に調べ上げ、万全に事業計画を練っていたとしても、それだけでM&Aがうまくいくわけではありません。前工程より、むしろM&A実施後にいかに2つの企業がうまく統合できるかがM&Aの成功を左右します。そのために必要なのが、PMIと呼ばれるプロセスです。
PMIとはPost Merger Integrationの略で、M&A後に行う統合プロセスのことを指します。2つの全く異なる文化を持つ会社がこれから先、運命共同体としてともに歩み、シナジー効果を高めるためには、このPMIが必要となります。
PMIをうまく進める準備
PMIの進め方は、M&Aの状況や条件、新旧経営者間の関係によって個別に違うのが現状ですが、以下なるべく汎用的な要素を抜き出し見ていくこととします。
新旧経営者の合意事項
PMIを進める前にしておきたいことは、新旧の経営者同士が、M&Aの目的やM&A後のビジョンを共有することです。こうした確固たる目的やビジョンは、PMIを進める上で重要な基軸となります。
この時旧経営者との間では、新体制で具体的に何をどこまでやるのかを明確に決めておく必要があります。旧経営者に今まで同様に指揮を執ってもらったり、完全に引退してしまったりする場合はこの問題は発生しませんが、新経営陣に助言する顧問の立場で残る場合は要注意です。なぜなら、顧問として旧経営者が新経営陣の方針と違った指示を出してしまうことがあるからです。すると、現場としては相反する2つの指示を受けて混乱してしまい、マネジメントが破たんする危険もあるのです。
そこで、旧経営者に何をどこまでやってもらうかを明確に定めたうえ(契約書を交わすことが望ましい)で、従業員にはどのように伝えるのかについても伝え方を共有しておく必要があります。旧経営者は、その内容に基づいて事前に従業員に対して説明し、新体制に統合していく下地を作っておく必要があります。
PMIにおける新旧経営者の目的・ビジョンの共有
当然にトップ同士で共有された目的・ビジョンは、従業員にとって魅力のあるものでなければなりません。「この目的・ビジョンに仕事を通じて貢献したい」という気持ちにならなければ従業員の離脱の要因になります。
PMIにおける組織の方向性の社員への伝え方
実際に、M&Aが完了し経営者が交代した後は、目的やビジョンは新経営者から直接従業員に伝えるようにしましょう。伝え方は、朝礼などの場を利用して口頭で伝えると効果があります。また、あえて現場にまかせるスタンスを示すために、経営者からメールを一斉配信するだけで済ませる場合もあるでしょう。組織の状況を踏まえつつも、できるだけ早い段階で新経営者から直接全従業員へ伝えることが大切です。
ただし、注意すべきは壮大なるビジョンをことさらに強調するのではなく、当初は待遇面が変わらないということや、既存の企業文化を尊重するといった、従業員を安心させることに注力したほうが得策です。従業員は安全欲求をまず満たさない事にはいくら前向きな話をしてもかえって不安になるだけだからです。
PMI前に確認すべき4つのポイント
PMIを行う前に、買い手側が確認しておきたいポイントが4つあります。できればデューデリジェンスの段階で、これらをすべてチェックしておくようにしましょう。
PMIにおける統合コストがいくらかかるのか
まず、財務諸表に出てこない、将来かかる可能性のあるコストについて再精査し確認しておきましょう。たとえば、社員の厚生年金保険料や退職金は個別にいくら支払うのか、リストラの必要があればそれにかかる費用や、優秀な人材をつなぎとめておくためのリテンションにかかる費用など、帳簿上からは見えてこないコストをあらかじめ考慮しておくことが必要です。
PMI後のリスクはあるか
統合後、事業運営にリスクを及ぼす要因の有無についても入念に調べ、対応策を講じることが必要です。たとえば、契約書上にない取引先との口約束や、労使関係の対立やハラスメント・残業代未払い問題があれば、統合後にトラブルとなる可能性があるからです。また、今まで自社で利用していた人事制度がそのまま使えるかどうかもよく確認しておきましょう。
PMI後にどんな効果を生むか
M&Aでは、統合後のシナジー効果を考慮に入れて、売買価格が決定されるケースが良く見られます。そのため、将来を見据え、PMIの段階で組織の統合にかかるコストを差し引いても、シナジー効果によって得られるであろう事業価値を算定しておきましょう。
どのように経営するか
統合後も旧経営陣に経営をある程度任せる場合は、どこまで任せるかをあらかじめ考えておくことが必要ですが、海外の場合は特に契約書などの文書で明確にしておく必要があります。国内企業同士のM&Aであれば、いざとなれば買収した側の経営陣が現地に赴き調整することは可能です。しかし、海外企業を買収するときには、頻繁に通えないばかりか、経営能力を持った人材を現地に赴任させることが難しいこともあります。その際に、少なくとも契約書上で明確にしておくことが、後で揉めないための重要な要件となります。
PMIのプロセス
ここではPMIのプロセスを、戦略・業務・意識の統合に分けた場合をとりあげ、それぞれの内容について解説します。
戦略統合
戦略統合では、会社全体に影響を及ぼす経営戦略や事業展開の仕方から、人事制度の設計(組織戦略)まで、さまざまなことを検討し、実行できるようにする必要があります。ただし、いつから実行するのかは状況によって判断する必要があります。早急に買収側に合わせようとすると、かならずハレーションが発生します。そこで、役員会に参加したり、主要なキーマンの面接を行ったりしながら、同時に統合会議などで、以下のような項目について調整していきます。
● 経営会議の設計
●他社と差別化を図るための事業戦略・ビジネスモデルの見直し
●マーケティング、ブランド戦略再構築
●幹部人事の決定
●業務管掌(各役員の業務範囲をどこまでにするか)
●戦略転換を踏まえた中期経営計画の策定
●販売、マーケティング組織の調整
●製造組織の調整
●サプライチェーンの統合
●人事制度(組織戦略)など
特に、人事制度など非常にセンシティブな課題は、両社で時間をかけて協議を行い、どういう理念、どういう基準で評価、処遇を行うのかなどを旧経営陣との間ですり合わせておくことが大切です。最終的には、何を評価し、あるいは評価しないかといった人事制度が、中期的な社員の行動を決めてしまうため、単なる制度といったとらえ方ではなく戦略的な位置づけが必要なのです。
業務統合
同じ社内に異なる業務フローやルールがあると非効率です。そこで、業務統合では、統合後も滞りなく今まで通り業務を遂行できるよう、施策を考えることが必要です。
●組織図の確定
●レポートラインの決定(誰に業務報告をし、指示を受けるのか)
●会議の設計
●業務管理システムの統合
●業務フロー・業務ルールの確立
●間接部門(人事・総務・法務・経理など)の統合
●連結会計の設計
●各種規定の統合など
業務にかかるシステムやフローが統合されれば、生産性や効率のアップにつながり、業績の向上も期待できるでしょう。このときに重要なのは買収先の業務フローやシステムのほうが優れている場合もある点に留意することです。そのような場合にはグループ全体の経営を考え、コストを勘案した上良いものは取り込んだほうがよいでしょう。また、そうしたほうが買収側の信頼度も高まり他の施策に対する許容度も高まります。
また、汎用性の高いERPがすでに稼働していて、グループではそれを活用することになっている場合は、検討の余地がないといった態度でかえって事務的に物事を進めたほうが良い場合もあります。そのためにも、前段の経営目的や、戦略の握りは非常に重要になるのです。
意識統合
M&Aでは異なる企業文化、目的意識をもった従業員がひとつになるため、従業員同士の意識合わせはPMIには欠かせないプロセスです。できれば、統合前から相互に人材交流ができるようにしておくとよいでしょう。
●新経営陣からの進捗情報共有とモチベーション
●社内研修やワークショップの実施
●社内のイントラネットの構築・相互の情報発信
●エンゲージメント・サーベイ(従業員調査)の定期的な実施
●飲み会など懇親会の開催 など
特にワークショップでは、あらためて中期経営計画やSWOT分析やビジネスモデルキャンパスと言ったフレームワークを活用することで、具体的に議論することにより、戦略、戦術面を含めて意思統一をしていくことが重要です。この時、経営階層別、部門別にワークショップを実施すると、目的、ビジョン、戦略、戦術が浸透しやすくなります。
PMIにおいてDay1までにしておきたい3つのタスク
PMIを滞りなくスタートするために、Day1(統合初日)までに誰がいつ何をするのかをスケジューリングしておくことが非常に重要です。Day1までにしておきたいこととはどんなことでしょうか。
法制度上のタスク
まず最優先したいのが、法令上の手続きです。新会社を作るのであれば会社の設立登記、各種事業免許の再取得、関係監督省庁への届出など、法令で定められていることは一番に取り掛かりましょう。また、業務に深く関連するような契約書があれば、再締結や条項修正対応を行う必要があります。行政から求められるコンプライアンス体制の整備、労働組合との交渉などは、ある程度時間がかかることが予想されるため、スケジュールに余裕をもって準備を進めるようにしましょう。
ステークホルダーとの関係維持のためのタスク
次に、取引先や顧客などステークホルダーとの関係維持に必要なタスクに取り掛かります。会社案内や名刺・ポスター・各種伝票・封筒などの再作成、各取引先へのあいさつ回りなどを行います。また、自社の子会社や関連会社、外注先へのお知らせも忘れないようにしましょう。事前に新会社名や事業所の所在地、役員の氏名や役職名などを早めに決めておくとスムーズです。
日常業務の品質維持のためのタスク
統合に伴って業務フローやルール、使用するシステムや制度が新しくなる場合、日常業務に支障が出ないよう、できる限り早くスムーズに使えるようになることがのぞましいです。新しいシステムに慣れるための社内研修や引継ぎが行えるよう、人事異動などの段取りを組んでおきましょう。また、試行といったことも必要であれば実施します。Day1までにすべて新しいものに移行するのが難しければ、たとえば半年後や1年後に完了できるようなスケジューリングをする方法もあります。
PMIを成功させるポイントとは
日本では、PMIについて確立された方法はまだありません。PMIを成功させるには、経営陣や事務局をはじめ関係者全員の努力が不可欠ですが、PMIを成功させるポイントはあるのでしょうか。
経営者の強いリーダーシップ
PMIの成功には、目指すべきゴールを示しながら、リーダーシップをもってPMIのプロセスを引っ張っていけるリーダーの存在が不可欠です。といっても、経営者が独裁的にPMIを進めればよいわけではなく、買収先の企業文化を尊重し、異なるバックグラウンドを持つ社員の多様性に配慮しながら、統合を推進することが必要です。
また、売り手側の企業にも、統合の先頭にたつリーダーを置く必要があります。新旧リーダーが、同一のチームとしてそれぞれにリーダーシップをもって統合作業を進める必要があるのです。
PMOによるスケジュール管理
PMIの成功のカギを握るのは、PMO(Project Management Office)と呼ばれる事務局であるといっても過言ではありません。PMIがスケジュール通りに進んでいるか、逐一進捗状況を確認するのがPMOの役割です。PMIをスムーズに進めるためのスケジュールを設定しても、何らかの原因で遅れが生じることは十分想定できます。そういったときに、スケジュール遅延の原因をつきとめて対策を講じるのもPMOの役目です。
振り返りや再PMIを行う
経営統合が完了しても、場合によって振り返りや再PMIを行う必要性が生じることもあります。たとえば、統合プロセスがすべて終了してしばらく経ってから業績が悪化してきた、優秀な人材が複数辞めていく、という事態になったときには、何かひずみが生まれている可能性が高いと言えます。売り手・買い手双方に経営目的や、ミッション、戦略の方向性について認識のずれはないか、オペレーションや不採算部門の見直しは必要ないか、などを再度確認します。その上で、見直すべき点や修正すべき点がでてきたら、再度体制を構築し直す、PMIを再度策定するなどの対応も必要になるでしょう。
まとめ
全く異なる文化や背景を持つ2つの会社が一緒になってシナジー効果を発揮するためには、双方を尊重しながら、PMI推進におけるたゆまぬ努力が求められます。PMIを始める前に方向性やスケジューリングをしっかり決めて、チームとして一体感を持って取り組むことが重要です。様々な困難があっても、立ち戻れる統合の目的やミッションの設定、それを実現しようとするリーダーシップが特に肝になると言えます。